【05】摩天城は踊らされる
ルイスは借りていた宿に皆を招き入れた。人間は勇者エルク、戦神ウッド、大魔女リリス、聖女ミナエルの四名。絡繰は
「彼らは滅んだカラクリ王国の亡霊なの。日の登っている間、こちらの世界にやってきて遣り残した人生を謳歌している。そして夜になって私があの弔歌を歌う頃になると、また黄泉の国に帰っていくのよ」
ミナエルは絡繰人形の町についてそう話した。ルイスが眉を顰めて尋ねる。
「私には昼の間にも歌が聞こえていた。それにチューチェにも。その歌を頼りにここへ辿り着いたんだ。だが、その歌声はリリスには聞こえなかった。なぜだ?」
「鋭い質問ね――。絡繰には聞こえて生きている人間には聞こえない昼の歌」
「あの歌は生きている人間には聞こえないのか」
「そういっても過言ではないわね。あれはこの世とあの世の絡繰りを破る歌。この世界では人間とも魔族とも違う絡繰人形くらいしか聞くことは出来ないでしょう。でもきっと耳障りだったんじゃないかしら?なにしろずっと聞こえているんですから」
それを聞いていたチューチェ以外の者たちは皆きょとんとしていた。ルイスは「まあな」と相槌を打ってから横目で時計を見る。絡繰時計が深夜の鐘を鳴らした。楽しい談笑のひと時は終わりを告げる。ルイスはもう寝る時間だと口にした。
「積もる話はこれくらいにしよう。明日は摩天城に乗り込む。十分な休養が必要だ」
エルクが前かがみになって厳しい表情で言う。
「ルイス、本当にさっきの作戦でいいというの?」
絡繰戦士は彼らに不安を与えないように微笑んで
「ああ、作戦通りにしてくれ。メッカ・カラクリのことは頼んだぞ」
と話し、席を立った。寝床は四人分しか空いていないが、別れの前くらい仲間たちと一緒の場所で夜を共にしたい。ルイスが休むためおもむろに床へ転がると、それを見ていた選ばれし者たちは憂いの表情で互いに顔を見合わせた。
最後の朝、ルイスたちは迷宮結界を抜けた。帰りはとてもあっけないものであった。ミナエルが手を振り一条の光線を放つと、結界を為していた森の木々は足が生えたかのように飛びのいて道を開け、彼らを外へ導いた。そして勇者たちはニーアの操縦するバタフライが到着するのを待った。
ばさっ、ばさっと四枚の羽根を羽ばたかせて巨大な絡繰バタフライが天から現れる。航空機から飛び降りるエンジはルイスに抱き着くと
「蘇生の宝剣、見つかったんだね!」
と声をかける。ルイスは「ああ」と一言だけ返事をして彼を抱きしめ返す。それから、バタフライの操縦者に目を移して大きな声で指示を出した。
「ニーア、プランβだ。バタフライ機を貸してもらうぞ」
プランβ、それはカラクリ大王国で聖女と宝剣が揃い、ルイスが帰還を果たす。そのうえで摩天城への急襲が皆に承諾された場合の計画である。ニーアは言われるや否や状況を理解し、大きなバックパックくらいの荷物を三つ持って降りてくる。残されたエンジとニーアが短い間、野営するための道具であった。
ニーアが歩み寄ってきて短い髪をなびかせながら言った。
「行ってしまうのね――E1。いや、ルイス」
「迷惑をかける。バタフライは必ずここに戻る。しばらく辛抱を強いること許してくれ」
エンジが絡繰戦士の腕を強く握り、今にも泣きだしそうな様子で
「帰ってくるよね、ルイス。帰ってくるって――言ってくれっ」
と口を詰まらせながら訊く。ルイスは彼の頭に手を添えながら朗らかな顔をして答えた。
「エンジ、きっと帰ってくるさ。私の魂の存在を信じていてくれ」
エンジは彼の言葉を察したのか、涙を堪えて一度だけ強く頷いた。
出発の時間だ。四名の人間と二体の絡繰を乗せたバタフライにエンジンがかかる。操舵席に座るのはリリス。彼女は事前にニーアから機体の操縦法を学んでいた。ルイスが確認を取る。
「リリス、こいつに自動転移魔法はかかっているな?」
「もっちろーん。あっちに行ってから十二時間後、バタフライは元の世界に戻ってこれるよ」
「ありがとう。お前には計画のためにいくつも頼みを聞いてもらったな。感謝する」
ルイスは同じ言葉をミナエルに向かっても言った。腕に切り傷を抱えて包帯をした聖女は、そんなことはないと笑顔で実の子に応じた。
バタフライは羽を広げた。蛹から今まさに羽化した蝶のように羽ばたいて空へ向かう。第二のカラクリ王国の隠れるその大地を眼下にして。地上からは彼らを支えた絡繰技術士たちが発進を見届ける。次の瞬間、ルイスは自分に念じた。
「我、魔王デス・ルイスの魂を宿す者。己の辿りし運命の理由をここに問い、魔族の王とまみえ決戦を望まん。摩天に聳える思念の城よ、我が思いを叶えたまえ――」
魔王の呼びかけに応えて摩天城への道がその姿を現す。バタフライの面前に黒い闇の門が現れて機体が呑まれていく。乗員たちはその先に佇む魔族の世界に各々の思いをはせる。次の瞬間、巨大な影の中に希望の乗ったバタフライは忽然と消えた。
◆
大陸ほどの大きさをした超巨大な建造物。ブライス城なんて目でもないその魔族の城には数多の魔族が暮らしている。彼らは普段思うがままにこの空間で生活し、欲望を果たさんために外の世界へ繰り出していく。生きとし生ける者の心に住処を得た彼らにとって、その世界は外と匹敵するもう一つの世界であった。魔族はこの世の半分を支配していた。
天球には外の世界の人々が思い描く夜の風景。人は夜に眠り、朝に活動する。ここはちょうどそんな当たり前の逆を行く空間。外が明るければ摩天城は暗く閉ざされる。反対に摩天城が紅蓮の太陽に照らされれば外の世界は闇夜に紛れる。
満月煌めく空に舞うバタフライで、ルイスが指をさして操舵に伝える。
「あそこだ。あの平野にバタフライを着地させてくれ。そこからデス・ルイスのいる天守閣まで一気に登る」
了解したリリスは指示された場所へバタフライを巧みに誘導する。機体は地上に大きな風を巻き上げながら着地した。箱舟から次々に戦場へ舞い降りる戦士たち。そこから臨めるのはバベルの塔を思わせる途方もなく高い螺旋階段。頂上で待ち構えているのは魔族を束ねる魔王デス・ルイス。
彼らは戦いを前に不穏な静けさを感じていた。魔族が侵入者に攻撃を仕掛けてくる様子はない。摩天城の大地に降り立った時点でエルクたちは戦闘を覚悟していたが、デス・ルイスの勅令について知らされていないのであった。
このときデス・ルイスは勇者たちが攻め入ってくることを感知していた。そして神の啓示を受け入れたうえで、すべての魔族にこの摩天城を去るように伝えていたのだ。魔王が亡くなったとしても魔族が外の世界にて生きながらえれば、必ず彼らの帝国を復興することができる。デス・ルイスは自分を犠牲にして、彼に付き従った配下たちを逃がそうとしていた。それを戦士ルイスは過去の自分の選択として覚えている。
一行はひたすらに長い階段を走る。最終決戦の舞台はもうすぐである。
文字の描かれた方形石板で埋め尽くされた天守閣。その石板一つ一つに死んだ魔族の魂が宿っている。天守閣を為しているのは消えていった魔族の墓石。例えるならば、そこは巨大な魔族の墓場であった。オラスが
巨人が出入りできるほど大きな門の前で待ち構える者がいる。それはこの城、殊に天守閣を司る執事長エルデス。重々しい吐息を口から吐きながら厳めしく立つ鎧のゴーレム。摩天城で勇者たちを最初に出迎えたのは彼であった。
先頭に立ったルイスがエルデスを見て立ち止まった。それに続いてやってきた一行もルイスの停止に気付いて足を止める。エルデスは深く屈んで彼らに敬意を示したうえで、周囲から掌サイズの文字石板を呼び寄せて歓迎の言葉を述べた。
『ようこそ、摩天城へ。神に遣わされた哀れな子羊達をお待ちしておりました』
ルイスたちに読み取ってもらえるよう、石板は裏返しのまま一文を形成すると、次々に文頭から翻ってメッセージを表す。
『天守閣の奥では魔王を守護する四天王が待ち構えています』
『この城を後にしろという王の勅令を誰も聞き入れず、命を賭してあなた方を滅ぼす所存です』
『四天王の間には戦いをする一人しか入ることが出来ません。彼らは一騎打ちを望んでいます』
勇者たちを目の前にエルデスは四天王の決意を表明するべく、そう文章を浮かび上がらせた。
各四天王にはそれぞれ特別の部屋が天守閣で与えられている。その四天王の間は彼らの功績をたたえた石碑文の門が閉ざしており、挑戦者一人しか中への入場を許されない。他の者たちは外で無事を祈ることしかできない。四つの間は直線上に連なっており、連戦が強いられる。
「言いたいことはそれだけか、エルデス」
霊剣を背負ったルイスが柄に手をかける。次の瞬間である。
ザシュッ!放たれた剣がエルデスの胴をテキストごと切り裂く。戦闘員ではないエルデスはそのまま左右の身体に千切られてこの世を去った。
「これで首謀者の一人は消えたな――」
ルイスは崩れ落ちた鎧のゴーレムを見下しながら言い捨てた。そして大きく息を吐いてから振り返り、後続の者たちに向かって声を上げた。
「この先が摩天城の中央、天守閣だ。魔王の最強の配下である四体の魔物が私たちを待ち構えている。頼んだぞ、みんな」
勇者エルクは力強く頷いて答えた。ウッドは重い鎧に身を包んだまま腕を組む。リリスやチューチェ、ミナエルも最後の戦いに気を引き締める。
天守閣の扉が開かれた。奥から重たい空気が漏れ出して一行の足元を冷やす。薄暗い天守閣、待ち受けているのは最強の門番と選ばれし人間との対決である。
◆
――勇者エルク VS 悪魔の
『獣人より出でし悪魔の化身にて魔の神官。
回復と攻撃の両道を行き神にも仇名す暴君。
美食家とて魔族の観光案内地図を策定す』
ボアドの勲功の書かれた門が開き、エルクは一歩一歩その先の大木の階段を下りていく。ルイスたちは閉められた門の前でエルクの勝利を待つ。
ブライス帝国城の敷地ほどもある巨大な四天王の間。四天王が第一、ボアドの待ち受けるそこは、大小の木々が立ち並ぶ幻妖の森。毒に浸されたような紫の幹が気持ちの悪いブルーの木苺を実らせる。内部の湖畔には聖なる水が湛えられていて、タコタンクという軟体の魔物が住み着いている。森林で茂る草にはロブスターやらイナゴやら様々な形の食用魔物が住み着く。
ボアドは濃緑色に鈍い輝きをする神官服を身に着け、その褐色で屈強な腕っぷしをありありと見せつけた。首、腕、脚にはトゲついた足枷がつき、猪の顔には白い文様の化粧、口から突き出した牙には艶やかな彫刻が施されている。鼻は挑戦者を嗅ぎ付け、濃い眉の下、厚い瞳がエルクの姿を捉えた。右手には戦棍を、左手にはモーニングスター先端の凶器たる巨大な棘の球体、ニードルスターが携えられている。
「よく来たな。ワイはボアド、猪の獣人から魔族になった。ワイは強いで勇者」
「僕は負けない。この戦い、勝ちを貰うぞ!」
戦いの火ぶたが切って落とされる。ボアドは戦棍を振り下ろすと
「
と大声で呪文を唱える。ボアドを術式が取り囲み、すぐさまエルクの周囲に変化が起こる。
ジャジャジャジャジャ!エルクの立っているその場所の草は不自然なほど切りそろえられていた。ボアドの唱えた回復魔法はその草木を茂らせる。
「くっ!」
エルクはとっさに絡繰の義足で跳躍。伸びに伸びてくる紫のツルの呪縛から逃れんと宙を舞う。シュンッ、シュンッ!エルクは伸びてくるツルの鞭に捕まらないようにターボで踊度を効かせて旋回した。しかし、俊敏な一本の触手がエルクの足首を捉える。
「聖剣ヴァイス・シャイト!」
エルクは手にしていた黄金の剣を振るい、巻き付いたツタを切り裂く。そしてボアドが拳ほどの大きさに見えるまで高く空を飛んだ。。
「空中に逃げてもワイのニードルスターからは逃れられんぞい!!」
ボアドは棍棒をまるで指揮棒のように振って手にしていたトゲトゲのニードルスターを操作する。凶器の球体はまるでハエのような敏捷さで空間を飛び回って迫る。ギュンッ!差し迫るニードルスターの猛攻をエルクは足首から放った推進力で切り抜けた。シャー!だが直後、ニードルスターに気を取られて隙を与えてしまった。今度は腕にツタが絡まる。
「くそっ。これじゃ神官に近づくことができない!」
エルクはまた聖剣を振って触手から逃れる。勇者を通り越したニードルスターは急ブレーキをかけると、弾けるようにして逆行。それに合わせてボアドの指揮棒も素早く軌道を描く。
勇者は凶器をまかなくてはならないと考えた。この広大なフィールドでボアドの視界から消えて、動きを悟られないようにする方法。勇者は湖畔へ行く先を変える。
「ワイから見えなくなって逃げられるつもりでおるんかいな――甘いでぇ」
神官は勇者の魂胆を見破っていた。すぐさま戦棍に念じてニードルスターを自動追尾モードへ変更する。棘の弾丸はエルクめがけて追尾を仕掛ける。
エルクは湖畔へくると口いっぱいに空気を吸い込み、ジャボンと音を立てて水中に身を潜めた。ボアドへの反撃の一手を考え始める。その瞬間、彼の目の前を一匹のタコタンクがあっかんべーと言わんばかりに墨を吐いて通り過ぎていく。エルクの脳裏に策が閃いた。
だがニードルスターは待ってはくれない。水面が煌めいてエルクの死角となる位置から突進を仕掛ける。
「なっ、ここまでくるかっ!」
ドゥオオオオオオ。攻撃の刹那、水中のエルクはニードルスターへ振り返る。そこへ飛び込んだ棘星がエルクの胴を回転しながら抉った。最強の防具をしていたエルクでもたまらず泡を吐き出す。ギュルルン、ギュルルン!!身体を押すニードルスターへ力を込めた聖剣の一撃。鈍い音を立てて凶器の球は湖底へ消えていった。水の中に逃れてもボアドの攻撃を避けることは出来ない。エルクは剣を持っていない手で大きなタコの足をぐいと引っ張る。
湖へ近づいてくるボアド。勇者エルクは必ず息をするために水中から出てくるに違いなかった。湖面に出てきたところに最大限の腕力を込めた棍棒を振り、一気に止めを刺す。ボアドは戦棍を振り上げて、今か今かとエルクが出てくるのを待った。そして次の瞬間
ザッブァブァブァブァーン!!
エルクが脚部の絡繰から火花を噴きながら、巻き上げた水しぶきと共に飛び出してくる。そして
「ボアド、これをくれてやる!」
と巨大タコタンクをボアドめがけて投擲。
「ぶっほ、ぶっほ、ぶっほ!!」
ぶっしゃああああああ!ボアドの視界が眩む。神官が後ずさりする。
「ぬおぉーーー!!どこや。どこやぁ、勇者!!」
「――目の前にいるよっ」
ボアドの前に現れたエルクは、聖剣を思い切り振ってボアドを切り飛ばした。
「ぐぬぉおおおおお」
「見えんで。これ見えんでぇー!!」
喚く獣人にエルクの避けたニードルスターが突進する。ギュルルルルルルルル!!
「ボッホオオォオオオ!!」
重たいニードルスターのオウンゴールがボアドに決まり猪が呻く。自動追尾としていたのが仇となった。慣性のままに
エルクは腹部に鈍い痛みを感じた。深手にはなっていないものの、水中で食らったニードルスターのダメージは確実に入っていた。エルクは小さな声で『
「はぁあああ!!」
エルクは足首の推進力でボアドのもとへ突撃を仕掛ける。ボアドにも防衛手段は残されていた。周囲のツタに自分を守れと命令し、触手たちは神官に覆いかぶさるようにシェルターを作り上げる。しかし、エルクは構わずその防御壁へ切り込みにかかった。
「サディオの大技、
エルクとて並みの剣士ではない。彼は帝国の最強の老騎士から剣の手ほどきを受けた勇者だ。サディオ・ルインの編み出した奥義がここに炸裂する!
ザシュッ!ザンッザンッザンッザンッザンッザンッ!!!
ヒュー、ザンッ、ザンッザンッ、ザンッザンッザンッザンッザンッ!!!
ザンッザンッザンッ、ザンッザンッザンッ、ザザザザンッザザザザザザザザザザザザ!!!
加速度的に素早く降られる剣技に触手のツタはなすすべもなく切り刻まれていく。そしてシェルターの中で蹲る血濡れておびえた
「デス・ルイスさまー。ワイはもう一度あんさんと杯を交わしたかったでぇ……」
エルクは戦意を喪失した神官を見つめ、切りつけることなく聖剣を下ろしてもう一度翻った。直後、ジャイロ並みに回るニードルスターが聖剣に切られたボアドの腹に深く抉剔の一打を打ち込む。もはやエルクが止めを刺さなくともボアドは自らの放った業で命を尽きた。彼が力を失うと凶器の球体は回転を徐々に落としてついには停止する。
勝敗決着の合図である。密林の奥で佇んだ巨木が大きく二つに割れて地響きを立てながら崩れ落ち、次の部屋への道を示す。閉じられていた門も解放され、仲間が次々に駆け寄ってくる。
「みんな、やったよ!」
エルクはこぶしを握り締める。ルイスは即座に息絶えたボアドに近寄り、意識を失った
「本当に強くなったな、エルク」
一行は死人には目もくれず次の部屋へ足を進めた。割れた大樹の裂け目を超えていく。彼らの後に茂みに残されたボアドの顔はなぜか満足そうに笑っているようであった。
◆
――戦神ウッド VS 合体戦士
『已は終焉の呼子。其、大和に大乱を起こし撃滅す。
巳は邪蛇の化身。其、十二年に一度災厄を齎す。
己は異称を土弟。其、大地を揺らす天変の念力』
第二戦への門が開かれる。戦神が向かった先は
戦神が土俵の前に来ると左の襖がガラリと音を立てて開く。そこから脚部の異常に発達したお河童頭の童、
「
「
「
「よおよお。体格はバラバラだが、顔は量産品の絡繰兵士みたいに判子絵な奴らだな。一騎打ちという話はさっそく反故にされたのか?」
ウッドが三体の戦士に聞こえるように独り言をすると、彼らはむすっとして「合体!」と揃って言い放った。
ウィーン。脚部となる
合体した戦士同士の結束を促すかのように、
「合体戦士
「うえぇ、なんだよそれ……」
合体することで自分の背丈をも上回った
バスターブレードに手をかけてギュインと振り抜く。対する
先手を取ったのは
「ふぅはあー!」
ビリビリビリビリ、ビッシャーン!
戦神ウッドの身体から強力な雷撃が繰り出される。道場をまばゆいばかりの閃光が突き抜けた。もちろんそれは魔法ではない。彼は戦闘前に自らの肉体を超高速に擦り合わせることで自分の身体に静電気をため込み、それを防御の鎧としている。
「うぎゃー」
「おい、仲間を見捨てる気か?」
戦神はそのまま組んでいた腕を振りほどき、軽々と
「次はどいつが相手になるんだ」
と身構えながら煽った。すかさず司令塔である
「金縛りになっちゃえー!」
ウッドの心臓が一段と大きく拍動した。次の瞬間、魔法を使うことの出来ないウッドは自分の弱みを握られたと悟った。魔力によって身体を止められてしまってはウッドにそれを解除する術はない。この機を合体戦士が逃すはずはなかった。
ただちに司令塔の口笛により招集命令がかかる。飛ばされた
「さっきのお返しだーーー!!」
今度は電撃が拳を通じて伝導してくることがないよう、合体戦士は土俵の土をえいと掘って己に塗りたくる。そうして土だらけとなった合体戦士は戦神の股間に強力な蹴りを放った。
「うぬうううう」
戦神の急所に強力な一撃がクリーンヒット。これは男には耐えられまい。空中に突き上げられたウッドの金縛りはもはや解けていたが、今度は
ウッドが宙を舞うより早くそして高く合体戦士の身体が跳躍する。今度は二つの腕を合わせて振り下ろし、戦神の腹に強大なインパクト。ウッドは思わず吐血し、そのまま土俵に打ち付けられる。ドドドドゥ!
「ぐっはぁ」
痛みに呻くウッドは反撃に出るための策を練る。落下地点から腕をめいっぱいに伸ばして落ちた大剣に触れた。追撃に
「こういうのが詰めが甘いと言うんだよ――」
ズッシャアァアアアアアーーーー
なんとか起き上がった戦神は、その動作を利用して落下してくる
さらにウッドは裏拳打ちを放った。ダゥアン!だるま落としのようになった合体戦士はとっさに解体して連続攻撃を逃れた。二体の戦士は互いを見合わせ、この難所に思考を巡らせる。
「どうだ。三体居ないと本来の力は出せないようだなぁ」
得物を失ったウッドがよろめきながら分離した戦士に対峙する。
「我ら三つ子の魂百まで。
司令塔であった
「ぐぅ、くそっ」
ブルルルワァアアンッッ!!戦神は合体戦士によって身体に大きな損傷を抱えていた。ウッドは
「はっは、これまでですね」
ウッドは歯をむき出しながら笑みを零す。彼の腕はやられた
「最後に言い残すことはありますかー?」
シュン、グサァ!直後、合体戦士の腕部
「きょっ、きょーだいっ――――!!」
残された
この戦神をどうにかして殺さなくてはならない。
「
ウッドはここに来ても余裕をかましていた。
パリンッ。ウッドが宙返りしていく。
「残念だったな。こうなればまだ力は残っている。突風拳だぁああああ!」
ザアアアーーーー!!ザザザザザザザーーーグザアアーーー!!
戦神から繰り出されたものすごい勢いの風圧はダミーを掴まされた爆発寸前の
「デス・ルイスさま、ご無事で!むねーん!!」
と叫んで自ら爆ぜ散った。同時に爆撃に呑まれた龍の首が崩壊し、その先に次の四天王への道が開かれる。ウッドへ走り寄る仲間たち。ルイスはやられた合体戦士から余りの念力を吸い出している。聖女は直ちに傷ついたウッドの癒し、戦神は彼女の肩を借りながら立ち上がる。そしてルイスに恥ずかしそうな笑顔を見せながら
「なあ、ルイス。身軽なほうが俺は強いって言ってたよな。お前の言う通りだったようだ」
と語った。ルイスは「そうだろう」と微笑み返し、一行は足早に駒を進める。
◆
――大魔女リリス VS 魔銃士ガンギャング――
『魔界言語の発案者にて魔術記述法の使い手。
機械技術を創始し銃火器を人類より接収す。
魔法都市の謀反者にて第零級手配人破壊者』
無数の銃口が地面から突き出して道を為す機械要塞。時を刻むように歯車がギシギシ音を立てて回転する。高い天井には不格好にスパゲッティ配線がひしめき合い、そこに計算機が設置されているのだ。道路標識のようなモニターが戦場への道を照らす。その画面には、常に回転を続ける銃のシリンダーかのような戦闘リングが映し出されていた。巨大な銃口は次の部屋に続く同心円状の模様が描かれた壁に向けられている。。
身体の半分が機械化された色白女体の魔物。回転する筒の上で片足のキャタピラが身体を支えていた。大柄の女には猿のように機械でできた長い尾が生えている。露出の過ぎた派手に紅い軍服に身を包む。高い鼻筋をしたガンギャングは、生身である黒の瞳で小さな大魔女が絡繰玩具と共にやってくるのを見ると、嘲って下品な笑い声をあげた。
「ぎゃはは。小さなおチビちゃんがお出ましだことだわ。たっぷり楽しんでやりましょ」
「チューチェ、行くよぉ。すぐに片付ける」
「準備万端でちゅ」
第三戦が始まる。回転する戦闘舞台で「おっとっと」と足元を崩されるリリス。初手、大魔女リリスが契約によりその力を解放する。
「我、あまたの犠牲の上に君臨する魔の化身。古代の誓約の下、力を解き放ち、我を自由の身としたまえ。リベレーション!」
タートルネック少女の封印をチューチェが吸収。直後、ガンギャングが目を細める先には最強の古代魔術師リリスが有り余る魔力を放って立っていた。少女の手にしていた
「それがおチビちゃんの本気というところね。ぎゃーっはっは!そんな魔力を放っていては長い時間持たないわよ」
「もちろん長くはもたない。私は力がもつ五分の間にあなたを叩きのめす」
「ごっ、五分!?なーめられたもんねぇ――。私は摩天城で一番の魔銃士よっ」
「あなたこそ、こんな身を隠せないフィールドで何がでっきるっかなー!」
顔を引きつらせたガンギャングをリリスが煽る。すぐさまガンギャングは機械化した掌の銃口を少女へ向ける。
ブラタタタタタアッ!夥しい数の氷の弾丸がガンギャングの銃口から連射される。リリスもこの刹那、敵の攻撃を許さない。少女は手にしていた
「『四神の書:朱雀』頁七。
リリスの持っていた一冊から花が開いたように火炎の盾が出現し、氷の弾丸を溶かす。しかし、ガンギャングが笑みを漏らす。散った水しぶきがリリスへあたり、服を焦がした。
「なっ、いったーい」
「リリス、この弾丸の液体、なんかおかしいでちゅ!」
立っているリボルバーの鉄さえも溶かすその液体。その正体は何物でも溶かす溶解液。ガンギャングの非道な攻撃はやむことを知らない。ブラタタタタタアッ!
「ぎゃっはっはっは!いくら私の弾丸を溶かして防いだとしても、その弾の液体はあんたの身体を焼くわよ!」
銃の勢いはとどまるところを知らず、リリスは防戦を強いられる。
「いいことを教えてあげるおチビちゃん。この舞台のリボルバーはちょうど五分で一回転するの。そして五つの溝が彫られているわ。あなたが力を解放したとき一つ目の溝が現れた。そして今、ちょうど二つ目の溝がやって来たわ。これって何を意味してるかしら」
ガンギャングが薄気味の悪い笑みを零す。残された時間はあと四分。リリスは反撃に打って出た。一歩ずつではあるが
「やっとここまでこられたわね、おチビちゃん!もう三つ目の溝が来るわよ!!」
嘲笑うガンギャング。彼女の目の前に来てリリスが叫ぶ。
「来て!キックボード!」
呼び寄せたのはアデムウォールより旅したキックボード。少女は盾の後ろでそれに乗り込み、弾丸軌道から飛び出す。そして盾を展開しながら次の魔法を発動する手段が炸裂する。
「
「なにぃ!」
赤く燃えた巨鳥がガンギャングの上空に出現する。そしてその翼で魔銃士を包み込み
バッフォーーーンン!!ドゥオーーン!!
巨大な爆炎。そしてリリスはキックボードに乗って辛くもその場を逃れる。空中に飛んで元の位置へ戻るリリス。その隣にチューチェ。
「ようやく一発食らわせることが出来ましたでちゅ」
「まだだよ。あのくらいじゃ四天王を倒すことは出来ない」
爆炎の中からガンギャングが姿を現す。ガンギャングの機械化した左半身が強熱で爛れ、辛うじて接着しているのみとなる。リボルバーの第四の溝が見えてくる。
「よっくも私の美貌を汚してくれたわねえぇええ!」
ガンギャングの生身の腕がリリスへ向く。魔術刻印。それを輝かせて放たれるのは
「
忽ち熱が奪われて氷結の猛吹雪が吹きすさぶ。その吹雪は周囲の湿気をも凍らせ雪嵐となってリリスを襲った。ガンギャングの魔法発動は常軌を逸した速度であった。身体に埋め込んだ魔術コードにありったけの魔力をつぎ込んで放たれた魔法は、リリスが逃げる隙さえ与えない。
「うぅーわーーーっ」
「とっ、飛ばされりゅーーー!リリスゥーーー!!」
身体の軽いチューチェはガンギャングの放った吹雪で舞台から吹き飛ばされる。
「チューチェ!!」
契約絡繰を心配するリリスであるが、もうキックボードの一部が氷に囚われていて放棄するしかなかった。そしてリリスが飛びのく。しかし「逃がすわけないでしょ!!」と怒鳴ったガンギャングが吹雪の勢いを増した。
「うわぁあああ」
リリスの叫びが機械だらけの戦場にこだまする。そして数秒後、リリスの身体は雪崩に呑み込まれたかのように、白い雪山に覆われてしまっていた。
「ぎゃはははは!いいざまだわぁ。絶対零度で身体も凍ってしまったでしょ。そのままリボルバーの回転に乗せられて舞台袖のシュレッダーにズタズタに切り裂かれなさい!」
愉悦に浸って大笑いするガンギャング。そして第五の溝が目の前にやってくる。残された大魔女の時間は一分しかないが、捕らわれたリリスが雪山から出てくる気配はない。リングの回転に乗せられた彼女が向かう先には、裁断機がギチギチ音を立てて刃を光らせている。
「リリスーーー!」
飛ばされていたチューチェが戻ってくる。雪の塊から応答はない。契約絡繰は何度も少女の名を叫ぶ。だが、リボルバーは無慈悲にもリリスの身体ごと雪山を裁断機へいざなう。チューチェが「ちゅー」と火炎放射をするが焼け石に水ならぬ、絶対零度に炎と言う状況。そして
ガリガリガリッ!雪山の一部がシュレッダーに掛かり、けたたましい音を上げて砕かれる。
「リリスーーー!リリス!リリスーーー!」
「ぎゃっはっはっは!おチビちゃんは凍死しちゃってるわよ。これでお終いね」
ガリガリガリガリッ!リリスを覆った雪山がどんどん砕かれていく。そのとき、
ジャキジャキジャキジャキジャキィ、ジャキジャキジャキ!
チューチェの窺う先から猛烈な勢いの雪かき音。雪山の天辺から顔を出すのはリリス!
「うにゃー、掻き分けるの大変だったよぉー!!」
「なんですってぇ!!」
そのリリスの見た目、まるでシロクマ。そう、彼女は『アニマルモデ』により服装を変え、シロクマ衣装の特殊能力で寒さを攻略したのだ。喚起するチューチェ。
「こんどはあなたがシュレッダーされる番よ!」
リリスはすぐさま『四神の書:朱雀』に手をかける。しかし、最初の溝が姿を現してタイムリミットを告げる。リリスの魔力が消失。同時にシロクマ衣装も書物に戻って行った。
「あっ、あっれーー。あれー、これまっずーい」
リリスは雪山から逃れて、舞台へ急ぎ立ち退く。そして雪山はガリガリと音と立て粉砕され、回転筒の先に消える。その様子を見て口元に手を当てて「ぎぇーーー」と叫ぶリリス。
「誰がシュレッダーされるですってぇ……!?」
大魔女に落とされるガンギャングの影。もはや怒りを通り越して破壊の限りを尽くさんかというその顔。リリスとチューチェは「ひぇーっ」と恐怖する。そしてガンギャングは回転筒でリリスの首を掴み上げようとする。恐怖したリリスは目をつむって必死に唱えた。
「
次の瞬間、ガンギャングの身体が停止する。腕が動かない。大魔女の宝杖がガンギャングの身体の半分を銅像と変えた。リリスは隙をついて裁断を免れる。
「くぅあ、なっ、私の物質化した半身をよくもぉおお」
「やっぱり、シュレッダーされるのはあなたの番だよ!」
今度こそ勝ちを確証したリリス。それを恨めしく見つめるガンギャングの片目。身体のもう半分は重たい銅像とされてしまった。この時ほど自分を機械化したのを恨んだことはない。魔力の供給が経たれた機械は物質化し、まんまと
「くっそおお、このガキンチョ、許さん!ぎゃあああ」
言い終わるか終わらないかというとき、ガンギャングの肉体が倒れて尾から裁断の刃に引き込まれる。魔銃士の叫び声。身体がガリガリと削られて強力な回転刃の餌食となっていく最中
「ルイス様のため、最後に無防備な大魔女に一撃を食らわせてやるっ!!」
引きつった顔のガンギャングが生身の腕を敵へ伸ばす!すると
「私、正直人殺しって得意じゃないんだよねぇー」
その手を掴んだのは他でもない大魔女リリス。ガンギャングの憎しみの瞳が驚きであふれる。よいしょ、よいしょとチューチェと力を合わせてガンギャングを引き上げる。そして機械化した身体がすべて砕け散ったところで少女は魔銃士を救い出して回転舞台を逃れた。
大きな銃声が鳴った。発射された大きな弾丸が壁を破り、最後の四天王の間へ繋がる。急いでやってくる勇者一行。ルイスは片身だけになったガンギャングに止めを刺そうとするが
「だめだよっ、ルイス!」
と少女が言う。絡繰戦士はここにきて情けをかける暇はないと顔を顰めた。
「なぜだ……。こいつは放って置いてもじきに息絶える。次の戦いにこいつの力は有用だ」
「だめ!それでもだめなの!!」
リリスがバッテンマークで猛抗議する。押し問答の末ルイスはやれやれと首を振って、砕けたガンギャング機械断片を収集して回った。そこからかすかに残されている魂を吸収して言う。
「ここまでみんなよくやってくれた。最後の敵には私が挑む」
四名の人間たちは皆頷いてルイスの背中を押した。今、絡繰戦士が最強の四天王へ挑む。
◆
――
『不死者の王にて暗黒を司りし最恐の戦神。
漆黒の鳥族を隷属させ闇夜に紛れる矮烏。
死を克服する宝珠の継承者は不死軍を具す』
瘴気漂う空間で整然と立ち並ぶ十字の墓標。区画整備されたその墓地は最期の間の主であるクラウン・キングの潔癖の性格を表していた。天には星空を臨むことができ、低い位置にある大きな大きな満月。それが暗い墓場に月明りを差していた。奥には暗黒王がこれまで共に戦ってきた戦友たちの名を刻んだ石碑が聳え、その前の石舞台で暗黒王は静かに浮かび佇んでいた。
「ルイス様、我は待ちこがれておりました。神託を受けぬあなたがここにいらっしゃるときを」
「クラウン、ここを通してももらうぞ。悪く思うな」
すぐさまルイスはため込んだ犠牲たちの魂を呼び戻そうとする。しかし
「させません!
クラウン・キングは隠された左腕を突き出して唱える。即効で魔法を打ち消す代わりに、発動を遅らせるだけの効能しかないその魔法。放つ腕にルイスが見たのは衝撃的なものであった。
「クラウン。腕のそれは……」
「気づいてしまわれましたか。左様、我の腕に取り付けられているのは
「なぜだ……。なぜお前がそんなものを!!」
暗黒王にはルイスと交戦するつもりはなかった。絡繰戦士はそれを理解すると構えを戻し、対話の姿勢を取る。クラウン・キングはおもむろに自分の知った事実を語りだした。
「サミットの後、摩天城へ帰る道すがら我はエルデスに問いました。なぜあの石板を選んだのか。なぜ我の宝珠が失われたのか。なぜエルデスは見知った帝国執事を止めなかったのかと」
暗黒王は骸骨の眼窩の奥、蒼白いコアをゆらゆらとはためかせて言葉を話す。
「するとエルデスは何も語らぬまま私に決闘を挑んできました。戦いの出来ないと思っていた奴があれほどの腕前とは恐れ入りました。倒したと思ったのに復活する。故デス・ニコラス様、いやハデス様を見たかようです。それで私はこんなものを腕に取り付けられて……」
「エルデスなのか!?エルデスがすべての犯人なんだなっ!!」
「そのようですね。何もかも奴の思い通りだったようで――」
「分かっていてなぜそれを私に――魔王に伝えなかった!!」
ルイスはとっさに激昂していた。サミットへ参加していた暗黒王がなぜ魔王である過去の自分デス・ルイスにエルデスのことを伝えない。忠臣と信じてやまなかった彼がなぜ……。
「やはり、あなた様はもう一人の我が君なのですね、ルイス様」
クラウン・キングは大きなため息をついてルイスを眺めた。そして白い吐息を漏らしながら
「なんとなくです。なんとなく分かっていたのですよ、我が君のこと。人間でありし我が君デス・ルイスがこのあとどのような顛末を辿るかを。エルデスは密かにあなたの首を狙っていた。しかしそれを伝えたとて、デス・ルイス様が亡くならないと奴は本性を現さないでしょう」
「クラウン……、お前――」
「心配は御無用。あなたの最強の下部はこの程度の
そう言うと暗黒王は反対の手で迷うことなくを引き千切る。血の流れない
「クラウン、そこまでして――。だが、もうエルデスは私の霊剣が倒した。奴の好きなようにはさせない」
「……我が君、あなたは御存じではありません。この城のエルデスの正体を。決戦の時は近づいています。我にできるのは主君に己が身を捧げることと援軍を呼ぶことのみ」
暗黒王クラウン・キングは恭しく跪き、主人の前に首を差し出す。ルイスが忠臣の無様な振る舞いにたじろいでしまう。暗黒王は意を決して申し出た。
「我を吸収してください、主君デス・ルイス。いや、ルイス様。そして真実を知るのです」
ルイスは彼の本気を知るとゆっくりと
――
クラウン・キングの魂が絡繰の肉体に取り込まれる。蒼く輝くコアから魂の光が消えた。そして直後、ルイスの心を打った光景。それは暗黒王とエルデスの戦闘。空中戦。明らかなクラウン・キングの優勢。しかし倒されたはずのエルデスが二体、三体。城の石板から放たれる魔法。さらには文字石板がブロックのように組み合わさり暗黒王の背の十倍はある守護ゴーレムと化す。クラウン・キングはゴーレムの巨大な口にに放り込まれた。捕らえられてもなお抵抗する暗黒王に
「クラウン……。お前の遺志、受け取ったぞ」
閉ざされていた門が開く。四天王の消失と共にクラウン・キングの戦友を祀った石碑は砕け落ち、最奥部へ道が繋がった。真に選ばれし勇者たちは戦わずして勝った絡繰戦士を見つける。茫然と暗黒王の屍の前で立ち尽くすルイスに、やってきたエルクが言葉をかけた。
「本当に行ってしまうのかい、ルイス」
「ああ、私は因縁にけりをつけてくる。お前たちは必ずや本当の魔王を倒してくれ。……エルク、言った通り次に霊剣を見たら蘇らせるものは自由に決めてもらって構わない。さらばだ」
ルイスは彼らに背を向けたままそれだけ言うと、すたすたと自分が進むべき方向へ足を向けた。後に残された者たちは絡繰戦士の勇士を見届ける。そして別れを惜しむ暇もなく、彼らもまた向かうべき場所へ歩みを進めた。
◆
「あなたに大事なことを伝えに来たの」
「貴様、何者だ」
王座に座って勇者たちを待ち構えるデス・ルイス。その意識へ対話を求める者が現れる。
「私は聖女ミナエル。勇者エルクと共に魔王を滅ぼす、神に選ばれし人間」
「私の城に攻め込んできているというのにご丁寧に挨拶とは」
魔王はいまさら図々しいと腹を立てた。ミナエルはその様子に構わず話しかけ続ける。
「ここで言っても信じられないかもしれないけれど、私はカラクリ王国で独り王族として育てられたあなたの母よ」
「ふんっ、この期に及んで私に同情を請おうというのか――愚かな」
「同情を得るつもりはないわ。ただ母として、息子にこれから起こることを伝えたいだけ」
デス・ルイスは気に食わないと目の前の幻影に唾を吐き捨てた。ミナエルは言う。
「あなたはここで死ぬわ、確実に。それは運命づけられている。だけど、その後あなたがする選択の如何によっては、人類も魔族も滅びないで済むかもしれない」
「死後の選択、人類も魔族も滅びない。未来を知ったかのように言いおって。馬鹿馬鹿しい」
「生まれ変わったら心を改めなさい。あなたの守りたい魔族の敵は勇者ではなく、あなたの傍にいるのだから――」
そう伝えて聖女ミナエルの影は魔王デス・ルイスの前から姿を消した。王座の扉が開く。四人の選ばれし勇者の布陣。聖剣を手にした勇者エルク、蛮族の鎧で挑む戦神ウッド、絡繰玩具の使い魔と大魔女リリス。そして先に邂逅した聖女ミナエル。デス・ルイスは歓迎した。
「ようこそ、私の城へ」
やおら魔王は腰を上げ、客人を部屋に迎え入れる。もう髪には若き頃の艶はない。くすんだ金の瞳に苦労の後が刻まれた肉肌。おぞましいほどの生贄を吸収し続けて魔物と化した人間がそこにいた。黒々しい魔王のローブには魔族特有の文様が刻まれており、それはさながらエルデスに刻まれたものと同様。普通ならば老いて腐るほどの年齢にもかかわらず、犠牲のもとに生きながらえている魔族の帝王。人間の絶望と人間の希望との戦いが始まろうとしていた。
魔王デス・ルイスは勇者たちに一瞥をくれると王座に再び座った。もうこれから彼が戦闘中に立ちあがることはない。
魔王は思い返す。若き日、カラクリ王国で親の居ない王族として育てられた。そして蘇生魔術の心得があると判明するや否や、国王ニック・カラクリの下で名ばかりの大神官として崇められ、その地位を確保する。だが、人々が求めたものはルイスの『
ニック・カラクリが死んだ後、やはり蘇生魔法が高く買われて魔族に重用される。だが、魔族は心の闇を抱えた少年を厚く慕ってくれた。力があるゆえに崇められ、畏怖の対象となり、そして形ばかりの権力を持った少年。同じく都合がよいときには崇められ、そうでなければ恐れられる魔族。少年ルイスは彼らと過ごすうちに自分たちが同族であることを認識した。そして新しい家族である魔族に心酔する。彼は魔族のファミリーに迎え入れられた。
しかしハデス、延いてはデス・ニコラスが再び彼を裏切った。ルイスを生贄に自分の妻エリスの復活を望んだのだ。その浅ましさには呆れるものがあった。一度は愛想をつかそうとするも、奇跡が彼を魔王に仕立て上げる。魔族を従える象徴たる式服を手にしたルイスはデス・ルイスとなり、今度こそ魔族から同族の殺し合いを無くすため奔走した。当時、人間として見くびられていた魔王に反抗する魔族は少なくなかった。そこで、ルイスは自らの治世に歯向かう者をことごとく殺して生贄として吸収する。そうして力を得た彼は魔族を完全に統治した。今ではどうだ。ルイスの下、魔族は互いに殺しあわない一つの共同体となった。人間とは違って。誇らしいことであった。そしてそんな魔族のファミリーを守りたかった。
デス・ルイスは王座もろとも勇者を討ち滅ぼすつもりでいた。『死闘』が繰り広げられた。
『Oh Cheerio, Oh Cheerily Cheerio.
Oh Cheerily, Oh Cheerily, Oh Cheerio』
聖女の歌の世界に佇んだ一対の脚があった。その脚はもう自分が死後の世界にいることを知っている。ぽつねんと黄昏時の世界に立つ脚は、遠くに見える山々に郷愁を感じていた。
「あの人、私がエルデスに宿って無言で見守っているの気づかなかったみたいね」
「エルデスに宿って?」
一人の白銀の少女の語りかけるのに、切り取られた脚は訊き返す。
「そうよ。デス・ニコラスが生まれたあの日、私はエルデスに宿ってこっそり旦那を見守り始めたの。でもあの人、生身の私と会いたかったのね。ルイス、あなたのことを生贄にして私を蘇生しようとしたから察したわ。あなたの聖女の加護が彼の
少女の言葉は何か特別な魅力を感じる。もっとここにいて彼女の話に聞き入りたい。脚がそう思った折、別の声が聞こえてくる。その人物に名前を呼ばれた脚はびっくりした。
「もう一人のルイス様で御座いますね?私の存じ上げている方とよく似ていらっしゃる」
オラスであった。腰をかがめて脚だけになったそれへ話かける絡繰執事。脚は何のことだかさっぱり理解できないようであった。そこへ赤い夕日のもと、帝国の絡繰戦士も駆けつける。絡繰戦士はこの世界に到着早々、少し驚いて脚の傍らの絡繰執事に話しかけた。
「なぜオラスがいるんだ?お前はリリスの儀式で生贄になったはずでは――」
オラスは姿勢を正し、帝国側のルイスに向き直る。彼は救われたかのような笑顔で答えた。
「なっておりませんよ、ルイス様。私の身代わりとなったニコラス王に感謝せねばなりません」
絡繰戦士はオラスの返答に「そうか」と淡白に応じ、切り取られた脚をポンと叩く。
「何を感傷に浸っているんだ。交代の時間だぞ。私はお前で、お前は私だ。最期の敵には選ばれし者以外は立ち向かえないことだろう。だが魔族の王、お前なら違う。お前には魔族は何人たりとも反逆することは出来ないからな。私の遺志を託すぞ、ルイス……」
そう言われた脚は何も語らずに歩みだした。撞鐘の音の鳴る、どこか遠い未来を目指して。
ズバッ、ジャキーン――
背後に回った戦神ウッドの一撃に、一刀両断されたデス・ルイスの上半身は力なく宙を舞う。吸収したはずの聖女ミナエルの
「
大火炎に焼き尽くされる。痛みを覚えたのは何十年ぶりであろうか。絶望の内に死んだも同然の老体が、蘇ったかのように疼いて仕方がない。吸収された無数の魂も悲鳴を上げていた。
「デス・ルイス、覚悟しろ!」
愚かな人間。諸突猛進に切り掛かってくる。その一撃がすべての仇となって人間の希望は費えるのだ。戦神の放った覇王斬の突風に呑まれてデス・ルイスは進撃する。その勢いではねた大魔女の首を抱きかかえ、彼は地を転がった。勇者とチューチェの叫び。
「これで終わりだ、勇者諸君。いい戦いだった」
デス・ルイスは最期の言葉を選んだ。『
「これがぁ、『
「そうはさせない、デス・ルイス!『
「ぬぁ、なんだとぉお!!」
脚を捕縛されたエルクが魂を
「貴様ぁ!貴様、何者だぁあ!」
デス・ルイスが金切り声で叫ぶ。発動しようとしていた
「お前自身だよ、ルイス・カラクリ」
年老いた魔王はあまりの唐突に平静を失う。絡繰の勇者がぎこちなく手にしていた聖剣ヴァイス・シャイトを振ると、それは瞬く間に形状を変えていく。
「あまりこの魔法は長くはもたないんだが……。正体を現したらどうなんだ、エルデス!」
エルクの身体となったルイスは、王座の間に轟くように言葉を放った。直後、ばたりと一つの石板『声』が倒れて、その奥から鎧のゴーレムが姿を見せる。それをルイスが睨む。
「それは二体目、いや何体目になるんだろうな。貴様、何者だ!」
顔を引きつらせたルイスは怨敵に語気を荒げて言った。エルデスな何も語らずに静かにしゃがみこみ、石板の力を
「ワタシはデス・ニコラス。ちょうど陰陽のようにハデスとニコラスが互いに共存した魔王。デス・ルイス、お前に
エルデスは流暢な言葉で声を発した。文字石板に込められた魔族の魂を通して話している。
「ところが現在のワタシは不完全な存在だ。なにせお前たちから受けた即死の生贄魔法で魂が分かたれ、自分の半分を失ったからな。そしてその半分は今リリスという少女に宿っている。ワタシはリリスの胴体を基に、中のニコラスの片割れとの共鳴で妻エリスを蘇生する」
「馬鹿めデス・ニコラス、リリスがお前の手に渡ることはありえない!!」
ルイスが叫ぶ。エルデスの視線が頭を失ったリリスに向けられた。そして苦笑しながら
「分かっているぞ。どうやら先の聖女と同じく、そいつは血だけ入れた人形のようだ。生贄とすれば最低限の魔法を唱えられるだけの血人形。本体はまだ生きているであろう」
「バレているか……。残念だが本体のリリスはすでに摩天城を去ろうとしている。一足気付くのが遅かったな」
「遅いかどうかはこの城が破壊されてから分かることだ。お前たち二人の命が尽きた後に」
焦燥。しかし
「デス・ニコラス!エリス蘇生には莫大な魔力が必要になる。そんなものどこから集める気だ」
「お前たちが知るべくもない。デス・ルイスが死にさえすれば、ワタシは人と魔族とを問わず世界中の命を食い尽くすだけだ。エリスとの楽園のために」
「この外道め――。魔族の王としての誇りはどこに捨てた!!」
「とうの昔、我妻と共に。……それにしてもメッカの絡繰戦士が奇妙な謀りごとをしたものだ。玉座にやってきた勇者たちがすべて絡繰義体とは。オラスを遣わせて弱らせた勇者エルクがデス・ルイスと共倒れし、ここで邪魔ものがすべて消えるシナリオだったが当てが外れたよ――」
エルデスが合成音声のため息を吐く。ルイスは仲間の名を聞いて怒りの声を上げる。
「くそっ、デス・ニコラスめ。オラスに何をしやがった!!」
「帝国の絡繰執事か。あれはワタシの片割れが宿っていた人形だ。操ろうと思えば操るのは容易い。お前が帝国に初めてやってきたころから奴を通じて見ていたぞ、
勝ち誇った機械人形。ルイスはクラウン・キングから託された時間があと少ししか残されていないことを知る。舌を打つ。急ぎデス・ルイスに伝えなくてはならないことがあった。
「魔王デス・ルイスよ。エルデスに宿ったデス・ニコラスはエリス以外の者には情けをやらない影の魔王だ。奴はお前が死んだあと、魔族さえ生贄にして妻の蘇生を試みることだろう。だが、本物の魔王であるお前に歯向かうことは出来ない。そうだろ?絡繰の私では勇者たちと共にできること限られているんだ――」
デス・ルイスは勇者の外見をした何かを凝視していた。姿違えど鏡を見るような心地。
「今、未来のお前がここにいる。そしてこの私を生贄に、等価な魂を持つお前を蘇生する」
「お前を生贄に、私を蘇生するだと?」
「そうだ。蘇生魔法の等価交換に当たる。ハデスがしたように、この蘇生で必要な魔力は小さく抑えられる。――とはいえ、すべてはエルクがお前を選んでくれたらの話だがな」
歯を見せて笑うルイスは手にしていた霊剣を彼に見せる。七つ目が二人の主を交互に睨む。
「切り裂いたものの魂を食らうこの霊剣を介して魔王デス・ルイスは蘇生し、次の時代を生きるのだ。これを握って離すな!」
するとルイスは魔王デス・ルイスに霊剣を手渡す。霊剣オプフェルノを握り締めたデス・ルイス。彼の剣の刃にエルクの姿をしたルイスは身体を沈ませた。
グザァアアアアアア。生々しいほどの血しぶき。エンジの作り上げた技術はメッカのそれとは全く異なるものであった。ほとんど生身の人間と同じのその義体からルイスの魂が吸収される。そこには魔王の復活を望む四天王たちの魂も続いた。霊剣オプフェルノに宿った
「愚かな考えだ。お前が蘇生する前に勇者共々、対となる聖剣はワタシが捻り潰す。
エルデスの言葉に残されたデス・ルイスが睨みを利かせて噛みつく。
「一介の魔物風情が私に歯向かおうとは、いい度胸ではないか。エルデス!」
半分に引き千切られた魔王を抱え上げる者がいた。それはまだ動作を続けるウッドの義体。エルデスに近づくと、デス・ルイスは未来の自分がしたように機械人形を一刀両断した。
切られたエルデスはばたりと崩れ落ちる。しかし、どこからともなく声が聞こえた。
『ワタシの分身をいくつ倒しても無駄だ。ワタシは摩天城に宿っているのだから』
次の瞬間、
巨大な魔力の解放と爆発。膨大な魔族の暮らした摩天城は一夜にして崩壊していく。散り散りになっていく城の先には、まさに現実世界に引き戻されようとするバタフライ機の姿。
「リリス、早く逃げられないの!?」
天守閣からの猛烈な爆風を見て、エルクはバタフライを操縦しているリリスに催促をかける。
「大丈夫、あの爆発に私たちは巻き込まれない。もう十分思念の世界からは遠ざかっているよ」
摩天城を脱出するバタフライはすでに外の世界との狭間の位置に到達していた。地上の世界が見えてくる。バタフライは戦いを終えて帰還を果たしたのだ。
グゴゴゴッゴゴゴゴゴ
しかし、あろうことかその外側の世界へ石板で出来た巨人の腕が迫る。外の世界に飛び出さんとしているバタフライ。思念の世界からぐいと突き出された指先がその機体を捉える。
「なぁ、なにこれえ」
「みんな、摑まって!」
エルクの叫び、リリスの掛け声。夜になってキャンプファイヤーを囲んでいたエンジとニーアは天空に見えるその異様な光景に不安を覚えた。
掴まれたバタフライは摩天城の世界に引きずり戻される。そこは大陸ごと摩天城が木端微塵に粉砕された世界。城の代わりとして思念の中で新たに建造されていたのは肩から上だけとなったエルデスの巨大ゴーレム。エルデスは破壊された摩天城を吸収し、その本性を現したのだ。新たなる大魔王の背後には暁の灼熱の太陽が昇ろうとしている。
「なに、あのでっかい化け物!」
勇者が驚嘆するのと同じくして、バタフライの搭乗した皆が目を剝く。爛々と朱く輝く双眸は機体に乗っていたターゲットを見据える。そして城を成していた文字石板を並べていき、
『捕まえたぞ、リリス。そして勇者たちよ』
と文章を表した。エルデス・ニコラス、影なる大魔王の降臨である。
巨大化したエルデスはバタフライのコックピットを一思いに握りつぶす。刹那、勇者のパーティは破壊されたバタフライを離れ、重力のない世界へ放り投げられてしまった。
エルクは唯一この世界で絡繰義足によって自由に動ける人間であった。そんな彼が宙に漂う一刀の剣を認める。主を失って邪気を放つ霊剣オプフェルノ。主人を失った霊剣の瞳は崩壊した世界をぐるぐる眺めている。エルクは自分の聖剣に目を移す。そして摩天城と共に消えたルイスを思う。魔王を討ってくれと頼んだ彼が残した一口の剣。エルクは霊剣のもとへひた走る。
『させぬぞ』
エルデスが事態を把握してエルクに巨体の腕を振り下ろす。しかし
「どっけぇぇえええ!!」
グゥン、ザッザッザッザンッ!
魂をも切り裂く聖剣ヴァイス・シャイトの前に石板の腕はチリと消えた。エルデスは轟々と悲痛の唸り声をあげる。エルクは霊剣を手にするために先を急ぐ。
『ぬぁあ。それならば、魔族を勝利に導く剣をワタシのものとするまでダ!』
今度は無防備な霊剣をゴーレムが握ろうとする。このままでは霊剣をエルデスに取られてしまう。だが、主人と認めないものに掴まれた霊剣は独りでにエルデスの腕を八つ裂いた。
ブヮアアアアン、ガルゥン!ガルゥン!ガルゥン!
『ぐぬぅあ、なぜだあ!!』
思念の空間を走るエルク。そしてとうとう到達した。ルイスの遺品と言える宝剣のもとへ。エルクの『思い』は摩天城のありし世界で叶えられる。そのまがまがしい霊剣オプフェルノとエルクの聖剣ヴァイス・シャイトが剣先を交えるとき聖なる光が一帯を包み込んだ。
キュイーーーン!シャララン、シャララン、シャララン、シャララン!!
「やった!」とエルクが声を上げた。術者のエルクの魂が冥界に咆哮を鳴らす。
霊剣の柄に周囲より血肉が集まるようにして一体の人間が蘇生される。それは女性の肉体であった絡繰戦士と似た特徴を持つが、ただの少年というべき存在。ぱちくりぱちくりと突然のことに驚きを見せる黄土色の髪の少年。エルクが蘇りを望んだ絡繰戦士の御霊。少年は勇者を一目見て共に復活を果たした魔王のローブを身に着ける。
「あなたが本当のルイスなんだね」
エルクが初めて対面したあどけない年頃の少年に話しかける。するとルイスは手にしていた霊剣をもう一度聖剣と交わらせて、反動でエルクと距離を置く。そして敵対的な顔になり
「私はルイスではない!魔王デス・ルイスだぁあ!」
と怒声を轟かせた。エルクはその話しぶりにしばらく困惑しながらも、状況を理解する。
「じゃあ、あなたは
「もう一人だなんだと小賢しいことを言ってるんじゃないぞ、小僧!!」
デス・ルイスは貧弱な肉体になってもできる限りの虚勢を張った。
そのとき、エルデスは彼らをよそに計画の最終局面に差し掛かろうとしていた。巨大な指先に囚われた大魔女リリス。それに手も足も出せず浮遊する戦神ウッドと聖女ミナエル。
大魔女を生贄として吸収してしまえばニコラスの魂はエルデスと同化し、前のハデスと同じ末路であった。。エルデスは自分の片割れの宿る少女を生きたまま口に取り込まんとしていた。
「リリスーーー!」
エルデスの目論見に気づいたエルクが声を張り上げた。少女の名が虚空にこだまする。直後、エルクはリリスを救い出すためにエルデスへ突撃を仕掛けていた。
エルデスは勇者の攻撃に勘付く。そして摩天城を成していた石板文字を並べていき
『
突如、その魂の宿った墓標より魔力が錬成され、太陽にも似た強大な火球となる。そのままけたたましい音をあげる業火はエルクへ差し向けられて
「くぅううう、うあーーー!!」
勇者の身体へ直撃して焼きながら押し戻す。いくらメッカの絡繰義足の推進力とはいえ、最高位の火炎魔法を押しのけて進むことはできない。炎に焦がされたエルクはなんとかそれを耐えきる。そして負けてはならないと頭を横に振り、再び進路をリリスへ向け全速前進する。
『ちょこまかと、無駄なことを』
エルクの義足が火花を散らす。勇者は聖剣ヴァイス・シャイトを構えたまま。エルデスは城中から集めた文字石板をして新たな魔法を発動した。
『
それは明らかにリリスの使うのに等しい古代魔法の一つ。完成すればとてつもない爆炎を巻き起こし、エルクだけでなく他のすべてが巻き込まれてこの世の果てに飛ばされてしまう。
「やっめぇっろぉおおお!!」
エルクは何とかして形成された石板の呪文を破壊しようとする。だが、距離が離れていてどうやっても届かない。聖剣ヴァイス・シャイト、届いてくれ!――とその時。
「ティーーーーピーーー!!」
どこからともなく放たれた光線がオーロラのように空間を切る。その光線、エルクには見覚えがある。光線を射出した主はエルデスの石板呪文の真ん中をすべて消し去り『不発』としてしまう。失敗した魔法は発動者のエルデスに衝撃波を与えた。
『ぐぅぬうぁあああ!!クラウン・キングの配下め、よくもっ!!』
現れたのはナーティ・クイーン。怪鳥ナーティの女王たる魔物。そして別の名をティピ。エルクが幼少期に育て上げた怪鳥が、援軍を呼んだ暗黒王の采配によって今母と再会を果たす。
「ティピ!?ティピなのかっ!!」
「ティッピッピーーー!」
ティピは主人の下へ飛んできて勇者エルクを背中に乗せる。さらに空中を旋回しティピは宙を漂う戦神ウッド、聖女ミナエルを回収して、集まった力は三名の人間と怪鳥ナーティになる。
「ぐぅ、まったくこんなのときによりによってトラウマの怪鳥とは。ルイスと飛び去った後、王にこっぴどく叱られたっていうのに――」
ウッドがプリズムのように光を割いて飛ぶ巨鳥の上で独り言ちる。隣にいたミナエルは
「あなたが怪鳥ナーティを呼び寄せてしまったのも偏に神のお導きね」
と微笑ましそうに戦神を窺っていた。
そして勇者たちは大魔女リリスのもとへ。身体を無造作に摘ままれた少女は苦しみに悶えていた。手足を掴まれた状況では魔力を練ることもままならない。
「リリス、あともうちょっとでちゅ!助けが、ほらっ!」
「くっ、んっ。どこにって。ええぇええーーーー!!」
リリスはとんでもない助けが呼ばれたことに驚愕を隠せない。現れたのはこのゴーレムの頭の大きさほどもある虹色を放つ巨大な烏。その上には仲間たちが乗っている。
一通りの戦況を眺めていて「バッカらしい」と口にするのは魔王デス・ルイス。だが、デス・ルイスよ。お前はエルデスを放って置いていいというのか。
「そんなのは私に関係のないことだ」
怪鳥ナーティがついたとしても、彼らの攻撃の頼みは聖剣のみ。今はナーティの光線でエルデスの魔法を退けるだけで精一杯だろう。それに対してこの状況下、霊剣を手にした魔王ならば、エルデスへ一方的な攻撃を仕掛けることができる。
「くぅ、私の思考の中に入りおって。どこまでも癪に障る野郎だ」
エルデスが大魔女エリスの蘇生を完成させれば人間だけでなく、外の世界へ逃れた魔族も大勢犠牲になる。それでもいいのか。強がりを言うだけなら誰でもできる。だが、後になってから後悔することになるぞ。デス・ルイス、お前の力が必要だ。
「くそっ。私の蘇生の落とし前はエルデスの撃破か……。企みおって……」
デス・ルイスはぼそぼそと愚痴を言うが、彼には魔族を守る責任がある。エルデスを放って置くという解はない。苦虫を嚙み潰したような顔をして、魔王も戦場へ赴く。
エルデスの魔法はことごとくティピの攻撃によって打ち砕かれた。腕の動きだけでは俊敏な怪鳥を捉えることが出来ずにいたエルデスは焦りを示す。しかし戦況は互角。この間、次々繰り出される石板の魔法にエルクたちも決め手を出せずにいた。
エルデスが狙っているのは大魔女リリスのみであった。少女を体内に捕縛して脱出不能にすればエルデスの勝利。ゴーレムは捉えたリリスを食らわんと必死に口へ運んだ。だがそこへ
「エルデス。私の下半身が切り取られたときは、いいー気味だったろうなぁーー」
と蘇った少年がエルデスに悍ましい声で言い放つ。エルデスはその姿を一目見て恐怖した。見間違うことはない。そこにいたのはカラクリ王国の生き残り。若かりし頃の容貌を取り戻したデス・ルイスが魔王のローブを着てエルデスの肩に立っている。エルデスには魔族であるデス・ニコラスの魂が宿る。魔族絶対服従のローブを身に着けた魔王へ背くことは出来ない。
次の瞬間、目を鋭く見開いたデス・ルイスは霊剣オプフェルノを深々エルデスの腕に突き刺した。真の魔王は何度も旋転を繰り返しながら摩天城を食ったエルデスの腕を抉りに抉る。
『がああぁああ、くそぉおおお!!リリスは必ず食らうぞぉおおおお!!』
エルデスの腕が思い切り動き、リリスを運んだ。しかし、霊剣で筋を断ち切られたゴーレムの腕に追撃が仕掛けられる。
「ティッーーーーピーーーーーー!!」
『なにぃいい!!!!』
ティピが七色の光線を放つ。放たれた虹の輝きがエルデスの肩を直撃。大魔女を捕えていたエルデスの腕が引き千切られ、エルデスが支離滅裂に文字石板の嵐で叫んだ。同時にリリスを捉えていた指先は力を失い、エルデスの手を逃れた大魔女はティピに救われる。解放された大魔女へすかさずミナエルが
「チューチェ、もう一度だけ力を貸して!!」
と叫んでチューチェも「おーけー」と快諾。リリスは「リベレーション!」を唱えた。再度、大魔女の驚異的な魔力が解放されて周囲を照らす。ティピはそれを察してエルデスの下から一時退避した。デス・ルイスもゴーレムから飛び退く。
「私の最強火力いっくよーーー!『
古代魔法を完全制御した大魔女は、自身の魔力をエルデス目掛けて一気に放出する。怒涛の爆音を鳴らしてエルデスの体躯が『思い』という名の砂粒に帰っていく。
『破壊』『滅亡』『崩壊』『消失』『無念』『絶望』『混沌』『敗北』『勇者』『怨讐』『肉体』『破断』
『虚空』『冥界』『我思』『何処』『選択』『過誤』『魔族』『霊剣』『主人』『承認』『拒否』『何故』
『待望』『再会』『夢幻』『不惑』『愛妻』『魔女』『嗚』『呼』『余』『之』『愛』『永』『遠』『続』『也』
『ああああああああ、アアアアアアアア!!嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!!』
爆炎が過ぎ去ろうというとき、巨大ゴーレムの頭部に核となる一体のエルデスが身を屈めて現れる。仄かな思念の陽光に照らされたそれを、二刀の宝剣を手にした者たちは逃さなかった。
魔王デス・ルイスはすぐさま中心のエルデスに振りかぶった霊剣オプフェルノで切り掛かる。
「消えろ、デス・ニコラスの亡霊!!」
ガルゥン!ズザッーーーン!!!!
真っ二つ。そこへ怪鳥に乗った勇者エルクが飛びこみ、聖剣ヴァイス・シャイトが煌めく。
「これで最後だぁあああ!!」
ズゥンン、シャアアーーーーーン!!!!
エルデスの大半がデス・ルイスの霊剣へ吸収。そして残ったチリは二度と元の肉体を取り戻せないよう、エルクの聖剣が切り裂いた。
「ありがとう、みんな」
崩壊した摩天城のもと星屑となったエルデス。天から見守っていたルイスはすべてを見届けて微笑んでいた。そして、彼は安心して彼方にある黄昏時の世界へ旅立っていった。
◆
「王、この囚人は我々が連れていきます」
ある朝、なんの前触れもなく帰ってきた勇者エルクと戦神ウッド。彼らは帝王の前に牢からメッカ・カラクリを引き上げてきて解放すると宣言した。王は成り行きが分からない様子で
「エルク、どうしたというんだ」
と狼狽しながら声を発した。エルクは帝王の前でも凛として応じる。
「僕、旅に出るんだ」
エルクに帝国を去ることへの躊躇はなかった。魔王を倒した勇者には、王位を継ぐための次なる修練が待ち受けているに違いない。だが、そんな帝国の我が儘はまっぴらごめんだと彼は思った。かつて魔王を倒した仲間たちはアデムウォールで心機一転、これまでと違う道を歩んでいる。使命を果たした今、自分だけが新たな門出を許されないのは道理が通らない。
「旅に出るだと。それは本気か?」
「もちろん本気だよ、父さん。この城には当分戻らないつもりだ」
「しかし、世界は平和になったというのにどこへ旅に行くというのだ?」
「それはもう世界中だよ。ルイスは僕らが世界の半分しか知らないことを教えてくれた。僕が旅に出ることについて、ウッドも賛成してくれたよ」
王子が横目で窺うと、ウッドは王の面前で少々申し訳なさげに頷いてから
「王子が旅をするのに護衛が居ないのは何分物騒ですので」
と伏し目がちに話した。それから近くにいたメイドに声をかけて
「シャルロット」
「はっ、はいぃ。なんでしょうか」
「俺らが留守の間ここに留まるか?それとも、王子と一緒に来るか?」
と尋ねた。シャルロットはその場でかなり悩んでいた。王子の居ない城に残っていても寂しいばかりだ。しかし、彼女は自分の質を鑑みてため息を吐き、結論を出す。
「……私には旅は向きませんわ。王子様には申し訳ありませんが、城に残ります」
「そうか。ならば我々がいつ帰ってきてもいいよう、王子の部屋は万全にしておいてくれ」
戦神はそう言って彼らの去った後の城をシャルロットに託す。勇者たちの背中をメイドの彼女は少しだけ誇らしく見守っていた。太陽は南中しようとしている。こうしてエルクとウッドの二人旅は始まったのであった。
城を出てから数時間経つ頃。ウッドは布をぐるぐるまきにして背負っていた大剣を下ろし、森にずさりと置く。そしてエルクも腰につけていた剣を振り抜き
「始めるよ」
と戦神に声をかける。ウッドは首をかしげながら言った。
「本当にいいんですか。王子の足を蘇生することだってできるというのに……」
「後悔はないさ、ウッド。この足になったおかげで僕は空も飛べるようになったんだ。カラクリ卿が作ってくれた自分の足をすごく気に入ってるよ。今更もとの身体に戻る気はない」
エルクがそう話すと、連れてこられたメッカは自慢げな顔になってニヤリと笑った。だが、彼らが蘇生させようとしている者はただの人間ではない。ウッドがまた顔を顰めて
「それにしても上手くいくだろうか。あいつは絡繰だぞ」
と懸念を述べる。もしかしたら蘇生の宝剣でも彼を蘇らせることは出来ないのかもしれない。エルクは疑りをかける戦神を諫めるように答えて言った。
「大丈夫だよ。彼の魂の存在を信じてあげなくちゃ」
二人の話を聞いていたメッカは「あまり感心出来たことではないが」と忠告をしたうえで、儀式を見守った。
勇者の剣と魔王の剣の剣先が触れ合う。そしてエルクの前で二度目の奇跡が起こった。
キュイーーーン!シャララン、シャララン!
霊剣オプフェルノの先に歯車の束が集まってきて、絡繰の身体を作り上げていく。残念ながらそれはルイスではない。彼は絡繰の町で魔王討伐の作戦を話すとき、すべてが終わったあと王子の足以外を蘇生することになっても、自分を蘇らせるのはよしてくれと念を押していたのだ。だから、エルクたちはこの事件で悲しみに消えた他の人物を蘇らせることにした。
エルデス・ニコラスを食らった霊剣を通し、一体の人形が蘇る。そしてその人形は、以前と変わらずに深々と一礼し、礼儀正しく振舞った。
「これはこれは皆様。どうしてこんな鬱蒼とした森で。ピクニックでも始められるんですか?」
とぼけた第一声に立ち会った皆が苦笑いを浮かべる。エルク、ウッド、メッカは蘇った彼を快く迎え入れた。
もしもあいつが生まれ変わったら、こう言ってあげてくれ。ルイスの遺言を思い出す。その言葉ならば、きっと天にいるルイスも聞くことができるだろうから。エルクが口を開く。
「Cheerily Cheerio。お帰りなさい、オラス」
魔王の絡繰ロイヤルナイト 真見夢明朗 @maylown_mymeme
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