Chapter 66. 寒原村
「――そもそも、」
東京湾の洋上にそびえる人工島、
「どうして管理区域指定を外すことになっちゃったんです? 有害物質とか放射能ならリスクが高いか低いか判断もできるだろうケド、
「研究セクションのやつらが聞いたら泣くぞ」
藤代はコーヒーを一口飲んで苦笑、
「まあ、簡単に言えば政治筋からの働きかけだな。元を辿れば被災者からの要求だ、現実に侵食係数が無害なレベルまで落ちている以上、はねのけ続けるのはどのみち難しかったろう」
「ありゃ……当時そんなことになってたんデスか、こっち」
サクラはときおり、日本について「こっち」という表現を選ぶことがある。これは彼女が米国育ちであるためだ。
二年前、エイリアンによるサイバーテロへの対策として専門家を欲していた藤代は、シリコンバレーに勇名を轟かせていた「Cherry Blossom」なるハッカーと接触した。それがサクラ・ノードリーだった。
寒原村を巡る議論が盛り上がっていた時期は、サクラの身辺がECHOへの入隊のために慌ただしくなっていた頃と重なる。彼女にしてみれば「そんなニュースに注意を払う暇はなかった」といったところか。
「あのとき下手に粘っていたら、世論が『ECHOへの分担金の供出を留保しろ』という方向に振れていた可能性もある。落としどころとしては無難な線だった……と、考えなければならん」
「そのわりには隊長、納得してない感じですけどネ」
「一度レキウム汚染された地域が無害レベルまで自然回復するというのは……前例がないからな」
納得していないという言い方は正確ではない。事実としてレキウムは観測されなかったのだ。被災者が故郷への帰還を求める気持ちを否定することなどできないし、管理区域指定の解除という結論は実に妥当というほかあるまい。
が、安心すべきではないとも思う。
その証拠に、復興支援団体のベースに外国人が頻繁に出入りしているのだ。
管理区域がECHOの管轄であることを思えば、これはまったく偶然ではない。そこが管理区域でなくなればECHOは排外的に権限を行使できなくなり、各国お抱えの研究チームが大手を振って歩き回れるようになるからだ。
集まってきた研究者の中には、農作物や野生動物の調査はもちろん、作業に勤しむ人々の健康データを記録している者もいる。
これから何かが起こるかもしれない――そういう想定をしているのは、藤代や参謀本部ばかりではないのだ。
「ナルホド……ところで隊長」
「何だ?」
「イズミンは慰霊式だとして、副長のお休みはなんでです?」
「知らん。休暇をとる理由なんて詮索するものでもないからな。休み明けにでも本人に直接訊いたらいい」
「えー? でもイズミンのは知ってたじゃないデスカー」
「あいつは自分から言ってきただけだ」
手薄と言えば手薄だが、そう深刻な問題にはなるまいと藤代は踏んでいた。足を使っての捜査活動ならば
「二日間かぁ。ひょっとして副長も寒原村だったり?」
「まさか……」
藤代は否定しかけて、あながちあり得ない話でもないことに気づく。
宇宙人との交信を専門分野としながら、古代生物や地域史についての知見をさらりと披露してのけるのが周防
「――まぁ、ないですよねえ」
サクラが冗談めかして笑う。
「もし一緒に行くならイズミンがそう言ってますもんね」
「……それもそうだな」
そのとき、壁にかかった時計が十五時十分を指した。
休憩の終わりの時刻であった。
「さて、無駄話はやめだ。仕事に戻るぞ」
「ハーイ」
サクラの軽い返事を聞きながら、藤代は自身のタブレット端末のディスプレイに目を落とす。
映し出されているのは、シールドミサイルの本格導入を検討するための書類だ。あの武器を実戦で使用した部隊はSSS-Uをおいてほかにない。どんな意見を出すのであれ、責任は重大だった。
自動ドアが開いて山吹と唯が戻ってきた。藤代は顔を上げ、山吹をデスクの前に招き寄せる。
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