第4話 遅刻と罰
さて、その翌日から授業が始まることになった。基礎過程2年は週の後半2日が実習にあてられる。2年からは基本的に実機を使うのだが、最初の数回の授業はチームの連携を確認するためにシミュレータを使う。俺たちのチームは、もう連携確認済みだったが、それは最新型のSF2Aでの話。実習で使うST1B、これはSF1B型宇宙艇の武装をダミーにした練習機なのだが、システムが旧式で、先に最新型に慣れてしまった俺たちには、ちょっと手強い相手だった。おまけに担当教師は、あの入学式当日に小言を食らったコワモテである。さんざんシゴかれたのは言うまでも無い。まぁ、おかげで・・・と言うべきか、3回目くらいでは、そこそこうまくやれるようになってきたわけだが、システムの処理能力があまりないため、時々情報氾濫による混乱に悩まされていた。ジョージが苦労してシステムを調整してくれているおかげで、どうにか俺たちはシミュレータ訓練のステージを終わらせることができたのだった。そして、実機訓練の初日がやってきた。
実習、とりわけ実機訓練の集合時間は早い。まず、朝7時に格納庫に集合して機体の点検、それからブリーフィング、そして実習開始だ。俺も含めてだが、うちのチームは朝にあまり強くない。というより、約一名、とても心配な奴がいるわけで・・・。そして、実機初日から、その不安は的中することになる。
「おっはよ~、みんな早いねぇ。ぎりぎりは私だけかぁ」
と、集合時間3分前にケイが現れる。ここまでは、許容範囲だ、だが、問題は・・・。
「あれ、あいつまだ来てないの?」
「ああ、不安的中だ」
「あっちゃぁ、ヤバくない? それ」
「分かり切ったこと言わないでよね。最悪よ!」
「ジョージ君、どうしたんでしょうね。さすがに今日は遅れたらちょっと・・」
「またゲームで夜更かしじゃないの?懲りない奴よね」
「あ、でも、昨日の夜は、いつもの所にはいなかったよ、あいつ。いたら絶対、一緒に落ちさせたんだけど」
「じゃ、単なる寝坊かよ。何考えてんだ」
というような会話をしている間に集合時間になってしまった。まずい、これは本当にまずいぞ。
「よーし、全員いるな。各チームの機体割り当ては、一覧を流してある。それぞれ自分たちの機体の点検にかかれ」
例のコワモテ教師の声だ。まずい・・・、とりあえずバレないように取り繕えないものか。
「うちの機体は205か、とりあえず、何かしておかないとマズいよな」
「でも、ジョージがいないと、システムチェックができないよ。あいつのインターフェイスがないとメインコンピュータにアクセスできないし」
「とりあえず、ここにいて見つかるとまずい。とりあえず乗船してから、ジョージに連絡してみよう」
「そうね。また吊し上げられるのは、ご免だわ」
俺たちは、出来るだけ目立たないように、そーっと機体に向かう。だが、205と書かれた機体の前にいたのは、コワモテ教師だったりするわけで。
「お前ら、今日から実機だ。気持ちを引き締めて行け! ん、どうした? エイブラムスはどこだ?」
まずい、早々に気づかれてしまった。ここはなんとか・・・。
「あ、すみません、ちょっとお腹の具合が悪いみたいで、トイレに行ってます」
などと適当にごまかしてみるのだが。
「実機演習の前に腹をこわしただと? 体調管理は基本中の基本だろうが。お前らもここにいろ。戻ってきたらちょっと気合いを入れてやる」
「あ、でも、先に出来ることがあれば、しておいたらどうでしょう」
なんとか、この教師の目を盗んでジョージに連絡しないとまずい。
「だが、そもそも、エンジニアリング担当抜きで何が出来るんだ?」
「あ、その・・・」
「システムチェック程度なら出来ます」
と美月が横から割って入る。そうか、こいつは、そういうインターフェイスを山ほど持ってるんだった。
「星野、お前はパイロットだろう。エンジニアリングのかわりができるのか?」
「システムにはアクセスできます。機長の許可があれば、自動チェックシーケンスの開始くらいはできるので、時間を節約できます」
「ふむ、よかろう。中井と星野は、乗り込んで、先にチェックを始めておけ」
「わかりました」
よし、とりあえずなんとかなりそうだ。俺は美月と二人で宇宙艇に乗り込んだ。とりあえず、これでジョージと連絡が取れる。
「ケンジ、システムチェックを始めるから、機長席からアクセス許可を出して」
「わかった、・・・よし、美月のIDでアクセアス許可を出したぞ。後はたのむ。俺はジョージと連絡を取るから」
「わかったわ。システムアクセス許可を確認。システム起動。自動チェックシーケンス開始」
俺は、美月がチェックを走らせている間に、コミュニケーターを使ってジョージを呼び出す。
「ジョージか? 今どこだ」
「悪い、やっと格納庫に着いたところだよ」
「まったく初日から何やってる。急げ。それから、お前は腹を壊してトイレってことになってるから、聞かれたらそう言えよ。いいな」
「・・・」
「どうした? わかったのか?」
「・・・」
どうしたんだろう、通話は切れていないが返事が無い。
「なるほど、そういうことか?」
と、いきなり後ろから太い声がした。
「なかなかのチームワークじゃないか、中井」
振り返ると、コワモテ教師。しかも、隣にジョージを連れている。手には、ジョージのものらしい、コミュニケーターが・・・。こりゃ、万事窮すか。
「さぁて、こうなれば全員同罪だが・・・。まずは、中井。リーダーのお前に申し開きの機会を与えてやろう。何か言うことはあるか?」
「あ、いえ、ありません。すみませんでした」
「素直でよろしい・・・と言いたいところだが、世の中はそれほど甘くない。そもそも、実機演習初日から遅刻する奴も奴だが、適当にごまかせば何とかなるなんて思っている奴らが一番気に食わん。そもそも、お前らは・・・」
教師がそう言いかけた時、アラーム音。
「なんだ?」
「システムチェックでエラーが出ています。内容は・・・」
美月が答える。
「機関制御系の自己診断エラーみたいですね。スタビライザーがうまく働いていないようです」
ジョージが付け加える。
「なんだと。まったく、お前らが、ろくでもないから機体にまで嫌われたか。この機体は整備行きだな。今日は実機なしだ。これから反省文でも書いて持ってこい」
「そんな・・・、代わりの機体はないんですか?」
「残念だが、今使える機体はこれしかない。あきらめろ。自業自得だ。さぁ、降りた降りた」
俺たちは追い立てられるように外に出る。実機演習はお預けか。
「ごめん、僕のせいで・・」
とジョージがすまなさそうに言う。
「いや、俺が下手な芝居を打とうなんて考えたのが悪かった。申し訳ない」
「ま、故障じゃ仕方ないよ。ジョージもこれに懲りたら、遅刻癖を治しなさいよね」
仕方が無い、これから教室にでも行って反省文でも書くしかないな。と思って歩き始めた時だった。そこにフランク先生が現れた。
「どうした、何かあったのか?」
「いやな、こいつら実機初日から遅刻しやがった上に、それを適当にごまかそうとしたわけだ。おまけに機体も故障ときた。お前さんの生徒ときたら、どうしたものやらな」
「そうか、それは申し訳ないな。担任の責任で厳しく指導しておくから、こいつらは俺に任せてくれないか」
「よかろう。きっちり絞めといてくれ」
「わかった」
コワモテも苦手だが、担任教師のフランク先生に迷惑をかけてしまうのは申し訳ない。だが、これからどんなお説教が待っているのだろう。ちょっと気が重い。
「よし、それじゃ全員こっちに来い。これから罰として、ひと仕事してもらうぞ」
「あれをやらせるのか?」
「そうだ。まぁ、こいつらにはおあつらえ向きの仕事だがな」
なにやら物騒な会話である。先生は俺たちにいったい何をさせるつもりなんだろう。俺たちは、先生について、格納庫の奥に歩いて行く。なんとなく気が重いのだが・・。
「ところで、どうして遅れたんだ、エイブラムス」
「すみません。ちょっと今日の準備をしてて遅くなってしまって・・」
「ほぉ、何を準備していたのかな?」
「このチームのプロファイルを反映させた情報フィルタプログラムを書いてたんです。ST1Bは処理能力が足りないんで、僕らのチームには少しきついんですよ」
「あれ、ゲームで夜更かしじゃなかったんだ」
「ひどいな、さすがに僕でも実機初日前にハマったりはしないよ」
「そうか。その心がけは悪くないが、遅刻しちゃだめだろう」
「すみません。やり始めたらちょっと欲が出て、あれこれ手を入れていたらつい・・」
そういうことだったのか。ジョージは俺たちのために、あれこれ頑張ってくれていたんだな。
「ところで、先生、俺たち何をすれば・・・」
「ちょっと、君たちには、罰として実験台になってもらう」
フランク先生が笑いながら言う。
「実験台? ちょっと不気味な響きがするんですけど・・」
「まぁ、見れば分かるさ・・・、ほらそこだ」
先生が指さした方向には、銀色の宇宙艇。機体には子馬のマークが入っている。
「これって・・・・」
「ペガサスⅡじゃないですか!」
「そう、いや、正確にはST2A、つまりペガサスⅡの同型練習機だ。愛称はポニーⅡというんだが。最近できたばかりのプロトタイプさ」
「練習機だから、ポニー(子馬)ですか?」
「まぁ、そんなところだ。で、これからこいつの試験をするんだが、君たちにはそれを手伝ってもらう」
「マジ・・・ですか?」
「不満か?」
「と、とんでもない。やります」
なんと、実験台ってのは、こいつのテスト飛行につきあえということだったのか。罰どころか、願ってもないチャンスだ。どうやら、例のコワモテもグルだったらしい。しかし、どうして俺たちなんだ?
「でも、これアカデミー専門課程の訓練用ですよね。そのテストに私たちなんかでいいんでしょうか?」
とマリナがちょっと不安そうに言う。
「残念ながら、専門課程の学生で、これを動かせる奴がいないのさ。まだ、シミュレータもテスト段階でね」
「って、それは私たちも同じ・・・ですよね」
「何を言ってるんだ。君たちは、もうこの機種の、というより、こいつの親分でシミュレーションしてるじゃないか」
「え?」
「いやぁ、正直言うと、あのシナリオをクリア出来る奴らがいるとは思わなかったんだがね」
それって、まさかあのゲーセンの?
「もしかして、僕らがゲーセンでやったシミュレーションのことですか? やけにリアルなシミュレーションだなと思ったんですけど」
と、ジョージが先に切り出す。
「君は知ってるよな。あのデータがアカデミーから提供されていることは。そしてその目的も」
「はい、・・・って言っていいのかな・・」
「君らがやったシナリオは、実際の訓練用のプロトタイプをゲーム用に少し手直ししたものだ。しかし、君は私が入れておいた制限を全部外したばかりか、とんでもない武装強化までやってくれたわけだが」
「じゃ、あの最後のは?」
「ああ、あれは私からのプレゼントだ。君らがあまりに楽しそうだったんでね」
なんてこった。あれは全部アカデミーに筒抜けだったのか。それに、最後の小惑星もフランク先生の仕業だったとは。
「まぁ、このことは他の生徒には内緒にしておいてくれ。変に意識されると、データに偏りが出てしまうからな」
「でも、実機初日にこれに乗れるんだ。夢みたいだね」
「これなら処理能力も問題ない」
「ほんと、すごいです」
「あ、あんたたち。浮かれてるんじゃないわよ。シミュレーションと実機じゃぜんぜん違うんだからねっ!」
そう言う美月もずいぶん嬉しそうじゃないか。
「うむ、星野が言うとおりだ。訓練は基本動作からじっくりやるからな。当分アクロバットは禁止だ。もちろん、システムの書き換えも禁止だぞ、いいな」
ジョージが苦笑いしている。こいつはまた何か企んでいたようだ。
「よし、それじゃ乗り込んでシステムチェックからだ。手順は分かってるな。ブリーフィングはその後、機内でやろう」
「わかりました」
なんだか、夢みたいだ。練習機とはいえ、これは最新鋭機。それを俺たちが実際に飛ばせるなんて。たぶん、みんな同じ気持ちだろう。顔を見ていれば分かる。
「なにボーッとしてるのよ! 行くわよ」
「あ、ああ」
美月に促されて俺たちはピカピカの機体に乗り込む。ハッチから機関室を通ってコックピットに入る。本当にピカピカで、チリひとつない新品だ。まだかすかに塗料の臭いもする。
「すごい・・・本物だよ、どうしよう」
ケイが嬉しそうに言う。コックピット内の配置はシミュレータとほぼ同じだ。唯一違うのは指導教官が座る教官席があること。教官はこの席で機体の全状況をモニターできるのと同時に、必要があれば、すべての操作に介入できる。
「よし、全員配置についてくれ、システムチェックを始めるぞ」
フランクが指示を出す。俺たちは、自分の持ち場についてチェックの準備を始める。
「よし、中井、リーダーのお前がチェック全体を指揮しろ。私はここで見てるからな」
おいおい、いきなり放置ですか? かなり無茶振りだが、まぁ、俺たちは同じ事をシミュレータでやっているし、フランクはそれを知っているのだから、しかたがない。
「了解、それじゃシステムチェックを始める。ジョージ、メインシステムの起動とチェックをたのむ」
「了解。システム起動、自動チェックシーケンスを開始・・・・OK,異常なし」
「各部、接続チェック、続けてシステムチェックを行う。機長席、システム接続・・・OK、操縦系統異常なし」
「副操縦士席、接続チェック・・・OK、操縦系統、火器管制システム、異常なし」
「ナビゲータ席、接続チェック・・・OK、ナビゲーションシステム、異常なし」
「C&I席、接続チェック・・・OK、通信システム、各センサー、情報処理系、異常なし」
「メディカル席、接続チェック・・・OK、各自、VMI接続許可を確認。メディカルモニター・・・異常なし」
「エンジニアリング席、全システム異常なしを確認。情報共有チェックに入る・・・とその前に、先生、ちょっといいですか?」
とジョージが突然言い出す。
「なんだ?」
「実は、この機種用の情報フィルタプログラムも用意してあるんですが、入れちゃダメですか?」
「ほぉ、準備がいいな。この機体に乗ることが判ってたみたいじゃないか」
フランクが笑って言う。
「いえ、もともとゲーセン用なんですが、実機でも使えるように手を入れてみたんです。まさか本当に乗れるとは思ってませんでしたが。実はそれをやっていて遅刻してしまって・・・」
「そうか、なら使わないと遅れた申し開きができないな。よし、やってみろ」
「ありがとうございます」
ジョージはそんなことまでやってたのか。驚いた奴だ。まぁ、興味半分、趣味半分なのはわかっているが、このチームには、本当に貴重な存在だ。
「ねぇ、バグってたりしてないよねぇ?」
とケイ。
「大丈夫、だと思う・・」
「その、だと思うってのがちょっと危険っぽいけど、ま、いいか」
「じゃ、チェックシーケンスを再開するよ。フィルタプログラムを導入。動作チェック・・・OK。それじゃ各自情報共有モードに移行してくれ」
俺の目の前に、綺麗に整理された情報、操作パネルが現れる。このまえのシミュレータの時とほぼ同じだが、さらにいくつかのサブパネルが追加されている。これなら、情報共有したあとで、いちいち再整理をやらなくてすむから、大助かりだ。
「こりゃすごいな、ジョージ。ものすごく見通しが良くなってるよ」
「ちなみに、火器管制は機長席と副操縦士席で切り替えが出来るようにしてあるよ。訓練には必要だろ」
「驚いたわ。これを一晩で作ったわけ?」
「ナビゲーションパネルもいい感じだよ。サンキュー、ジョージ」
「C&Iも完璧」
「メディカルモニターもすごく見やすいです」
「ふむ、なかなかよく出来てるじゃないか。システムを開発した連中に見せたら驚くな」
フランク先生も感心している様子だ。これはもう既に俺たち専用のカスタムメイドと言ってもいいだろう。
「よし、問題なさそうだな。それじゃ、これからブリーフィングを開始する。まず、今日の訓練についての概要だが・・・・」
俺たちの目の前に、大きな立体作戦図が表示される。L2周辺のマップに船の航路図を重ねたものだ。
「まずは、基本的な離着陸訓練からだ。最初は自動シーケンスでの操作に慣れてもらう。君たちには退屈かもしれないが、基本は重要だ。手順は、標準の自動離陸シーケンスから、管制の指示で着陸コースに入り、ステーションとのデータリンクを確立して制御を移行、自動着陸するという順序だ。細部の説明は不要だと思うが、質問はあるか?」
たしかに、退屈な訓練だ。オートパイロットをセットしたら、ほとんどすることはない。だが、こうした手順を間違いなくこなせるようになるのが基本だからな。あのヘラクレス3の船長やデイブさんが言ってたとおり、基本からやり直そう。
「よし、特に質問がなければ始めるぞ。最初は、中井がパイロットをやってくれ。星野はバックアップだ。いいな」
「了解です」
「了解しました」
「それじゃ、始めよう。ステーションとの通信回線を開いてくれ」
「回線開きます」
「デッキ3コントロール、こちらコードネームP21、訓練飛行を開始する。指導教官はフランク・リービスだ」
「こちらデッキ3コントロール。P21訓練開始を了解。離陸は5番カタパルトへ。データリンクを確立してください」
「P21了解。よし、始めよう」
さぁ、いよいよこいつを飛ばすぞ。
「ステーションとのデータリンクを確立。飛行計画のリクエストが来ています」
とサム。
「了解。飛行経路、座標入力・・・完了」
ケイが答える。
「入力座標確認。異常なし」
と美月。ナビゲータが飛行計画に従って投入した座標はパイロット二人が確認するのが決まりだ。
「機長席、同じく入力座標確認。異常なし」
「了解、飛行計画を送信・・・・飛行計画承認を確認」
「デッキ3コントロール。こちらP21、5番カタパルトへのタクシー許可を要請」
「P21、5番カタパルトへのタクシーを許可する。タクシーシーケンスを開始せよ」
「P21、了解。係留を解除」
タクシーシーケンスを起動すると、機体は自動的に決められた経路を通ってカタパルトまで移動する。まず、機体を格納庫につなぎ止めている人工重力が停止し、浮遊した機体を誘導路に沿って弱い牽引ビームが引っ張ってくれるのである。我々は、それが正しく動作していることを監視しているだけだ。
「こちらP21、係留解除を確認、タクシーシーケンスは正常」
「P21、タクシー開始を確認。5番カタパルト離陸順位はナンバー3」
「こちらP21、ナンバー3了解」
訓練用カタパルトには、既に同級生たちのST1Bが並んでいる。俺たちは現在3番目で離陸待ちのようだ。この中で一機だけのST2Aはたぶん注目の的になっているはずだが、まさか乗っているのが俺たちとは、誰も思うまい
「よし、離陸前チェックをやるぞ。美月、たのむ」
「了解よ。チェックシーケンスを開始、ジョージ、そっちでもモニターしてて」
「OK、今のところ全システム問題なし」
「離陸前チェック完了。異常なし。ゴーよ!」
「了解。さぁ、いつでも来い!」
カタパルトからは僚機がどんどん飛び出していく。複数あるカタパルトから同方向に離陸するので、少しずつ時間差をつける必要がある。なので離陸には多少待ち時間が余計にかかる。
「なんか、じれったいね」
「ほんと、さっさと飛ばせて欲しいわよね」
「こら、お前ら。訓練中は私語禁止だ。集中しろ」
と、先生に叱られる。まったく、この二人はいまいち辛抱強さというものがない。そういう俺も、実は少しイライラしはじめているのだが、ちょっと落ち着いたほうが良さそうだ。
「皆さん、ちょっと緊張気味みたいですね。少し肩の力を抜いた方がいいですよ」
マリナが後ろから声をかけてくる。さすが、うちのメディカルはちょっと違う。確かに俺もちょっと力が入ってるかもしれない。
「そろそろ、サラウンドビューにしようか?」
ジョージが言う。
「そうだな。カタパルトに入る前に切り替えておこう」
俺がそう言うと、視界がサラウンドビューに変わる。誘導路に並ぶ機体、そして星のような色とりどりの光に満たされたステーション内部の空洞に飛び出していく銀色の宇宙艇。息をのむ景色だ。
実は、最初の訓練からいきなりサラウンドビューで飛び出すなんてことを普通はしない。下手をすれば目を回してしまう奴が出るからだ。しかし、俺たちは既にそれを経験済みである。しかも、シミュレーションとはいえ、この訓練よりずっと強力な惑星間軌道射出用カタパルトでだ。フランクもそれを知っているからだろう、止める様子は無い。
「P21、こちら第3デッキコントロール。離陸を許可する。チャンネル288BでL2デパーチャーにコンタクト、5番カタパルトに進入せよ」
「P21、離陸許可了解。L2デパーチャーにコンタクト」
サムと管制の通信は軽快だ。さぁ、いよいよ離陸。俺は離陸シーケンスをスタートさせる。
「離陸シーケンス開始。カタパルトへ進入」
「L2デパーチャー、こちらP21、離陸準備完了。データリンクを移行」
「P21、こちらL2デパーチャー、離陸せよ」
「P21離陸」
このカタパルトは訓練用なので、比較的短いし、加速もそれほど大きくはない。それでも、離陸後ほんの数秒で秒速10Kmくらいまで加速される。デッキを離れた後、指向性の加速磁場で、このスピードまで一気に加速されるわけだ。ステーションのデッキからほぼ瞬時に星の海のまっただ中に放り出された感覚である。とりわけ、サラウンドビューでこれをやると急に自分たちが宇宙に取り残されたような感覚になる。
「P21、こちらL2デパーチャー。離陸正常。訓練飛行を続行せよ」
「P21、了解」
とりあえず、これから、あらかじめ設定されている座標を経由して飛行し、今度はL2ステーションにアプローチして着陸する。
「飛行制御を機内に移行。オートパイロット作動」
「オートパイロット正常動作確認」
この場合、操作は俺が行い、副操縦士である美月がバックアップでその操作を確認する。
「コース正常、L2アプローチエリアまであと30秒」
ケイがコールする。設定されたコースを監視するのはナビゲータの仕事だ。視界にはグリーンの線でコース図と経由座標が表示されている。サラウンドビューでは、すべての情報が外部の景色と一緒に意識に投影されるのである。
「間もなくアプローチエリア」
あっという間だ。これから着陸シーケンスが始まることになる。
「L2アプローチ、こちらP21、デッキ3への着陸許可を要請」
「P21、こちらL2アプローチ。現在、着陸順位はナンバー4。制御を移行せよ」
「P21、了解」
「データリンクを確立。飛行制御をL2アプローチに移行」
視界の中のコース表示がブルーに変化する。これは外部制御による誘導飛行に切り替わったことを意味する。これから先は特に操作は不要だ。全部自動で着艦、誘導路への移動までが行われる。俺たちの前には3機のST1Bが列を作って着陸態勢に入っている。それを見ながら、俺はちょっと退屈な気分になる。
「お前ら、これは実機だってことを忘れるな! しかもプロトタイプだ。気を抜くと何かあった時に対処出来ないぞ」
俺たちの退屈を見透かしたようにフランクが声をかけてくる。たしかにそうだ。シミュレータなら故障しても死ぬことはないが、実機だと大事故になる可能性もある。油断は禁物だ。
「分かりました」
全員がそれに応える。だが、実際退屈なことに変わりはない。この中で集中力を保つことが一番難しいのである。
「P21、デッキ3への着陸を許可する。着陸シーケンスを開始」
「P21、了解。着陸シーケンス開始を確認」
俺たちは巨大なL2ステーションに吸い込まれていく。ステーションからの指向性磁場が、離陸時とは逆に俺たちを減速させ、着陸コースに乗せてくれるのだ。俺たちを乗せた子馬(ポニー)は、最後はゆっくりとデッキに着地する。それから、誘導路へと送り出されることになる。
「P21、着陸を確認。デッキ3コントロールにコンタクトせよ」
「P21、了解。デッキ3コントロールにコンタクト」
これで、ひととおりの手順が終了する、あとはデッキコントロールの指示で、格納庫へ移動するだけだ。
「よし、まずは上出来だ。このままもう一度やるぞ。今度は星野がパイロット、中井はバックアップだ」
「わかりました。美月、操縦系統をそっちに渡すぞ」
「了解よ。操縦系統移行を確認。バックアップ頼むわよ」
「了解!」
今度は美月の操縦で同じことをやるわけだ。パイロット2名は、どちらが操縦をしてもいいように互いに作業を補完できなければいけない。
「デッキ3コントロール、こちらP21、格納庫に戻らずこのまま離着陸訓練を続行する」
「P21、デッキ3コントロール了解。離陸は2番カタパルト、離陸順位はナンバー5」
「飛行経路、座標入力」
「パイロット席、飛行経路確認」
「機長席、飛行経路確認」
「飛行計画を送信・・・承認を確認」
「離陸前チェックを開始」
そんな感じで、俺たちはまたデッキから飛び出し、ぐるっと一回りして戻ってくる。これを何回かやると、さすがに俺たちの退屈も限界に達する。
「よし、今度は離陸後、マニュアルで行くぞ。訓練宙域に入ったらコースと速度は自分でコントロールしろ」
さすがに先生もこれ以上俺たちを退屈させるとまずいと感じたのだろう。単純なルートだがマニュアルなら多少退屈しのぎにもなる。マニュアル操作での飛行は、チーム全体の連携が問われる。操縦だけでなく、飛行経路や速度、機体の状態や航路周辺の状況など、各担当がきちんとチェックし、情報交換しなければいけない。単純そうで、案外難しい仕事なのである。だが、それもシミュレータでは経験済みだ。俺たちの機体は、また離陸許可を得てカタパルトから打ち出される。
「訓練宙域まで、20秒。航路図を投影」
ケイが、飛行経路のマップを映し出す。コース設定は俺の仕事、速度コントロールは美月がやって、互いに確認する。
「第一目標地点、方位030、020。現在速度を維持」
「コース変更、030,020」
「コース正常。推力調整、プラス2%からゼロへ、現在速度を維持」
「速度、コース正常。第一目標点まで30秒・・・」
「第一目標点までの進路クリア、障害なし」
「第一目標点から第二目標点、方位080、090。100Kまで加速」
ケイが言う100Kとは秒速100Kmの意味である。秒速3000Km程度までの低中速域では、この秒速Kmの単位が使われ、それを越えると、ポイント(・)01Cのように、光速Cつまり秒速約29万7千Kmを単位にして、小数で表すことになる。KやCが省略された場合、整数はKを単位とし、小数はCを単位とするのが暗黙の了解事項である。ただ、訓練では間違いを避けるために通常、省略はしない。
「コース変更、方位080,090・・・」
「推力プラス10%、100Kまで加速・・・」
おかしい、コントロールスティックの反応が悪い・・・。
「ケンジ、コースはずれてるわよ!」
「わかってる、うまくコントロールできないんだ」
「前方、他機に注意!」
「美月、減速だ」
コースを外れた俺たちの前に数機のST1Bがいる。このまま突っ込んだら危険だ。
「推力マイナス20%、減速・・・現在50K・・・40K・・・30K」
「よし、反応がよくなった。コースに復帰するぞ」
とりあえず、一旦コースに戻したのはいいが、何が起きたのだろう。
「よし、そのままの速度を維持しろ。エイブラムス、原因はわかるか?」
とフランク先生。
「操舵系と推力調整系の自律連携がうまく取れていないようです。100K以上だと、かなり誤差が出てしまいますね。ちょっと補正が必要です」
「どうすればいい?」
もちろん、先生は答えを知っている。これはジョージに対する実地テストだ。
「80K程度の速度でしばらくコースを変えながら飛行すれば、学習すると思いますが」
「よし、それが正解だな。エドワーズ、他機のいない宙域はどの方向だ?」
「方位、170~220、070~130、距離100万Kmの範囲に機影ありません」
サムが、その範囲をマップに映し出す。
「中井、進路をその範囲に取って少し遊んでやれ」
「わかりました。美月、速度を80Kまでゆっくりと上げてくれ」
「了解、推力調整プラス1%で加速」
さて、好きに操縦していいのであれば、それは楽しい。とりあえず、この機体の癖を把握するにはいい機会だ。まぁ、それは逆に、この機体が俺の癖を学習することにもなるんだが・・・。
「あとで代わりなさいよね!」
美月がちょっと不満そうにつぶやく。まぁ、気持ちはよくわかる。俺はとりあえず指定された宙域まで一直線に飛ぶことにする。
「L2エリアコントロール、こちらP21、操縦系統調整のため、現在区域周辺、半径30万Kmの範囲でのフリーフライト許可を要請する」
「P21、こちらL2コントロール。現在のところ、その周辺はクリア。20分間以内のフリーフライトを許可する」
「こちらP21,了解、これより開始する」
さて、お楽しみだ。でも、何もない空間で適当に飛ばすというのも、それほど簡単ではない。どうしても動きが単調になってくる。
「沢村、疑似障害物をこの空間マップ内に展開してみろ」
「了解です。さて、お手並み拝見といきますか」
そうそう、そうこなくっちゃ面白くない。これは練習機だから、そういう機能も用意されているわけだ。 ・・・・といきなり前方に小惑星。俺は慌てて進路を変える。まだ反応があまり良くないから、危ないところだ。
「おい、いきなりかよ!」
「えへへ、無駄口叩いてる暇はないかもね」
・・・とまた前方に、今度は大型巡航艦・・・。疑似映像だと分かっていても、肝を冷やす。まるで実機でゲームをやってるみたいだ。
「さて、ちょっと難度を上げるよ」
「おい、まて・・・」
今度はいきなり、小惑星群に囲まれた。それを避けながらジグザグ航行をする。速度一定でこれをやるのは結構辛い。
「美月、スロットルをこっちに回してくれ」
「もう、勝手にやってなさいよね!」
「そう来なくっちゃ、じゃ、もうちょっと頑張ってもらおうかぁ」
いかん、だんだん小惑星の間隔が詰まってくる。俺は、スロットルを加減しながら、コースを変えて前方の小惑星を回り込む。だが、その前にも小惑星。それを間一髪でかわす。心持ち、機体の反応が良くなってきた気がする。
「へぇ、だんだん調子出てきたじゃん。それじゃ、これはどうかな?」
ケイの奴、楽しんでるな・・。と思った瞬間、小惑星の陰から戦闘艇が二機現れた。いきなり撃ってくる。
「おい、こりゃ反則だ。こっちには武器は無いんだぞ」
「いやいや、そういうシチュで、どう逃げるかってのもパイロットの技術でしょ」
「くそ!」
俺は大きくひねりを入れて、小惑星の陰に飛び込む。青白いフェイザーの光が機体をかすめる。危ないところだ。しかし、また目の前に小惑星。見通しが悪すぎる。
「サム、短距離センサー映像を重ねてくれ」
「了解!」
サラウンドの画像に、短距離センサーのマップ映像が重なる。これなら、先に何があるか、ある程度見通せる。まぁ、この映像も、ケイが作り出した疑似障害物を使ったシミュレーションなのだが。
「なんだ、こりゃ。無茶だろ、これは!」
前方にほとんどぶつかりそうな感じで小惑星がひしめいている。隙間はほんの僅かだ。しかも後ろからは戦闘艇が追ってくる。あそこへ突っ込むしかないじゃないか。
「回避コースは?」
「コースは3つ」
コース図が重なって表示される。しかし、どれも厳しそうだ。
「右のコースに入って!」
美月が叫ぶ。理由を聞いている暇は無い。どれも似たようなものなら、美月のカンにかけよう。俺は右側のコースに進路を合わせる。ほぼ同時に左舷を敵のフェイザーがかすめた。
「あぶねー、助かった」
とはいえ、この先のコースは簡単じゃないわけで・・・。まずは、あの小惑星の隙間を抜けなきゃいけない。
「もっとスピードを上げて!」
「無茶言うな、くそっ!」
俺は、全身の毛が逆立つ感覚を味わいながらスロットルを引くと、小惑星の隙間をぎりぎりでくぐり抜ける。幸いにも、機体の反応はかなり良くなってきた。これならもう少しスピードアップしてもなんとかなりそうだ。
「敵一機消滅!」
「小惑星に突っ込んだわ! あと1機よ」
「もうちょっとで、こっちがそうなるところだったぜ」
前にはまだ幾重にも小惑星が連なっている。俺は、その間をジグザグにコースを取りながらすり抜けていく。後ろにはあと一機、戦闘艇が張り付いている。武器があれば戦えるのだが、これじゃ、どちらかが自滅するまでのチキンレースだ。練習艇に武器は搭載されていないから、どうしようもない。いや、待てよ。そもそもこの戦闘自体が架空のシミュレーションで、実際の俺たちは、何もない宇宙空間をただジグザグに飛んでいるだけだ。少なくとも外からはそう見える。シミュレーションなら、なんとか出来るんじゃないか?
「美月、操縦替わってくれ!」
「え、何よ、いきなり?」
「いいから、頼む!」
「分かったわ、切り替えなさいよ」
俺は操縦系統を美月に渡すと、脇にある火器管制パネルをのぞき込む。実際に武器は無いが、このシステムはそのまま使えるはずだ。ならば、シミュレーションプログラムに武器を追加できれば・・・。
「ケンジ、それは僕の仕事だよね」
ジョージは気が付いたようだ。
「先生、火器管制を含めた戦闘シミュレーションを起動しちゃダメですか?」
「そう来ると思った。かまわないが反則技はなしだ。通常兵器だけなら許可しよう」
「わかりました。それで十分です。だよな、ケンジ!」
「十分だよ。頼むからあんまり物騒なものは入れないでくれよ」
これまで暗くなっていた火器管制パネルが、オレンジの表示に替わる。短距離、長距離のミサイルが20発ずつ、それからフェイザーも使える。だが・・・
「ケンジ、武器はいいけど、どうやってあいつの後ろに回り込むつもり? この小惑星帯じゃ、ぶつからないでいるのが精一杯よ」
そう。美月の言うとおりだ。しかも、敵はだんだん間合いを詰めてくる。
「ジョージ、後方シールドを最大に。おしりに火が着きそうだ」
「了解、シールドを後方に集中して展開」
さて、あんまり時間がない。旋回しようにも、周囲に小惑星が多すぎる。この宇宙艇では、後方に対して使える武器も無い。このまえのゲーセンの時みたいに機体だけ反転させたら、その瞬間にこっちが小惑星に衝突だ。困った・・。だが、状況は相手も同じだ。ちょっと間違えれば小惑星に突っ込んでしまうから、攻撃よりも操縦に集中せざるを得ない。うまく、相手の進路を妨害できれば・・・。
「美月、俺がミサイルを撃ったら、それを追い抜いて、前方の小惑星の間を抜けられるか?」
「ミサイルを追い抜くって、無茶言わないでよ」
「いや、こいつなら出来るはずだ」
「小惑星に突っ込んでも知らないわよ!」
「お前ならできる、大丈夫だ」
「死んでも恨まないでよね」
俺はミサイルを前方両側の小惑星にロックする。
「いいか、いくぞ」
「いつでもどうぞ。てか、いつでも同じよね。やるしかないなら」
「ミサイル発射、行けっ!」
「最大加速・・」
俺たちの宇宙艇はミサイルを一気に追い抜いて加速する。目の前にふたつの小惑星が迫ってくる。隙間は僅かだ。運を天に、いや美月に任せるしかない。その瞬間、すべてがスローモーションになったように感じた。不思議な感覚だ。とるべきコースがはっきりと見える。そして、美月も正確にそのコースに機体を乗せている。次の瞬間、俺たちは小惑星の隙間をぎりぎりで通り抜けていた。
その直後、追ってきたミサイルが小惑星にヒット。大量の破片を巻き上げる。そして敵の戦闘艇はそれに突っ込んでコースをはずれ、小惑星に接触して吹っ飛んだ。
「敵機、消滅を確認」
「やったの?」
「ああ、どうにかな」
「なんて奴だ、無茶しやがる。これが本物だったら命がけだぞ」
先生が後ろから叫ぶ。まぁ、本当にこんな状況は無いだろうけど・・。そもそも、これは実機を使ってのゲームみたいなものだから。これが本物だったら、最初から命がけだ。
「先生、自律制御系の連携誤差がほとんどなくなりました。もう大丈夫だと思います」
ジョージが声をかけてくる。
「よし、お遊びは終了だ。L2に戻るぞ。L2エリアコントロール、こちらP21、調整を完了、これから帰投する」
「P21、こちらL2コントロール。了解、コースを203,185へ」
なんとなく、このまえのゲーセンの延長みたいなシミュレーションもこれで終わり。また退屈な訓練に逆戻りだ。
「疑似障害物を消去。帰投コース、203、185へ。相対速度100Kまで加速、L2アプローチエリアまで3分」
「了解、帰投コースセット」
ケイのコールに美月が応える。
「推力10%、相対速度100Kまで加速」
操舵と推力制御を交替したまま、美月の操縦で俺たちはステーションにもどるコースに乗った。そして、また制御をステーションに渡して着陸。
「よし、一度、格納庫に戻って今の調整データを管理コンピュータと同期させておこう」
と、フランク。
「第3デッキコントロール、こちらP21、格納庫、スポット43へのタクシー許可を」
「P21、こちら第3デッキコントロール。タクシーを許可する」
「了解。格納庫へのタクシーシーケンスをセット」
俺たちの子馬(ポニー)は、ゆっくりと格納庫に引いて行かれて、スポットに着地する。
「システム、駐機モードに移行。管理コンピュータとリンクします」
ジョージが手際よくシステムを切り替える。駐機モードになると、機体の制御はデッキの管理コンピュータに渡され、集中管理される。管制から移動許可を受けるまでは、システムがロックされるので、勝手に機体を動かすことはできなくなる。
「よし、そのままみんな楽にしてくれ。とりあえず、君たちのおかげで、初期段階のデータ収集はうまくいったようだ。これから、この機体は一旦整備に回して、再調整することになる。今日の所はこれまでだが、またいずれ手伝ってもらうことになると思うから、その時はよろしく頼む」
「先生、これに乗れるんだったらいつでも、手伝いますよ」
「いっそ、これ、僕たちにもらえませんか・・・ってダメだろうな」
「さすがに、それは無理だ。まずは、普通にST1Bに慣れてもらわないとな」
「あーあ、これ乗った後に1Bじゃ、ちょっとモティベーション下がっちゃいますよー」
「情報処理能力に不安・・・」
まぁ、ゴネてもしかたがないのは分かっちゃいるのだけど、全員がそう言いたくなるのは無理もない。これとST1Bじゃ性能が違いすぎる。
「まぁ、そう言うな。いつも最新型の機体を使えるわけじゃない。旧型をうまく乗りこなせて、初めて一人前だと思え」
「そのとおりだ。お前ら!」
と、いつの間にか後ろに、例のコワモテ教師が立っている。
「さて、お前らの機体が整備から戻ってきたんでな。昼飯を食ったら、こいつのことは綺麗さっぱりと忘れて、機体の前に集合だ。いいな」
なんとなく気が重い。思い切りシゴかれそうな予感がするのだが・・・。それに、処理能力の足りないST1Bで、このチームが、というか美月がうまくやれるかどうかも心配だ。そのあたりは、ジョージ頼みなのだが、データの整理はできても、使える情報は大幅に減るだろうし、機体の反応も天地の差だろう。まぁ、それが本来の実機演習だから、いたしかたないのだが、なんとなく超一流レストランの前菜のあとに、安レストランのメイン料理がでてきたような気分になる。
「とりあえず飯にしようよ、お腹すいたよ」
「そうですね。食事をして午後に備えましょう」
俺たちは、後ろ髪を引かれながら、ST2Aから降りて、学食に向かおうとする。
「そうだ、エイブラムス、ちょっと残れ。話がある」
後ろからフランク先生の声。もしかして、遅刻のお説教だろうか。
「先に行っててくれ、僕はお説教を聞いてくるから」
ジョージもそう思ったらしい。頭をかきながら先生の所に歩いて行く。そういう意味では、俺も同罪のはずだが、呼ばれたのはジョージだけだ。ちょっと悪い気もするが、とりあえず俺たちは先に学食に向かった。
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