第6話 レスキューミッション
「T205、離陸を許可する。カタパルトに進入せよ」
「T205了解」
また、午後の訓練が始まる。今回は離陸後に美月の操縦で月を周回して戻ってくる、ちょっと長めのコースだ。長め、と言っても基礎訓練での話だから、所要時間は1時間くらいである。距離にして片道200万Kmくらいだが、旧型とはいえ、この宇宙艇の速度なら、ゆっくり飛んでもそんなものだ。でもまぁ、これまでの離着陸訓練に比べれば、ずいぶんマシである。
「離陸前チェック完了、カタパルト進入」
「サラウンドモードに切り替え」
ぱっと視界が開けた直後、宇宙艇は加速を開始して、あっという間に俺たちは星空のまっただなかに打ち出される。
「T205、インタープラネットコントロールにコンタクトせよ。チャンネルは375B」
「こちらT205,チャンネル375Bにてインタープラネットにコンタクト」
もうL2ステーションはとうに視界から消えている。ここまで来れば、月の軌道近くまでは惑星間管制の管轄である。惑星間管制との通信はC&Iの担当だ。
「インタープラネット、こちらT205、グッデイ!」
「T205,こちらインタープラネット、方位205,236、巡航速度まで加速せよ」
「T205了解、方位205,236、巡航速度まで加速します」
サムの通信にあわせて、ケイがコールする。
「航路クリア、コース表示します」
視界に月方向への航路図と針路の偏差が重ねて表示される。あとは、この偏差をなくす方向に舵を切ればいい。
「オートパイロットオフ、マニュアル操縦に移行。方位修正、205、236」
美月がスティックを握ってコースを修正する。午前中の退屈な訓練でだいぶ感じがつかめたようだ。機体の反応もこころなしか良くなっている気がする。
「方位正常、速度基準点をルナ3に変更」
宇宙空間では絶対的な速度の基準はない。すべて、航路上の基準点に対する相対速度で考える必要がある。目的地によって、航路上の複数の基準点を切り替えながら、速度をコントロールしていく必要があるのだ。
「推力30%、2000Kまで加速」
「加速正常、速度500・・・1000・・・1500・・・1800・・2000」
「推力0%、慣性航行に移行」
慣性航行、つまり慣性の法則に従って、現在の針路と速度で進むことを意味するのだが、大昔と違って、重力制御や慣性質量制御が一般的な現代では、これは特別な意味を持つ。つまり、エンジンも慣性制御も切った状態で飛ぶ、ということだ。もちろん、大昔の天才物理学者、アインシュタインが言ったように、宇宙空間は平らではない。惑星や太陽の重力によって微妙にゆがんでいるから、慣性航行は完全な直線にはならない。航路図はそれを計算に入れて表示されているのだが、この速度では、些細な変動要因が大きなコースのずれにつながるので気は抜けない。
「コース、速度ともに正常。ウェイポイント、ルナ3まで12分」
ケイのコール。ウェイポイントとは、航路上の経由点で、その宙域にちなんだ名前がつけられている。ルナ3は文字通り、月の公転軌道周辺宙域にある基準点のひとつだ。今回のような短距離飛行では、こうした経由点で管制の管轄が変わり、コースと速度の変更が発生する。月へのアプローチは月公転軌道の少し外側に地球、太陽軸を基準にして時計回りに90度ごとに設定されているルナ1から4のポイントのいずれかを経由してアプローチする決まりになっている。現在、月はルナ1とルナ4の間にあるが、今回は反時計回りに地球を回り込んで、反対側から月にアプローチすることになる。
「了解、現在の速度、コースを維持」
美月も調子は悪くなさそうだ。昨日とは天地の差だ。同じ機体に乗っているなんて信じられない。
「よし、いい感じだな。でも気を抜くな。ここは太陽系で一番混雑してる宙域だからな」
フランク先生が後から声をかけてくる。たしかにそうだ。月軌道面周辺には様々なステーションが点在していて、惑星間航路やL2のような恒星間航路の起点となっているステーションと地球や月との中継点になっている。訓練用に設定された航路をうっかり外すと、一般航路と交差してしまい、危険なことになりかねない。
「サム、ちょっとあれを試して見てくれないか。長距離レンジの情報を投影してみてよ」
ジョージがサムに声をかける。昼飯時に言ってた奴だな。どんな感じになるのか、お手並み拝見といこう。
「了解。長距離レンジの情報をサラウンドに投影します」
サムがそう言った直後、サラウンドの映像に周辺航路を飛んでいる船の情報が映し出された。いまさらだが、ものすごい数の船が周辺を飛んでいる。主要な航路上では、船がひしめき合っている状態だ。もちろん、実際の船の間隔はかなり広いのだが、こうして長距離レンジで見ると、まるで蟻の行列だ。
「なによこれ、こんなに飛んでるわけ?」
「うわー、こりゃ、コースはずしたら大変だよ。お二人さん、よろしくねぇ」
「そう言うケイも、ちゃんとナビたのむぜ!」
「ナビっても、見ての通りなんだけどねぇ」
「あんたねぇ、仕事サボってたら承知しないからね」
「あはは、冗談だって。でも、マジ、私いなくていいかもね。これだけ見えてると」
たしかに、ここまで全部見えてたら、ナビゲーションはいらないかもしれない。でも、これはちょっと情報が多すぎるかもしれない。意識上に投影されているサラウンドモードの場合、実際に目で見ているよりも多くの情報を処理できるものの、必要以上の情報は本来の仕事への集中力をそぐ可能性もある。
「エイブラムス、もう少し情報をフィルタしたほうがいいぞ。これは、ちょっと出し過ぎじゃないか?」
「そうですね。特に異常がないパラメータや通常航路の船の情報は、全体から消しましょう。ケイとサムが見えていればいいでしょうから」
ジョージがそう言うと、他の航路の船の情報が周囲から消えて、星空が戻ってきた。まだ残っているいくつかの船は、通常航路以外を飛んでいる船だ。パトロール船や特別に許可を得て、航路外を飛んでいる船もある。パラメータがグリーンなのは、航路局がそれを承認しているということだ。こうした船が通常航路の船と交差する可能性は低い。俺たちの前後をと飛んでいる訓練艇も表示されている。特に異常もなく、退屈な訓練をこなしているようだ。
「私のも消してくれると嬉しいんだけどなぁ・・・」
ケイが小声でつぶやく。
「何言ってんのよ、あんたはそれが仕事じゃない」
美月がそれを聞きつけて噛み付く。
「もう、美月にはジョークが通じないなぁ」
「あんたが言うと本気に聞こえるのよね」
ダメだ、また始まった。こいつら、なにかというとこういう絡み方をする。まぁ、ジャブの打ち合いみたいなもんだから、喧嘩にはならないんだが、精神的にはあまりよくない。
「二人とも、実習中なんだから、やめとけよ。そろそろルナ3に近づいてきたぞ」
「おお、リーダーに注意されちゃったよ。えっと、ルナ3まであと3分」
「こちらT205、ルナ3にアプローチ」
サムが管制に通信を入れる。
「T205、ルナ3にてコース変更046、001、チャンネル213Cでルナコントロールにコンタクト」
「コース035、148了解、213Cでルナコントロールにコンタクトします」
ここでコース変更と同時に管制が月公転軌道周辺の管制に切り替わる。ここから月の方向にコースを変え、月を半周して戻ってくることになる。
「ルナ3にてコース変更、046、001。カウントダウン開始、20・・19・・」
ケイがカウントダウンを開始する。
「コースセット、046、001。カウントゼロで変更。準備完了」
美月がコールする。
「5・・4・・3・・」
「コース変更!」
「コース変更を確認、コース正常」
「ルナコントロール、こちらT205グッデイ」
「T205、こちらルナコントロール、グッデイ。針路を維持、1500Kに減速せよ」
「こちらT205、1500Kに減速、針路維持了解」
「エンジンリバース10%、1500Kまで減速」
「次のウェイポイント、ルナ2まで6分」
いい感じだ。手順通りに作業が流れている。次のルナ2周辺では、いくつかの航路が交差する。今回のコースでは最も注意が必要なポイントだ。
「ルナステーションBからの出発船に注意しろ!」
先生が声をかけてくる。ルナステーションBは月公転軌道上の内惑星航路中継ステーションだ。現在はルナ2近くに位置する。惑星間の大型船を高速度で射出してくるので、その航路と交差すると危険なのだ。強力な指向性磁場の干渉ではじき飛ばされる可能性がある。
「ルナステーションB―TCAコントロール、こちらT205、ルナ2に向けて飛行中」
「T205、こちらルナステーションB―TCA、TCA通過を承認。TCA管理情報にリンクせよ」
TCAというのは、ステーションの管轄エリアのことだ。ここを通過する船は、必ずコンタクトして通過承認を得なければいけない。発着船の航路との調整が必要だからだ。TCAにコンタクトすることで、発着船のリアルタイム情報にリンクできる。これで、発着船の航路や指向性磁場の影響範囲などをマップ上に投影できる。
「5分後に出発船、通過リミットは3分」
マップに情報が投影されるとほぼ同時にケイがコールする。
「2分以内に通過できるわ。TCA通過後の針路は?」
「まだコントロールの指示待ちだよ。当面、コース、速度はそのままでよろしく」
「了解、コース、速度そのまま」
美月とケイのやりとりに、なんとなく緊張してしまう。どうもこの二人の会話にはトゲがあるって言うか・・俺の考えすぎだろうか。
「TCAから出るわ。予定どおりね」
「OK。TCA離脱を確認、ルナ2まで30秒」
とりあえず、危険区域は離脱できたようだ。これで、後ろから来る奴らはしばらく足止めだな。そろそろ射出用の指向性磁場が展開されるからマップ上でも確認できるはずだ。
「T205、こちらルナコントロール。ルナ2通過後。針路をルナ1へ、速度基準点をルナ1に変更、1500Kを維持せよ」
「こちらT205、ルナ2通過後ルナ1へ針路変更、ルナ1基準で1500Kを維持、了解」
「コース271、357、変更準備よろしく。ルナ2まであと10秒、9・・8・・」
ケイがカウントダウンを入れる。これで、ルナ1から月の周回軌道へのアプローチ体勢に入るわけだ。
「コース変更271、357、エンジンリバース10%、ルナ1相対速度1500Kを維持」
「コース、速度正常を確認。ルナ1まで6分」
よし、順調・・・・と思ったその時、鋭いアラーム音が響いた。
「後方、異常を検知!」
サムのコールで後方に注意を向けると、マップ上に赤い点。その先には、先ほど通過したルナステーションBから伸びる指向性磁場が伸びている。そして、その磁場に沿って、大型の貨物船が猛スピードで飛び出していくところだ。
「航路を逸脱してる。あのままじゃ突っ込むぞ!」
「あれ、うちの訓練艇だよね」
赤い点は、同型のST1B、つまり俺たちのと同じ附属高の訓練艇だ。何が起きたのかはわからないが、いましがた貨物船が通過した射出用の磁場に向かってまっすぐに突っ込んでいく。大型船を惑星間巡航速度まで加速できる磁場に突っ込んだら、小さな訓練艇は木の葉みたいに吹き飛ばされてしまう。破壊はされないだろうが、どこへ飛ばされるかわからない。
見る間に赤い点は磁場の領域に近づき、それから一瞬またたいた後に、急角度で方向を変えて流れ星のように飛び去った。
「やばい。飛ばされたぞ」
「救難信号を受信。信号強度は急速に減衰中」
今の飛ばされ方から見て、相当な速度が出てるはずだ。安全装置が働いたとしても乗員は相当なショックを受けているはずだから、意識を失っている可能性が高い。急いでレスキューしないと行方不明になってしまう。
「飛んだ方向はわかるか?」
先生が尋ねる。
「磁場への接触点を基準に236、084、速度はポイント064C」
速度を小数で表す場合は、光の速度を1とした値になる。約3000Kを越えると、このような表現に変えるのが一般的だ。この速度は光速の0.064倍を意味するから秒速で2万Kmに近い、地球から月までの平均距離をおよそ20秒で飛んでしまう高速だ。
「飛んだ方向がまずいな。惑星軌道面から、どんどん離れていく。発見できなくなるぞ」
そう、惑星軌道面は、惑星間航路のトラフィックも多いので、航路監視の網の目も細かい。だが、惑星軌道面から離れると、普段は高度な測位機能を持つ恒星間宇宙船しか飛ばないので監視の網の目は一気に粗くなる。惑星軌道面から離れ過ぎれば小さな宇宙艇を発見するのは難しくなってしまう。これは一刻を争う事態だ。
「訓練は中止だ、追うぞ!」
先生が叫ぶ。
「推定方位032,078、推定距離、50万Km。推定誤差は5%」
「とりあえず、行くわよ」
美月は、そう言うと同時に、針路を変えて一気に加速する。
「エンジン推力80%、ポイント08Cまで加速。ジョージ、シールドを前方に集中させて!」
「了解、シールド前方に集中。デフレクター展開」
「ルナコントロール、こちらT205、指導教官のフランク・リービスだ。訓練を中断、事故機のレスキューにまわる」
「T205、レスキュー開始了解。チャンネル300Aでインタープラネットにコンタクトを」
「T205了解。300Aでインタープラネットにコンタクト」
「インタープラネット、こちらT205,指導教官のフランク・リービスだ。現在事故機のレスキューに向かっている。誘導をたのむ」
「T205、こちらインタープラネットコントロール。こちらでも今、行方を追っているところだ。もう既に惑星軌道面から離れつつあるので、正確な位置がまだつかめていない。おおむねそちらが向かっている方向にいると推定できるが、そちらからは見えないか?」
「エドワーズ、どうだ?」
「既に長距離センサーの範囲外に出ています。航路局からも情報が得られないので、レンジの拡張もできません」
「インタープラネット、こちらT205だ。こちらのセンサーでも探知範囲外に出てしまったようだ。少しずつ距離を詰めながら探してみる」
「T205,了解した。こちらでも情報がつかめ次第連絡する」
今の速度は、相手の推定速度を0.02Cほど上回っている。美月が速度差をこのレベルに維持したのは正しい判断だ。コースが間違っていなければ、徐々に追いついていけるが、もしコースが間違っていた場合、速度差をつけすぎるとリカバリーができなくなってしまう。
「ケイ、事故機の推定位置をマッピングできないか?」
「やってみるね。サム、そっちの計算データをちょうだい」
マップ上に、事故発生座標を頂点とした円錐形が表示され、それに沿って、事故機がいる可能性がある範囲が表示される。既にこの船の長距離センサーレンジの外側だ。さらに悪いことには、当初推定値に5%の誤差を加味した範囲は、追いついたとしてもセンサーですべてカバーできないくらいに広がってしまっている。
「かなり厳しいな。星野、中心線に沿って、センサー探知範囲が最大になるような位置につけられるか?」
「やってみます。方位修正、エンジン推力10%、0.1Cまで加速」
間もなく、船のセンサー探知範囲が円錐形の中に入ってきた。しかし、センサーに反応はない。あとは、この範囲内をしらみつぶしに探すしかないのだが、当然時間がかかるほど範囲はどんどん広がっていく。
「エンジンリバース5%、速度を事故機推定速度に同期」
「長距離センサー、依然として反応ありません」
「星野、手前側から順次捜索するぞ」
「了解。捜索範囲設定、自動捜索開始します。」
しかし、捜索範囲は、既に、直径にして100万Km以上の球状に広がっている。そして、それはさらに毎秒1000Kmほどの速さで広がり続けている。この船の長距離センサーでは、直径20万Km程度が限界だ。そもそも今の速度だって、この型の宇宙艇ではめったに出さない速度である。これ以上の速度が出ると、逆にこちらが隕石や宇宙ゴミを回避できなくなってしまう。デフレクターやシールドにも限界はある。大きなのにぶつかったらアウトだ。10分かそこらで見つけられないと、もうどうしようもなくなる。自動捜索モードを使って最大限効率よくやっても、範囲拡大のほうが早くなってしまう。まして、相手が推定誤差範囲外に出てしまっていたらもう発見は無理だ。
「厳しいな。このスピードじゃ追いつかないな」
先生が、つぶやく。
「ねぇ、ジョージってば、何かいい手はないのかな」
「うーん、そう言われても・・・。あ、待ってよ。あれが使えるかも」
ジョージはそう言うと、自分のパネルでなにやら操作をしはじめた。
「あ、いるいる。近くにいるじゃないか」
「何よ、ジョージ。教えなさいよ!」
「いや、科学局が持っている太陽極軌道観測衛星を探してたんだよ。かなりの数があって、それぞれが、強力なセンサーを持っている上に、複数が連携して精密観測が出来るんだ。主に太陽系外から飛来する小天体や彗星を探すためのものなんだけど、これが使えれば、もしかしたら・・・。でも、アクセスコードがわからない」
「面倒だからハッキングしちゃえば?」
「いや、これは厳しいと思う。セキュリティが堅すぎる」
「それなら大丈夫だ、私がアクセスできるから」
先生が割って入ってくる。そういえば、先生は附属高に来る前は科学調査をやってたんだった。それなら、アクセスコードを知っていても不思議はない。
「まさか、これがこんなところで役に立つとはな・・・。よし、これで使えるぞ」
「OK、繋がった。サム、これを使ってセンサー拡張をやってみてくれないか?」
「了解。衛星アルファ1から3,ベータ4から6をオンラインに。座標設定入力。小天体探索モードに設定。データ表示します」
サムがそう言った瞬間、マップ上のセンサー探索範囲が一気に10倍以上に広がった。同時に、いくつかの点がマップ上に現れた。このどれかが事故機なのだが、まだそれがどれかは不明だ。
「ST1Bの形状、組成をインプット。再スキャンします」
今度は表示された点が次第に消されていく。そして、一個の点が残った。
「パラメータ一致、拡大します」
サラウンドマップの一部に拡大画像が表示される。ぼんやりしているが、確かに宇宙艇の形に見える。
「衛星ガンマ7から9をオンラインに、解像度を上げます」
画像が少しずつはっきりしてくる。間違いない、ST1B型の宇宙艇だ。驚いたことに、機体のナンバーまで読み取れる。ナンバーは264か。
「よし、間違いない。接近しよう。エドワーズ君、この座標を管制に送ってくれ」
「了解、接近します」
「座標転送完了、管制より救難隊が向かっているとの連絡がありました」
やがて事故機が通常のセンサーレンジに入ってくる。
「緊急システムにアクセスします。船内状況を確認中」
宇宙艇には乗員が操縦不能に陥った時に起動される緊急システムがある。これには、非常用のアクセスコードを持った他の船からアクセスして状態をチェックしたり、遠隔操作したりできる機能がある。同じアカデミーの訓練艇はこのアクセスコードを共有しているので、非常時には互いにアクセスが可能だ。もちろん、救難隊用にはマスターコードも存在するから、当然、救難隊はこのシステムにアクセスできる。
「生命維持装置は正常動作中。メディカルモニターとエンジニアリングコンソールをこちらに接続します」
「よし、クレア君、クルーの状態をみてくれ。エイブラムス、船のシステムはどうだ?」
「全員、意識がありません。ショックによる脳震盪のようです。怪我の程度は不明ですが、2名ほどバイタルが不安定なクルーがいますね。早急に手当が必要と思われます」
「よし、そのデータを管制経由で救難隊に送信してくれ」
「了解しました」
「先生、船のメインコンピュータは生きてますが、リアクターが落ちているので、セーフモードになってます。エンジン制御系は磁場接触時のショックで故障している可能性がありますが、詳細はコンピュータを再起動して診断してみないとわかりません。遠隔操作による航行は、この状態では不可能です。シールドも最小限の非常用を除いて使用不能です。大きなデブリとかに当たらなかったのは幸運ですね」
「そうか、とりあえず救難隊が到着するまで、見張っているしかなさそうだな。クルーの容態が心配だが」
「今のところ、重篤な状態にはありませんけど、ダメージの程度がどれくらいか分からないので、できるだけ早く処置したほうがいいと思います」
「そうだな。救急隊も状況はわかっているだろうから、早く到着してくれることを祈ろう」
その時、またアラーム。今度はいったい何だ?
「前方、隕石と思われる小天体群。衝突の可能性があります」
「まずいな、今食らったらアウトだ。衝突までどれくらいだ?」
「約3分です」
まずい。時間がない。それに多少移動しても、隕石群だとどれかが衝突する可能性がある。
「美月、船の進行方向に回り込めるか?」
「OK、やってみるわ」
進行方向をこの船がカバーしていれば、少なくとも、正面からの隕石は回避できる。問題は、その大きさだが・・・
「ジョージ、デフレクターを進行方向に広げられるか?」
「うん、今やってる。ちょっと広げる範囲が広くなるから、船体のシールドも強化しておこう」
「たのむ。デフレクターで逸らしきれなかったやつは、こいつで受け止めるしかなさそうだ。シールドが持ってくれるといいんだけどな」
「エイブラムス、エンジンパワーをバイパスしてデフレクターを強化できないか?」
「やってみます」
「エンジンの余力も残しておいてよ! 衝突の反動で後の船にぶつかるとまずいから」
「了解、そっちもなんとかする」
「衝突推定時刻まであと30秒。隕石は小石くらいからフットボール大くらいまでの範囲、相対速度はポイント067C」
「速いな、小石級ならまだいいが、フットボール級だと厳しいかもしれん。全員、衝撃に備えてくれ」
「了解!」
「シートホールドを非常モードに切り替えるよ。ちょっと動きづらくなるけど、我慢してくれ」
この時代、シートベルトなどというものは存在しない。空間粘性制御、つまり重力エンジンや慣性制御と同じように、ヒッグス粒子の作用で、物体に周囲の空間が及ぼす抗力を強化することで、衝撃を吸収するのがこのシートホールド装置である。通常はベルトと同じように体の一部にのみ作用しているのだが、非常モードでは衝撃を受けた瞬間に全身を保護するように働く。ただ、この力は人間の体の機能も阻害するので、必要な瞬間のみ作用させる必要がある。このために、あらかじめ微弱なフィールドを全身に広げておくのだが、それが体の動きに少し抵抗感をもたらすのである。力を抜いていれば、やんわりと抱きかかえられているような感触なのだが、動こうとすると体がちょっと重い。
「あと10秒で危険領域!」
これはもう運を天に任せるしかなさそうだ。マップ上を複数の赤い点が迫ってくる。次の瞬間、目の前に流星のような閃光が走る。デフレクターに当たった小隕石の残した痕跡だ。そしてその後、大きな閃光と衝撃があって、サラウンドの画像が一瞬ゆらいで消えた。次の瞬間、俺たちは非常灯に照らされたコックピットにいた。
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