(5)番組での宣言

 そんな夏織の行動は、次の日にはSNSや掲示板を通じて拡散されていた。

 もちろんコスプレや格闘ゲームに興味がある極一部の層にしか知られない。それでも会場での状況や脚色された尾鰭が広まって、ネット上に悪い評判が残る形になった。

 中にはあの状況を正しく把握して夏織を擁護する内容もあったが、同時に事実を曲解した誹謗中傷などもあった。


「夏織さん、大丈夫でしょうか?」

「ちょっとメッセージを送ってみるよ」


 希望ちゃんは学校、俺は仕事が終わりベランダに出ると、すぐに夏織の話題になった。


「こんな……コスプレイヤーハイカがファンに暴力行為、なんて酷い見出しですよ。ネット越しに誰かを攻撃するなんて、性格が歪んでるとしか思えない!」


 スマホに表示されているネットの記事を俺に向けながら、彼女は怒りを露わにする。


「そういう手合いはいなくならない。でも悔しいね、仕方ないの一言で済ますのは」


 喋りながら夏織へ送る文面をスマホで考えるが、シンプルに「大丈夫か?」とだけ書いてみる。余計な言葉は加えずシンプルな方がいいだろう。


「あいつなら大丈夫だとは思うけど……おっと」


 すると送信して三十秒も掛からずスマホに通知が表示される。

 もちろん夏織からの返信で、アプリを開くとそこには一行の短いメッセージがあった。


――誰よりもジャムに近い人間になるために!


 確か昨日の昼食の時も同じことを言っていた。

 それに加えて、ウェブサイトのリンク先が貼られていた。URLから、夏織が利用している配信サイトのオープンレッグだとわかる。


「観てみようか」


 普段はミュートになっている音量を上げ、片手で持つスマホを傾け希望ちゃんにも観えるようにする。


「あ、ありがとうございます」


 するとオフライン表示になっていた動画が数秒でオンライン表示になり、すぐに番組開始となった。

 それは夏織がプレイしているブレイギアの有名プレイヤーの男性二人がMCをしている、有名なチャンネルの配信番組だった。

 俺は毎回欠かさず生放送を観ているわけではないけれど、部屋の掃除中などにアーカイブでの配信動画を流している時もある。


『マイク良好? 来い来い、大丈夫かな? はい、どうもこんばんはー』


 TV番組と違い、MCがマイクの繋がりを確認する部分が映し出されている。そんな雑多で手作り感がある部分も個人的には嫌いではない。


『はい、今日もブレイギアやっていきましょー……の前に! 今日はゲストがいらっしゃってます。しかも……めちゃくちゃ可愛らしい、女性です!』

『そうですね。なので、いつもの下ネタ発言とかはダメですからね?』


 テンションの高いボケ役と落ち着いた雰囲気のツッコミ役が、挨拶ついでのトークをする。

 そして「どうぞ!」という掛け声の後、二人の間に置かれた椅子に見知ったドレス然とした衣装を着た女の子、夏織が外面外から入ってきた。


『どうも、コスプレ格ゲーマーのハイカです!』


 夏織は俺達と話をしていた時の自然体とは違い、コスプレ会場でポーズを取っていた時と同じキャラのイメージに合わせた雰囲気で、気張った口調でカメラに向かって挨拶をする。


『おっと、これは』


 しかし夏織の登場と同時に、動画枠の横にあるコメントの投稿頻度が増していく。

 ただその内容は、純粋に歓迎する声とは違い「おチンポ野郎」だの「リアル発勁」といった昨日のコスプレ会場で夏織がした行動を指摘するものが多かった。


『皆さん「チン」は止めてください。セクハラですからね。いつもの放送とは違いますよ?』


 ツッコミ役の人が視聴者へ落ち着くように呼び掛けるが、ボケ役の人はコメントを見ながらゲラゲラと笑い続けてしまう。

 テレビなら放送事故かもしれないが、ネットの動画配信はこの程度では終わらない。しかもこのチャンネルは自分達の炎上騒動をネタにするような時もある番組だ。


 しかしこのままでは進行しない。

 そんな状況を見兼ねてか、夏織は登場時のキャラクターになりきっていた様子を崩し、MCの二人や動画外のスタッフへ話し掛け始めた。


『ね? あたしが出たら、荒れるって言ったでしょ? あー、すっごい、めちゃコメント進んでる。おもしろーい!』


 夏織はこの混沌とした状況を楽しむかのように、荒れたコメント欄を読み上げ始めた。まるで煽りに対して挑発的に煽り返しているようにも見える。


「あー、夏織さんなんてことを」

「あいつらしい、のかな?」


 しかしそんなおふざけもすぐに止め、出来事のあらましを周囲の番組関係者と視聴者へ向けて語り出した。


『あたしは昨日コスプレのイベントにこの姿で行ってたんですが、そこでマナーが悪い方がいて揉め事になっちゃいました。それでこんなコメントが流れてるわけですね。じゃあ……少しだけ疑問に答えちゃいましょうか?』


 親指と人差し指で隙間を作り「少しだけ時間ください」とMCの二人に断りを入れる。


『途中で帰ったのは本当で、昨日は企業の方から頂いているお仕事の場ではなかったのであたしの自由だと思います。それに「リアル発勁」をしたつもりは無いんですけど転ばせちゃったのは確かですね、いきなり男性に手を握られたので仕方ないです。なんちゃら野郎、って言ったのも本当ですね。あと「謝罪はよ」ってありますが必要ないと思ってます。個人配信が売名行為……って言われても、ゲーマーが配信やるのは当たり前のご時世です。実力を認知されるための努力の何がいけないのか――』


 物騒な内容に対して、早口言葉の要領で矢継ぎ早に答え続けていく。

 ツッコミ役のMCが夏織の止めに入ろうとするが、何かを察したボケ役のMCが「このまま続けさせよう」と片手を立てて無言のサインを送る。

 数分間だけコメントに答えた後、両手を叩いてから締めの内容を話し始めた。


『基本的にあたしはコスプレしているだけの格闘ゲーマーです。格闘ゲームの腕を上げて結果を出し、もっとレベルの高いコスプレができるように頑張っています。でも、普通のタレントみたいに行儀良く品行方正でいようなんて全く思ってません。なのでこういう事で人気が下がっても構わないと思っています』


 最後に深呼吸して、カメラに対して真っ直ぐの視線を向けながら言った。


『人気者になるために活動しているわけじゃないのです』


 そんな夏織の宣言は、番組を観ている視聴者、さらにSNSなどを通じて情報を間接的に受け取る者達全員への宣言に思えた。

 人気者になるために活動しているわけじゃない、では何のために?

 その答えは、番組開始前に俺のスマホに送られてきたメッセージの通りだ。


『でもファンになって頂いた方を無碍にしようとも思いません。こんなあたしですが、今後ともよろしくお願いします』


 その後もコメントの荒れ具合は続いた。

 ただMC二人と夏織が対戦を始めると徐々に収まっていき、五分もしない内に通常の放送と同じ雰囲気に番組は戻っていた。


「あいつは本物かも」

「そうですね……わたしには大物に見えますよ」


 確かに、と希望ちゃんの言葉に頷く。

 それから俺は活き活きと動画内で勝負をしている夏織の姿が羨ましくて、画面に映るその姿をしばらく見続けていた。



 その後、コスプレイヤーハイカは媚びない武闘派な性格が受けたのか、格闘ゲームファン以外の層にも認知され、さらに人気が高まることになった。

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