第七話 鳥が来た

暴風怪鳥 コルドラー 登場

Chapter 49. 雲海をはばたく

 暗い灰色の雲が連綿と空を覆っていた。


 漆黒の機体色をもつレーベンは、夜間飛行においては極端に目立たない。新調した機体のコクピットで、山吹やまぶきりょうはひとりレーダーに視線を落とす。


 二つの光点が空域を離脱してゆく。


 F-15Jイーグル。


 山吹にとっては懐かしい、航空自衛隊の所属機だ。


 日本領空に近づく飛行物体を察知してスクランブルした彼らが、「相手は航空機ではない」と結論づけた。その結果、新しい相棒の調整を終えたばかりの山吹が発進する運びとなったのだった。


 雲海に潜む謎の飛翔体は、三つめの光点として今もレーダーに記されている。


「コマンドルーム、こちら山吹。自衛隊機から状況の引き継ぎを完了した。これより目標に接近する」


 山吹は機体を傾けて、キャノピーの向こうを睨み据えた。


 雲の奥、巨大な影が透けて見える。


 が、光量もなければ雲もぶ厚い。たしかに何かが飛んでいることはわかるが、その正体を見極めることができない。


 山吹は念のため、対異文明用IFFを作動させた。空自が航空機でないと判断した以上、異星人の円盤ということはあるまい。しかし、自力で飛行できる知的生命体の可能性は未だ残されている。もしそうなら、素数の知識を応用して電波を返してくるはずだ。


 だが、やはりと言うべきか、いくら待っても返答はなかった。


「――山吹だ。コマンドルーム、威嚇射撃をしていいか」


『はいはーい、コマンドルームよりブッキー隊員へ。たった今、藤代ふじしろ隊長から発砲許可出たよ』


 ECHOPADエコーパッドから場違いに脳天気な声が響いた。


 いかにECHOエコーが通常の軍組織でないとはいえ、ここまで自由なふるまいをするのはサクラ・ノードリーくらいのものだ。彼女が来たばかりの頃は辟易させられた山吹だが、最近ではずいぶんと慣れていた――諦めたとも言うが。


「……ブッキーはやめろ」


 呼び方にだけは抗議しておく。


 山吹はレーベンを加速させて雲中の飛翔体に追いすがると、機銃のトリガーに指をかけた。


 突然、雲が激しく波打つ。


 灰色の海がうねり、大きなものがせり上がってきた。あまりにもサイズが非現実的すぎて、それが何であるかを認識するのに幾許いくばくかの間が必要だった。


 翼だ。


 巨大な鳥の翼がはばたいているのだ。


「――コマンドルーム!」


 応答を待たずにまくし立てる。


「目標を視認した。怪獣だ。攻撃許可を!」


 ECHOPADの画面の中で、サクラが即座に後方を振り返る。数秒のやりとりの後、彼女はこちらに向き直って親指を立てた。


『攻撃許可、出たよ!』


「了解。――二〇ミリ機関砲、発射!」


 機首に備えつけられた四つの砲門、その内側の二門が猛回転する。タングステンのシャワーが敵影めがけて撒き散らされ、黒雲の隠れ蓑を引き裂いてゆく。


 あらわになった鳥の姿に目を凝らしたとき、肌の粟立つような感覚が山吹の頭をかき乱した。


「あいつは……まさか!」


 神経を集中し、ひとつひとつの特徴を執拗なまでに確かめてゆく。


 全体のシルエットとしてはコンドルに近い。体長はこちらの倍を上回り、翼開長に至っては百メートルを下るまい。おそらく体色は濃いブラウンで、首のまわりを輪状に取り巻く白い体毛だけが闇の中で際立って見える。


 ――間違いねえ。


 自分は、この鳥を知っている。


 一切の迷いなく、指がミサイルのトリガーにかかる。機銃やレーザーで殺しきれる敵ではないと、山吹の記憶が告げていた。


「短射程ミサイル、発――」


 引き金を絞ろうとしたとき、怪鳥が金切り声をあげた。


 首元の白いリングが光ったように思えた。


「――ちいっ!」


 山吹が本能で操縦桿を倒した次の瞬間、あたりが二度、三度と閃光に包まれ、鋭い音が空域全体を揺るがした。


 稲妻が迸ったのだ。


 マヌーバを行うのが半秒遅かったら、レーベンごと雷に焼かれていたことだろう。


 山吹が再び標的に目を戻したとき、視界には一面の雲しかなかった。すぐさまレーダーに目を移すが、雷のせいか機材の不備か、画面は沈黙していた。


 雷鳴だけが唸り続けていた。


 悪態とともにコンソールを殴りつけた山吹の唇が、地獄の底から響くかのような呻きを漏らす。


「来やがったな、……!」

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