第10話 そして日常・・・
それから俺たちは、ヘラクレス3のブリッジへ戻り、L2へのアプローチと入港作業を見学することになった。俺と美月にとっては、去年の第6静止軌道ステーション入港に続いて2回目である。そして、入港後に事故調のヒアリングと、メディアのインタビュー、なんだか去年のデジャブを見ているような気がしたのは、美月もたぶん同じだろう。去年の事件もあって、メディアは俺たち二人に質問を集中させたが、そこはフランク先生が教師としてうまくカバーしてくれた。
今回は、それに加えてアカデミーでも調査委員会が作られていて、そっちのヒアリングも受けることになったわけだが、救助に回った我々に対する質問は、主に捜索活動の手順に関する部分に集中した。特に、近傍小天体監視ネットワークを捜索に活用した点は、大きく評価され、今後の救助活動でこれらを活用できるように、科学局がその枠組みを検討することになったようである。それ以外にも、隕石群への対応や、その後のリカバリーについて、多くの部分がこれまで未経験の状況下で行われていたため、有効な対処法として、今後、非常時対処のマニュアルに記載されることになるらしい。ジョージが手を加えた新型コンピュータについては、それによる1Bシリーズの能力の大幅改善が図らずも実証できたため、更新計画を前倒しして実施する検討に入るとのことで、ジョージもオブザーバーとして検討委員会に招請されることに決まった。
さすがに、これだけ立て続けに緊張を強いられて、俺たちは全員疲れ切っていたのだが、最後に待っていたのは、アカデミーでのお祭り騒ぎだった。自らの危険をかえりみず、僚船の救助にあたったヒーロー、ヒロインのご帰還に学生も教師たちも沸いていた。俺たちにしてみれば、ごく当然のことを、四苦八苦しながらどうにかやり遂げることができたわけだが、世間はその過程よりも結果を大きくとりあげる。すでに俺たちはアカデミー栄誉賞の候補に挙げられていたのだが、その前に盛大な生徒会表彰式が催された。かくして、普通の学生でありたい俺は、美月や仲間共々、またしても派手に世間に名前と顔を知られるハメになってしまったのである。
そして、慌ただしく数日が過ぎ、最初の週末の夕方。ようやく一息ついたところで、俺たちは、ゾーン中央街区にある広場に集まった。ここはアカデミーの校舎からも近い商業地区なのだが、19世紀頃のヨーロッパ風町並みが再現されていて、様々なショップやレストランが建ち並ぶという、女子には人気のスポットである。これからチームの食事会。そもそものきっかけは、ジョージが美月に食事を奢るという話だったのだが、マリナの提案でチームの食事会になったのである。そういう成り行きで、今日の美月はゲスト待遇。甘やかすと癖になるので俺はあまり気が進まないのだが、このところ彼女が持っている様々なインターフェイスが大活躍しているのも事実だから、たまにはいいかもしれないと、一応、自分を納得させている。
「皆さん、集まりましたね。まだ少し時間がありますけど、そろそろお店に向かいましょうか」
とマリナ。今日の店はマリナのお薦め。こちらはちょっと楽しみだ。
「おっけー、行こう行こう。でも、ジョージが時間より早く来るなんて珍しいよね。雨とか降らなきゃいいけど」
ケイがジョージの肩をたたいて言う。ここは宇宙都市。もちろん雨なんか降らない。宇宙で地球の気象をすべてシミュレーションすることにあまり意味は無い。空気の湿度管理や循環は保たれているし、ある程度の風もある。雨が降るのは、というか空から水が降ってくるのは大規模な火災が発生した時くらいだろう。もちろん、そんな事態は、このL2が建設されて以来、一度も起きていない。
「バカじゃないの。雨なんて降るわけないじゃない。ここは宇宙都市よ」
「まぁ、それは物の例えだろ。そこは突っ込まないほうが・・・」
例によって、美月がからむわけで、放置するとまた騒ぎになるから、俺はちょっとフォローを入れる。
「この町並みだと、雨も似合いそうですよね。地球がちょっと懐かしいです」
マリナが言う。
「風情があっていいかもしれないな。俺も雨の多い所で育ったからわかるよ」
「ふん、私は雨なんか大嫌い。だいたい、じめじめして髪もまとまらなくなるし、ロクなことないじゃない。雨のないところに来て助かってるわ」
うーん、今日の美月はちょっとご機嫌斜めのようだ。あまのじゃくは、いつもの事だが、マリナに絡むのは珍しい。今日はちょっと俺が気をつけておかないとダメかもしれないな。
「いっそ、街全体に仮想現実を重ねて、自分が好きな景色にできるっていうのがいいかもしれないね」
「技術的には可能。同じ景色を適宜共有できるといい」
ジョージとサムはどうしても、技術的な方向に話がいく傾向がある。
「でもさ、もし違う景色を見ながら並んで歩いてたら、会話が成り立たないよね。共有するにしても、どっちにするかで喧嘩になったり」
ケイの言うとおりだ。一人で歩いているのだったらいいのだけど、下手をするとテレビのチャンネル争いみたいになってしまうかもしれない。そもそも、この街に店を出している人たちも自己主張ができなくなってしまう。社会的な意味では様々な問題が出るだろうな。
「そうですね。もしそうなったら、私たちは美月さんが雨を嫌いだということも、知らなかったかもしれませんし。コミュニケーションがおかしくなっちゃうかもしれません」
「仮想現実は、むしろ街を作っている人たちが考えるといいんじゃないかな。そうすれば、時々、模様替えもできるだろ。商店街もたまにはコンセプトを変えたいこともあるだろうし」
そんな会話をしながら、俺たちは一軒のレストランの前までやってきた。小洒落た、というか、見るからに高級なお店という感じでもなく、カジュアルな感じを出しつつ、随所にちょっとしたこだわりが見える店・・・俺が言うのもなんだが、そんな雰囲気の店だ。ストレートに言うならば、マリナらしいチョイスだろう。
「おお、いい雰囲気じゃん、マリナ。こんな店どうやって見つけたのさ。もしかして、デートとかぁ?」
とケイがちゃかす。
「いえいえ、去年、生徒会の人たちと、ここでお食事会やったんですよ。代々の生徒会御用達のお店らしいのですが、料理が美味しくて、お値段も手頃なのでいいかなと思ったんです。気に入ってもらえると嬉しいですけど」
「へぇ、附属高生徒会御用達の店かぁ、なんとなく楽しみだね」
「おっと、ジョージ君、イタズラはなしだからね!」
「あはは、分かってるって・・・」
いや、こいつはまた何か企んでたに違いない。でも、さすがにケイも心得ているようで、先手を打ってクギをさしたってところだろう。サムは興味深そうに店のあちこちを眺めている。美月はといえば、あいかわらず無愛想な表情で黙り込んでいる。これはちょっと不気味だ。
「お料理は一応コースでお願いしてますけど、今日の主賓は美月さんだから、お肉系にしました。いいですよね」
「問題なし!」
「それでいいと思うよ」
「同意」
「俺もそれでいいと思う。いいだろ、美月」
「・・・・肉は嫌いじゃないわ。でも私はちょっとばかりうるさいわよ」
「いや、うるさいのは分かってる。いつものことだからな」
うっかり口が滑ったのだが、結果、やはり美月に思い切り睨まれた。でも、ちょっといつもと反応が違う。いつもなら先に口が出るはずだが・・・。
「いいじゃん、とりあえず味わってのお楽しみ・・・ってことで」
とケイ。
「それじゃ、皆さん、入りましょう」
店の中は、外見から想像したとおりの感じだった。それほど広くない店だが、テーブルや様々な調度類は、かなり余裕を持って配置してある。内装はちょっとアンティークな感じで、店員も生身の人間だ。これなら、ジョージの出る幕もなさそうである。
俺たちは、窓際の大きなテーブルに案内された。とりあえず飲み物だけ各自注文して、あとはお任せのコース料理である。とりあえず、料理は出てくるに任せて、このところの顛末の話で盛り上がることになる。
「でさぁ、結局、あの生徒会表彰式ってなんだったわけ?かなり唐突・・てか、今までに生徒会表彰なんってあったっけ?」
ケイが前菜のサラダのトマトをフォークに突き刺したまま言う。
「ああ、あれですねぇ・・・」
マリナがちょっと困った顔で、全員を見回して言う。
「私は大袈裟なのはやめてくださいって言ったんですけど、先輩たちがどうしてもってきかなくて。バラしちゃうとしかられるかもしれないですけど、これは生徒会が存在感を示す二度と無いチャンスだ。君も生徒会なら協力したまえ!って・・・。すみません」
「世の中なんてそんなものよ。あんたが謝ることはないわ。利用できる物はなんでも利用する。去年もそうだったけど、騒いでる奴らのほとんどは、私たちを利用したいだけなのよ。結局、ほとぼりがさめればみんな忘れてしまうんだから」
ほぉ、珍しく美月がまともなことを言うじゃないか。
「そういう意味じゃ、アカデミーだってそうかもしれないね。今回の事故そのものは、アカデミーにとっては大きなマイナス点だし、そっちがクローズアップされる前に、ヒーロー、ヒロインを作り上げて、派手に宣伝しとけば、煙幕を張れるよね」
とジョージ。しかし、だんだん話が自虐的になってきているような気がする。
「でも、周囲がどう扱おうと、今回、俺たちは、いろんな事をうまくやれたんじゃないかな。俺たちのチームとしては、少なくともそこは誇っていい話だと思うぜ」
「そうですよね。このチームだったから出来たことの方が多いですから」
「それは同感」
「ふん、ケンジのくせに、まともな事言うじゃないの」
「なんだよ、そのケンジのくせに・・って」
よかった、どうにか美月もいつもの美月に戻ってきた。何か変だと思ったのは俺の思い過ごしだったんだろう。
「そういえば・・・」
と、ジョージ。
「あのコンピュータ、近いうちにクローンを作ってL2で動かすって言ってたよね。どこに置くんだろうな」
「たぶん、アカデミーの情報研究センター。あそこが自律ネットワークの研究拠点」
サムが言う。
「あんた、また何か企んでるんじゃないでしょうね。気をつけないと今度は謹慎じゃすまないわよ」
今度は美月が突っ込む。この種の話題で、チーム全員が考えることは同じらしい。
「あのね、僕がどこでも勝手に侵入するって思い込みはやめて欲しいなぁ。僕も表玄関から入ることだってあるんだから。それに、今回の1Bシリーズのコンピュータ更新プロジェクトも情報研究センターが主体になってるから、うまくいけば、そっちの情報も得られそうだし」
「共通の研究テーマも多そうだしね。メンバーも重なってるんじゃないの?」
とケイ。
「うん、僕もそれを期待してる。できれば、そっちのプロジェクトにも入れるといいんだけど」
たしかに、あのコンピュータは興味深い。あれが、様々な船で使えるようになると、いろんなところで大きな変化が起こりそうだ。でも・・・、俺はちょっと美月のほうを見る。彼女も何か考え込んでいる様子だ。たぶん、気になっていることは同じだろう。あの感覚はいったい何だったんだろう。表現しようとすると言葉に頼るしかないのだが、あれはむしろ感覚とか、感情に近いものだったな。もし、あのコンピュータが俺と美月の二人にだけ、何かを伝えようとしていたのだとしたら、それはいったい何だったんだろう。そして、なぜ俺たち二人なんだ。
そんな事を考えている間に、メインディッシュが運ばれてきた。これまた、うまそうなステーキである。
「おお、肉だねぇ。美味しそう。いただきまーす」
と、ケイがさっそく手を着ける。
「これ、いける。みんな食べてみなよ。美味しいよ」
ケイは肉を口に入れたまま、そう言うと、また肉をほおばった。
「まったく、育ちが分かるのよね、こんな肉くらいで大騒ぎして」
美月はそう言うと、肉を一切れ小さく切り分けて口に運び、そのあと少し固まった。それからちょっと顔を赤らめるとこう言った。
「ふ、ふん。まぁまぁね。ち・・地球で食べてたのに比べると、あ・・アレだけど・・・」
その、まぁまぁ、ってのがどれくらいの物かは、その後の美月の食べっぷりを見れば明らかなわけで、まぁ、そこは全員心得ていて、誰も突っ込まない。
「な、なによ。おなかが空いてるだけ、それだけなんだからね」
はいはい、言わなくても分かってますよ。美味しいんだよね。とりあえず、会話はそれくらいにして、俺もこの料理を楽しむことにしよう。
「これ、自動調理じゃないよね。でも、焼き加減がすごくいいな」
「すごくジューシー」
ジョージとサムも気に入ったみたいだ。
「よかった。気に入ってもらえたみたいで。私もはじめてこのお店に来たときはちょっと驚きました」
マリナもそう言うと、上品な感じで食べ始める。歴代生徒会に伝わる隠れ家、そんな感じがするこの店は、実際、地球でもなかなか見つけることができない美味しい店だろう。
「あー、食べた食べた・・・。おなかいっぱいだぁ」
ケイの皿はもうすっかり空になっている。
「おいおい、もうちょっと味わって食べたらどうだ?」
「いやいや、こんな美味しい料理は一気に食べるに限るよ。満足だぁ」
前菜、メインディッシュだけじゃなくて、デザートも小洒落ている。自家製のアイスクリームなのだが、濃厚な割に甘さが抑えられていて、香ばしいカラメルソースとうまく調和している。
「ここのお店、デザートも美味しいんですよね。自家製ケーキは持ち帰りもできるんですよ」
「そうなんだ。買って帰ろうかな」
とジョージ。
「だめだよ。ジョージはスイッチ入ると際限なく食べちゃうから。カロリーオーバーはデブの元だよ」
ケイが、手に持ったスプーンでジョージを指して言う。
「ひどいな。頭を使うから糖分が必要なんだよ」
「それは同意。でも、過剰摂取の誘惑には逆らいがたい」
たしかに、体の中で糖分と酸素を一番必要とするのが脳だというから、間違いはないかもしれないが、俺から見てもジョージはちょっと食べ過ぎだ。
「甘い物は、ゆっくり食べるといいですよ。血糖値が上がると自然と食欲が抑えられますから」
とマリナ。チームの健康管理は彼女の関心事でもあるわけだが、ジョージにはもう少し厳しい言い方をした方がいいかもしれない。
さておき、そんな感じで我々の食事会は終了。店を出るとあたりは既に暗くなっていた。明日からはまた退屈な授業や実習が待っている。
「じゃ、また明日ね」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
俺たちは、店の前で解散して、それぞれ寮ごとに車を拾って帰途につく。南学生寮の俺と美月は一緒の車だ。
「アカデミー南学生寮まで」
そう告げると、いつものように機械的な返事を返した車は、静かに走り出し、やがて高架道路に上がる。周囲には都市の夜景、そして空には星があふれている。
「あれ、何だったんだろうね」
美月が唐突に口を開いた。
「ヘラクレス3のコンピュータ・・・か?」
「そう。不思議な感覚だった。心の中に言葉が浮かんだみたいな」
「俺も同じ感覚だったよ。明らかに聴覚インターフェイス経由じゃない声というか感覚というか」
「他のみんなは感じてないのよね。それも不思議だわ。あれからずっと気になってるのよ。なんとなく頭を離れなくて」
「俺も同じだ。でも、頭で考えても結論は出なさそうだ。もう一度、繋がってみれば何か分かるかもしれないけど、それまではあまり深く考えない方がいいんじゃないかな」
「そうね。もしかしたら偶然かもしれないし。あんたと一緒ってのが、偶然にしても気に入らないけど」
「おい、そりゃどういう意味だ?」
「そういう意味よ!」
「あのなー」
結局、最後にはこういう会話になってしまうのが俺と美月である。そんな会話の間に車は学生寮のエントランス前に滑り込んで止まった。俺たちは車を降りる。
「じゃぁな。また明日」
「おやすみ、寝坊するんじゃないわよ」
「ああ、お前もな」
俺たちは、そこで別れてそれぞれの寮に向かう。どうにか門限には間に合ったようだ。部屋に帰って一風呂浴びて、それからベッドに横になって寝付くまでの間、俺は新学期が始まってからの出来事を思い返していた。たかだか一ヶ月ほどの間に色々なことが起きた。入学式以降、平穏だった去年が嘘のようだ。もしかしたら、俺と美月は、そういう巡り合わせなのかもしれない。だが、どうして俺と美月なんだ?これは何かの因縁だろうか。いやいや、だとしたら親の代からの因縁にちがいない。俺は何も悪いことはしていないから。
そんなことを考えながら、俺はいつしか眠りについていた。なにやら色んな夢を見た気がするが、朝にはその中身は忘れていた。そして、またいつもの日常が戻ってくることになる。日ごとに難しくなっていく授業。あいかわらず退屈な実習。ある意味平穏な日々は、夏休み前まで続いたのだが・・・・。
この話の続きは、また近いうちにするとしよう。
俺と美月の宇宙日記(ダイアリィ)2 風見鶏 @kzmdri
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