第9話 AI

二重になったドアを抜けると、その先に少し広い空間があり、中央に、シールドされた円筒形のドームがある。


「この中だ。ちょっと待ってくれ」


デイブさんはそう言うと、ドームのドアの前でなにやら操作をした。たぶん、インターフェイス経由でセキュリティシステムにアクセスしていたのだろう。やがて、ドアがすっと開いた。


「よし、入っていいぞ。但し、稼働中のシステムだ。間違っても触ったりするなよ」


俺たちはデイブさんに続いてドームの中に入る。ドームの中に入ると中央に円柱形のプロセッサラックがあり、その側面にはめ込まれている無数の演算ユニットが薄緑色の光を放っていた。壁面には様々なダッシュボードやアクセスパネルが配置されている。もちろん、これらのパネルはアウトバンドで伝送されてくるもので、物理的に存在するものではない。普段は、必要なものだけが表示されているはずだが、おそらくデイブさんが見学用に並べてくれたのだろう。


「すごい。これ、アカデミーのセンターコンピュータと同じユニットですよね」


最初に声を上げたのはジョージである。


「そうだ。さすが、アカデミー始まって以来のハッカーは見る目があるな」

「デイブは、今のバージョンのセンターコンピュータ開発にも、しばらく関わってたからな。でも、まさか自分の船にこれを置いているとは思わなかったよ」


フランク先生が言う。しかし、これはセンターコンピュータにこそ及ばないものの、宇宙船のメインコンピュータとしては、かなりオーバースペックなものだ。これをいったい何に使っているのだろう。


「仮想的なニューラルネットワーク」


サムがつぶやく。


「一種の人工知能。各部のサブコンピュータを統括、状況に合わせてリプログラミングすると同時に、全体を自律協調させるネットワークを構築、監視している」

「なんだと? これを見ただけでそこまでわかるのか」


デイブさんが驚いた顔をして言う。


「アカデミーでも同じようなシステムを研究している。センターコンピュータを核として、L2都市全体のコンピュータシステムを使った自律系を作り、処理能力や柔軟性、障害耐性などを大幅に向上させる研究。でも、まだ実験段階で完全には機能していない」

「そうか、C&Iは一年の授業でアカデミーの情報系プロジェクトの概要を勉強してるからな」


先生が言う。でも、アカデミーで実験段階の技術をデイブさんはもう実用化してしまったというのか?


「まぁ、そういう意味ではこれも実験だがな。この年代物の船だ。まともに動かすには結構手間がかかる。新造船なら機械がやってくれることを人がやらなきゃいかんからな。かといって、人を増やすとコストもかかる。だから、処理能力を上げて、なんとか自動化してるってわけさ」

「必要は発明の母だな」

「そういうことだ。それに・・」


デイブさんは、そう言いながら壁にあるパネルをひとつ持ってきて拡大表示した。


「これは、この船の情報処理の系統図だ。見ての通り、普段はこんな感じで、役割ごとにサブコンピュータがグループ化されて、それぞれが自律系を作っている。たとえば、これは船全体のロジを担う部分だが、積み荷管理と作業ドロイドの管理、荷物リフトや船倉の環境管理などのサブシステムがネットワークを作っている。入港時の荷積み、荷下ろしの作業から適切な貨物の配置や航行中のケアなども含め、このグループが全部やってくれるわけだ。もちろん、船内で必要になる物資の管理もやる。食料や水、消耗品から燃料の在庫管理や消費量見積もり、発注、積み込みまでな。それとゴミの管理もだ。そして、このグループは、船の運航管理を担当するグループとも密接な関係を作っている。船の運行は主に貨物の引き取り、届け先と要求された日程から最適なルートやスケジュールを計算するわけだが、航行中に何か問題が生じると、自動的に連携して、必要があれば、航路や寄港地の変更が行われる」


「自律系が階層化されているわけですね」


とジョージ。


「そうだ。末端の自律系は、基本的に自分のグループの動きを最適化するように働く。だが、それだけでは、いわば人間のお役所仕事と同じで融通がきかなくなる。そこで、もう一段上に、相互に関連するグループが調整を行うような上位の自律系が構成されているんだ。この階層は必要に応じていくつでも作ることができるんだが、階層が多くなればなるほど調整は難しくなる。つまり、複数の課題に対して、それぞれを担当する自律系から矛盾する要求が下位のグループに対して出される可能性が高くなる。往々にしてそうした矛盾を解決するためには、別のグループの情報が必要になるから、そこで上位の自律系を組み替える必要が生じる。だが、これが機械には難しい。人間なら、チームリーダー同士が話し合って、それでもダメなら上司に相談して判断を仰ぐということになるんだが、これを機械にやらせようとすると多くの難題が生じる。基本的には人間と同じで、問題が生じた場合は上位の自律系が対処するわけだが、こうした自律系はそれ自身に柔軟性が要求される。下位のグループから上がってくる問題が多岐にわたり、すべてを想定できないからだ。つまり、発生した問題を解決するために自分自身を含めた下位のネットワークを組み替える能力が必要になる。つまり、自分自身をリプログラミングできないといけないわけだ」

「でも、もし機械が間違った組み替えをしちゃったらどうなるんですか?」


ケイが口をはさむ。


「そう。そこが問題だ。間違いを発見して正すことはできるが、それでは一種の試行錯誤だ。とりわけ運行管理や船の制御系では致命的な問題を発生させる危険がある。だから、このメインプロセッサが、様々な条件で自律系の動きをシミュレーションして、最適解を見つけ出す。同時に、そこに生じるリスクの計算もやる。もし、一定以上リスクを低く出来ないとか、同じレベルの選択肢が複数あるような場合、コンピュータは人間に対して判断を求めるようになる。OKを出せば、サブコンピュータをリプログラミングして自律系を最適化するわけだ。実際にあった話だが、航行中に機関が故障してパーツの交換が必要になったことがある。ところが、保守用パーツの在庫がなかった。ちょうど、次の寄港地で調達する予定になっていたんだが、そのときにコンピュータが提示してきた選択肢が面白い。貨物の中に、たまたまそのパーツが入っているのを見つけ出して、それをちょろまかせと言うんだ。もちろんリスクがあるので、聞いてきたわけだが」


「で、どうしたんですか?」


と俺は聞いてみる。


「もちろん、ありがたく頂戴した。と言っても、スペアは手配済みだったから、次の寄港地で返しておいたし、荷主にはそのことを報告して了解は得たがな。宇宙のまっただなかで足止めされて、補修船が来るのを指をくわえて待っているよりはマシだ。OKを出したとたんに、ドロイドがパーツを荷物から取り出して機関部に持って行き、あっという間に修理完了ってわけだ。たぶん、今度同じ事があったら、こいつは全部自分でやるだろうな。」

「でも、いつもそう都合よくいくわけじゃないわよね」


と美月。


「そうだな。人がやってたら積み荷にそれが入っていることがわかるまでにはすいぶん時間がかかってただろうから、それだけでも十分ありがたいんだが、実はコンピュータはその時にもう一つの選択肢を提示していたんだ。それは、有り物で代替品を作るという選択肢だ。これには俺も驚いた。必要な部品が船内のどこにあるのかや、組み立て手順まで全部示してきたわけだ。これは俺も興味があったので、後でそのとおりに組み立ててみたら、確かに動いたよ」

「メディカル系のシステムはどうなってるんですか?」


とマリナ。


「そっちは、うちの藪・・・おっと今のは聞かなかったことにしといてくれ、ドクターがあまり使いたがらないんで、活躍する機会は限られるんだが、さっきの話同様に、何度か治療法についてドクターも渋々受け入れざるを得ない答えを出したことがある。先生、いつも機械が俺の仕事に口を出すなと、こいつと喧嘩ばかりしてるんだが、だんだんこいつも先生の性格を学習したようで、提案のしかたがうまくなってるように見えるところが不思議だ。一方で、こいつは先生の普段の治療方法などをしっかり学習してるようで、それを前提にしてシナリオを考えているフシがある」

「なんだか、すごく人間的ですね。コンピュータなのに」

「そうなんだ。まぁ、そういうふうにプログラミングされているというのを分かっていても、不思議な感じがするな。一方で、そんなメディカル情報を他のサブシステムもうまく利用しているんだ。船の当直管理のシステムは、船員の健康状態をメディカルからもらって、勤務負荷を調整してるし、食堂の栄養管理システムも同じ事をやっている」


「バックアップは?」


とサム。


「いい質問だ。さすがに、このプロセッサはここに一台きりだから、これが壊れると、さっきのような高度な学習機能やシミュレーションはできなくなる。だが、このメインプロセッサが直接担っているのは、そうした部分だけだから、よほど想定外の事態が起きなければ通常の運行には問題はない。下位の自律系はすべて冗長化されているし、多くの些細な問題は、それぞれの自律系が解決してくれるからな。何か大きな問題が起きた場合は、全部人手で解決が必要になるが、考えてみれば、それがこれまでのやり方だったわけだから、大きな問題じゃない。」

「ところで、これをアカデミーの連中は知ってるのか?」


フランク先生が聞く。


「ああ、さっき話が出たプロジェクトの連中とは常に連絡を取っている。近々、このシステムのクローンを作って彼らに渡すつもりだ。このボロ・・・おっと失言だ。この船で得られる情報は限られるから、L2のようなもっと情報量の多い場所で動かしたら、どんな答えを出すんだろうという興味もある。それに、こいつも、もっと情報を欲しがっているようだ。どこかに寄港して船のシステムが外部に接続されるたびに、勝手にあちこちから情報を集めてるようだしな。残念ながら、こいつ自身の容量には限界があるので、多くの情報はそのエッセンスだけ凝縮した形で取り込まれている。だが、少なくとも何か情報を得たい時にどこに接続すればいいかというインデックスはかなりの量を持っているようだから、船の外に出すと。もっと面白い仕事をしてくれるかもしれない」

「興味深い。そういえば防壁を抜けるたびに、前に使った方法が使えなくなるのは不自然に感じていた。システムがこちらの技量を試しているような感じがした」


サムが言う。


「だろうな。あの防壁の基本デザインは俺が作ったものだが、こいつはそれを自分の物にして改良しようとしている。最終防壁のトラップは俺じゃなくてこいつが作り上げたものだ。3枚の防壁を破ったことで、これ以上侵入させるのは危険と判断したようだ。同時に、こいつは、そっちの防壁の弱点も調べていて、最悪の場合、差し違える準備も整えていたよ。驚いたことにな」


コンピュータシステムがそこまで自分で動けるというのは驚きだ。というのも、これまで数百年の間、すべてにおいて人間を越える人工知能を作ろうという試みは、ことごとく失敗してきたからである。ある意味で、これは人間の本質を機械に与えようとする試みなのだが、肝心の人間の人格や知性に関する根幹部分は、遺伝子工学がここまで進んだ現在でも、まだ未解明のままなのだ。


「なんだかコンピュータが意思を持ってるみたいですね」

「俺も、時々そう思うことがあるよ。だが、こいつが本当に意思を持っているかどうかは、誰にもわからない。だが、少なくとも意思を持って思考している人間にきわめて近い動きをするという意味では、そう言ってもいいかもしれないな」

「チューリングの考え方ですね」


とジョージ。


「そうだ。自らの本質を知ると言う意味で人類は、もう何百年も前の科学者の域から一歩も出られていないわけだ。ただ、その本質は意外と単純なものかもしれない。たとえば、好奇心だ。人は、何かを見聞きした時に、それをもっと深く知ろうとする。そのために、その近傍にある情報を調べて、関連性を見つけ出そうとするわけだが、これの繰り返しが知性を作り上げていくとは考えられないだろうかな」

「それと、推論だろうな。欠落している情報について、周辺の情報をもとに仮説を立て、検証するという作業を論理的に進められるのも知性の特徴だ」


先生が付け加える。


「だから、俺は、こいつの基本プログラムにその特性を組み込んだ。もう一つは、あきらめと忘却だ。こいつの処理能力がどれだけ高くても限界はある。ある事象の周辺を探っていくと言っても、それをどんどん繰り返していくと、あっという間にこいつの能力を使い果たしてしまう。情報量はステップごとに指数関数的に増えていくからな。だから、最初のステップでは、その問題への興味の大きさ、言い換えればこれは、こいつの仕事である船の管理という意味での重要度の高さという意味になるのだが、それに応じた深さで探索や推論を一旦停止するようになっている。当面の課題を解決するためには、それで十分だからだ。そして、一旦得た結論を元に探索過程を抽象化して、余計な情報をそぎ落とす。これが第一の忘却だ。こうして作られた探索ツリーが抽象記憶となり、保存される。類似の事象が発生した場合、もし探索過程が過去の抽象記憶のツリーと重なる部分があると、これが再利用され、探索過程をショートカットする。つまり、過去の経験によって、将来の探索が効率化されるわけだ。こうして何度も再利用される抽象記憶は、強化され、より高速にアクセスが可能になる。一方で、再利用されない記憶は、次第に奥底に沈んでいき、やがては消される。これが第二の忘却だ」

「でも、推論が間違っていたり、実はちょっとした条件の違いで別の結論が導かれる可能性もありますよね。一旦作られた抽象記憶が再検証されることはあるんですか?」


ケイが質問する。


「いい質問だ。だが、考えてみろ。人間だって同じ間違いに陥ることがある。とりわけ思い込みの強い人間は、一度出した結論を信じ込むことで間違いを犯しやすい。つまり、この過程自体は人間の特性に近いと言えるわけだ。だが、俺たちの目的は、間違いだらけの人間の複製じゃない。一方、与えられた質問に全く同じ答えしか出さない杓子定規なコンピュータでもない。慎重な人間は、過去の結論を再利用する時に、それの間違いに気づくことが多いが、それはなぜだ? つまり、その結論を推論過程の一部に組み込んで得られた結論が事実と矛盾している時に、推論をトレースバックしていく過程で過去の結論もしくはその結論を使うことが誤りであることに気づくからだろう。このシステムでも同じ事が行われる。人間と違うのは、そうした推論やトレースバックの処理が恐ろしく高速で行われるということだ。また、処理能力が余った時には、過去の抽象記憶の整理や再確認が並行して行われる。もちろん、それでも間違いは完全に排除できないのだがな」


「メインコンピュータが僅かでも間違いを犯したらまずいんじゃないの?」


美月が言う。


「それは考え方だ。このシステムは、高度な自律系の最上位に位置する。たとえば、万一誤った判断に基づいた指示を下位に与えたとしても、それが危険なものであれば、下位の自律系はその指示を一度は拒否するだろう。この拒否によって、システムは自分の判断に問題が含まれていることに気がつき、判断を再検証することになる。この過程で多くの誤りは修正できる。一方、自律系のほうが間違っている、もしくはある理由からどうしてもそれを実行しなければいけないような場合、システムは自律系をリプログラミングして、その動作を実行できるようにする。大抵の場合、こうした操作を行う場合、システムは人間に最終判断を求めてくるがな」

「無謬性を前提としたシステムはかえって脆弱」


サムがつぶやく。


「そういうことだ。たとえコンピュータだって、人間が作った物である以上、間違いや故障はある。問題は、それが起きるという前提で、部分的に問題が生じても全体が倒れないようなシステムを作り上げられるかどうか、それが一番重要なんだよ」

「でも、そんなシステムができたら、人間がいなくてもよくなっちゃうよね。まぁ、楽が出来るのはいいことだろうけど、なんか退屈しそうだ」


ケイが言う。


「その種の危惧は、コンピュータが最初に作られた頃からあるんだが、俺は人間の側の考え方の問題だと思ってる。実際、俺はこいつと一緒に仕事をしていると楽しい。おそらく、こいつにもし感情があるとしたら、こいつもそう思ってるだろう。それはお互いに得るものが大きいからだ。メディカルシステムとうちのドクターの話じゃないが、こいつは俺の仕事をずっと横で見ていて、その情報をどんどんため込んでいる。俺だけじゃない。この船の全員の仕事をサポートしながら、それぞれの癖や特徴を取り込んでいくんだ。一方で、一緒に仕事をする時は、必要な情報が瞬時に出てくる。それも、自分が欲しいと思う情報や提案を、要求する前に先回りして出してくる。もちろん、俺がそのすべてを受け入れるわけじゃないが、無視したとしても、こいつは嫌な顔はしない。むしろそれを新しい経験として取り込もうとする。そして、様々な情報をもとにそれを検証する。そして、次に同じ状況が生じたときには、俺の上を行くやり方を提案してくるわけだ。ちょっと悔しいが、俺も新しいやり方を覚えることができる。この船の乗組員は、みんなそうやってこいつと仕事をするのを楽しんでるよ。なんだかんだ言いながらドクターもね」

「普段、システムとのコミュニケーションはどうやってるんですか?」


とマリナが質問する。


「今、君たちが見ているようなアウトバンドを使った表示や音声が中心だが、DIを使えば、サラウンドモードの中でのコミュニケーションもできる。いわばコンピュータとの情報共有モードだ。こいつは、自分の存在をコンパクトな情報パネルにして送ってくる。指示は音声や体の動きその他様々な方法でできるので、その時の状況とか課題に応じてこちらが選ぶことになる」

「その部分では、機械が人間のスピードに合わせざるを得ないんだよね。まどろっこしいけど」


とジョージ。


「そうだな。でも、それを劇的に変えようという研究もあるんだ。抽象思考インターフェイスとでも言うべきものだが、システムが持つ抽象記憶やそのイメージを直接人間の脳に送ることができれば、情報を、いわゆる、ひらめきの形で受け取ることが可能になる。言語や動作に直さなくていい分、伝達速度は劇的に上がる」

「そういえば、彼らは人間同士でそれが出来ないか研究してたよな」


とフランク先生。


「ああ、そうだったな。それが出来ると、同じパターンでコンピュータとの対話も可能になる。たとえば、自分が無意識に欲しいと思った情報が瞬時に頭の中に浮かぶ・・といった具合だ。まぁ、そうなるには、まだいくつもハードルがあるけどな」

「彼らって誰ですか?」

「アンリ・ガブリエル、そして星野美空。つまり、星野のご両親だよ。アンリの卒論テーマがそれだった。その後、結婚してから二人で研究を続けてると聞いているが」


「知らなかったわ、そんなことまで研究してたなんて・・・・」


と美月。なんだか宇宙は狭いなと感じてしまう。俺たちと美月の両親やその同級生であるデイブさん、フランク先生、どこかでみんな繋がっているような気がしてきた。


「でも、それは簡単なことじゃない。そもそも、人間の脳内の抽象思考がどのような電気活動から生まれているのか、その形がすべての人に共通なのかといった基本的な事柄すら十分に分かっていないわけだからな。そういう意味では、今のインターフェイスはすべて、いわゆる五感に関する脳内の機能を利用したもので、人間自身が持っている思考の外部表現を経由したものだ。それが感覚器官や運動器官を経由せずに、その神経系と直接繋がっているに過ぎない。だから、アンリの卒論も、抽象思考から外部表現への脳内インターフェイスを調べるためのアプローチ論の域を出ないものだった」


フランク先生が言う。


「まぁ、今のところ、これで不便もないから、じっくり時間をかけて研究してくれればいいんだがな」


デイブさんは笑いながらそう言うと、壁から別のパネルを引き出した。


「そうだ、お前ら、一度こいつと繋がってみるか?この船のサラウンドを見てみるといい」

「いいんですか?」

「ああ、もちろん見るだけだがな。DIを用意しろ。情報共有モードでだ」


俺たちは、それぞれのDIを船のネットワークに接続した。そのとたんに景色が一変する。周囲の壁が消え、いきなり星空の中に浮かんだ感じだ。そこに、様々な船の運航パラメータや航路などが投影されている。俺たちの宇宙艇のサラウンドに比べると格段に情報量が多い。


「すごい。航路マップが外宇宙仕様だ。惑星軌道面の外なのに航路図の精度がすごいよ」

「センサーのレンジも段違い。ここから地球近傍の様子まで見える」

「ワープで飛んでる船の航跡もセンサーでわかるんだよね。恒星間宇宙船に乗ってるって実感するよ」


これはちょっと感動ものだ。このサラウンドビューは最新の巡航艦のものと比べてもひけをとらないだろう。


「あれ、なんだろう?」


上を見上げてケイがつぶやく。みんながその方向を見た瞬間に、そこに拡大画像が投影された。


「すごい、彗星だね。まだ太陽から遠いのに、こんなに大きく見えるんだ」

「意識がそこに向いただけで、拡大されるんですね。これも、コンピュータがやってるんですか?」

「そうだ。気が利いてるだろう?・・・ん?」


一瞬、デイブさんが考え込むそぶりを見せる。


「どうした?」


それに気がついた先生が声をかける。


「いや、考えてみれば、この船のセンサーじゃ、こんな距離にいる彗星まで見つけられないんじゃないかと思ってな・・・」

「そうなのか?それじゃどうして・・」


デイブさんは傍らのパネルで、しばらく何かを調べていた。


「フランク、これを見てくれ」

「なんだ、・・・・・え、これは?」

「これ、もしかして、お前がさっき言ってた奴か、太陽極軌道観測衛星。どうしてこれがうちの船からオンラインになってるんだ?」


会話を聞きながら、俺は美月と顔を見合わせた。この彗星の映像は、俺たちが遭難した宇宙艇を探すために使った観測衛星から送られている、ということは、美月のインターフェイスを経由した通信が勝手に確立されているということなのだろうか。


「そういえば、観測衛星をオフラインにするのを忘れてたな。このコンピュータがそれに気がついて利用したってことかな」


ジョージが言う。


「こら、勝手に使うな~」


美月がそう言った瞬間に、彗星の映像が消えた。


「消えた。美月が言ったことをコンピュータが理解したのかな?」

「そうらしいな」

「たしかに、衛星をオフラインにしたあと接続が切れてる。こいつ、さっそくお嬢ちゃんが持ってるおもちゃを見つけて、食いついたってわけだ」


デイブさんが言う。


「驚いたな。一瞬でそんなことができるなんて」


と先生。


「いや、もしかしたら、そっちの宇宙艇と通信している間に、こいつはあれこれ情報を仕入れていたのかもしれない。救助要請と同時に、そちらから送られてきた情報も、こいつは全部見ているから、そのあたりから使い方を学習したんだろう」


デイブさんはそう言うと、上を向いて怒鳴った。


「ちょっとお行儀が悪いぞ。レディーの持ち物で勝手に遊ぶんじゃない」


・・・ゴメンナサイ・・・・


「え?」


俺は美月と顔を見合わせる。


「今、ゴメンナサイって言ったか?」

「私もそう言われた気がしたわ」


「え、何も聞こえなかったよ」

「僕も何も聞こえなかったな」

「私もです」

「私にも聞こえなかった」


と皆が口を揃える。


「何か聞こえたのか?」

デイブさんが聞く。


「聞こえた・・・というより、なんかゴメンナサイと謝られたような気がしたんです」

「私も・・・」

「二人だけってのが不思議だな。一人なら気のせいってこともあるだろうが、二人一緒とは・・・」


と先生。デイブさんは脇のパネルをまた眺めている。


「驚いたな、コンピュータが詫びを入れてきてる。その上で、船の航行に役立つので出来れば使わせて欲しいというお願いだ。この情報があれば、速度を今の倍まで上げられると言っている」


デイブさんはそう言うと、何かをパネルに入力した。


「とりあえず、ずっと使える物ではないから保留させた。だが、面白そうだから、L2に寄ったときに科学局にかけ合って使えるようにしてもらおう」

「だったら俺からも口添えするよ」

「そりゃありがたい」


しかし、なんだったんだろう。あの感覚は・・。たしかにゴメンナサイと言われたような気がしたのだが。


「さて、そろそろL2寄港準備に入らないといけない。今回はこれでおしまいだ」


デイブがそう言うと、サラウンドが切れて、俺たちは、またコンピュータルームに戻っていた。部屋を出がけに振り向くと、プロセッサラックの光が一瞬またたいた。


・・・サヨナラ、マタネ・・・

そう言われたような気がした。

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