第7話 共倒れのピンチ

「みんな大丈夫か? ダメージは?」


フランク先生が叫ぶ。見る限り、みんな意識はあるようだ。


「セーフモードに落ちたみたいです。デフレクターの過負荷でサージが発生して安全装置が働いたようですね。機体については、ちょっとキズがついたくらいで、大きなダメージはありません」


ジョージが答える。


「操縦系統はオフライン、メインエンジンは使えない。スラスターは、どうにかマニュアルで使えそうね」


美月も、とりあえず大丈夫そうだ。だが、この状態だと機体の制御がかなり難しい。


「エイブラムス、再起動できるか?」

「今やってますが、リアクターが非常停止して予備のパワーソースに切り替わってしまっているので、少し時間がかりそうです。とりあえず、最小限のパワーで復旧できるところを優先します」


この船のように重力エンジンを搭載した宇宙艇には、エネルギー源として反物質リアクターが装備されている。質量を直接エネルギーに変換できる反物質リアクターだが、不安定な反物質を取り扱うため、何重にも安全装置が施されている。万一、リアクターが暴走すれば、熱核爆弾数千発分の大爆発を起こす可能性があるので、少しでも不安定化する兆候があれば、すぐにシャットダウンされるようになっているのである。同時に、絶対零度に近い温度まで、リアクターコアを強制冷却する仕組みも加わっている。再起動するためには、これを作動可能な温度に戻して、それから反物質をプラズマ化して通常物質と反応させる装置を起動する。このプロセスには少なくとも数分以上かかる。


「短距離センサー復旧。センサーレンジに障害物なし。事故機との間隔に注意!」


サムの声。短距離センサーのレンジは限られているから、そこに障害物があったら、あっという間にぶつかっている。なので、これは気休めに過ぎない。しかし、事故機との接触は避けたい。エンジンが使えない状態でスラスターだけで機体を制御するのはかなり難しい。


「詰まってきてるな。間隔を保たないとまずいぞ」

「スラスターを使ってやってみるわ。センサー情報をこっちにまわして!」


美月が叫ぶ。でも、美月一人でこいつのマニュアル操縦は無理だ。TS5型シャトルよりもっと制御が難しい機体なのだから。


「美月、無理するな。手伝うから軸制御をどれかこっちに回せ」

「大丈夫よ・・・・と言いたいとこだけど、あんたが半分責任持ってくれるならいいわよ。手伝いなさい!」


まったく、素直じゃない奴だ。シャトルの時だって、俺が手伝わなかったらどうなっていたか・・。


「それじゃ、XY軸を頼むわ。機体を向こうに対して平行に保って!」


あはは、結局一番面倒な奴をまわしてくるわけだ。今回ははっきり言えばZ軸がどうなってようが関係ない、推力のかかる方向だからな。結局、美月は速度だけコントロールしてればいいことになる。


「了解、任せろ」


とは言って見たものの、この機体のスラスター制御はかなり微妙だ。なかなか軸が安定しない。


「何やってんのよ、Y軸が5度傾いてるわよ。X軸も3度!」


なんだか、これはデジャブのような・・・・。役割は入れ替わっているのだけど。おまけに、TS5に比べたらこいつはじゃじゃ馬に等しい。


「中井、私が替わろう。君はエイブラムスを手伝ってやってくれ」


そうだった。腕利きパイロットがいるじゃないか。フランク先生。お手並み拝見させていただきますよ。


「お願いします。そちらにXY軸制御を移行します。いいですか?」

「よし、回してくれ」

「どうぞ」


フランクが操縦を引き継ぐ。小刻みにスラスターを動かして、あっという間に機体を安定させてしまった。さすがだ。でも、ちょっと悔しい。


「さすが先生。ケンジ、まだまだ修行が足りないわね!」

「人のこと言ってる場合か! お前の番だぞ。相対速度をきちんとコントロールしろよ」

「うるさいわね、やってるわよ」


そう言いながら、美月もかなり苦労している。事故機との間隔がなかなか安定しない。


「星野、今の3分の1のパワーでいい。小刻みに噴かせ」

「・・・」


フランクのアドバイスで、ようやく間隔が安定してくる。


「よし、いいぞ。こいつのスラスターは高速航行時に対応できるように、それなりにパワーがあるから、マニュアルでやるときは抑えめに使うんだ」


なるほど、これはいい勉強になる。おっと、そうだった。ジョージを手伝わないといけない。


「ジョージ、俺は何をすればいい?」

「メインコンピュータを低速モードで再起動してくれないか。フル稼働できなくても、少しは操縦の助けになるだろうから」

「了解。やってみる」


たしかに、低速モードなら、非常用パワーソースでも起動できる。機能は限られるが、ないよりはいい。


「メインコンピュータ、低速モードで起動。OSのロードを開始」

「起動したら、緊急時支援用のプログラムを実行してくれ」

「了解。よし、OS起動完了、緊急時支援用プログラムを起動」


一瞬間があって、機内の照明が明るくなり、パイロット用の仮想パネルが表示される。まだサラウンドモードは使えないし、最低限の制御機能しかないが、機体の状態は格段に把握しやすくなる。長距離センサーも通常の30%程度の距離なら使えるから、周囲の警戒も多少はできるようになる。ただ、おそらく1時間くらいでパワーが切れるから、それまでにリアクターを復旧しないとまずい。


「美月、姿勢制御をセミオートに切り替えてみろ」

「了解。姿勢制御をセミオートに。センサーと連動して、相対位置を維持するように設定。これでちょっと落ち着くわね」

「そうだな。ジョージ、リアクターは起動できそうか?」

「もうしばらくかかりそうだ。緊急冷却状態から、あまり急に戻すと不安定化する恐れがあるからね」

「慎重にたのむよ。リアルの世界で爆発には巻き込まれたくないからな」


反物質リアクターコアが暴走したらそれこそアウトだ。太陽系全体を照らすような花火にはなりたくない。


「沢村、今の速度ベクトルを太陽中心座標系で算出してくれないか」


フランクがケイに声をかける。そうだ、通信も復旧できるから、救助隊に座標を知らせないといけない。


「了解しました。測位衛星の信号を受信、解析中・・・結果でました。誤差0.05%です」

「よし、エドワーズはそれをインタープラネット管制に送ってくれ」

「了解、送信します。・・・管制より連絡。救助隊は30分以内に合流可能とのことです」

「30分か、しばらくかかるな。よし、まだ気を抜くなよ。事故船のほうの状態はどうだ?」

「システムはセーフモード、リアクターは停止中で非常用パワーソースのみが稼働してます。生命維持システムはあと1時間持つかどうか・・ちょっとぎりぎりです」

「乗員の意識は依然としてありません。内2名の状態があまりよくありません。血圧も低下気味です。こちらも急いで手当が必要です」


全体的に、かなりきわどい状態だ。救助隊が予定通り合流してくれればいいが、でないとみんな共倒れになる可能性もある。かといって、何か出来ることはあるのか・・・。


「リアクター温度、あと5分で正常範囲。起動準備に入ります」


ジョージのコール。どうにか、こちらのリアクターは起動出来そうだな。パワーが戻れば、出来ることも増える。


「エイブラムス、万一に備えて、むこうのリアクターも起動できないか?」


フランクがジョージに問いかける。


「単純に緊急停止してるだけなら、同じ手順で起動出来るはずですが、一度、コンピュータを再起動して診断させてみないと、なんとも言えませんね。もし故障してると、最悪、ドカーンですから」

「だが、コンピュータを再起動すれば、パワーを余計に消費することになる。生命維持装置を最優先で考えれば、それは無理だな」

「こちらのパワーが戻れば、こちらのコンピュータを繋いで診断できるんですけどね」

「よし、それじゃ、リアクターを起動したら、コンピュータを通常モードにして、やってみてくれ」

「わかりました」


あっちのリアクターも起動出来れば、最悪、さっきのような事態でも、遠隔操作で一緒に逃げることができるかもしれない。救助隊が到着するのと、どっちが早いかというようなレベルだが、万一を考えれば選択肢は多い方がいい。


「緊急チャンネルで救助隊と繋がりました。直接こちらに誘導します。合流予想時間は約20分後」

「よし、あと20分の辛抱だ、気は抜くなよ!」

「あと20分、なんとなく長く感じるよな」

「そうね、あんたは日頃の行いが良くないから、こういう時に祟られるのよね」

「お前に言われたくはないぞ」

「一緒にしないでよね。これでも私は・・・・」


美月が一瞬口ごもる。そうだ、思い出したな。その先を言うと、とたんに良くないことが起きるのは、一年ちょっと前に実証済みだ。神様、なんてものがいるならば、という話だが、俺も美月もあまり受けはよくないらしいから。


「あれ? こりゃちょっとまずいな」


ジョージがつぶやく。


「どうした?」


先生が問い返す。


「リアクターコアの温度が不均一になってきています。加熱にムラが出ているようですね。一旦、加熱を切って温度が平均化するのを待つ必要がありそうです」

「起動時間はどれくらい延びる?」

「5分ほど温度を一定に保ってから再加熱して5分、あと10分くらいといったところです」

「よし、それで行こう。無理は禁物だ」


ちょっと危なかったな。これは、美月に余計なことは言うなよという警告だろう。美月もちょっと表情が硬くなっている。でもまぁ、これでこいつも、もう余計なことは言わないだろう。


「ちょっと! 何、人の顔見てニヤニヤしてんのよ。キモいわね!」

「いや、きわどかったな、と思ってさ」

「う、うるさいわね、バカケンジ!」


まぁ、俺がバカよばわりされている分にはまだまだ平和だということだ。多少理不尽さを感じない訳じゃないが、ピンチ続きよりはマシというものだろう。とりあえず、救助隊が到着するまでは、大人しくしていよう。そうすれば・・・


「ねぇ、これちょっとマズくない?」


今度はケイか? 何があったんだ。


「今度は何だ?」

「今の軌道だと、あと10分ちょっとで、ワープアウトゾーンに入っちゃうかも」


ワープアウトゾーン、そいつはまずい。外宇宙から太陽系にやってくる恒星間宇宙船は、惑星、とりわけ木星や土星などの重力の影響や、小惑星、太陽系内を航行する宇宙船などを避けるため、惑星軌道面から離れた場所でワープから通常空間に戻る。そのために設定された領域がワープアウトゾーンだ。うっかりここに入り込むと、いきなり巨大な恒星間宇宙船と鉢合わせしかねない。ぶつからないまでも、ワープアウトの衝撃波をまともに食らうと、こんな小舟はかなり辛いことになる。ワープアウトでできる空間の境界面は一種のブラックホールのようなものだ。周囲の空間を大きく歪ませるから、強い潮汐効果が働く。とりわけ、巨大な貨物船などと出くわすと、危険きわまりないことになるのである。従って、ワープアウトゾーン周辺は通常航行が厳しく制限されている。つまり、ちょっとマズいなんてレベルではないわけだ。


「それはまずいぞ。とりあえず管制に連絡して対応してもらおう」


先生がそう言うと、サムが管制を呼び出す。


「先生、インタープラネットは、管轄外だからインターステラコントロールにコンタクトしろと言ってます。とりあえず、連絡はしてはくれるそうですが、詳細は直接やれと」

「まったく、そんなことを言ってる場合じゃないんだが・・・・。そもそもこの船の通信機は恒星間航路用のハイレベルワープ通信チャンネルには対応できないぞ」


そうだ。そもそもこの船は太陽系内の航行を前提に作られている。太陽系内でも、昔ながらの無線交信では最大数時間の遅延が生じるので、ローレベルのワープ通信チャンネルが使われている。ローレベルと言っても、宇宙船の速度で言えば、レベル10から12くらいのワープ速度と同等だ。地球、冥王星間で数秒~数十秒程度の遅延ですむレベルである。最新型の宇宙船と同じくらいのスピードだ。一方、恒星間ではその通信遅延が年単位から数百年単位になる上、距離による減衰も大きいため、最低限の遅延で通信ができる高いレベルのワープ通信が使用される。実際、最も長距離用のチャンネルでは100光年の距離でも数秒しか遅延が発生しない。このレベルのワープは通信でしか実現されておらず、レベル32くらいのワープ速度と同等のものである。このレベルになると通信とは言え、かなりのエネルギーを必要とするから、通常、惑星軌道内を飛ぶために作られる船には特殊なものを除いては装備されていないのである。


「ST2Aだったらな。あいつなら恒星間通信にも対応できるのに」

「無い物をねだってどうするのよ。なんとか出来ないわけ?」


美月の言うとおりだ。でも、どうすればいい?


「パワーがあれば、短時間なら短距離用の恒星間チャンネルにアクセスできるように通信機能を拡張できます。長時間だと出力回路が焼き切れる危険はありますが・・・」


と、サムの声。


「先生、リアクターさえ起動できれば、回路をバイパスして通信機にパワーをまわせると思いますが、その場合、動力やシールドの復旧は後回しになります」

「それは、究極の選択だな。今はどちらも同じくらい重要だ。それに、通信機が壊れたら、それこそ迷子になってしまう。安易に決断はできないぞ」


そのとおりだ。運良く連絡がついたとしても、間に合わない場合だってある。同時にコース変更もできないとリスクが大きい。


「ねぇ、ジョージ。あんた、私のDI経由で航路局の回線使ってるのよね」

「そうだけど・・・あ、そうか、それが使えるじゃないか」

「まったく、早く気がつきなさいよ。使用料はいらないから、さっさとやって」

「美月、どういうことだ?直通回線って・・・」

「あんたもニブいわね。ケンジ、航路管制は全部航路局が仕切ってるんじゃない。直通回線が使えるんだったら、インターステラ管制センターにも直通で連絡出来るわ!」

「そうか、それは思いつかなかったな」

「まったく、そんなリーダーじゃ先が思いやられるわね」


いや、そんなこと普通は誰も思いつかないはずだ。そもそも、個人で航路局の回線に直接インターフェイスできる奴なんて、そうそういないからな。まぁ、それを言ってしまうと、またお嬢様がご機嫌斜めになりそうだからやめておくとして・・・。


「よし、回線を繋いだよ。サム、たのむよ」

「了解。宇宙局のディレクトリを検索、インターステラ管制センターの緊急用アドレスにコンタクトします」

「よし、繋がったら私にまわしてくれ。私から話そう」


そうだ、学生が連絡するより教師がやったほうが、何かと話が早い。連絡はフランク先生に任せて、俺たちはこの船の再起動をやろう。


「ジョージ、リアクターはどうだ?」

「うん、だいぶ温度が安定してきたから、そろそろ加熱を再開してもよさそうだ」

「よし、じゃ、そっちは頼む。ケイ、ワープアウトゾーンに入るまであとどれくらいだ?」

「ゾーン境界の緩衝宙域まで、およそ6分だよ。そこから30秒くらいでゾーン内に入ることになるね」

「ギリギリ、動力が戻るかどうかってとこだな。マリナ、向こうの様子は?」

「やはり二人ほど、状態が悪いですね。これ以上ショックをあたえるとまずそうです」

「わかった。つまり、もう一度、さっきみたいな事があったらアウトってことだな」

「はい。そういう事態はなんとか避けてください」


マリナも、あっさり言ってくれるのだけど、パワーを失った状態でそれはほとんど運任せである。なんとかあと数分、無事に過ぎてくれることを祈るしかない。問題は、パワーが回復できたとして、事故船を含めての軌道変更がまた難題だ。下手に衝撃を与えられないとなれば余計難しい。牽引しようにも慣性制御が切れた状態で急なコース変更をやれば、強烈なGが乗員にかかってしまう。だが、これだけの速度で、人が耐えられるレベルの加速では満足なコース修正なんて不可能だ。これも究極の選択じゃないか。


「聞いてくれ」


管制センターと話をしていたフランクがこちらに向いて言う。


「いま、管制と連絡がついたんだが、これからの時間帯、到着船がかなり混み合っているらしい。一部は他のエリアに振り向けることが出来るが、全部は無理そうだ。ワープアウトして来る船の推定時刻と位置のデータを受け取れるようにしてもらったから、どうにかその位置を避けながら飛ぶしかなさそうだ」

「ケイ、マップに出せるか?」

「ちょっと待ってよ、これだよね」


マップ上に、いくつかの球面が表示される。そして、その中心から方向を示す矢印と、予想時刻が表示される。


「これって誤差は?」

「だから、この球面の中のどこに来るかはわからないよ。船の規模から推定した影響範囲を計算して見るね」


球面の外側に、薄い赤色でさらに大きな球面が表示される。それぞれ大きさが異なるのは、船の大きさ、つまりワープアウト時の衝撃波の大きさが反映されているからだ。船の数は多くないが、どれも大型船らしく、かなり広い範囲に影響が出そうだ。


「こりゃぁ、・・・厳しいな・・」


先生が唸る。


「単独ならまだしも、事故船を引っ張っての軌道変更は厳しいぞ。慣性制御が切れた状態だと、たかだか1Gの加速度でも悪影響を及ぼしかねない」

「できれば、0.2G以内に抑えたいですね」


マリナが付け加える。


「ケイ、0.2Gを最大にして、可能な回避コースを計算出来るか?」

「0.2Gはちょっと厳しいと思うよ・・・・、うーん、こんな感じでちょっとムリっぽいんだけど」


ケイがマップに投影したコースは、いずれも赤い球面の内側を通過してしまうコースだ。あとはタイミングだが、ワープアウト予定時刻にもかなり誤差があるから、それを考慮するとリスクがかなり大きくなる。


「ちなみに、ワープアウト時刻の誤差を考慮した航路上の危険範囲はこんな感じだよね」


やはり、どの航路も危険範囲を含んでしまっているようだ。事故船の動力が復旧できなければ、かなり危険なことになってしまう。とはいえ、こちらの復旧すらぎりぎりだから、そんな余裕はないわけで、つまりは八方塞がりというわけだが・・・。


「リアクター温度、起動可能範囲まで上がりました。起動シーケンスを開始します」

ジョージはそう言うと、手際よく起動シーケンスを開始する。リアクターのパワーゲージが徐々に上がって反応臨界点を超える。コックピット内に明るさが戻ってきた。


「メインコンピュータを通常モードに切り替えるよ」


ジョージがそう言った瞬間に、これまで消えていた計器パネルがすべて戻ってきた。だが、このあとどうするか・・・。


「エンジン始動。牽引ビームも使えます」


美月が叫ぶ。


「よし、とりあえず、一番リスクが少ないコースに向かうんだ」

「了解、牽引を開始。加速0.2G以内でコース変更開始」


これは、かなり厳しい。この船の牽引ビームでは、同じ大きさの船を引っ張るには少し無理がある。コースがいまひとつ安定しないから、誤差が次第に大きくなっていく。


「これはまずいな。0.2Gでも安定しないのか。ちょっと交替だ」


先生がまた操縦を交替する。しかし、今度はさすがのフランクもかなり手こずっているようだ。そもそも、メインコンピュータのアシストがあってこの状態だから、状況はかなり厳しいわけで・・・。


「緩衝宙域に入りました。あと30秒でワープアウトゾーンに入ります」


ケイが叫ぶ。ワープアウトゾーン境界ぎりぎりまで、赤い領域が伸びているから、つまりはあと30秒で危険領域に飛び込むということだ。時間が無い。どうする?


「先生、ひとつ手があります」


とジョージ。


「なんだ、なんでもいい、言って見ろ!」

「向こうとの距離をぎりぎりまで詰めて、こちらの重力エンジンで一緒に引っ張るってのは、どうです?」

「そりゃ無茶だ、どこに飛んで行くか分からんぞ」

「エンジンの重力場をうまく調整して拡散させれば、パワーはかなり落ちますが、この船のメインコンピュータなら制御は可能です。それに、重力場の加速なら、自由落下ですから向こうにも衝撃は及びません」

「よし、わかった。やって見ろ。私は距離をぎりぎりまで詰めてみよう」

「一旦エンジンのパワーを落とします。調整はスラスターを使ってください」

「了解した。星野、私が姿勢を保つから、牽引ビームを調整して徐々に距離を詰めてくれ」

「わかりました」

「先生、なんとか50m以内まで接近してください。それくらいが限界です」


宇宙空間で50mの距離なんて衝突してもおかしくない距離である。もちろん、牽引ビームもコンピュータのアシストがあるので、そんな微妙な制御もなんとかできるのだが、心臓にはよくない。それにしても、コンピュータを新型に交換したことが幸いしているのは間違いないだろう。


「距離、100m、90m、80m・・・」

「ワープアウトゾーンに入ります。20秒で危険領域」


ケイが叫ぶ。もう時間がない。


「60m、50m。現在の距離を維持」

「美月、牽引ビームの制御をこっちにもらうよ。エンジンと連動させて制御するから」

「OK,そっちに渡すわ。よろしく」


なんか、俺の出る幕がないのだが、とりあえず作業は任せて、何か問題が起きた時に備えておくとしよう。


「前方、重力波振動を検知、ワープアウトの前兆と思われます」


サムが叫ぶ。やばい、出てくる前に方向を変えないと、この船の重力エンジンなんて比較にならないほどの強烈な重力波が襲ってくる。


「エンジン起動、重力場を拡張して展開。推力、進行方向に対してマイナス30%。ワープアウト想定位置基準で減速中・・・・」

「これじゃ間に合わないぞ。サム、ワープアウトの方向はわかるか」

「10%の誤差で推定可能」

「よし、その方向を避けて、加速しよう」

「針路、060、340へ」


すかさずケイが針路指示を出す。


「OK、060,340、推力50%・・・これが限界なの?」

「なんとか回避させてくれ!」


俺たちは、ワープアウトしてくる船の背後に回り込む針路を取る。ワープアウトの衝撃波は前方が最も強い。後方も影響がないわけではないが、前方に比べればかなり弱くなる。それに、出てきた船との鉢合わせもしなくて済むわけだ。


「ジョージ、サラウンドに切り替えられるか?」

「OK、切り替えるよ」


視界が、一瞬またたいて、俺たちは星の海の中に浮かぶ。そして、その直後、左手の星たちの姿が、ぐにゃりと曲がって、真ん中に真っ暗な球体が現れ、次の瞬間、大きな船がその中から飛び出してきた。まるで、星たちを押しのけて突然現れたような感じだ。実際はワープアウトの際に生じる重力場で背後の星の光がゆがめられたわけだが、そこからさざ波のように、ゆらぎが周囲の星に広がってゆく。


「来るぞ!気をつけろ!」


フランクが叫ぶのとほぼ同時に、機体が大きく揺れた。単に揺れただけではなく、一瞬引き延ばされて、その後、押しつぶされたような感じで、それが何度もやってくる。宇宙の大波に翻弄される小舟、というような感じだろう。目眩と船酔いのような感覚が、繰り返し襲ってくる。


「うぇっ、気持ち悪い・・・」

「ほんと、ひどいわね。ワープ酔いみたい・・・」

「ああ、ワープ酔いと同じものが原因だからな。ジョージ、船は大丈夫か?」

「こっちはどうにか大丈夫そうだ。重力波でエンジンの安全装置が働いてダウンしてるけど、再起動はすぐできるよ。でも、その前にちょっとトイレに行っていいかな・・・・うっぷ・・」


ジョージはかなり辛そうだ。実際、俺も結構きてたりする。


「もうちょっと我慢しろ。向こうはどうだ?乗員は大丈夫か?」


先生が叫ぶ。


「あまり状態がいいとは言えませんが、大きな変化はありません。ただ、急いだ方がいいかと思います」


マリナが少し不安そうな声で答える。これで終わりならばいいのだが、もう一度大きいのを食らうとどうなるかわからない。


「ジョージ、エンジンの再起動をたのむ。早くここを出ないとまずい」

「今やってる・・・うっぷ、もうちょい・・・」

「ケンジ、ますいわ。事故船が漂い始めた。エンジンなしじゃ、牽引しきれない」

「美月、とりあえず向こうに合わせて距離を保てるか?」

「なんとかやってみるわ」


早くエンジンを復旧して、こいつをつれてワープアウトゾーンから出ないと、救助隊だってこのゾーンには簡単には入れないだろう。


「救助隊から通信、現在、ワープアウトゾーン境界で待機中。出ることは可能かと聞いてきています」

「努力はするが、難しいかもしれないと伝えてくれ。既にかなり入り込んでしまっているからな」


先生はそういうと、ジョージの様子を見に行く。


「どうだ、動きそうか?」

「はい、再起動はもう出来ます・・・ですが、ちょっと問題が」

「問題?」

「さっきの衝撃で、スタビライザーの調整が狂ったようで、出力が安定しないかもしれません」

「まずいな。調整にどれくらいかかる?」

「やってみないと分かりませんが、結構かかると思います。5%程度の出力ならそれほど大きな変動は出ないので、とりあえず、動かした方がいいと思いますが」

「そうだな、とりあえず再起動してゾーンから出る方向に針路を向けよう」

「了解。エンジン再起動シーケンス開始。再起動まで10秒」

「星野、再起動したらゆっくりとコースを変えて加速しろ。ゆっくりだぞ」

「わかりました。ケイ、最短コースは?」

「コース、080,230、ゾーン境界まで120万Km」

「了解。コース設定080、230」

「OK,再起動したよ」

「エンジン推力1%で始動、段階的に5%まで上げるわよ」

「エドワーズ君、救助隊に脱出予定座標を連絡してくれ」

「了解。推定座標を転送します」


美月は、ゆっくりと船を加速させていく。エンジンの出力ゲージは、小刻みに揺れている。やはり変動が少しあるようだ。推力が上がるに従って揺れが大きくなる。やがて船体が少し振動を始める。


「出力3%、そろそろきつくなってきたわね」

「これだと5%もぎりぎりだな。これ以上変動が大きくなると、事故船を引き留めておくのが難しくなるぞ。この出力で少し様子を見よう」

「ケンジ、そんな悠長なこと言ってらんないわよ。こうしてる間にも、別の大型船がワープアウトしてくるかもしれないのに!」


たしかに美月の言うとおりだが、さりとて、事故船を逃がしてしまえば本末転倒、俺たちがこれまでやってきたことが水の泡になるわけで・・。


「方位120、350、距離35万Kmに重力波源を検知。ワープアウトの兆候と思われます」


ほら来た。35万Kmはかなり近い。重力波の伝わる速度は光速だ。ここでワープアウトされたら1秒ちょっとでさっきより数段きついやつを食らう可能性がある。


「方位修正240、010、とにかく離れるわ。ちょっと揺れるわよ!」


美月が叫ぶ。同時に、機体の揺れが一段と激しくなった。かなり厳しい感じだ。


「推力5%、これじゃ間に合わない・・・」

「美月、これ以上は危ないぞ、もう限界だ」

「わかってるわよ。でも、結局、このままじゃ、衝撃波でバラバラになるわ。どのみちダメなら、イチかバチかやるしかないじゃない!」


たしかに美月が言うとおりだ。だが、このまま加速しても結果は同じかもしれない。


「星野が言うとおりだ。だが、やるなら、事故船との間隔をギリギリまで詰めるんだ。そうしないと衝撃で、どこへ飛んで行くか分からんぞ」

「ケンジ、牽引ビームは任せるわ。お願い」

「わかった、やってみる」


距離を詰めると簡単に言うが、ただでさえ不安定なエンジンの重力場の中で、牽引ビームを操るのも簡単じゃない。下手をすれば、牽引が切れてしまう可能性もある。そもそも、この機体の牽引ビームは自分と同じ大きさの船を引っ張るために作られた物じゃない。既に出力だっていっぱいだ。エンジンの重力場を広げて一緒に引っ張っているから、とりあえず位置関係だけは保てているものの、相手の機体が間違ってエンジンの有効範囲から出てしまうと、その瞬間に軌道から外れてどこかへ飛んで行ってしまうだろう。


「エンジンの出力を上げるわよ」

「ゆっくり、ゆっくりだぞ」

「出力、段階的に10%までいくわ」


美月がそう言うと、機体の振動がまた一段と激しくなった。牽引ビームの余裕がだんだん無くなっていく。


「くそ、安定しない・・・このままじゃ、引き留められない」

「ぐずぐず言ってないで何とかしなさいよ、ケンジ。こっちもぎりぎりなんだから。もう一段加速できないと、間に合わない」


そう言っても、これ以上、変動が大きくなると牽引ビームが持たない。


「重力波の振幅が増大、15秒プラスマイナス3秒でワープアウト開始と推定」


またしても・・・・ピンチだ。どうすりゃいい、このままじゃ共倒れになってしまう。なんとかしなければ・・・。

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