(2)ゲーセンの舞姫

 筋金入りの音ゲーマーに連絡を取るとすぐに返事が来て、週末の土曜日に三人で会うことになった。

 待ち合わせは夕方、場所は新宿の東南口前のゲームセンターで音ゲーのエリアがある三階。

 ちなみに俺は格闘ゲームをやるために以前はゲームセンターによく訪れていたが、今はネット対戦がメインのためたまにしか訪れない。


「うわぁ……なんか、薄暗いのに音とかすごい派手ですね。ゲームセンターには外から見えるクレーンゲームのフロアにしか入った事が無いので」


 希望ちゃんは周囲の大きめの筐体やそこから出ている煩い音に慣れない様子。


「ゲーセンの一階は普通の通行人も入るし比較的綺麗な場所だね。二階より上の階や地下は特定のゲームをやり込む人が多くて、窓も全くないしアングラ感が増すような感じはあるよ」


 九十年代ではゲームセンターは不良の溜まり場と言われていたらしい。頭も良いから俺よりは品行方正な高校生活を送っていただろうし、彼女とは無縁の場所だろう。


「ちょっと女の子には慣れないとこかも? 夏織も格ゲーをする上でゲーセンは腕試しの場で、家でやる方が落ち着くとは言ってたし」

「小さいライブハウスとかに似てるのかも、こんな感じなのかも」


 確かに周囲の煩さと薄暗さは似ているかもしれない。

 そんな話をしながら二階を巡回し、待ち合わせ場所である三階の音ゲーの筐体が沢山置かれたエリアに辿り着く。


 ターンテーブルと鍵盤が合わさった筐体や、カラフルなボタンが並んだもの、他にも和太鼓を叩くものもあり、これらはオーソドックスで一般の人にも知られている。

 さらに正方形のパネルが組み合わさってできたものや、円形の画面外周に配置された八つのボタンを操作するものもあり、これらはプレイの仕方もわからない。


「この辺にあるどれかをやってるはずなんだけど……」


 一つ一つの筐体も大きい上に、プレイヤーも多いため見つけ難い。

 探していると、他よりも大掛かりな音ゲーがあった。

 それは物理的なボタンを使うものではなく、筐体から離れた位置にある専用シートに立つプレイヤーが実際に踊る形式のゲームだった。

 画面に表示されたキャラクターと同じダンスができているか、非接触の光学式センサーがプレイヤーを捉え全身の動きを判定しているようだった。


「あれって」


 そんなダンスタイプの音ゲーを今プレイしている人物の後ろ姿に、既視感のようなものを覚える。

 メールやSNSでの交流はあっても実際に姿を見たのは五年前、彼女はまだ高校生だった。

 肩には届かないが真っ直ぐ下りている癖のない髪の毛や、細い体躯が映えるスパッツ姿には、当時から変わらないボーイッシュな印象がある。


「もしかしてメガネしてるあの子ですか?」


 ただ見慣れない部分もある。

 赤いアンダーリムのメガネや肩に掛けてる薄いピンクのヘッドフォンを身に付けている姿を、以前は見たことがない。


「多分そう」


 キレのある動きで踊りながら、画面で指示される振り付けの判定をクリアしていく。

 やがてクレジット分を終えると専用シートから離れ、待っていた次のプレイヤーに譲る。

 やや息が上がっているが満足感を隠し余韻を楽しむような、静かな微笑みを湛えている。


 希望ちゃんへ「行こう」と指でサインを送り、ゲームを終えたばかりの彼女に近づいてみる。

 すると目が合った瞬間、彼女の眼が見開く。俺の事をすぐに察してくれたようだ。


「創にぃ?」


 俺の事をそう呼ぶのは彼女だけ、久しぶりで胸の奥で熱いものがじわりと広がっていく。

 少し窺うように斜め下からこちらを見上げてくるが、すでにその瞳に疑問は無いようだ。


「天音ちゃん、だよな? 久しぶり」

「久しぶり……創にぃ、元気?」


 落ち着いていて少し気だるげな喋り方。

 昔と変わっていない。


「さっきのボクのプレイ、見てたんだ?」


 女の子なのに独特なその一人称も懐かしくて、嬉しい気分になる。


「ああ、見事だったよ。たまにツイート見てるけど、本当に音ゲー上手いんだな」

「趣味と実益を兼ねて楽しんでるよ」


 趣味というのはわかるが「実益」とはどういう意味なのだろうか?


「なんか創にぃ、大人っぽくなったね?」

「いやいや、そんなことないさ。社会人になって、心が老けたとは思ってるけどね」

「服装も髪も、学生の頃とは違うってわかる」

「そっか、ありがとう」


 天音ちゃんなら外見に無頓着だった昔の自分を覚えていてもおかしくない。だからこそ少し嬉しかった。

 高校生の頃は大した服は買えないし、大学の頃も理系の学科で忙しく周囲の学友もお洒落に気を使わない人が多かった。

 身形を気にし出したのは、就職が決まった大学卒業寸前だった。社会に出る前に、安い服でもいいから大人らしい恰好ができるようになりたいと思って、リア充よりの同級生に勇気を出して質問したことを今でも覚えている。


「天音ちゃんも少し変わったよ。メガネもヘッドフォンもかっこいい、個性があっていいよ」

「そっか、個性……か」


 すると天音ちゃんは口元に手を添えて控え目に笑った。なぜだろう、おかしなことでも言っただろうか?


「これも実益を求めていたら趣味になったんだよ」


 彼女は耳から外し肩に置いてあるヘッドフォンに触れる。


「それってどういう――」


 続けて質問しようとしたところで、背後からシャツの裾を引っ張られる。


「創一さん? わたしを紹介してくれますか?」


 希望ちゃんは今も俺のシャツを抓っていて、笑顔でも含むような声色をしている。

 数ヶ月前にも、部屋にある同人誌を読もうとして怖い氷の微笑みを向けられた。これが彼女の怒り方なのだろう。


「しょっ、紹介するよ。こちらが蒼井希望さん、メールでバンドフェスをやってるって話してた子だよ」


 すると天音ちゃんは「えっ!」と声を上げて驚きながら、俺の右肩から顔を出している希望ちゃんを覗き込むように一歩踏み出す。


「初めまして、ボクは林原天音はやしばらあまねっていいます」


 目を輝かせながら自己紹介するとさらに希望ちゃんに近づき、目の前で話し出した。


「バンドフェスやってるんですよね? もし良ければフレンドになりませんか? 今のイベント走るのきついですよね? ランキング対象楽曲で気合入れないとエキスパートのフルコン取れなくて苦しんでます。親指勢ですか? 置きプレイ勢ですか? ボクは電車の中でもやるので親指勢だったんですが、ボーダー一万位を維持し続けるにはフリックの精度で限界を感じてきたので、これから置きプレイにしようと思ってるんです。だから滑り止めシートをそろそろ買おうと……」


 天音ちゃんは豹変して急に捲し立てるような喋り方になり、俺達は圧倒される。

 ただそんなこちらの様子を察したようで、しゅんと勢いが収まり頭を下げてくる。


「ごっ、ごめんなさい」

「いえいえ、大丈夫ですよ。謝らないでください」


 希望ちゃんはその両肩を支えるように触れて頭を上げさせる。


「ボクは音ゲーする友達とか全然いなくて、つい嬉しくなっちゃいました」

「えっ! あんなに上手いのに音ゲーの友達いないのか?」


 SNSでの音ゲーの内容やスコアに関するつぶやき、フォロワーの数を見るにそういう知り合いは沢山いるのだと思い込んでいた。


「創にぃ、ストレートに言われると傷つくよ」

「おっと、ごめんごめん」


 唇を尖らせ腰に両手を当てながら、見上げながら文句を言われる。


「でも、さっきのダンスゲーだって上手いってすぐわかりました。わたしみたいなゆるいゲーマーとは違って、やる気にさえなればすぐ音ゲーの友達作れそう」


 すると天音ちゃんは少し困ったような様子で、伏し目がちになって俯く。

 希望ちゃんは踏み込んだ話をしてしまったと後悔しているのか、申し訳なさそうな表情で謝ろうと一歩彼女に近づくが、


「その辺の話をしにどこかのお店に入ろうか? ただその前にもう一回あのゲームやっていってもいいかな? 来たら2クレやるのが習慣でさ、今日は混んでないからすぐに――」


 天音ちゃんはプレイしていたダンスゲーの筐体へ振り返る。

 すると談笑しながら賑やかな集団がエスカレーターを上がってくるのが見えた。

 彼らは真っ直ぐこちらへ来る、天音ちゃんと同じダンスゲーを目指しているようだった。


「まずい」


 ただ天音ちゃんの方が筐体に近い場所にいたため、やろうと思えば先に並べたはず。なのにその集団を見て踏み止まったように見えた。


「行こう。今は間が悪いみたい」


 天音ちゃんは俺と希望ちゃんの腕をやや強引に引き、彼らがやってきたエレベーターとは逆の位置にある階段へ連れていく。


「突然どうしたの?」


 やってきた彼らを避けたいのは明らかだった。


「気にしないで、下らない事だよ。それよりどっかのお店入ろう。こんな夕飯時でもあまり混んでないところ知ってるから」

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