5.LGBT神絵師?

(1)モンバスでの交流1

 定時で職場を出るが、冬に差し掛かり日が沈むのが早くなったせいか少し肌寒い。数週間経てば、外出するにもコートやジャンパーが必要になるだろう。

 しかしそんな気温も、今日この日に限っては熱く燃え滾る魂を冷やすことはできない。


 予約したのは二ヶ月前。

 ダウンロード予約をして日付変更と同時に遊ぶ人もいるが、俺はパッケージ版だけが持つありがたみを忘れられない、いわゆる懐古厨だ。

 販売店のレジに並び、一万円札を出した後、お釣りと目的であるゲームソフトを受け取る。


「ありがとうございました」


 作業的で無機質な店員の声はスタートダッシュの合図。

 腹の底が疼くせいで自然と駆け足になり、勢いのままお店を出ようとすが――入店する人とあわやぶつかりそうになってしまい、どうにか踏み止まる。


「わっ……創一さん?」


 最近はすっかり耳に馴染んだ声、顔を見る前に希望ちゃんだとすぐに気づく。


「おっと、ごめん。奇遇だね。どうしたの?」

「今日発売のモンバスを買いに来たんですよ……それ、もしかして創一さんも?」


 元々明るい表情でいることが多い希望ちゃんの頬が上がり、ほぼ同時に俺の胸も高鳴る。

 限フォルのアニメ最終回を一緒に観るために彼女の部屋に入った時、本棚に携帯ゲーム機が置いてあった事を思い出す。


「もちろんさ、何ヶ月も前から待ち望んでいたんだからね……しっかし奇遇だね。希望ちゃんもモンバスやるとは」

「去年出たやつは受験で勉強してて買えなかったので、楽しみにしてたんですよ! もう禁断症状がすごくてうずうずしてます。今買ってきますね」


 すると希望ちゃんは駆け足でレジに並び、財布から購入予約を示すレシートと引き換えにゲームソフトを受け取ってきた。


 モンスターバスター5――略してモンバス5。

 ゲーム市場が課金システムのあるスマホアプリに席巻されて久しい今日であるが、モンバスはゲーム機専用タイトルで現在も大ヒットを記録し続けている。

 スマホでは体験不可能なアクションゲームとしての操作感と、登場する多彩なモンスター達が、新要素とシリーズのお約束が合わさり長く愛されているタイトルだ。

 今作は前作の「4」に続いて「5」のナンバリングが付いた完全な新作。

 弾む気分を抑えながら二人で帰路に付く。


「パッケージ版買うんだね。若い子はダウンロードとか多いと思ってた」


 胸の内をそのまま口走って後悔する。

 若い子、なんて歳より臭い表現をしてしまったことだ。それに加えて――


「わたしは親に止められてて、まだクレジットカード持ってないんです。現金でしか買い物したことないです。学生なので、カード使うほど貯金があるわけじゃないですけどね」


 一瞬で察したことを言わせてしまいさらに後悔する。

 俺自身も大学入学時、クレジットカードを持っている友人の方が圧倒的に少なかった。


「そんなことより創一さん! 最初のチュートリアル終わったら協力プレイしましょうよ!」


 そんなことを考えて落ち込むが、希望ちゃんは全く気にしていないようだ。なら無意味に塞ぎ込む必要もない。


「もちろんさ。さっさとNPCとの会話は片付けて……あ、忘れてた」


 マンションのエントランスに入ったところで急に思い出し、その場に立ち止まる。

 希望ちゃんは隣から「どうしたんですか?」と訊いてくる。


「その協力プレイだけど、もし三人でやることになってもいいかな?」

「いいですけど、もしかして天音ちゃんですか?」


 希望ちゃんはゲームセンターで一ヶ月前に知り合った天音ちゃんと、その後もバンドフェスの話などをして交流を続けているようだった。

 俺はというと、天音ちゃんとはスマホで話して以来、何も接点が無い。通話の最後に「希望ちゃんには負けないから!」と宣言されてから気まずく、特に用事も無いから連絡も取っていない。


「いや、残念ながら違うんだ……でも半年前に口約束をした程度だから、ひとまず気にしないで」


 モンバスの新作が出たら一緒にやろう、と口約束をした相手がいた。

 ただしばらく姿を見ていないし、俺達のようにゲームの発売日である今日購入し、準備万端だとは限らない。


「はい、わかりました。じゃ区切りが良いところで、教えてくださいね」


 希望ちゃんが部屋に入っていくのを見届けると、俺もすぐに自分の部屋に入る。

 鞄を置き、アップデートと充電を済ませた携帯ゲーム機の電源を入れ、パッケージから取り出したカートリッジをゲーム機に挿入する。

 メーカーロゴの後にオープニングムービーが始まる。

 発売前にネットで公開されていてすでに観た内容だが初回はスキップせず眺めることにした。


********************


 外見やボイスに拘っていつもは三十分掛けるキャラクター作成を十分で終わらせ、NPCの説明を斜め読みしながら最初のクエストをクリアし、自由にキャラクターを動かせるようになった。

 ゲームの進行を優先し楽しむことを蔑ろにしたプレイなのはわかっているが、希望ちゃんを待たせることの方が嫌だったため、今はスピードを重視した。

 ひとまずベランダに出て隣の部屋の様子を見ながら待つことにしたが、


「あれ、創一さんもうチュートリアル終わってたんですか? すごく速いですね」


 一分もしない内に隣の部屋の窓が開き、希望ちゃんが仕切りボードからひょこりと頭を出してこちらを覗いてくる。


「いやいや、そう言う希望ちゃんも終わったのかい?」

「会話は読んでないです、大雑把なストーリーは発売前に知ってたので。そのくらい受験期の鬱憤を今晴らしたくてしょうがないんですよ」

「そっか。なら、まずはフレンド登録からやろう」

「はい!」


 彼女の張り上げた声が夜の住宅地に木霊する。

 自分の声が大き過ぎたことを瞬時に悟り、希望ちゃんはゲーム機を覆う右手を放し自分の口元を覆う。

 ここまで溌溂とした性格をしていて、コミケで盗人を捕まえたこともあるから、体育会系の部活にでも入っていたのだろう。聞いてみたいがそれより今はモンバスだ。

 ゲーム機のIDを見せ合いフレンド登録を済ます。

 お互いにキャラクターは初期装備で、外見は性別の差があるのみ。もちろん俺が男性キャラで、希望ちゃんが女性キャラだ。


「トリガークエはスマホで把握できるから、俺がクエスト貼っていいかな?」

「ホントですか? 助かります! そっか、今日の午前からプレイして攻略情報をアップしてる人達もいるんですよね」


 さすがだ。何の説明も無しにいきなりゲーム内の専門用語を使ってみたが、当然のように受け取る彼女は初心者ではなく、頼れる相棒になってくれそうだ。

 モンバスはNPCからクエストを受注しモンスターと戦っていくことになる。中にはゲームを次のステップに進めるためのトリガーとなる特別なクエストがある。俺は閉めた窓ガラスにスマホを立て掛け、攻略情報を確認できるようにしてある。

 二人揃ってアルミの手摺に背を預けたままゲーム機を握る。

 画面内のキャラクターに最低限のアイテムを持たせ、クエストへ出発しようとした――その時だった。


「はあい、創一じゃん。ひさしぶりー」


 コケティッシュで鼻に引っ掛かるような女性の叫び声が、背後から聞こえてきた。

 半年ぶりだが聞き覚えのある声、しかし素直に再会を喜べない。

 二人で新作ゲームを楽しめる状況に崩されたくないし、それ以上に彼女自身の性格や趣味趣向に多少では済まない問題があるからだ。


「えっ、絵美さん……こんばんは」


 振り返り、二車線ある道路を挟んで向かいにあるマンションの二階を見上げる。

 こちらのマンションは一階が半地下のため、同じ二階でも彼女の方が高い位置にいる。


「元気だったかー?」

「一応、平和に過ごしてますよ。しかし、久しぶりですね」


 大きい声を出す彼女に対して、俺はゲーム機を置いて両手を添えて話す。


「仕事漬けの毎日だったよ。でもモンバスやりに帰ってきたのさ。前に約束しただろ?」


 やや遠いが人相はわかる。

 細身ながら身長が高く、それを主張するような体にフィットする服を着ている。腰まで伸びた長い髪の毛を纏めず下ろし、ウェットな声で抑揚のある喋り方は蠱惑的だ。

 妖艶な雰囲気を纏っていて間違いなく美人だが、同時に浮世離れした印象もある。


「覚えてたんですね。ちょっと意外です」

「意外とは失礼な! わたしは嘘をつかないし、約束も破らないぞ」


 彼女、相馬絵美そうまえみが無駄に律儀な性格をしているのは以前から知っている。しかし気が利かないところもある。


「今、お隣に住んでるこの子とモンバスしてるので、ボイスチャット繋ぎませんか? このままだとご近所に煩いし」


 お互いに会話が成り立つ距離にこそいるが、すでに夕飯時を過ぎた時刻。小さい子供がいる家庭にはそろそろ迷惑になるだろう。


「そうだな。すまない、前と同じようにやろう」


 すると絵美さんは一度部屋に入り、ヘッドホンとマイクが一体型のヘッドセットを被りベランダに戻ってきた。ケーブルが見えないためワイヤレスなのだろう。

 前作に当たるモンバス4が発売された一年前、俺も同じスタイルでベランダに出て絵美さんと狩りに勤しんでいた。


「希望ちゃん、これからスマホで通話しながらゲームしようと思うんだけどいいかな?」

「あちらの方、絵美さんでしたっけ? わたしヘッドセットは持ってないですけど……」


 彼女は片足だけ室内に入り、すぐベランダの定位置に戻ってくる。その手にはスマホとイヤホンがあった。


「これでなんとかします」


 最低限の説明もしていないのに、これからすることを理解しているようだ。


「なら話は早い」


 俺も室内に一旦入り、一年ぶりに使うヘッドセットをスマホに接続してからベランダに戻る。

 それから希望ちゃんと絵美さん両方ともフレンド登録を済ませている俺が、ゲーム内で二人を一つの集会場、所謂「ルーム」に招待する。そしてすぐに二人ともフレンド登録を済ませる、これでゲーム機側の連携は成り立つ。

 さらにスマホ側の連絡先も三人が繋がるように交換し終える。


「やっほー。二人ともこんばんはー」


 三人の通話が繋がった瞬間、待ち構えていたかのように高いテンションで絵美さんが喋り出す。


「ごきげんよう、お名前はなんていうのかな? わたしは相馬絵美だ」

「蒼井希望っていいます、希望と書いてのぞみです」

「希望ちゃんか、良い名前だ」


 聞いた名前を噛みしめるように、額に指先を当てながら気取ったように天を仰ぐ。

 その身のこなしは舞台役者のようで二車線の道路越しでもわかるくらい大げさだ。この場にいるなら天音ちゃんに採点してほしい。


「しかも名前負けしていない。ここからでもわかるくらい、かわいい子猫ちゃんじゃないか」

「こっ、子猫ちゃん?」


 聞き慣れない言葉を前に、希望ちゃんはゲーム機を落としそうになるくらい慌てふためく。

 一定水準以上のルックスを持つ人間に対して必ずやってしまう、絵美さんの悪い癖だ。


「はいはい、口説くのは止めてください。狩り行きますよ」

「そうだったな。今日はモンバスをやらないで何をやる、って日だな」


 絵美さんはその場の勢いと直感だけで行動している節があるため、こうして方向指示をしてやる必要がある。

 一人で行動している時はどうなっているのか、知りたくもない。

 協調性が低く、一般社会には溶け込むのは難しいだろう。

 しかし凡人たる我々と違い、彼女にその必要はない。


「絵美さん、クエストどのくらい進めました?」

「ああ、昼にゲームを買ってな。PRも2になっているよ」


 画面内には同じルームに男性一人女性二人のキャラクターがいて、今はクエストに出発する準備段階だ。

 そこで絵美さんが操作するキャラクターの詳細な情報を調べてみる。すると初期状態である俺と希望ちゃんのPR(プレイヤーランク)は1だが、絵美さんは2に昇格していた。


「じゃあ、わたし達がお世話になっちゃいますね。それに相馬さんは二度手間になっちゃう」

「なに、構わないさ。効率だけが全てじゃない」


 プレイヤー間にランクの差があると、高い方が低い方を手伝う形になることが多い。

 俺達が挑もうとしているクエストを絵美さんはすでにクリア済みで、ただのボランティアになる。しかしそんなことを主張もせず、俺達に合わせてプレイするつもりだったようだ。こういう懐の深い部分は彼女の長所だ。


「あと名字にさん付けなんて悲しい、わたしは泣いてしまうよ。絵美、せめて絵美さんと呼んでくれ」

「ごっ、ごめんなさい……絵美さん、よろしくお願いします!」

「元気があっていい子だね! じゃあ行こうか」


 希望ちゃんと絵美さんがコミュニケーションを取れるか少し疑問だったが、挨拶代わりの雑談も平和に済んで安心する。


「初クエスト出発だ」


 一人プレイではまずしない宣言をしてから、俺はクエスト開始ボタンを押した。

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