Chapter 77. 天王洲激震
絡み合いながら錐揉む二つの影は、どちらからともなく空中でサイズを増した。地球の人間とそう違わない大きさだったキリエスとロプターが、五秒とかからぬうちに身長四〇メートルまで巨大化する。
次の攻防で先手を取ったのはロプターだった。
キリエスとしては、人家のない山奥――それこそ奥多摩の特別環境管理区域にでも運んでやるつもりだったのだ。しかしロプターはそれを嫌った。銀の腕を振り払った魔人が急降下し、コンクリートを跳ね散らしながら地に降り立つ。
やむなく追ったキリエスは、あたりを見回すが早いか心の
(天王洲で戦うのは避けられなかったか)
(仕方ないわ。勝てばいいのよ)
即座に己の内面から答えが返る。人間ならばまず経験することのない感覚なのだろうが、今の自分はもう、これにも違和感を覚えることがなくなってしまった。
「ZeeAh!」
踏み込む。
キリエスが気迫とともに放った正拳突きを、ロプターは体重移動とステップでいなした。流れるように腕を取って組みついてくる。
普段の訓練で周防がこれほどのキレを見せたことはない。鈍色の魔人ロプターとなった彼は、敵対者を嘲笑うかのような華麗な術理でキリエスを押さえ込もうとする。
「邪魔をしないでもらいたいな、キリエス」
飾り羽根のようなキリエスの耳に、至近距離から粘性を帯びた声が届いた。
「もっとも――」
ロプターの手に力がこもる。
「出てきてくれたのはありがたかった。僕の目的を達するためには、君とこうして見えることが不可欠なのだからね!」
「Mu――」
キリエスは後方に突き飛ばされてたたらを踏んだ。そこに追撃が飛んでくる。ロプターの左手が赤く燃え、光球が連続して撃ち込まれた。
刹那の判断で、キリエスは目の前に障壁を発生させた。
銀色の巨人をめがけて次々と破壊光弾が殺到し、その寸前で光の盾に阻まれて爆ぜる。
(あの光球は強力よ。キリエスのバリアといえども、いつまでも防ぎ続けることはできない)
(大丈夫だ)
意識にこだまする少女の思考に答えるように、和泉は――キリエスは両腕へとエナジーを送る。
(だてに今まで変身してきたわけじゃない。俺にどんなことができるのかくらい、体でわかってる!)
爆音が途切れたタイミングで、障壁を消した。
「Ha! SyeAh!」
左手から矢継ぎ早に光弾を発射する。赤と青の光が空中でぶつかり合い、相殺。ひときわ大きな爆発が起こって、黒煙が運河沿いの街を覆い隠した。
半呼吸の間の後にロプターが見たのは、熱波を切り裂いて飛び込んでくる、右腕から光刃を伸ばしたキリエスの巨影。
「SeeYahhhhh!」
「くおっ!」
ロプターは自らも抜剣して応戦しようとする。
キリエスが手甲状の器官から出現させた蒼光の剣に対して、ロプターのそれは凶兆を告げる月のような朱だ。
二人の巨人がまったく同時に刃を振るう。
技量もエナジーの強さもほぼ互角――であれば体勢の有利なほうが勝つ。勢いの乗ったキリエスの突進を受けきれず、ロプターの赤い光剣が半ばからへし折れて宙に溶ける。
「く……ふふ、さすがにやるね。人類の守り手として怪獣や宇宙人を退けてきた君が相手では、どうやら今の僕ではブランクが大きすぎるみたいだ」
二の太刀を振るわれるより先に後退したロプターが
そのとき、空の向こうから漆黒の機影が追いかけてきた。
レーベンだ。
機銃の弾をばらまきながら、二機が立て続けに横切っていく。
視線を向けたキリエスは、レーベンの垂直尾翼にSSS-Uの隊章がペイントされていることを見て取った。さらに目を凝らしてみると、二機とも操縦席と後席が埋まっていることもわかった。
(皆……全員で援護に来てくれたのか)
空中で鋭くターンを切ったレーベン一号機が、主翼の下に懸架していたミサイルを射出する。
ロケットの煙が白い尾となって弧を描き、一散に魔人を目指して伸びてゆく。
ロプターはしっかりと反応した。
飛び来るミサイルに左手を
「惜しかったねえ」
ふ、とロプターの口元から吐息が漏れる。そのときキリエスは、「あんたがな」という山吹の声を聞いた気がした。
レーベン一号機のコックピットの操縦席で、山吹は今まさに、野の獣が牙を剥くかのごとき獰猛な笑みを浮かべているはずだった。
爆発の炎を割って無傷のミサイルが飛び出してくる。
シールドミサイルだ。
惑星ネリヤの技術を流用して製造された、ミサイルに防性力場を纏わせて発射する超兵器。かつての強敵を難攻不落たらしめたシールドの堅牢さは、ロプターの光球の破壊力さえ上回ってみせたのだ。
ミサイルがロプターの懐に飛び込み、直後に爆音があたり一面に響き渡った。
衝撃に煽られたロプターの巨体がたたらを踏んで、しかし堪えきれずにもんどりを打つ。倒れ込んだ先にあるのは、無人となった天王洲アイル駅の連絡通路だ。
人間のために建てられた構造物が、三万トンを超える魔人の体重を支えきれるはずもない。ほとんど何の抵抗もなく崩落し、瓦礫と粉塵を噴き上げる。
(今よ!)
(ああ!)
キリエスの胸裏に、寒原村で最後の一撃を放ったときの感情が蘇る。
コードネーム・ノスタルガ――小柳恭哉がレキウム汚染によって変異してしまった異形の姿。誰よりも村を愛した男は、頽廃の光に身を焼かれながら、一匹の怪物として死んでいかねばならなかった。
彼の無念を、晴らす。
(副長……いや、ロプター。あんたが何を考えて虚素の真実を追い求めていたのかは知らない)
ふらつきながら立ち上がるロプターを正面に捉えて、キリエスは両腕の間に激しくスパークを迸らせる。
(けど、目的が何であれ――)
こちらの動きを察したのだろう、ロプターも両腕にパワーを溜めはじめる。
キリエスの光は己が魂を源泉とするものだ。ならば同じく高次元からの来訪者であるロプターのそれも、魂を削って絞り出す輝きなのだろうか。
蒼と緋。ふたつの光輝が極限に達して――
(――あんたのことは赦さない!)
両者が腕を突き出すとともに、奔流となって宙を駆けた。
光線と光線が激突し、干渉しあった力が渦を巻いて天へと昇る。あまりにも莫大なエネルギーに、戦場となった東京の大気のみならず、空間が、三次元の世界そのものが激しく震え鳴動した。
威力はまったくの互角。
だが、キリエスはすでに確かな手応えを得ていた。
(俺は、ひとりで戦っているんじゃない……!)
思いに応えるかのように、二機のレーベンが残りのミサイルをすべて解き放つ。
光線のぶつかり合いに全ての力を振り向けているロプターには、この瞬間、いかなる対処も不可能だ。
ロプターの体が爆風に打たれ、紅の光線が途切れた。
「ZeeYaahhhhhh!!」
キリエスが咆哮する。胸の中心で清くきらめく結晶体から、銀の肌を彩る紋様を通って、さらなる力が左右の手へと流れ込む。
蒼い光線が勢いを増した。
瀑布となったエネルギーがロプターへと殺到する。断末魔の声すら呑み込んでゆく。
空を焦がすような大爆発。
周囲の酸素が一斉に消費し尽くされたのだろう、火勢は長くは続かなかった。
鎮まりゆく炎の向こうに見えるのは灰燼と化した天王洲のビル群の跡だけで、ロプターの肉体は残骸すらも見て取ることはできなかった。
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