(2)モンバスでの交流2

 それから俺と希望ちゃんがプレイヤーランク2になるまで、絵美さんは付き合ってくれた。


「二人とも基本がわかっているようだから、安心して動けたよ」

「でもダメージ源はほぼ絵美さんですよ。わたし達助かりました」

「俺らはデコイみたいなもんでしたし」


 雑談をしながらプレイしていても、三人とも大きなミスをしなかった。

 しかしどれだけキャラクターを操作できても所詮は初期装備。絵美さんがいなければ、余裕が全くない戦いになっていたのは間違いない。


「なあに、昼間にゲームを始められるくらい、時間に自由が利く職業なだけさ……ところで、希望ちゃんは多分、最近その部屋に引っ越してきたのかな?」

「はい、高校卒業してから今年一人暮らしを始めました」

「なっ! 若いとは思ったが学生で未成年とはね。わたしが26で、創一が確か25だったか……創一? 隣に住む美少女相手に狼にならんようにな。犯罪はまずいぞ?」


 距離が遠くても、今の絵美さんが人をからかうような悪い笑みを浮かべているのがわかる。


「犯罪って、それ愛徒さんにも似たようなこと言われましたよ」


 俺の話を聞いて、絵美さんの喉から漏れた唸り音が、マイク越しでも聞こえた。


「あの原始人の生き残りと発言が被ってしまうとはな、わたしの感性も落ちぶれたもんだ」

「あれ、絵美さんも愛徒さん知ってるんですね」

「仕方ないことだが、一年に一度か二度は必ず顔を合わせているよ。なんだ、愛徒を知っているってことは、創一が希望ちゃんをコミケにでも連れて行ったのか?」

「はい。欲しいサークルの本があったみたいなので一緒に行きましたよ……少し話は逸れますが、夏コミでスリがあったってニュース覚えてますか?」


 道路を挟んだマンションのベランダにいる絵美さんが頷くタイミングに若干遅れて「うん」と声が聞こえてくる。


「現場にはいなかったが、後から話は聞いたよ。それがどうした?」

「そのスリを捕まえたのが、希望ちゃんなんです。近くにいた愛徒さんも知ってます」

「ほう」


 そう関心を示すように唸る。やや遠いため視線の向きまではわからないが、きっと希望ちゃんのことを見ているだろう。


「そっか、君に興味が沸いてきたよ。それにコミケの秩序を守ってくれたのなら、お礼をしたいとこ――ちょっと待ってくれ」


 すると絵美さんの声が聞こえなくなった。スマホのアプリ画面を見ると通話は繋がったままだ、おそらくマイク側をミュートにしたのだろう。

 再び向かいのマンションを眺めると、ベランダにいる絵美さんが室内に向けて喋っているようだった。


「誰かいるんでしょうか?」


 心当たりはあるが希望ちゃん、それこそ未成年には言い難い内容だった。


「いや……まさか――」


 憶測の域を出ないため言い淀んでいると、絵美さんの話し相手らしき人の姿が見えた。


「えっ、ええ!」


 全身が見えているわけではないが、その恰好を見て希望ちゃんは慌てながら自分の顔を両手で隠そうとする。

 無理もないだろう。

 俺も予想していたとはいえ、実際にこんな刺激的な光景を目にすれば言葉くらいは失う。


 絵美さんの部屋から出てきたのは女性。

 但し、毛布を羽織っただけの――ほぼ全裸だった。

 謎の女性は眠そうな様子で窓際にやってくる。

 しかし絵美さんはそんなあられもない姿を隠そうと、必死に部屋の奥へ押し返そうとする。


「なっ、なっ、ななな」


 希望ちゃんは気が動転しながらも、顔を隠す指の隙間から絵美さんの部屋の様子を窺おうとする。それでも好奇心を失わないのが彼女らしいとも思えた。


「あ、あの創一さん。絵美さんってもしかして……そう、なんですか?」

「うん、そうだよ」


 露骨な表現はせず肯定だけすると、希望ちゃんは両手で頬を覆い「ど、どうしよう」とだけ呟きその場でうずくまる。未成年の子供には刺激が強かったかもしれない。

 約一分後、絵美さんが部屋の奥から俺達が見える窓際まで戻ってきた。

 ヘッドセットのマイク位置を調整してから、ベランダに出て再び窓を閉じる。


「すまない。みっともない場面を見せてしまった」

「この期に及んで何も触れないのは白々しい気もするので聞きますが、どなたですか?」


 俺が訊くと絵美さんは、腹を括るかのように深呼吸してから人差し指で頬を掻き、やや恥ずかしそうに打ち明けた。


「彼女なんだ」


 やはりそうか、というのが率直な感想だった。

 彼女と知り合ったばかりの頃、ある経緯で性的な趣向が常人と異なることを聞いた。

 ただ彼女の性格や職業を知ると、そこまで不思議には思わない。


「今日は区切りも良いからお開きだとしても、都合が合う日は三人でモンバスしませんか?」


 気まずい空気になって会話が止まる前に俺から提案する。


「希望ちゃん、どうかな?」

「は、はい。是非喜んで。お二人とも上手いし」


 出会ったばかりの人がノンケではないと知り今もショックから立ち直れていない。声にいつもの覇気が無くても、賛成してくれたことには感謝だ。


「ありがとう……またよろしく頼むよ、子猫ちゃん」

「おい、色欲女。悪ふざけはほどほどに、ですよ?」


 忠告代わりに汚い言葉を投げてみるが、その程度で引き下がる絵美さんではない。


「それじゃ暇な日は声掛けてみるよ。二人とも、ごきげんよう」


 彼女さんが登場してからの一部始終に関してあまり反省はしていない様子。

 しかし自由な立ち居振る舞いをする絵美さんのご機嫌な姿を久しぶりに見られたのは、良かったかもしれない。


********************


 その翌日から、夜は三人でモンバスをプレイする日々が始まった。

 仕事が終わり夕食を済ませた後、ゲーム機やヘッドセットを用意してベランダへ出る。


「全く、美少女と美女を待たせるとは、ジゴロの才能でもあるんじゃないのか?」

「すいません、ジゴロってなんですか?」


 からかうような絵美さんの言葉に対し、希望ちゃんが質問をする。


「ほら、絵美さん。今時ジゴロなんて死語ですよ」


 今日はすでに、二人共ゲーム機を手に準備完了の状態だった。

 この中では普通の会社員をしている俺が遅れて合流することが多い。さらに残業時間が延びる日もあるため、少し申し訳ないと思っている。


「トリガークエをクリアせずに待ってくれて、二人共ありがとう」

「なあに、わたしはモンバスを知人と楽しくプレイしたいんだ。ランク上げ重視の効率プレイなどする意味を感じないからね。さあ、今日も始めようか」


 仕事を終えてから、夜に共通のゲームを嗜む知人と協力プレイができるこの状況。

 無邪気にゲームを楽しんでいた子供の頃に戻った感覚もあるのに、仕事や学業の悪影響にならないように深夜まではプレイせず大人として節度も守れている。

 社会人のヲタクなら誰もが望み、楽しめる環境だ。

 学生時代は趣味の話が通じる友人こそいたが、運が悪くモンバスをやる人はいなかった。だから、大人になってからこうして夢が叶ったことは少し嬉しい。


「今日はいきなり雄火竜ですか、空を飛んでる時間が長いので絵美さんに任せます」


 さらに幸運なのは、三人それぞれが得意とする武器が異なることだ。

 俺が盾でモンスターの攻撃を受け止めながら、槍で堅実に攻撃する守り重視の武器。

 希望ちゃんが連続して攻撃を当て続けることで大ダメージを稼ぐ攻撃重視の武器。

 そして絵美さんが手数の多い遠距離武器で戦いながら、味方の強化や麻痺などモンスターを状態異常にするサポート役。

 特に絵美さんのサポート役が快適なプレイに最も貢献していたが、それも三人の役割分担が出来ているからこそ活きることだった。


「次のクエストを三周すれば全員上位だな。わたし達ならきっと楽勝だろう」


 モンバスはゲームが下位と上位と、難易度が二つに別れていて下位の最終クエストをクリアすると上位に昇格する。上位には下位と同じ名前のモンスターが出るが、別次元の強さで出現するため難易度が跳ね上がる。そのためゲーム全体の折り返し地点と言える。

 そして絵美さんの宣言通り、失敗することなくスムーズに下位の最終クエストをクリアできた。


「すーーっごく楽しかったです。上位もこの調子でやっていきましょう!」


 希望ちゃんは息を溜め、弾む心を力いっぱい表現してくれる。

 そこまで喜んでくれれば、二人を誘ってこの繋がりを設けた身としても光栄だ。


「ところで今日は土曜日だし、たまにはチャットじゃなく実際に近くで話さないか? 近くのファミレスとかどうだろうか?」

「わたしは大丈夫ですよ。明日のバイトは昼からですし。創一さんはどうですか?」

「んー、まあ……いいけど」


 希望ちゃんと違い、やや歯切れの悪い返事の仕方をしてしまう。

 問題なのは絵美さんの悪癖で、彼女の毒牙に希望ちゃんが掛からないか不安なのだ。

 ただ都合が悪い日以外は、ほぼ毎晩モンバスを三人でやってきたので親睦を深めるのは自然なことだし、ここで反対するのは考えが固過ぎると思う。


「よし、じゃあ下で落ち合おうか」


 ヘッドセットを外しながら室内へ入っていく絵美さんの背中を見届けると、俺と希望ちゃんも互いに頷き、室内に戻って出掛ける準備をすることにした。

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