第九話 まぼろしの故郷

光斑怪獣 ノスタルガ 登場

Chapter 65. 始まりの地へ

 十一月ともなれば北国でなくとも肌寒い。


 冬用ウェアを新調してきたのは正解だった――バイクにまたがって冷たい山風を受けながら、和泉いずみしんはそんな思いを噛みしめた。


 ゴーグルの向こうに広がる景色はずいぶん前から変化らしい変化をやめている。あたりに人家らしき建物はなく、ただ鬱蒼と茂った木々が延々と続くのみ。沿道を歩く者は一人たりともおらず、たまにすれ違うダンプやトラックを別にすれば対向車すら来ない始末だ。


 峠に差しかかって、和泉は減速しながら車体を傾けた。カーブを曲がりきってしばらく走ると、左手に看板が見えてくる。


 ――寒原かんばら村、この先四キロメートル。


 辛うじてそう読めた。看板には欠けている角もあれば穴のあいた箇所もある。塗装もすっかり色褪せていて、修繕されないまま過ぎ去った月日の長さが窺えた。


 無理もない。


 寒原村は、もう十五年も前に打ち捨てられているのだから。


 ――七・一七。


 和泉の脳裏に村の最後の光景が浮かんだ。黄昏色に輝く霧の中から、こごるようにして実体を現した巨大な影。のちにECHOエコーによって「ゲルミル」とコードネームを振られることとなるその怪獣は、口から噴き出す火炎で家屋を焼き払い、体から放散する侵食元素で土地を汚染し尽くしてしまった。


 ――そして、俺は初めてキリエスと出会った。


 燃えさかる空と大地の狭間でこちらを見下ろす銀色の巨人。


 あれこそが今の自分――ECHO隊員にしてキリエスの依代よりしろ、和泉眞の原風景なのだと思う。


 寒原村が終わった日にこそ自分の運命が廻り始めたのだ。皮肉なものと言うほかない。


「……っと、この道だったな」


 前方。村の跡地へと続くはずの分岐が見えた。和泉は回想を断ち切ってバイクの車体を隘路あいろにねじ込む。


 道脇のガードレールが赤褐色の錆に食われつつある。やはり放置されて久しいものと見て取れるが、路面そのものには新しく補修を施した痕跡があった。先刻からときおり見かける資材搬入車も、この道を通って往復しているのだろう。


 そう――資材の出入りが行われている。


 侵食係数が基準値を下回った二年前を境に、あたり一帯は特別環境管理区域の指定を外された。以来、NPOやボランティアを主力として復興活動が進められているのだ。


 その活動の最初の成果がちょうど出ようとしている。


 成果を指し示すものは、バイクのリアボックスに収納したザックの中にしまわれている。


 慰霊式典への入場チケットである。


 つい先週に落成したばかりだという資料館で、明日、災害の犠牲者をしのぶ集会が開かれる予定なのだ。


 ――いつか故郷に向き合うときが来たら、


 沖縄で異星の少女から受け取った助言が胸に蘇った。キャリル・メロ・ネリヤカナヤ。星を再建するという夢を語って地球を去っていった彼女は、いまごろ愛機とともに星間宇宙を航行している最中だろうか。


「自分の心に正直になれば、後悔しない……か」


 つくづく金言だったとしか言いようがない。


 避難先で生活するようになってからというもの、故郷に関わることからずっと逃げてきた。復興作業が始まったという知らせが舞い込んでも、自分のやるべきことは他にあるはずだと無視した。


 意識してのことか無意識の要請だったのかは自分でもわからない。もはや何をしても失われた命が帰ってくることはないと理解していたためかもしれないし、あるいはそのことを直視したくなかったせいかもしれない。


 だが、魂を鎮めるために祈ることくらいは、できる。


 和泉はアクセルを回し、バイクを制限速度いっぱいまで加速させた。

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