第8話 ヘラクレスふたたび

もう考えている時間は無い。こうなったら一か八かだ。


「美月、10秒だけ最大加速かけろ!」

「最大?」

「いいから、やるんだ」

「・・・いいわ、いくわよ!」


ガクンと衝撃があって、背景のマップが一気に流れる。俺は、牽引ビームをカットした。へたに制御しようとせず、エンジンの重力場で引っ張った方がいい。自由落下なので衝撃が無いからだ。たとえはぐれても、相当な速度が得られるから、とりあえず、ここからは出られるだろう。


「5、4、3、2、エンジンカット。速度ポイント3C。ゾーン境界まで10秒」

「思ったほど衝撃がなかったな」

「どうやら、コンピュータが補正してくれたみたいだね」

「もう調整が終わったのか?」

「いや、コンピュータが学習したんだよ」

「学習?」

「うん、実は、コンピュータの余力を使って、SF2Aの自律制御系をシミュレーションするプログラムを入れてあったんだ。それが効いたらしい。本物ほどの性能は出ないけど役にはたったみたいだね」


ジョージの奴、そんな仕掛けがあるならもっと早く言えよ。でも、事故船はこれで見失ってしまった。どうにか、ぎりぎり逃げられたとは思うのだが、この速度ではもう追跡できない。


「事故船の予想針路は出るか?」

「いや、位置と速度は追跡できてるよ」

「追跡?どうやって」

「観測衛星に自動追尾させてる。マップに出すよ」


サラウンドマップに赤い点とその座標、速度が表示される。


「ケイ、合流コースを出せるか?」

「リアルタイムで計算してるよ。そっちにデータを回すね」

「美月、コースに乗ってくれ」

「了解。エンジンの反応もだいぶよくなったわね」


マップ上には合流コースが表示されている。美月がそのコースに船を乗せると合流予想時間が表示される。


「かなり時間がかかるな。相手は漂流状態でシステムも止まってるから、心配だが」


先生が言う。


「エドワーズ君、救助隊の現在位置はどうだ。どっちが早い?」

「当初予定位置からかなりずれているので、こちらより早く追いつくのは難しいかもしれません。座標は送ります」

「よし、たのむ。こっちも急ごう」


マップ上に、救助隊の青いマークが表示される。向こうも動き出したようだ。だが、速度は惑星間航路では、まず出さないような高速である。救助艇も高速艇だが、この訓練艇とあまり大差がない。既に限界近い速度が出ているので、追いかけるのはかなり厳しいだろう。とにかく、先に着いた方が急いで対処しないといけない。


「コースに乗ったわ。合流まで20分くらいよ」

「離れる前の状態から見て、クルーの様子が気がかりです。メディカルモニターが切れているので状態がわかりませんから」

「サム、通信可能範囲まではどれくらいかかる?」

「通常の通信方式による接続可能距離まで、推定17分プラスマイナス20秒」

「直前だな。ジョージ、何か手は?」

「そうだね、コマンドを送って非常用のテレメトリーを起動してみよう。双方向通信はムリでも、受信だけならできるだろうしね。観測衛星からコマンドを送信させてみるから、受信できるか試して見てくれないか」

「了解、テレメトリー受信を待機」

「じゃ、コマンド送信するよ」


宇宙船や基地との間の通信は高度にデジタル化されている。音声、映像、様々なデータはすべて統合されてコンピュータ間で交信が行われる。しかし、今回のように相手が応答出来ない場合、まず接近して非常用回線からアクセスする必要がある。それから、相手のコンピュータを介して通常回線をオープンして接続を確立する。一方、こうした方式がとれない場合や、メインコンピュータがダウンしているような場合、外部から状況を知ることが出来るように、一方的に最小限の情報を周囲に送信するモードが用意されている。これが非常用テレメトリーだ。これだと、特定の非常用チャンネルを使って、セキュリティーコードを送ることで、どこからでも起動が可能だ。


「テレメトリー受信を確認。メディカルに接続します」


サムが受信したデータをメディカルコンソールへ接続する。これで、マリナが事故船のクルーの様子をモニターできるはずだ。


「クレア君、どうだ?」


先生が聞く。


「状態は・・・かなり悪いです。一人に血圧の低下が見られます。心拍も弱いですから、かなり危険な状態と思われます。他のクルーも状態は悪化していますね。血中の酸素濃度が下がっているのは、もしかしたら環境維持系が故障しているのかもしれません」

「ジョージ、そっちはチェック出来るか?」

「ちょっと待ってくれ・・・。うん、たしかに環境維持系システムにエラーが出ているね。でも、これじゃ詳細はわからないな。最悪、船内の酸素供給が止まっているとすれば、一刻を争うよ」

「酸素があっても、浄化システムが止まって二酸化炭素濃度が増加すれば危険です。テレメトリーからは、その傾向も出ていますから」


クレアがいつになく真剣な顔で言う。メディカルにしてみれば、こういう状況で指をくわえて見ているのは耐えられないだろう。


「今の情報は救難艇とも共有しておこう」


先生が言う。


「テレメトリー情報は救難艇でも受信できているようです。彼らの見解も同じです。時間の勝負だと」


サムは救難艇との通信を維持し続けていたようである。とはいえ、どちらも速度はほぼ限界まで出ている。これ以上時間を短縮するのは困難だ。どうすればいい・・・


「エドワーズ君、もう一度インターステラに通信を繋いでくれないか」


フランクが言う。恒星間航路管制に何をたのもうと言うのだろう。


「次にワープアウトしてくる船に救助を要請するんだ。恒星間宇宙船なら、あっという間に事故船を捕捉できるだろうし、医療設備も整っているからな」


なるほど、そうか。我々は今しがたワープアウトゾーンを出たばかり。それには絶好の場所にいるわけだ。


「了解、インターステラ管制に救援依頼を要請します」

「たのむ。あとは、いいタイミングで船が来てくれることを祈るだけだが・・」


重苦しい時間が流れる。


「管制から連絡。間もなくワープアウトしてくる貨物船が救援要請を受けてくれたそうです。ワープアウト後、直接こちらのチャンネルに連絡を入れるとのことです」

「よし、わかった。通信チャンネルの音声を共有してくれ」


昔なら、スピーカーに出して・・・というところかもしれないが、クルー全体が情報共有モードにある状態では、インターフェイスを経由して音声を共有した方が早い。実際、聞いている方には、外から聞こえているように感じるのだが、音声は非常にクリアで、耳から入ってくる物音とは完全に分離されるから聞き落としがほとんどないわけだ。そして、その直後だった。


「おい、アカデミーのひよっこども、聞いているか。こちらは救援隊だ。座標を送ってくれ」


こ、これは・・・、どこかで聞いた声だが・・・。


「え、この声って?」


美月も気づいたらしい。すかざず先生が応答する。


「こちら、訓練艇T205、救援感謝する。事故船の座標を転送する、至急対応を願う」

「座標、送信します」


サムが座標を送信するとすぐさま応答があった。


「よし、受信した。こっちはまかせろ。クルーの状況はどうだ?」

「あまりよくない。意識がない上に環境維持系が故障しているようだ。非常用テレメトリーを受信できるか?」

「了解だ。今うちのドクターが見ている。心配するな、ものの1,2分で回収できる」

「よろしくたのむ。ところで、どこかで聞いたような声だが、貴船は?」


先生も同じ事を考えていたようだ。もしかしてこの声は・・・


「なんだ、今こっちもそう思っていた所だ。こちらは、貨物船ヘラクレス3、俺は副長のデイビッド・ムラカミだ、そっちは?」


や、やっぱり・・・・・・。俺と美月は思わず顔を見合わせた。


「なんだ、デイブ、デイブなのか。俺だ、フランクだよ」

「フランク? フランク・リービスなのか。どうりで聞いたことがある声だと思ったが、こりゃ奇遇というか、お前もあいかわらずトラブル続きみたいだな」

「ああ、それはお互い様だがな。こっちはいいから、早く救援をたのむ」

「大丈夫だ、既に牽引ビームで捕捉した。現在収容作業中だ。あとどれくらいでここまで来られる?」

「流石にボロ船と言えども、恒星間貨物船だな。こっちは15分くらいかかりそうだ」

「おい、こっちは船長も聞いてるんだ。余計なことは言うな、馬鹿野郎。ボロでも、亀よりはマシだぜ。おっと、今のは失言だ。これは立派な由緒ある船だからな」


なんという偶然だろう。忘れもしない名前である。1年ちょっと前、入学式前日に俺と美月が、静止軌道ステーション行きのTS5型シャトルで遭難した時、救助に来てくれた船、それがヘラクレス3だ。デイブことデイビッド・ムラカミはその船のナビゲータで副長。フランク先生や美月の両親とはアカデミーの同期なのである。もはや、これは偶然というより因縁に近いかもしれない。


「一年ぶりですね、先生」

「そうだな。しかし、中井と星野は、よほどあの船に好かれているようだな」


フランクが苦笑しながら言う。


「もしかして、シャトル事故がらみの話なのかな?」


ケイはまた興味津々。


「そうだよ。あの船が俺たちを助けてくれたんだ」

「へぇ、そうなんだ。こりゃ因縁だねぇ」

「ちょっと、嫌な言い方しないでよね!」


と美月が食ってかかるが、ケイはおかまいなしだ。


「フランク先生も今の人は知り合いなんですかぁ?」

「そうだ。アカデミーの同期だよ。ちなみに・・・、言ってしまってもいいかな、星野のご両親も同じだが」

「うわぁ、ますます因縁っぽい。親の代からかぁ」


ケイは完全に面白がっている。一方美月はと言えば、今にも噛みつきそうな怖い顔をしている。一難去って喧嘩はご免だ。


「でもまぁ、お世話になった船だしな。こうしてまた会えたのも何かの縁には違いないよ」


と、軽くフォローしておくことにする。でも、確かにそうだ。宇宙も狭いというのは、実感するところなのだ。美月の両親、フランク先生にデイブさん、そして俺たち。何か、どこかで繋がっているような気がするのも不思議じゃない。


「ほら、雑談はそこまでだ。まだ、とんでもない速度ですっ飛んでることを忘れるな!」


先生の注意があって、その場の話は終了となる。やがて、長距離センサーのレンジにヘラクレス3が入ってきた。既に事故船は収容されて、乗員の手当が行われているようである。そして、俺たちの視界にも、あの巨大な船が見えてきた。


「ヘラクレス3、こちらT205、着艦許可を!」


先生が呼びかける。


「歓迎するぜ。システムをニュートラルにして、こっちに制御を渡してくれ。収容する」

「了解した。久々に会えるな」

「ああ。1年ぶりだな」

「よし、着艦体勢をとろう」


フランクがこちらを向いて言う。


「システムをニュートラルに。ヘラクレス3に制御を渡します」

「システム接続、リンク完了」


パネルの表示がブルーに変わり、俺たちの船はゆっくりとヘラクレス3に吸い寄せられていく。


「うわぁ、おっきいねぇ、この船」


ケイが貨物船を見上げて言う。ヘラクレス3は既に頭上の視界のほとんどを覆っている。


「インターステラ級の大型貨物船だよね。型式は古いけど、パワーはかなりありそうだな」


ジョージもこの船に興味を引かれているようだ。


「この船だったら設備も整っているでしょうから、負傷者も一安心ですね」


乗員を気にかけているのがメディカルのマリナらしい。


「外見は古いけど、システムは最新に近い。この船のコンピュータとの通信もスムーズに行っている。この船と一緒で外見と中身は別物」


サムはもう相手側のシステムに探りを入れているようだ。この娘もなかなか油断がならない。


「どうだ、見かけは古いが、そこそこのものだろう?」


いきなりデイブが話しかけてくる。どうやら、サムがあちこち探っているのには気がついていたようだ。


「バ、バレてる?・・・」


サムがつぶやく。


「あははは、まぁ、エイブラムスほどじゃないが、デイブの奴もそっちのほうは結構やり手だったからな。あの船のシステムもだいぶ奴の手が入っているんじゃないか?」


先生が笑いながら言う。


「しかし、そっちもなかなか面白そうなものを積んでるじゃないか。試作品か?そのコンピュータは」


デイブさんにもこちらの中身はお見通しらしい。カウンターを入れられた感じだ。


「そうだよ。もともとは、SF2A用のものだ。うちの生徒で、お前さんの上手を行きそうなのが一人いてな。そいつが徹夜でソフトウエアを移植したのさ」


と先生。ジョージはちょっと照れくさそうにしている。


「なるほど。アカデミーはいまだ健在ってわけだな。例の二人といい、なかなか面白そうな奴らがいるじゃないか」

「そうそう。その二人、実は今ここにいるんだが・・・」


先生が俺たちの方を見ながら言う。


「なんだって? またお前らなのか。よくよくトラブルが好きな奴らだな」


いや、別に好いている訳じゃないんですが・・・


「あ、お久しぶりです。中井です。その節はお世話になりました」


促されて俺が応答する。


「いやいや、お世話しましたってか? 今回もだがな。そういえば、あのお嬢ちゃんとは仲良くやっているのか?」


えっと・・・、そりゃどういう意味ですか? 誤解を受けるような発言はやめてほしいんですが・・・


「なるほどなるほど、入学前から公知の仲でしたか。いやいや妬けますなぁ」


ほら、すぐに食いつく奴がいるし、で、たぶん・・・


「あんたね、それどういう意味よ。あたしは、ケンジなんか、なんとも思ってないんだからね」


・・・という反応になるわけで・・・最終的には俺にオハチが回ってくることになっている。


「相変わらず、そんな感じで痴話喧嘩してるみたいだな。全部こっちに筒抜けだが・・・」


デイブさんが笑いながら言う。だから・・・


「ち、痴話喧嘩なんかじゃないわよ。そっちがおかしな事を言うからじゃない! け、ケンジは私の下僕なんだから、私と仲良くするのは当然なんだから」


おいおい、言うに困って何を言い出すんだ、美月!


「そうか、まだ続いているんだな。やっぱりこりゃ一生物だな。がんばれよ、中井ケンジ」


たのむから、それだけは止めて欲しい。一生こいつの下僕なんて、俺の人生は終わってしまう。


「ねぇ、ケンジ。一生、美月の下僕はいいとしてさ、ついでに私のもやってくれないかなぁ」


よくない! たのむから、そこを既成事実化しないでくれ。しかも下僕の掛け持ちなんか、ご免だっての!


「ほらほら、そこまでだ! そろそろ着艦だぞ。準備にかかれ!」


と、先生の一言で、とりあえず大騒ぎは回避されたのだが、こういう火種はこのチームにつきまとっているわけで・・・。とはいえ、フルオートの着艦シーケンスだから、異常が無いか見ている以外、何もすることは無い。


「ヘラクレス3とのデータリンク、異常なし」

「着艦シーケンス、第2フェーズに移行。自動制御異常なし。間もなく格納庫ゲートを通過します」


シャトルの時は、向こうの牽引ビームのお世話になったのだが、今回は自力での着艦である。まぁ、何もしなくていいことには変わりはないのだけど。そうやって、俺たちの宇宙艇はヘラクレス3の格納庫に着艦した。

なんとなく、1年前のデジャブのような光景。だだっ広い格納庫、と言うより貨物庫だが、先に収容されたST1Bが一機。すでに医療チームによって乗員の手当が始まっている。エアシールドが周囲を覆って空気が満たされると、俺たちは船を駐機モードに切り替え、ハッチを開けて外に出た。


「久しぶりだな。元気そうでなによりだが、どうやら毎回こういう遭い方になってしまうみたいだな」


デイブさんが外で待っていた。


「いや、おかげで助かったよ。まさかお前が来るとはな」

「いや、俺も驚いたぞ。1年ぶりに太陽系に戻って、最初に会うのがお前らだとは思っても見なかったぞ」


フランク先生とデイブさんがそう言いながら握手をする。


「ほぉ、ちょっと面構えがよくなったな。フランクに少しは鍛えられたか」


デイブさんが俺の方に向いて言う。


「そうですか?ありがとうございます」

「でもまぁ、それくらいじゃないと、美空の娘の相方はできんだろうがな」

「いや、それは・・・・」

「ちょっと、ケンジ! なんか文句でも・・・?」

「あ、ありませんってば、美月さん」

「あっはっは、相変わらずだな。まぁ、仲が良くてなによりだ」


いったい、俺とこいつのどこが仲良く見えるんだろうか・・・。まぁ、腐れ縁であることは否定しないのだが。


「事故機のクルーの様子はどうですか?」


マリナが質問する。やはり、彼女にとっては、それが一番の気がかりなんだろう。


「ああ、大丈夫だ。うちのドクター、見かけは藪医者っぽいが、あれでなかなかの名医だ。後遺症も残らないだろうと言っていたよ。もう少し遅れたらまずかったみたいだが」

「そうですか。よかった」

「そういう意味ではインターステラから応援を頼んだのは正解だったな。それに、ワープアウトゾーンの外に出てくれていたのは、俺たちにとっても助かった。もし、中に残っていたら、この船でもうかつには動けなかっただろうから」

「インターステラへの要請はフランク先生の指示でした」

「なるほどな。お前は昔からそういう判断が速かったよな。言い方を変えれば、あきらめが早いとも言うが・・」


デイブさんが先生の肩を叩いて笑いながら言う。


「適切な判断と言って欲しいものだな。だが、ワープアウトゾーンから、あの船を出せたのは中井の機転があったからだ。あそこで見失うのを覚悟でフル加速しなかったら、両方とも他の船に潰されてたいかもしれんからな」

「なるほど。まぁ、追い詰められた時には、案外、無茶してみるのがいいって話もある。そう言えば、一年前も、こいつらはずいぶん無茶苦茶をやったわけだしな。だが、よく見失わずに位置をトレースできたものだな」

「それは、このエイブラムスのおかげだ。近傍小惑星監視用の衛星ネットワークを使って追尾するなんて技は俺も考えつかなかったよ」

「エイブラムスって、もしかして例の奴か?センターコンピュータに侵入したとかいう」

「あ、先生、そんなこと言いふらしてたんですか?」


ジョージが頭をかきながら言う。


「なるほど、こいつがなぁ。しかし、あれに侵入できる奴が学生にいたとは信じられんが・・・。でも、この練習機のソフトウエアの仕上がり具合を見たら納得もいくな。あれを一晩で仕上げたってのか。たいしたもんだ。それに、ちゃっかりこっちのシステムものぞき見していたようだしな」

「あ、それは僕じゃ無くて、こっちのサムですが・・」

「なんだ、お前じゃないのか?俺が作った防壁を、さらっと3枚も破った奴だぞ?それだけでもハッカーとしての腕前は超一級だが」


サム、知らない間にそんなことまでやっていたのか・・・・・


「でも、あそこまでが限界。次の防壁はトラップ・・・」

「おいおい、そこまで見抜いてたってのか?こりゃ驚いたな。フランク、いったいお前はなんて連中を集めたんだ」

「集めたと言うより集まったと言う方が正解だな。いわば、類が友を呼んだ部類だろうな」


類友はひどくないっすか?先生。少なくとも、俺はいたってまともな学生のつもりなんですが・・・


「こいつら、例のゲーセンのシミュレーションもクリアしやがってな」

「例のって、あのSF2Aの奴か?クリアって、まさか、最後のおまけは無理だろう?」

「いや、あれもクリアしちまいやがった。ちょっと反則技だったがな」

「反則も何も、小型宇宙艇で巡航艦をやっつけたってのか?どうやったらそんなことが出来るんだ」

「こいつが、システムを書き換えて、とんでもない飛び道具を仕込んだのさ」

「飛び道具?反物質弾頭でもきついだろう・・・まさか?」

「そうだよ。それもEMP付きだ。先にEMPで防御を封じてからドカーンさ。センターコンピュータはこの戦術の有効性を評価して、ライブラリに追加したよ。まぁ、実際に使われることはないだろうがな」

「そんな状況は御免被りたいもんだな。しかし、お前も大変だな・・・同情するぜ」

「まぁ、楽しんでいるがな、俺も」


なんか、俺たちのこと忘れて話し込んでないっすか、先生。でも、たしかにこのチームは普通じゃ無い。一人一人の力もそうだけど、なんか、こう、しっくり来るというか、うまくかみ合っている気がする。


「せんせー、本人たちを前に何話してるんですかぁ? こんなチームにした責任は先生にあるんですからねぇ!」

「あんたね、こんなチームとは何よ! 何か不満でも?」


あ、いかん。また始まった。


「いえいえ、不満なんて・・・・。ま、こんな楽なチーム、他にないしね」

「そうですよ、こんな楽しいチームは他にありませんから。私は大好きですよ」

「うんうん、そだよね~」

「・・・」


マリナさん、うまく丸め込みましたね。さすがです。


「君らは、ナビとメディカルか。まぁ、二人は暇な方が平和だ。出番になったときは、結構ロクでもないことになってる時だからな。いや、でもまぁ、既にそういう事態に巻き込まれているわけだが」


デイブさんが笑って言う。


「とりあえず、パイロット二人とエンジニアリングは札付きだからな。周りはフォローが大変かもしれんが、頑張ってくれ。そういう意味ではフランクの人選は間違ってないようだな」

「ふ、札付きですか?」

「そりゃそうだろう。TS5型シャトルを無免許でアクロバット飛行させた新入生と、セキュリティは完璧と言われていたアカデミーのセンターコンピュータに侵入した一年生、どっちもアカデミー始まって以来の騒ぎだからなぁ。同窓会でもその話で持ちきりだったよ」


先生も楽しそうに言うのだが、たぶん、色んな噂に尾ひれだの、背びれだのが付きまくって、大変なことになってるに違いない。なんとなく憂鬱だ。俺は平凡な人生を送りたいだけなのに・・・


「さて、ここで話し込んでいても仕方が無いな。とりあえずブリッジに上がろう。船長に会ってから、ゆっくりするといい」

「船長も久しぶりだな。最後に会ったのは、俺がベテルギウスに行く前だから、もう何年になるかな。かつての鬼教官もずいぶん丸くなったなと思っていたんだが」

「まぁな。俺たちの歳を考えれば、そういうことだろうよ。お前が教官をやってる時代だからな。世も末だ」

「おいおい、生徒の前で、なんてことを言うんだ。あんまり余計なことは言うなよ」


かつての悪友。そんな感じの二人である。これに美月の両親が加わって、いったいどんな学生生活を送っていたのだろう。そんなことを考えながら、俺たちはデイブさんと一緒に移動用のカートに乗り込んだ。ちょっとした運動場くらいの貨物庫。それが何個も連なっているから、歩いたら、向こうの端までどれくらいかかるか分からない。相変わらず人気のない船内は、作業用ドロイドだけがせわしなく動き回っている。この巨大な貨物船も僅か数十人で動かしているわけだ。


「ありゃぁ、ぜんぜん人がいないねぇ。幽霊船みたいだよ」

「貨物船はほとんど自動化されていますからね。それに、たくさん人がいると、その健康管理や生命維持だけで大変ですから」


そういえば、去年、俺と美月もよく似た会話をしたな。まぁ、こういう穏やかな会話とはほど遠かったが・・・。


「そうそう去年、ケンジったら、この船に何百人も人がいると思っていたのよね。バカみたい」

「おい、昔の話を持ち出すなよ。普通、素直にそう思うだろ」

「まったく、子供じゃあるまいし。アカデミー附属高に入ろうって人間が言うこと?」

「ほっとけよな」


まったく、同じようなタイミングで思い出しやがって・・・。


「そっか、去年もこれに乗っているんだよね、お二人さんは」

「そうよ、まさかまた乗ることになるなんて思っても見なかったわ」

「まぁ、見かけはボロいが、住めば都だ。卒業して就職先がなかったら拾ってやってもいいぞ」

「遠慮させてもらうわ。そもそも、それまで動いてるかどうかだってわからないじゃない」


おいおい、美月、ちょっと言い過ぎだ。


「手厳しいな、お嬢さんは」


デイブさんが苦笑いをして言う。


「俺の苦労もわかるだろう?」


先生がぼそっとつぶやく。いや、たしかに大変だろうとは思うけど、生徒の前で言わないでほしいんですが・・・。

そんな話をしているうちに、カートは貨物エリアの端まで来て止まる。ここからリフトでブリッジまで上がるわけだが・・・。


「よし、そこから上に上がろう」


デイブさんと先生が先にリフトに入る。リフトと言っても、いわゆる昇降シャフトと同じで見た目は単なる光の筒だ。なので・・・


「じゃ、俺たちは先に・・・・」


と行こうとしたら、


「なんか楽しそう。お先っ!」


とケイが先に乗ってしまう。俺は・・見てはいかん、と思いつつ、ちょっと上目遣いに・・・


「このエロケンジ、何見てんのよ!」


とパンチが飛んでくるわけで・・・。だから先に行こうとしたのに・・・。だいたい、スカート姿の女子が乗ることなんか、このリフトには想定外なわけで。これもまた去年のデジャブ。去年は、俺がそれに気づかず、美月を先に行かせようとしてパンチを食らったわけだが・・。


「あれ、なんで来ないの? なかなか見晴らしいいよ~」


ケイが上から叫ぶ。いや、こっちの見晴らしもなかなかいいのだけど・・


「バカね、あんた、丸見えじゃない!」


美月が下から叫ぶ。


「え?・・・あ~っ、こら見るな~!」


ケイが慌てておしりを押さえる。だがもう遅い。白・・・だったか・・・


「危なかったですね~ 美月さん、気がついてくれて助かりました」

「これは危険。そもそもこの格好はこの船では想定外だから。でも、白は意外・・・」

「そうよね。意外だわ」


サム、それ言っちゃっていいのかよ? 美月も納得してるし・・・。まぁ確かに、あのケイが白ってのは、俺も意外ではあるが・・・


「こら、バカケンジ! なにニヤニヤしてんのよ。さっさと先に行きなさいよね。上は見るんじゃないわよ! わかってるわよね!」


いや、見ませんってば、美月さん。


「ジョージ、行こう」

「ああ。確かに、このリフトはこういうことは想定してないよね」


そう言いながら、俺たちは二人でリフトに乗る。アウトバンドで出てくる行き先表示でブリッジを指定すると、体がふわっと浮いて上がっていく。加速をほとんど感じないので、逆にちょっと違和感がある。しかし、上は見られないし下を見れば美月と目が合うので、なんとなく視線のやり場がない感じだ。美月とマリナも続いて上がってくるが、美月は去年同様におしりのあたりを気にしている。そう言えば、去年はリフトを降りた後で、デイブさんに監視カメラがどうとか、さんざんからかわれたからな。それも気になるんだろう。


「ケンジ、もしかして白いの好き?」


リフトを降りたらいきなり・・・だ。


「え、いや、その・・・・」

「あ、やっぱり、みぃ~たぁ~なぁ~」


ケイ、それは卑怯だ。確かに白いのは・・・・見たが・・


「でもいいよ、ケンジなら。今度、好みの色教えてくれたらぁ、サービスしちゃうからねぇ」

「おい、俺はそんな趣味ねぇって!」

「えー、あ、まさか、まさか、無しがいい・・・とか言わないよねぇ。それは、ちょっとハードル高いから」

「・・・・・」


俺が答えに窮していると、後から・・・


「何の話してんのかしらねぇ・・・」


いつの間にか、美月が後にいるわけで・・・


「ケンジは白が好き・・・って話だよ」

「おい、何の話だ!」

「まったく懲りない奴ね。去年も危ないとこだったわ」

「なんだ、見せてないのかぁ。残念だったねぇ、ケンジ」

「おいっ!」


まったく、こいつらときたら、俺をなんだと思ってる。


「ほぉ、今年は二人が相手か、なかなか元気がいいじゃないか」

デイブさんが横から茶々を入れる。いや、俺だって好きでやってるわけじゃないですって。


ブリッジは去年となにも変わっていない。大昔の帆船のブリッジを思わせる、アンティークな飾り付けや、大きな操舵輪。全部、この船の船長の趣味だ。もちろん、そんなものは飾りに過ぎない。実際の操船は全部、インターフェイスを経由して行うのだから。


「へぇ、なかなかシブいじゃん。骨董品だね」

「地球の18世紀から19世紀のデザインですね」

「昔はこんな仕掛けで船を操ってたのか。今度、シミュレーション作ってみようかな」


なんとなく意外な感じだが、みんなこのブリッジが気に入ったらしい。


「気に入ってもらえたかな」


気がつくと船長が立っていた。突然そこに現れたみたいで、ちょっと俺はびっくりした。


「先生、お久しぶりです」

「おお、フランク・リービスか、何年ぶりかな」

「私がベテルギウスに行く前ですから、かれこれ10年くらいですかね。お元気そうでなによりです」

「君の論文は読ませてもらったよ。さすがだな。赤色超巨星の崩壊過程のモデルを書き換える画期的なものだ。だが、あれが正しければ、ベテルギウス星系の最後はそう遠くないことになるな。オリオンの右肩が吹き飛べば、周囲に大きな影響が出るだろう。なにより大昔から親しまれた星座が変わってしまうことになるのは寂しいが」

「ありがとうございます。心情的にはあの予測が外れて欲しいと思っているのですけどね。ただ、準備は早急に始めた方がいいだろうと思いまして」

「そうだな。極方向以外でも半径数十光年の範囲には大きな影響が出る。重力崩壊によるワープへの干渉もあるだろうから、しばらく航行もできんだろう。極方向のガンマ線バーストはもっと要注意だ。こいつは数千年にわたって航路図に通過している座標をのせないといけないだろうな」

「そうなりますね。極方向にある有人惑星系は、惑星規模の対応が必要になりますから。幸いにも爆発がわかってから、最も近い星系でも数十年の猶予はありますから、経路上に大規模なガンマ線シールドを構築する余裕はあるでしょう」


超新星爆発は、宇宙で最も壮大な現象のひとつだ。ましてや、ベテルギウスのような巨大恒星の最後に出会える確率はきわめて低い。人類社会にとっては、幸か不幸か・・・ということになるが、科学者としては最大級の幸運に違いないだろう。それに、ワープが一般的になっている現在、超新星爆発はリアルタイムで把握できる。一方でその影響は光の速度でしか伝わらないから、対応のための時間は十分稼げるのである。地球から見た星座が変わるのも、実際は数百年後だ。


「先生、ベテルギウスも爆発するとブラックホール化するんですか?」


ケイが質問する。


「いや、星自体が大きすぎて、爆発の過程で多くの質量を失うために、ブラックホールになるほどの質量は残らない可能性が高いと考えられている。たぶん、後には中性子星が残っていわゆるパルサーができるんだろうな」

「そっか、でも、どちらも航路図上は接近注意区域には違いないなぁ。面倒だ」

「面倒って、あんたね、自分の都合でしか考えてないわけ?」


美月がすかさず突っ込むのだが・・。


「当然よ! だってうちのパイロットは鉄砲玉だから、ナビが気をつけとかないとどこに飛んでくかわからないからね」

「あんたね、それどういう意味よ。そもそも、太陽系内の航路じゃナビの仕事なんてほとんどないじゃない!」


という感じで、また火がつくわけで・・・。


「こら、やめないか。パイロットとナビが喧嘩してどうする」

「なによ、ケンジ。こいつの肩持つわけ?」

「当然、ケンジは私の味方だよね~」


いや、俺はどちらの味方でもないのだが・・・・・・


「ほらほら、そこまでだ。なんだかんだ言いながら、君らはうまくかみ合ってると思うぞ。今回だって、二人とも自分の仕事をきちんとこなしたから、うまくいったんじゃないか」


先生が言う。


「そうですよ。私から見てもコース計算と操縦のコンビネーションは抜群でしたから。それはお互いにわかっているんじゃないでしょうか」

「そうそう。喧嘩するほど仲がいいって言うしね。後はリーダーがしっかりまとめてくれれば・・・だろ、ケンジ」


え、最後は俺かよ。マリナはいいとして、ジョージの一言は余計な気が・・・


「まぁ、リーダーが大変だってのは認めるが、それは仕事だから仕方が無いだろうな」


とフランク先生。いや、そもそも俺をリーダーに据えてしまったのはあんたでしょうが。


「さて、修羅場かハーレムか・・・そこは考えどころだぞ、中井」


とデイブさんが笑って言う。いやいや、俺はどちらも嫌です。


「ともあれ、この船は一旦、L2に立ち寄って、君らともう一機を下ろしてから地球に向かうことになる。この位置からなら、速度制限もほとんどないから、2時間もあればL2に入れるだろう。短い時間だが、ゆっくりしていくといい」

「L2にはどれくらい居るんだ?」

「本来ならすぐに地球軌道に向かいたいんだが、事故調が手ぐすね引いて待ってるだろうから、一日くらいは足止めだろうな」

「そうか、申し訳ないな。巻き込んでしまって」

「宇宙じゃ、お互い様だ。気にするな」


昔から船乗りがそうであるように、宇宙船乗りにも、遭難船の救助を最優先するという不文律がある。緊急連絡があれば、近くの船がすぐに駆けつけるというのが基本だ。とりわけ、救助体制が手薄な恒星間空間では、そうした救助の多くを宇宙船同士の連携に頼らざるを得ないのだ。


「しかし、2時間くらいと言っても、ちょっと中途半端だな。アプローチ作業の開始は30分前くらいには始めたい。それまでの間なら、少しこの船を案内できると思うが、どうだ?」

「そうだな、デイブ。学生諸君もいるから、それがいいだろう」


デイブさんの提案に船長が付け加えた。


「それはありがたい。こいつらにも、いい勉強になるだろうから。そうだ、デイブ。君のご自慢のコンピュータシステムをちょっと見せてやってくれないか」

「おっと、そうきたか。なんだかんだ言いながら、お前が見たいんじゃないのか?フランク」

「まぁな。正直言うと、話を聞いて一度見たいとは思っていたんだ」


先生が笑いながらそう言う。


「いいだろう。まぁ、出来のほどはともかく、自分が手間暇かけた代物を人様に見てもらうのも悪くないからな。こっちだ、ついてこい」


デイブさんはそう言うと、ブリッジの奥にある小さなドアに向かった。

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