(4)ヲタサーの侵略
「へー、あのアニメにも出てたんだ? わたしたまに観てたよ」
「ありがとう。でもガヤだよ? メインキャストの人達とは話もできない身だからさ」
夕飯を終えてお店を出ても、二人の会話は速過ぎず遅過ぎない良いテンポで続いていた。
どうやら仲良くなれそうで嬉しいが、俺はバンドフェスの内容を知らないことや女子同士の独特な空気感に入っていけず困る間もあった。
「これからどうしようか?」
すでに八時を過ぎていて希望ちゃんは大学生でも未成年、このまま帰るのもいいだろう。
「さっきのゲーセン少し覗いてもいいかな? まだ日課の2クレ分を終えてないからさ」
天音ちゃんは店内では外していた伊達メガネを掛け、ヘッドフォンを肩に掛ける。
「うん、いいよ。天音ちゃんがダンスゲーしてるとこ、もうちょっと見てみたいし」
「ありがとう。創にぃもいい?」
いいよ、と頷く。ゲームを一回やるくらいならあまり遅くはならないだろう。
そのまま元来た道を戻り、駅前のゲームセンターに再び入り、階段で三階に辿り着く。
「あっ……ちょっと待って」
すると音ゲーが並ぶ開けたフロアに出る前に、天音ちゃんは近くにある筐体に隠れて目当てであるダンスゲーの辺りを窺う。すると落胆するように額に手を当てた。
「あー、あの人達まだいるのか」
俺と希望ちゃんも同じようにフロアの方を覗いてみる。
するとダンスゲーの筐体には人だかりができていた。
但しそれは順番待ちの列ではなく、身内で盛り上がるためにマナーを守らず筐体を囲っている集団のようだ。そして彼らには見覚えがあった。
「さっき俺達の後にやってきた人達だね」
天音ちゃんは「うん」と呟いてから、憂鬱そうに溜息をつく。
「簡単に言えば、ガラの悪い連中だよ。ボクは関わりたくないから詳しい事情までは知らないけど、他のお客さんが並び難い空気を作ってよく騒いでる。少し前から見掛け――やあ!」
話の途中で何かに気づいたのか、俺と希望ちゃんの背後に向けて手を上げる。
振り向けば、見知らぬ男性が近くを通り掛かっていた。
「どうしたの? 音ゲーのフロア来るの珍しいね?」
「昨日の稽古お疲れ。僕は下の階で日課のゲームしてたんだけど、林原さんの話を思い出してここを覗きに来たんだ」
スタイルの良さを活かした細いラインが綺麗な服装に、切り揃えられた眉毛とワックスで整えられた髪の毛が印象的な男性。彼をイケメンと思う人は多いだろう。
「創にぃ、紹介するね。彼は森嶋くん、同じ劇団に所属している仲間だよ」
「あっ……どうも」
俺は挨拶をしようとしたが、軽い会釈と歯切れの悪い一言が出てしまう。
「こんばんは」
対して彼は、明るい笑顔を湛えて聴こえやすい綺麗な声で返してくれる。
天音ちゃんと同じく劇団員をしているせいか纏う雰囲気が光り輝いていて、初対面にも関わらず若干気圧されてしまう。普段、技術者をしている俺や同僚達とは明らかに違う人種だ。
ヲタク特有の劣等感が掘り起こされる気分に、少しだけなる。
「どうしたの? ダンスゲーのところ……ああ、そういうことか」
彼は開けたフロアを眺めると、何かに納得したようにそう言った。きっとダンスゲーの筐体を囲む集団を見つけたのだろう。
「このフロアにもあの連中いるのか、やり難いでしょ?」
「えっ、森嶋くんも知ってるの?」
一度頷き、聞こえないぐらいの小さい溜息をしてから彼は話し出した。
「二ヶ月くらい前からこのゲーセンに出入りするようになった、迷惑な連中だよ。マナーも悪くて騒げそうな筐体を探して屯しているんだ。しかもどのゲームも、僕達みたいにやり込むわけじゃない」
「画面見なくてもそうだとわかるよ。あんなんじゃフルコンどころかクリアも怪しい、する気も無いのかも。下手なのは別に悪い事じゃないけど、ノーマナーな人は来ないでほしい」
二人ともウンザリとした様子で話し合っている。
「その辺の事情なんだけど……あの連中、地下の格ゲーエリアでも騒ごうとした日があったんだ。でも武闘派な人があそこは多いから、閉め出されたみたいだよ」
それを聞いて天音ちゃんはくすりと笑いつつ、少しだけ嬉しそうだった。
「あそこは別世界だからね。いるのはゲーマー達だけど、体育会系の世界だから」
「しかも、ハイカさんが来てた日に騒ごうとしたらしくて……店員が何もしなくても出禁状態になってるみたいなんだ」
彼が言ったその名前に、俺と希望ちゃんはお互いに顔を見合わせつい反応してしまう。
「それはあの人達も難儀というか自業自得というか……あれ、二人共どうしたの?」
俺達の反応を見て、天音ちゃんは訊いてくる。
「夏織……いや、ハイカのこと知ってるの?」
「いろいろ有名人だからね。ボクや森嶋くんみたいに、ゲームをきっかけに知名度を上げようとしている人にとっては一つの成功例やお手本みたいな人かな」
「俺も希望ちゃんも、一応知り合いなんだ」
「えっ! 何それ!」
すると若干物騒な事にも落ち着いて話をしていたのに、豹変し食いついてくる。
「俺達は先月、ハイカのコスプレイベントを少し手伝ったりしてたからさ……まあ、その話は今度するよ。今は……ね?」
「ごめん、つい」
すると天音ちゃんは反省するようにしゅんと背筋を曲げ、俺と森嶋さんに軽く両手を合わせて謝る。
今日会った時、希望ちゃんに勢い良く話し掛けた時も同じだった。興味がある事や好きな事には冷静さを失ってしまうのかもしれない。
ただそんな姿を見て、俺の妹と夢中でゲームをしていた幼い頃の天音ちゃんを思い出した。昔の食い入るように画面を見る姿と、ハイカの話題になって興奮してしまう姿は似ている。
そんな既視感が可笑しかったが、今はそっと心の奥に仕舞い込んだ。
「じゃあここと同じで、格ゲーのフロア以外では今も騒いでるんだね。何が楽しくてあんなことしてるのか、ボクにはわからない」
「格ゲーの常連さんからの話なんだけど、あの集団の一人を問い詰めた時があったみたいで、どうして周りのお客に迷惑を掛けるのか訊いたらしい」
森嶋さんは天音ちゃんよりこのゲーセンの事情に詳しいようだ。
「なんか、ちょっと怖いかも」
希望ちゃんが抱いた感想は至極真っ当なものだろう。
「いやいや、普段はこのゲーセンも平和でそんなの滅多に起きないです。それだけ連中が悪質ってことなんですよ」
釈明したいかのように、森嶋さんは身振り手振りを合わせてアピールしてくる。それだけこのゲーセンのことが好きなのかもしれない。
「そしたら相手は、事情を洗いざらい話したみたいなんだ……なんでも、あの集団は一人の女子が中心人物となって行動しているらしい」
「リーダーがいて、それが女の子ってこと?」
訝しむような表情で天音ちゃんは眉をひそめる。
俺はそれが気になり「ちょっと見てくる」と言い残し、不自然でない歩き方を意識してダンスゲーがある場所へ近づいてみる。
取り巻きと思わしき男達は五人、その中心には確かに女子がいた。
髪をツインテールにまとめ、服装はフリルが多めでドレス調という、いかにもな姿。
俺自身が言えた事ではないが、その子のルックスは男子に好かれるほどの容姿には思えない。
内面が魅力的なのだろうか? ただそんな人間が他人への迷惑を顧みずにゲーセンで遊ぶとは思えない。
疑問が増えて腑に落ちないが、ひとまず三人が身を隠している筐体の裏側に戻る。
「あれって……言いたくないけど、ヲタサーの姫とその仲間達ってやつかな?」
「ん? 創にぃ?」
天音ちゃんが俺の発言を戒めるように首を傾げてくる。そんな俺達の様子を見て希望ちゃんは控え目に口を押さえて笑い出した。
いい大人が言うには露骨で下品な表現だ、止めておくべきだったかもしれない。
「でも、その通りみたいです。ヲタサーとか姫とか、あんな集団が現実にいることには驚きですけど」
しかしそんなネットスラングを含んだ話でも、森嶋さんは特に抵抗無く聞いてくれた。
「僕みたいな劇団入っているだけの役者見習いに言われたくないだろうけど、あれは暇な学生やフリーターの集まりらしい。最初はどこかの大学のゲームサークルか何かで、ゲーセン巡りをしていく内に姫ポジションの女子が勧誘を続けて今の集団にしたらしい。男達は姫を楽しませようととにかく従順みたいだ」
「何それ? 気持ち悪い! 馴れ合いにしか思えない」
天音ちゃんは露骨に顔をしかめる。隠す気も無いくらい嫌悪している。
「でもどうして彼らはあの姫に従順なんだろうか? そんなに綺麗な子ってわけじゃないし媚びを売る理由がわからない。ルックスはあの姫より良いし、ダンスゲーも上手い天音ちゃんを見習って、ゲームを普通にプレイした方が楽しそうだけど?」
すると天音ちゃんは何か喋りたそうに口をパクパク動かし、なぜかぎこちない動きで逃げるように俺から視線を逸らす。
「そりゃあ、さ……ボクみたいな無愛想な人より、問題はあっても話ができる人の方が良いでしょ?」
「林原さんが無愛想かはともあれ……その意見は当たらずとも遠からずだね。簡単に言えば、連中にとってはあれが大事な居場所なんだと思う」
森嶋さんの話が気になり、俺は「というと?」と続きを求めた。
「ここからは憶測も入るけど……あの人達は多分、学校に馴染めなかったり目標が見つからなかったりで、自分の居場所が無い人達なんだと思う。そこで女の子に誘われ、偶然趣味の合う集団に入れて、虚しさを紛らわしてる人達なんじゃないかな? だからいい歳なのに、マナーが悪い行いはダメだと本音じゃわかっていても、続けてしまうんだと思う」
「どうして森嶋くんは、あの人達のそんな気持ちまでわかるの?」
踏み込んだ質問でも、どこか気遣うような声色で天音ちゃんは問う。
「僕は今、一応は劇団員って肩書きだけどさ……特に学生でも会社員でも無いし、林原さんとは違って声優事務所にも正所属じゃなく預かり所属だ」
芸能事務所には所属に段階があるのは聞いたことがある。位置付けとしては正社員と契約社員のようなものだろう。
「だからたまに思う、少し踏み外せば社会のはぐれ者だってね。だからそんな心細さを、ここで会った友達と喋って紛らわしている部分はある。あの連中と同じことはしないけど、それでも気持ちを察することはできるよ」
「ごめん。ボクにはわからない、わかりたくもない」
ゲーセンに変装してやってくるほど、ストイックにゲームや声優業に対して向き合っている天音ちゃんが理解するのは難しいかもしれない。
斯く言う俺も、彼女と似たような気持ちだ。
「そっか、君はそれでいい気がする」
森嶋さんは何かを察するように天音ちゃんに告げて、複雑な微笑みを浮かべる。
「まあ事情はさて置き、連中が迷惑なことには違いない。最近のゲーセンは小さな店舗の閉店が続いてて、ここみたいな都内の大きな店舗じゃないと遊び難い事情もある。できることなら追い出したいって、前から思ってたんだ」
「店員は対応してくれないんですか?」
俺は森嶋さんへひとまず質問をしてみる。ただおそらく、それがダメだから困っているのだろう。
「曜日によっては対応してくれる日もありますが、今日はやる気がないバイトの日みたいで見て見ぬふりをされます。連中もそれを狙って来ている節があります。だから、僕らがよく遊ぶ大型筐体の二階ではそういう外れの日は極力集まらないようにしてますね。それでも店員に頼れない日に遭遇する時もあるので、そんな時は……まあ力技ですね」
「力技?」
なぜか森嶋さんは気まずそうに天井を仰ぎ見てから、言い難そうに話し出した。
「うーんと、連中と同じぐらいの人数で筐体の後ろに仁王立ちして圧を掛けたりします」
天音ちゃんは呆れたように額に指を当てて項垂れる。
「いやいや林原さん、そんなリアクションしないでよ。連中も事件沙汰にはしたくないだろうから、そんだけアピールすれば去っていくよ」
「ボクはそこまでしてゲームをしたいとは思わないし、連中にも関わりたくない。少し交通の便は悪くなるけど別のゲーセン行くよ。あの場を譲るのは癪だけどさ」
彼らに関わることで、SNSで悪い風評が残ることも恐れている天音ちゃんならそういう考えに至るだろう。
「ごめん、ボク達はもう帰る。二人とも行こっか?」
天音ちゃんは俺と希望ちゃんを一瞥してから、気怠そうに階段を指差す。
そのまま去ろうとする彼女の後をついていくこともできる。
ただその前に、一つのアイディアが浮かぶ。このゲーセンに普段から来ない、部外者の俺だからこそできることがある。
「天音ちゃん、待って。ちょっと試したいことがある」
陰鬱な表情で振り返る彼女に、一つの案を説明することにした。
「森嶋さんの話を聞くに、彼らは周囲に迷惑は掛けるけど、人と衝突するほどの度胸は無いと思うんだ。だから案外、その姫だったり中心人物に対して強気に物申せば大人しくなってくれるんじゃないだろうか?」
「そんなに上手くいくかな? 創にぃが普段会話してるような常識ある人と、あの連中は違うんだよ?」
「一応、大人を頼ってくれ。それに万が一抉れても俺はここに通う習慣が無いからリスクも薄い。天音ちゃんと森嶋さんは今後もこのゲーセンに来るだろうし、隠れててくれればいいさ」
「なら、わたしもお助けします。創一さんと同じで揉め事になっても後腐れないし」
希望ちゃんは両手を握り締めて加勢する意思を見せてくれる。
女の子にそんな役割を任せていいのか疑問に思ったが、コミケでスリを捕まえた時のことを思い出し、そんな気遣いは無用どころか失礼かもしれないと思い直す。
「そこまでしてもらうわけには……」
天音ちゃんは戸惑いながら、俺達二人に対して目配せする。
「話し合いが成立しなかった時の保険も考えてあるし、任せてくれないか?」
すると彼女は思い悩みながらも、俺と希望ちゃんに「お願いします」と会釈してくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます