Chapter 47. ウイニングショット
「ZeAaah!」
蒼光が奔流となって空間を薙ぐ。
ティマリウスの斜め上方から降り注いだ光線が、鋼の馬体の背に直撃する。
天文学的な熱量を一身に浴びながら、しかし黒金の殺戮者はシールドを張らなかった。キャリルの目にはそれが、憎たらしいほど冷徹な判断として映る。シールドをキリエスの側に回せばシグナが正面から弱点を狙う――あいつはそのことを読み切っているのだ。
金属を擦り合わせたようなティマリウスの咆哮。稲妻が大気を焦がして迸り、キリエスの肩口を撃った。
空と大地で爆発が起こる。
キャリルと興一の眼前に、キリエスの体が落ちてくる。岩や樹木の破片が混じった土煙が濃霧のようにあたりを覆い、その中で巨人は辛うじて身を起こす。
荒い息遣いと、時を追うごとに速さを増す鼓動音。限界が近いことを匂わせながらも、闘志を宿す双眸は未だ
土色の
「……マジか。あれで倒れねぇのかよ」
キリエスの光線が直撃したにもかかわらず、ティマリウスは健在だった。
黒く輝いていた装甲が、背中から腹にかけて広範囲に赤熱している。立ち上る
「おい、あいつ弱点とかねえのか?」
「腰のあたりにハッチを塞いだ痕があるよ。そこだけは脆いはずなんだけど……」
興一が舌を打つ、
「バリアが鉄壁すぎんだよ。何かねえのか、何か――」
打開策を求めて
「……これさっき電気流れたよな。ってことはただの鉄の塊じゃねえんだな?」
「え――うん、違うけど」
キャリルには興一が何を言いたいのかわからない。
興一の見立てどおり、もちろんスタンボールは単なる鉄の塊ではない。敵機を無力化するための放電装置を金属の殻で覆って芯とし、まわりを特殊なカーボン樹脂で固めることでスタンボールは出来上がる。すべてを金属製にするより重量も電導性も抑えられるからこそ、暴徒鎮圧用の装備として機能するのだ。
キャリルがそのことを説明する間に、興一はスタンボールをシグナの左手で拾い上げていた。
「なら構造は似たようなもんだな。あとは隙さえできりゃ……」
そのとき、猛然とティマリウスに襲いかかった者がいた。
空を疾駆する機影――レーベン一号機だ。
キャノピーが割れているのがわかった。操縦席のあるべき位置はぽっかりと空虚で、遠くの山中へとパラシュートが降下してゆくのが見えた。
「機体を棄てたの!?」
キャリルはパイロットの判断と、それを許した指揮官の度量に舌を巻く。
彼らはきっと、こう考えたのだ。
武装が一つとして通じず、機体そのものにも異常が生じた今、もはや飛び回っていても満足な援護はかなわない。
ならばいっそ、まだ数時間は航続していられるだけの燃料をタンクに残し、主翼下に二発のミサイルを抱えたままの戦闘機を、まるごと最大加速で一直線に突っ込ませてはどうか――と。
これまでレーベンの攻撃を端から無視していたティマリウスが、初めてシールドを張った。
レーベンの機首がシールドに触れる。
静寂が凝縮し――轟音。
烏色の翼が木っ端みじんに爆砕した。
焔が黒煙を巻き込んで渦巻き、ティマリウスの正面を包み隠してゆく。それはすなわち、視覚センサーも熱センサーも、今だけはこちらの動きを捕捉できないことを意味していた。
「よしッ!」
興一が快哉を叫ぶ。その口角が見る間に吊り上がり、
「思ってたのとはだいぶ違う形になっちまったが……キャリル、約束のもんを今見せてやるよ」
「約束のもの?」
「よく見とけ。こいつがオレの――」
興一はスタンボールを握ったまま、両腕を大きく頭の後ろへ振りかぶる。
右脚がぐいと上がり、体重が左足一本に乗った。前方に背中が向くほどまでに上半身が捻られ、腰を軸として総身のバネが引き絞られた。
キャリルの網膜にほんの一瞬、興一のユニフォーム姿がよぎる。
「――決め球だッ!!」
興一の体が竜巻のように回転した。
シグナの指からスタンボールが離れたのと、ティマリウスの視界を覆っていた爆煙が吹き消えたのが同時だった。
ティマリウスはシールドを張り直さなかった。その必要もなかったというのが正しい。興一の投げたスタンボールは、先程のレーベン同様に、シールドめがけて真っ直ぐに迫っていくように見えたからだ。
そして、それこそが興一の仕掛けた魔法だった。
ボールが、急速に落ちた。
焔と煙にセンサーを遮られていたティマリウスには、シグナがどのように球を握っていたかも、どんな体勢で投げたかも確認できなかったはずだ。――否、たとえ確認できていても、予測した軌道の変化に機体が対応できたかどうか。
興一の投球を完璧な精度でトレースしたシグナのフォークは、一切の反応を許さぬほどに速かった。
大気を震わせる破砕音。
シールドを避けた硬球がティマリウスの胴にめり込んだ。
「ざまあ見ろヘタクソ! 蒲生ならこのくらい捕ってるぜ!」
黒い金属片が宙に舞い散る。
キャリルの予想したとおりだった。いかなる攻撃も通さないかに思われたティマリウスの重装甲も、ただ一点、メンテナンスハッチの跡だけは脆弱さを克服できなかったのだ。
スタンボールが電撃を発する。装甲が剥がれた箇所から直接注がれた電流は、たちまちティマリウスの内部を駆け巡って全身へと浸透した。黒く輝くボディの至るところで滝のような火花が弾けた。
それでもティマリウスは倒れない。
半人半馬の体が力強く大地を踏みしめ、竜を模した首から上がスピンをはじめる。回転の速度はみるみるうちに速くなり、四秒を数える頃には赤い単眼が一本の線に見えるほどとなった。
鋼の顎門が開かれる。
災厄を排する裁きの雷が、三六〇度にわたって狂ったように放たれる。
「げっ――」
興一が反射的に仰け反る。シグナの足元がおぼつかなくなり、バランスを崩しかけたところに雷撃が容赦なく降り注いだ。緩衝ジェルで殺しきれなかった衝撃がコントロールブロックまで届き、球状の部屋全体を縦横にシェイクした。
キャリルは壁に固定されたラックを掴んで揺れを堪えた。とっさにスクリーンを見上げる。
シグナのメインカメラの視界を遮る、銀と蒼の色彩。
「KuOoooh...」
キリエスだ。水面のごとく波打つ光の障壁を張って、乱射される雷からこちらを庇ってくれている。
その両腕がまばゆい煌めきを宿し、
「ZeeiAaaa――――h!!」
敵のほうへと突き出された瞬間、溜め込まれたエネルギーがスパークを散らせた。
――二発目!?
驚愕に目を瞠るキャリルをよそに、光線が雷撃を蹴散らしながらティマリウスへと邁進する。
ティマリウスは攻撃を諦め、今度こそシールドを発生させて守りに入った。だが出力が乏しい。スタンボールの電流が内部にダメージを与えたのか、発生した盾からは鉄壁の強度が失われていた。鉄砲水のように押し寄せるエネルギーに耐えられず、だんだんと亀裂に蝕まれてゆく。
『警告する――』
ティマリウスの眼が赤く点滅する。
『生命の存続する宇宙が持続不能に陥ることは、当機の計算によって立証されている。君たちが知性を有するならば、ただちに反逆を止め――』
「ZeeYah!」
聞く耳持たぬとばかりにキリエスが攻勢を強めた。光線が明るさを増し、ティマリウスのシールドのヒビをさらに広げる。
いける、とキャリルの心が昂ったのは一瞬だけだ。
キリエスは消滅しつつあった。
満身創痍の銀の巨人は、光の粒子と化して風の中に溶けようとしている。結晶体から鳴り響く鼓動の音は早鐘の域をとうに超え、ひとつの連続した音のように聞こえる。時間とともに透けてゆく身体を、己が魂を振り絞るようにして現世の空間に引き留めながら、なおもキリエスは光を両腕へ送り続ける。
シールドが砕けた。
もう遮るものはない。蒼光がティマリウスの竜頭を灼いた。
「今だ! 突っ込むぜシグナぁっ!」
興一の合図に応え、鋼の騎士が地を蹴りつける。力を使い果たして膝をつくキリエスの頭上を越したところでスラスターに点火。コントロールブロックが加速の衝撃を受けて静かに震える。白い機体が水蒸気の雲を
ティマリウスの右手が反応する。
が、その凶剣が振るわれるよりも早く、興一はこちらの左腕を回し込んだ。ティマリウスの肘から先を、シグナの脇が締め上げる。
そして興一は、天井のスピーカーに向かって大声で命じた。
「右腕のロック外せッ!」
シグナは異論を挟まなかった。ガチャリと短い音が鳴って、コマンド用のプロテクターが興一の右腕から自由になった。
興一が腕を振る。
プロテクターが勢いよく飛んでくる。
「使えキャリル!」
キャリルは渾身の力で跳躍した。滞空するうちにプロテクターを顎と膝とで挟み取って固定、右腕を突っ込んで装着まで終える。山猫のように身を翻して、操縦ブースのど真ん中、興一の隣に着地する。
シグナとリンクした右腕を、ティマリウスの胴体に押しつける。黒い装甲の剥がれた傷痕。興一が作ってくれた突破口。
この距離なら、ティマリウスはシールドを起動できない。
「たぶん計算は正しいよ。でも――」
シグナの前腕が変形し、多連装ランチャーを露出させる。
「冷たい宇宙に意味はないんだっ!!」
六つの砲門が獣のような咆哮をあげた。
密着状態から撃ち出された破壊の嵐が、心なき神の腹を食い破っていった。
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