第5話 実験台・・・

「先生、遅刻のこと忘れてなかったのね。案外、根に持つ性格だったりするんじゃないの?」


と美月。


「いやいや、性格の問題じゃなくて、あれは教師の愛情ってやつだよ。私にも愛情注いでほしいよー」


ケイが遠い目をして言う。こういう会話をきっかけに、また火花が散りそうだから不安だ。


「だったら、グレてみたらいいじゃない。ああ、あんたならその必要も無いか」

「いえいえ、美月さんほどでは・・・」


ほら始まった。二人とも笑いがちょっと引きつっている。ここらで止めとかないとマズい。


「ほら、学食、もう結構混んでるみたいだし、早く行って席をとらないと待たされるぞ」

「そうですね、急ぎましょう。ジョージ君の席も取っておかないといけませんね」


こういう時に、マリナは必ずフォローに入ってくれるので助かる。美月はちょっと不満そうだが、とりあえず衝突は回避。俺たちは空いたテーブルを見つけて、とりあえずロックする。


空いているテーブルや席はアウトバンドの情報から一目で分かる。食堂に入ると表示される仮想パネルでテーブルを選んで人数を入れると、その人数に合った椅子が予約中としてマークされる。これがロックするということだ。空席がある程度以上あれば、一定人数以上でテーブル単位でのロックも可能だ。ロックされた席は一定時間、他の生徒は使えない。ロック解除忘れを避けるために、ロックは10分で解除されるようになっているから、その間に食べ物を取って席に座らないといけない。

ちなみに、食べ物は、これもアウトバンドで表示されるメニューで注文を出し、配膳口に完了表示が出るのを待つ。個人単位に注文して、その料理の完了表示は自分しか見えないので、取り違いは生じない。待ち時間は、どんな料理でも、混雑時でも、だいたい5分以内。

俺たちは、思い思いの料理を手にしてテーブルに集まる。


「よーし、食べるぞー」

「一番楽して楽しんでた癖に、食欲あるじゃない」


いや、美月さん、食事中にまでそういう突っ込みはやめにしような。


「でも、確かにあの障害物はないよな。障害物ってより、もう敵だし。単に調整だけなら小惑星をいくつか配置すればそれで良かったんじゃないか?」

「いやいや、それじゃ面白くないでしょ。それに訓練艇はいろんなシナリオが用意されてるから楽しいのよね」

「まぁ、実機でゲーセン感覚が楽しめたってのは確かだけどな」

「でも、リアルでしたよねぇ、あれ」

「途中でケンジがいきなり操縦投げ出すから焦ったわよ」

「投げ出すって、人聞き悪いな。あれは、武器が使えないか確認したかったからで、操縦を投げ出したわけじゃないっての」

「それなら、ちゃんとそう言ってから渡したらどうなのよ」

「だから、そんな時間は無かっただろ」


あれ、なんで俺と美月がやりあってる?


「まぁまぁ、お二人さん。喧嘩はしないの!」

「余計なお世話よ。私がケンジと何しようが勝手でしょ」

「おお、何しようが・・・って何するのかなぁ?」

「おい、いいから飯食えよ。昼休みはそんなに長くないんだからな!」


そんな感じでやってるところに、ジョージがやってきた。


「お説教、終わったの?」

「お説教というか、結構大きな宿題もらっちゃったよ。今夜は徹夜かも」

「あらら、フランク先生も結構キツいねぇ」

「宿題って、いったい何をもらったんだ?」

「それは明日まで内緒。まぁ、こいつがらみなんだけどね」


と、ジョージは持ってきた箱を指さす。


「それ、いったい何よ?」

「まだ内緒。でも、うまくいったら、かなり役に立つ代物だよ。まぁ、あくまでうまくいったら・・・だけどね」

「もう、じれったいな。じらさないで言っちゃいなさいよ!」

「ダメ!、先生に、言ったら宿題倍付けだってクギさされてるからね」

「倍付けか、そりゃキツいな」

「徹夜はいいけど、明日も遅刻したりしないでよね!」

「まぁ、心配いらないよ。たぶん寝る暇ないだろうし・・・」


ジョージは、やれやれといった感じで肩をすくめて見せた。しかし、フランク先生も結構キツいな。いや、もしかしたら、あのコワモテのサシガネか?


「とりあえず、早く昼食済ませなさいよ。午後の実習まで遅れたら、洒落にならないんだからね」


そうだ、とりあえずは午後の実習なんだが、最新鋭機からいきなり旧型の訓練機になって、うまくいくんだろうか。俺はかなり不安だったのだが、その予感は的中することになる。


ジョージがフィルタプログラムを組み込んだものの、そもそも元になる情報の流量が多すぎて、コンピュータがオーバーロード気味。そんな状態では、機体の制御が極端に悪くなる。オートパイロットを使った基礎訓練はどうにかなったものの、マニュアル操縦では機体の反応が遅れるために、どうしてもコース設定に誤差が出てしまう。おまけに、ST1Bでは、自律制御機構がないので、どれだけ飛んでも状況は変わらない。おかげで、俺たちはコワモテに怒鳴られっぱなし。さんざんの実習になってしまった。


「よーし、今日はこれで終わりだ。まったく、お前らのおかげでこっちが疲れちまったぞ。まぁ、初日から期待はしてなかったがな。明日はもうちょっとマシな飛び方をしてくれ」


コワモテが、疲れ切ったという表情で言うのだが、俺たちの状態はそれ以上に悲惨だった。午前中との落差のせいで、ストレスが限界まで来てる、というか、意気消沈してしまっているわけで・・


「まぁ、ある程度予想はしてたがな。お前らみたいなチームは、この機体には荷が重いんだよ。でもなぁ、フランクの言うとおり、こいつをどうにか出来なきゃ、一人前とは言えん。悔しかったら何とかしてみろ」


何とか、と言われても困る。そもそも俺たちがどれだけ頑張っても、コンピュータの処理性能が上がる訳じゃ無い。コワモテにしてみれば、励ましたつもりかもしれないが、俺たちはかえって暗くなる。


「だから言ったでしょ、私と組むとロクなことがないって」

「おいおい、誰もお前のせいだなんて言ってないぞ」

「だって、それ以外に何があるのよ。私がいなきゃ、全部うまくいくんでしょ」


いかん、こいつはそうやって、これまでも全部背負い込んできたわけで、ここでまた同じことをさせるわけには・・・・


「何言ってんの、あんた一人の問題じゃ無いよ。これはチームの問題だよ。ねぇ、リーダー」


珍しくケイが真顔で言う。


「そうですよ。美月さんがいるから出来ることの方が多いんですから、そんなこと言わないでくださいね」


とマリナも言う。


「私には美月が必要。このチームじゃなきゃ、私もやっていけないから」


サムも真顔。そう、これは誰のせいでもない。ぜんぶこのオンボロ練習機が悪いんだ。でも、それ以外に選択肢が無いのも事実。


「僕も同感だよ。たぶん方法はあると思う。だから、このチームで頑張ろうよ」

「・・・ごめん。・・・ありがとう。」


そう、ここはジョージに何かいいアイデアを出してもらうしかない。だが、どうやってコンピュータの処理能力を上げたらいいのか。いかに、ジョージでも難問だろう。


「そういえば、エイブラムス。お前、遅刻の罰として宿題があったな。さっさと帰って明日までに仕上げてこいよ」

「そうですね。こりゃ、意地でもやるしかないですね」


コワモテはニヤリと笑ってジョージを見る。


「よし、続きは明日だ。今日はもう帰って休め。疲れただろうからな。まぁ、エイブラムスは、もうひと頑張りだが、アカデミーの歴史に残る悪行をやらかした意地を見せてみろ。言っておくが、明日は遅れるなよ。宿題は理由にならんからな!」

「はぁ、わかってますよ」

ジョージは、またやれやれ・・・・という表情を見せる。


「これを持って行け。今日の実習の全履歴データが入ってる。たぶん役に立つだろう」


コワモテはそう言うと、小さなカートリッジをジョージに投げて渡した。


「助かります。これがあれば、早いですよ」


このカートリッジは、今日の実習での俺たちの操作や、機体の動作、その他の情報などが全部記録されたペタバイトメモリチップである。いわば、宇宙艇のフライトレコーダーだ。このメモリチップは手のひらサイズだが、その容量は膨大である。ちょっとした街の電子図書館のデータなら全部格納できるほどだ。だが、今の時代は、その数億倍を超える量のデータが日々生まれ、処理されていくような時代だ。個人用コンピュータでも、高性能のものなら、これくらいのデータは少し時間があれば処理できる。宇宙機のフライトコンピュータはその量のデータをリアルタイムで処理するのだから、その能力がどれくらいのものかわかるだろう。だが、その処理能力を超えるデータを生み出す奴もいる、ということが問題なのである。ジョージの宿題がどういうものかはわからないが、俺たちの役に立つものなら、頑張って欲しいところだ。


俺たちは、宇宙艇を降りて格納庫を出ると、そこで解散した。附属校の学生は全員が寮住まいだ。学生寮は、男子寮と女子寮がこのゾーンにはそれぞれふたつ、北居住区と南居住区に置かれている。俺と美月は南側、あとの4人は北側だ。ちなみに、南北は便宜上、ステーションの回転軸方向で、地球同様、北側から見たときに自転が時計回りに見えるように決められている。東西も同様に自転方向で決まる。


「ねぇ、ちょっと歩かない?」

「ああ、いいよ」


附属校訓練施設から南学生寮までは、車で10分ほどだが、歩けば小一時間かかる。まぁ、実習日は終わるのも早いから、まだ日暮れまでは間があるし、今日は美月につきあってやるのもいいだろう。


「ケンジ、本当にこれでよかったの? 私があのチームに入って・・・」

「なんだ、まだそんなことを気にしてるのか?いいに決まってるじゃないか。みんなもそう言ってただろ」

「でも、この先、またきっと色々問題が起きるにきまってる。そのたびに、こんな気分になるのは辛いのよ」

「美月らしくない発言だな。いつもの元気はどこへ行った? 心配ないって。うちのチームのメンバーは本当にいい奴らだし能力もある。問題が出てもきっと解決できるさ」

「だから、辛いのよ・・・。疫病神呼ばわりには慣れてる。そんなこと言われても気になんかしない。でも、このチームは違う。みんな一生懸命になんとかしようとしてくれるわ。だけど、それが大きな負担になってることがわかるから・・・」

「いや、たぶんそれだけの価値があるんだと思うよ。美月がいるおかげで、使える情報が圧倒的に増える。これをうまく共有して使いこなせたら、凄いことになると思うんだよ。みんなもそれを期待してると思うんだ。逆に、美月は他のメンバーの処理能力に頼ることもできる。これはお互い様だよな。だから気にするな。それよりさ、あきらめずに、なんとかする方法をみんなで考えようぜ、なっ!」


俺は笑って親指を立て、そしてウインクして見せた。美月は、ちょっと赤面して目をそらす。


「ケンジ・・・のくせに」


美月がつぶやく。久しぶりに聞いたが、ケンジという名前は、出会った直後からこいつの辞書に、ろくでもない意味がたくさん登録されてしまっていた。一年たって、消去されるかと思ったのだが、まだ健在らしい。


「ケンジで悪かったな」

「ケンジのくせに・・・生意気なんだから」


はたから聞いたら意味不明な会話だが、そういえばあの時もこんな会話があったっけ。そうだ、入学式前日、こいつと乗り合わせたシャトル事故の時・・・。普段強がっている美月が、弱音を、というよりも本音を吐けるのは、もしかしたら俺だけなのかもしれない。それも、あの事故を一緒に乗り切った結果として生まれた一種の信頼感だろう。


「そういや、ジョージの宿題ってなんだろうな」

「わからないけど、すごい思わせぶりだったわよね」

「少なくとも、うちのチームにとって悪い話じゃなさそうだけど、気になるよな。あとで連絡してみようか?」

「止めといた方がいいんじゃない?結構大変そうな感じだし、邪魔しない方がいいわよ」

「そうだな。まぁ、明日になれば分かるし」

「ジョージが来れば・・・だけどね」

「だよな。明日は出がけに連絡しとくか」

「そうね、それがいいわ」


よかった。なんとなく美月も元気を取り戻したみたいだ。まぁ、少し弱ってるくらいが扱いやすくていいんだけどな、こいつは。


「ケンジ、あんた、何ニヤニヤしてんのよ。また何か変なこと考えてたでしょ」

「考えてねーよ。てか、何考えようが俺の勝手だろ!」

「どうせまたエロいことでも考えてたのよね。私にはお見通しなんだからね」


いかん、だんだん元に戻ってきた。これ以上元気になられても困るんだが。この分だと寮に戻る頃には完全復活してるな。その分、俺はエネルギーを吸い取られてそうだ。

俺は無視して歩くペースを上げる。


「ちょっと! 何逃げてんのよ。待ちなさいよね!」


美月が小走りに追いかけてくる。そろそろ夕暮れ時が近づいて、空が、といっても人工の強化シールドなのだが、少し赤みを帯び始めていた。


翌朝、少し早めに目覚めた俺は、寮の食堂で朝飯を食い、それからジョージに連絡を入れてみた。呼び出しにはすぐ出たジョージだったが、どうやら完徹らしく、さすがに眠そうな声。もう少しらしい。今最後のチェックを入れているところだそうだ。なんとか間に合いそうだと言うので、後は北学生寮の連中に任せて、登校の支度をする。

寮から出たところで美月が待っていた。


「おはよう。早いな」

「ずいぶんのんびりしてるじゃない。待ちくたびれたわよ」


いや、待っていてくれと頼んだつもりもないのだが、それを言うと朝から騒ぎになるのでやめておこう。


「いや、ちょっとジョージに連絡入れてたからな」

「で、どうなの?」

「ああ、なんとか間に合いそうだ。あとはケイたちが首に縄かけてでも引っ張ってきてくれるだろう」

「結局、徹夜でやってたわけ? ジョージは」

「ああ、そうみたいだな。かなり眠そうだったよ」

「宿題はいいとして、実習は大丈夫よね」

「たぶん・・・」

「実機でエンジニアリングが居眠りしてたら洒落になんないわよ」

「そうだな。なんとかもうひと頑張りしてもらおう」


俺たちは、寮の前で車を拾うと、訓練施設に向かった。訓練施設はゾーンの中央部分にある。ここから地下に向かうシャフトを降りると格納庫だ。ステーション内部の三角柱の内側は円筒形の空洞になっていて、そこに宇宙港や訓練用のベイが作られている。練習機の離着陸デッキは、宇宙港とは少し離れた場所に、一般の航路と干渉しないような形で作られている。

直径が4Km、長さが20Kmもある大きな空洞だが、宇宙艇の速度なら一瞬だ。ちょっとしたミスが大事故に繋がるため、どの船も離着陸はステーション管制による自動制御が義務づけられている。訓練ではマニュアル離着陸も行うが、それはステーションの周辺に作られている訓練用浮遊デッキを使って行うことになっている。

小型艇中心のアカデミー訓練機用デッキは、ステーションの内壁から突き出した構造になっていて、アカデミーの施設は格納庫エリアを含む大きなビルくらいの構造物の中に収容されている。中央の格納庫エリアから両側に離陸用カタパルトを含む離着陸デッキが複数突き出してている。宇宙艇は格納庫からこの離着陸デッキに移動し、カタパルトで射出される。

一方、大型艦には専用の埠頭が用意されていて、そこに直接係留されている。一般の宇宙港やスペースガードの巡航艦基地などはこの形だ。宇宙港などの共用施設はタイムゾーンに関係なく24時間運用されている。場所によっては地上を移動するのに時間がかかるため、ステーション内部には施設間を移動するためのシャトルシステムが用意されていて、地域ごとのシャトルステーションから各施設へ移動できる。実習も、自分のゾーンの施設以外で行う場合は、このシャトルを使って、他ゾーンや周辺軌道の訓練施設に行くことになる。

格納庫に降りると、集合場所がある。うちのチームはまだ俺たちだけだ。


「まだみたいね。大丈夫かしら」

「だと思うんだけどな。ちょっと連絡を入れてみるか」


俺がコミュニケーターを取り出してジョージを呼び出そうとした時だった。


「おーい、おはよー」

「ケンジ君、美月さん、おはようございます」

「おはようございます」

「・・・・」


北学生寮組4人が到着。よかった。しかし、ジョージはかなりまいっている感じだ。


「おはよう。ジョージ、大丈夫か?」

「なんとか生きてるよ」

「もう、連れてくるのが大変だったよ。出がけに呼んだら返事が無いから、寮監さんにたのんで見てもらったら、机で寝てたみたい。ようやく連れ出したと思ったら、車の中でも爆睡してたし・・」

「そりゃ大変だったな。完徹じゃ無理も無いか。でも間に合ってよかった」

「寝たい、もう寝たい・・・・」


ジョージがつぶやく。本当に眠そうだが、これからが本番だから、なんとか頑張ってもらわないといけない。


「ジョージ君、コーヒー飲みますか?」


マリナがコーヒーを買ってきた。やはり彼女は気がきく。


「ありがとう。いただくよ」


ジョージは一気にブラックコーヒーを飲み干す。


「はぁ、ちょっと目が覚めたかな。でも、さすがにキツかったよ、一晩でこいつを仕上げるのは」


ジョージは持ってきた小箱を見せて言う。これは昨日、フランク先生から貰ってきたあの箱である。


「ところで、何なんだ、それ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」

「ああ、もうちょっとだけ待ってくれよ。きちんと動くのを確認したら教えるからさ。ちょっと先に先生のところへ行ってくるから、時間になったら205号艇で会おう」


ジョージは、箱をかかえて、教務室の方へ歩いて行く。まだ少し時間があるので、俺たちも購買で飲み物などを買って開始時刻を待つ。しかし、昨日の午後のことを考えるとちょっと憂鬱だ。


「あー、憂鬱よね。今日もあのオンボロを飛ばさなきゃいけないなんて」


美月も同じことを考えてるようだが、口に出してみても始まるまい。


「最初に最新型に乗っちゃったからねぇ、余計にボロい感じがするよね」

「もう少し処理能力が欲しい」

「そうですね、私のところは、まだマシですけど、メディカルデータベースの検索には時間がかかりますね」

「まぁ、欲を言ってもしかたがない。なんとか頑張ろうぜ」

「そだね、ここはひとつリーダーのケンジに代表して頑張ってもらおう」

「そうね、ケンジが責任取るべきね」

「お、おい!」


そもそも何の責任だ? 練習機がボロな責任を俺が取るのか? そりゃ理不尽過ぎるだろう。


「よーし、全員集まってるな。各自、訓練の準備にかかれ。もたもたしてると置いていくぞ!」


いつものコワモテの声が響く。学生たちは格納庫に入って、それぞれに機体に散っていく。俺たちも、205と書かれた機体の前までやってきた。そこにはジョージと、それからフランク先生がいる。


「おはよう。みんな調子はどうだ?」

「もう最悪ですよ。ST2Aとは違いすぎて・・・」

「そうだろうな。いきなりあれに乗せてしまったのは私のせいだから、責任は感じてるんだがな。ということで、今日は私が君らの担当だ。よろしくな」

「よろしくお願いします」


だが、フランク先生が指導教官でも状況がそう変わるとは思えない。


「さて、準備にかかろう。その前に、エイブラムス、そいつを取り付けてくれ」

「わかりました。でも、いきなりやるんですか?」

「そうだ。自信が無いのか?」

「いえ、そういうことでは・・・」

「だったら急げ!」


どうやら、例の箱の出番らしい。いったいなんなんだろう。ジョージが箱をあけて、中から金色のユニットを2個取りだした。


「メインコンピュータか?それ」

「そうだよ。特別製のね」


ジョージは機体のサイドパネルを開くと、その中にもぐり込んで、そこに入っているコンピュータユニットを手際よく取り外し、持ってきたユニットと交換する。機体の両側に一個ずつ。宇宙艇のコンピュータは少なくとも二重化されている。もっと大型の宇宙船の場合、さらに冗長度が高い。

それからジョージは脇にある操作パネルを操作してそれを起動する。ユニットが薄い光を発し始めた。量子演算ユニットが動き始めたのだ。


「よし、なんとか繋がった」


ジョージはそう言うとサイドパネルを閉じて、俺たちの所に戻ってきた。


「交換しました。とりあえず接続は正常です」

「よし、それじゃ全員搭乗して準備にかかってくれ」

「はい」


俺たちは205号艇に乗り込むと、それぞれの席についた。


「システム起動します。自動チェックシーケンス開始」


ジョージがコールする。エンジニアリング席のモニタパネルに情報が表示されはじめる。


「自動チェック完了、メインシステム異常なし。」


まてよ、チェックシーケンスの完了が早くないか。本当にきちんとチェックできてるのか?


「よし、中井。各部のチェックを初めてくれ」

「了解しました。機長席システム接続、システムチェック。操縦系統正常。え・・・?」


ちょっと待て、なんでチェックがこんなに速い。昨日はこの数倍の時間がかかってたはずだが・・。


「副操縦士席、システム接続。操縦系統、火器管制システムチェック。すべて正常。なに、これ?」

「ナビゲーションシステム接続チェック、・・・・異常なし。ちょっとこれ速くない?」

「C&I席接続確認、通信系、各種センサー異常なし。処理速度がぜんぜん違う」

「メディカルコンソール接続確認、VMIアクセス許可確認。すべて正常。反応が・・・」


どうやら、全システムがやたらと速くなっているようだ。理由はさっきジョージが取り付けたコンピュータユニットにあるらしい。どんな手品だ、これは。


「全システム正常動作を確認。はぁ、よかった。なんとかうまく動いてるみたいだ」

「ジョージ、どういうことなんだ?」

「これは私から実験に協力してくれた君たちへのささやかなプレゼントだ。エイブラムス、説明してやれ」

「さっき、取り付けたコンピュータユニットは、実はこの機種のものじゃないんだ。2Aシリーズ用の最新型さ。ハードウエアのインターフェイスは共通なので、物理的には取り付けられるんだ。でも、ソフトウエアはこの機種のものを移植する必要がある。僕が徹夜でやっていたのはその作業さ。今、少なくとも情報処理系だけとってみれば、この船の能力はST2A並になってるんだ」

「だから、処理がこんなに速いのか?」

「そう。でも、処理系を換えただけだから、エンジンや操縦系統、そのほかのハードウエアの能力はいままでどおり。それを越える操作はできないようになっているから、2Aシリーズにはぜんぜん及ばないけどね」

「いや、十分だよ、これで俺たちもまともに訓練ができる」

「でもさぁ、いつまでも特別製ってわけにはいかないよね」


たしかにケイが言うとおりだ。今使っているコンピュータユニットをずっと持ち歩くわけにはいくまい。故障でもしたらアウトだし。


「それは、心配しなくていい。今、アカデミーやスペースガードで1Bシリーズのコンピュータを最新型に換える計画があるんだ。いずれは、全部の船がこのコンピュータを搭載することになるはずだ。まぁ、それまでは機体が変わるたびに、交換しないといけないが、それも長くはないだろう。今回は、エイブラムスにその実験にも協力してもらったわけだ」


「また実験台?」


美月がちょっと不満そうに言う。


「いいじゃないか。おかげで、最新型を使えるわけだし」

「そうだよ。とりあえず、何かあったらジョージが責任取ってくれるからさ」

「えー、そりゃ責任がないとは言わないけど、僕には取り切れないかも。というか、何かあったら全員、一連託生だしね」

「何かあったら、命がけ・・」


そうだ。船のメインコンピュータがバグったら、本当に命がけになるかもしれない。しかし、学生の訓練でそんな危険を冒していいのか?


「念のために言っておくと、これを君たちの基礎訓練で最初に使うのはそういう意味もあるんだ。基礎訓練は、基本的にステーションの近くで行われるし、不慣れな訓練生であることを考慮して、レスキュー体制も完備してるからな。まぁ、それでも事故が発生する可能性はゼロじゃないが、それは、従来型の機体でも同じことだ。だから安心していいぞ」


なんとなく、うまく丸め込まれたような気がするのだが・・。でもまぁ、フランク先生自身が教官として同乗するのだから、彼も一蓮托生なわけだ。


「よし、それじゃ続けよう。エイブラムス」

「了解。情報共有モードをテストしよう。各自、情報共有モードに切り替えてみてくれ」


これまた昨日のことが嘘のようだ。コンピュータは大量の情報を何の問題も無くさばいている。ジョージのプログラムのおかげで、最新型機とほぼ同じ情報が整理された形で表示されてくる。


「いいよ、これ!、ジョージ、ありがとうっ!」


とケイが叫ぶ。


「よし、それじゃ訓練を開始するぞ、準備はいいか?」


先生はそう言うと、管制を呼び出して訓練開始を告げる。俺たちは、またお決まりの手順に従って、離着陸を繰り返すことになる。マニュアル操縦もまったく違う機体みたいにスムーズだ。あまりにスムーズすぎて少し拍子抜けしてしまう。しばらくは、この退屈な訓練が続くのだが、これはしかたがない。思いがけないプレゼントに盛り上がった俺たちだったが、午前の訓練が終わる頃には、かなりテンションが下がってしまっていた。


「あーあ、ちょっと退屈かも。もうちょっと刺激が欲しいよー、リーダー」


昼飯を先に食い終わったケイが、テーブルに突っ伏してぼやく。


「しかたないだろ、基礎訓練なんだから。それに、実機訓練は退屈なくらいが一番だって。逆に何かあったら困るだろ?」

「ステーションの管制圏内ばっかりじゃ、ナビの出る幕ないじゃん。座ってるだけじゃ、つまんないよ」


まぁ、その気持ちはわからないでもない。でも、だからといってこればかりはどうしようもない。しばらくは、我慢してもらうしかないわけで・・・


「あんたね、文句言ったって仕方ないじゃない。そんなこと言ったらマリナなんかもっと退屈じゃないのさ」


美月が、口に運びかけたフォークを持ったまま、ちょっと不機嫌そうに言う。


「私は、大丈夫ですよ。それが仕事ですから。それに、皆さん、退屈しながら集中力が切れないところがすごいですよ」

「まぁ、乗員には必要なことだしね。でも、そろそろ限界なのよー。ずっと同じチャートばっかり眺めてるとさぁ」


マリナがいつものようにフォローするけど、ケイは本当にダルそうだ。パイロットやエンジニアリングは、繰り返しと言ってもそれなりに動きがあるし、変化もある。たしかに、ナビとメディカルは辛そうだが。C&Iはどうだろう・・・


「チャートの表示範囲を広げて、周辺航路のトラフィックを見ていると飽きない」


サムが珍しく口を挟む。彼女もセンサーの監視レンジを広げて退屈しのぎをしているのかもしれない。


「そっか、その手があったか。周辺航路の状況を見ておくのも私の仕事だしね。午後はそれでやってみよう。ありがとね、サム」

「それなら、広域監視用にいくつか機能を追加してあるから、ちょっと使ってみてよ」

「えー、それ大丈夫なの?チャート全体がおかしくなったりしないよねぇ」

「もう、信用ないな。まぁ、ちょっと冒険なのはたしかだけど、そこまでひどくはないと思うよ」

「大丈夫。いくつかは試して見た。よく出来てる」

「え、もう使っちゃったの?」


どうやら、サムはめざとくジョージが入れた機能を見つけて、既に試しているらしい。センサー系に関しては、C&Iはエンジニアリング以上に知識があるから、彼女のお墨付きがあれば大丈夫だろう。


「まいったな。でもまぁ、説明する手間がはぶけたか。基本は長距離センサー情報の処理変更なんだけどね。1Bシリーズのセンサーは2Aシリーズに比べて、性能はかなり落ちる。スキャンできる距離もそうだけど、決定的なのが解像度なんだ。ただ、解像度は、ソフトウエアの処理である程度改善できる。新しいコンピュータの演算能力を使えば、解像度を4倍くらいにすることができるんだ。2Aシリーズに近い解像度が得られる。あと、距離についてはどうしようもないんだけど、これは、航路局のデータを拝借して、スキャン範囲外の部分を擬似的に表示できるようにしてみた。少し、遅延が出るけど、距離は1.5倍くらいまで出せるよ」


「航路局って、もしかして、私のインターフェイスを使ってるわけ?」


美月がちょっと不満そうな顔をする。


「ごめん、先に言っておくべきだったよね。美月の持っている航路局直通回線のインターフェイスは使わせてもらってるよ。正確には一旦、ケンジとの間で情報共有されたものだけどね。そうしないと、データの流量をうまく制御できないんだ」

「・・ってことは、私とケンジの両方がいないとダメってことよね」

「正直言うとそうなんだけどね。でも、センサーを最新型に交換する計画も有るみたいだから、それまでの間・・・ってことで」

「ま、いいわ。で? 他には何をしてるわけ?」


美月がさらに突っ込む。それには俺も興味がある。ジョージのことだ、まだ他にも隠し球があるに違いない。


「まいったな。お見通しか・・・。宇宙局専用回線のインターフェイスで、いくつかの衛星システムを使わせてもらってる」

「衛星って、ナビゲーションとか宇宙嵐関連の情報なら、もともと宇宙艇の通信機能で受信できるだろ」

「いや、結構レア物の情報があるのさ。太陽系内にはいろんな衛星や人工惑星がいる。中にはちょっと面白いセンサーなんかを積んだやつもいるんだ。まぁ、どこまで使えるかわかんないけど、とりあえず情報は取れるようにしておいた」

「ちょっと! 使用料請求していいかしらね?」

「あはは、今度なにか奢るよ。それで勘弁してくれないかな」

「おいおい、いいのか?結構高く付くぞ」

「なによ、それどういう意味? バカケンジ!」

「いや、そのままの意味なんだけどな」


そもそも、このL2にこいつの口に合う食い物なんてないだろう。あるとしたら、地球直輸入物を売りにしている、超高級レストランくらいだ。


「私も奢りたい。このデータは私にとってはとても貴重」

「そうだねぇ、私もだいぶ助かるからなぁ。それ乗るよ。ケンジも、もちろん乗るよねぇ、リーダーだし」


いきなり俺に振るなよ、ケイの奴・・・。


「何よ、なんか不満そうじゃない?ケンジ。何か文句でもあるの?」

「あ、いや、ありません。俺も、まぁ、あれこれ助かってるし」


弱いなぁ、俺。でもまぁ、こいつの雑多なインターフェイスが時々思わぬところで役立つのは事実だから、皆がそういうなら乗ってもいいか。


「皆さん、それじゃ今度、お休みの日にお食事会しませんか。いいお店があるんですよ。もちろん美月さんの会費はなしで。私も参加しますから」


そんな感じでマリナが最後にうまくまとめてくれる。こうやって、なし崩し的に次の休みの日に食事会が決まったわけだ。

昼食時間はこうして終わり、俺たちはまた退屈な訓練に戻ることになる。そう、それは退屈な時間のはずだったのだが・・・・。

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