一章   青く光る

7月1日

夏休み間近であるためか暑さのためか腑抜けた顔をした生徒がたくさん登校している。

都心に比べればここなんて涼しいくらいなのに。

昇降口は生徒でいっぱいになり、土臭い匂いが漂ってくる。

俺はその中をくぐり抜け、手に靴を持って職員室に向かった。

一階の隅にある職員室に着くと、中から出てきた先生に廊下で待っとくように言われた。

「転校早々、廊下立ちかよ…」

そんな愚痴を言いながら四、五分が過ぎた。

「内木~、こっちに来い」

やっと呼ばれて中に入ると、そこにはとてつもなく大きな男の人が俺の事を睨んで立っていた。

何?いじめ?それとも新手の派手な歓迎会?

「こちらが君のクラスの担任の熊野先生だ」

「よろしくお願いします…」

「おう!よろしく!」

熊野先生は見た目からは想像出来ない親しみやすそうな笑顔でそう言った。

「楽しい半年しような!」

続けて熊野先生は俺の肩を叩き、笑いながら言った。

「内木のクラスは四階の二年六組だ。場所は分かるか?」

「はい、昨日パンフレットを見たので」

「そうかそうか、予習がいいな」

そう熊野先生は豪快に笑いながら職員室の奥へと歩いて行った。

よく笑う先生だな。で、俺はどうすれば?

何も支持をもらわないまま先生がどこかに行ってしまったので、ひとまず教室に向かうことにした。

俺は昇降口まで戻り、その前のある階段で四階に向かった。

階段付近は透明な窓ガラスになっており、太陽の光が大量に入ってきていた。

「あちぃ…」

これが冬の時だと暖かくて気持ちがいいのだろうが夏だと地獄だ。俺は灼熱の階段を上りきり、教室の前まで来ると中から男女様々な声が聞こえてきた。

俺はドキドキしながら教室の後ろのドアからゆっくりと教室の中に入った。

教室には三十人ほどの生徒がいたが誰も俺に気づいていない。

俺は黒板に書いてある座席表を見て、窓側の席に座った。

窓からは近くにある森が見えていた。その森から吹かれてくる風はとても心地が良い。

しばらく窓の外の風景に心安らいでいると突然後ろから声をかけられた。

「あれ?内木くん?」

「あ…」

声をかけてきた主は昨日土手で出会った光原ホタルだった。

「内木くん同級生だったんだ、年下かと思っちゃったよ~」

「俺も年上かと思いましたよ」

夜に会った時は大人らしさを感じたが今こうやって見るとそこまで年が変わらないようにも感じる。

思春期特有の『こんなヒロインいたらな~』フィルターがかかっていたのかもしれない。

「ホタル~その子誰~?」

ホタルの後ろから飛び込むように抱き着いてきた栗色の髪をした女子生徒が俺を見て言った。

「友達の内木くん」

ホタルはそう簡単に答えたが俺はホタルと友達になった覚えがない。

「え…あ、あの~」

「ほら~内木くん困ってるじゃん。ホタルは誰とでもフレンドリーだからね」

栗色の髪の女子が笑いながら言った。

ホタルは羞恥心からだろうか顔を赤くしながら、栗色の髪の女子とじゃれ合い始めた。

一通りじゃれ合ってからホタルは俺の方を上目遣いで見てきた。

「じゃあ今から友達になろ?」

こんな美少女からお願いされて断れる男子はいないだろう。

俺は首を縦に振った。

「じゃあ私とも友達だね。私、久喜ユメノ。よろしく」

「よろしく」

友達の友達だから友達という理論はよくわからないがひとまず返事はしておく。

「さぁ、朝のホームルーム始めるぞ」

いつの間にか教室に入ってきていた熊野先生は教壇の前に立った。

「今日からここのクラスメイトになるやつがいるぞ」

熊野先生は俺を見て手招きをした。

俺は席を立ち、熊野先生の横に立った。

「内木トウマ君だ。仲良くしてやってくれよ」

熊野先生は俺の肩をつついてくる。自己紹介をしろということだろう。

「内木トウマです。最近こっちに引っ越してきたばかりなので色々教えてください」

何の凹凸もないシンプルな自己紹介を済ませると俺は自分の席に座った。

それから昼まで授業を受けて帰路に着いた。どうやらこの学校は七月に入ると四時限目までしかないらしい。楽なので文句はないのだが。

学校から家へは十分くらいかかる。俺は田んぼ豊かな道を延々と歩き、家に着いた。

家の周りには田んぼがあるので一件ポツンとある木造建築の我が家はとても目立つ。

「ただいま~」

「………」

母さんの声が返ってこない。

昼ご飯でも買いに行ったのだろうと勝手に決め込んで木製の階段を上がり自分の部屋へと向かった。

部屋には大量の段ボールによって占拠されていた。

「さぁ、家具の配置でもするか」

重い腰を上げ、段ボールを一つ開封した。

その中には父さんの遺品が入っていた。

「ったく、あの母親は…」

父さんの要望で都会からこんな田舎に引っ越してきたのだが、引っ越しをする一週間前に交通事故によってこの世から去ってしまった。

母さんは相当ショックだったらしく一時は水も喉を通らなかった。

しかし、しばらくすると元気になったらしくご飯も普通に食べられるようになっていたのだが、まだ父さんのものを自分で保管できるほど心の整理が出来ていないみたいだ。

しばらく段ボールの中を眺めていたが何か心に来るものがあり段ボールを閉じて、クローゼットの中に入れようとした。

すると段ボールから何かが落ちてきた。

「これは…」

それは木製の蛍の形をしたキーホルダーだった。

そのキーホルダーは古いのか新しいのか分からない微妙な感じだった。

「これも父さんのか?」

今まで父さんがこんなキーホルダーをつけているところなど見たことがない。

父さんはバックなどにキーホルダーを付けるのを嫌っていた。

「もらっておくか」

俺はキーホルダーを机の上に置き、段ボールの片付けを再開した。

しばらく片付けをしていると玄関から物音が聞こえた。

「ただいま~」

どうやら母さんが帰ってきたみたいだ。

「ごめんね~買い物が長くなっちゃった」

「いいよ、別に」

「ご飯にするから下りてきなさい」

「分かった~」

俺は整理途中の段ボールを隅に置き、階段を下りた。

リビングに向かうと母さんはお皿に盛りつけたお惣菜をテーブルに並べていた。

俺が椅子に座ると母さんは俺の正面の椅子に座った。

母さんはお惣菜を小皿に取ると同時に口を開いた。

「友達できた?」

「まぁ…」

「お!転校初日からとはやりますね~」

母さんは元からテンションが高いが父さんが亡くなってから無理にテンションを上げてる感じがする。

俺を不安にさせないようにしているのだろうが少しうざい。

その後は世間話や他愛のない話をしながら昼食を摂った。

「ごちそうさま」

昼食を食べ終わった俺は再び二階に上がり部屋の整理に没頭した。

しばらく集中していたので時間が経つのを忘れていた。

段ボールの山がある程度片付いたところで俺は顔を上げた。

外はすっかり暗くなっていた。俺は夜風に当たろうと窓に近づき、夜空を見上げた。

夜空に光る星は薄い青色のような光で光っていた。

そして外から流れてくる風は少し肌寒がった。


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ほたるの光の下で 岡 新界 @okasinnkai

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