Chapter 38. 葦原興一は断れない
引き返さなかったということは、まだ捜索を諦めていないらしい。
――まあ、当然そうなるわなあ。
得体の知れないメカが島近くの海上に現れ、そのまま忽然と消えた。戦闘機のパイロットたちの認識は大方そんなところだろう。しばらく留まって警戒するという判断は実に真っ当だ。
「どうすんだ? これじゃ出て行けねえだろ」
「ボクたちだけ出ることはできるよ。岩壁のあたりに亜空間ゲートを繋ぐ。いつもそうやって出入りしてるんだ。ただ……」
「ただ?」
「相手が
だから? という顔を興一はする。
「せっかくだからここでコンタクトとっちゃいたいけど、ボクが正直に宇宙人ですって名乗り出るのマズイよねやっぱり」
「たぶんな」
あまり詳しくは知らないが、たしかSSS-Uというのは日本支部きっての精鋭部隊……みたいな連中だったはずだ。
問答無用で拘束しにかかってくることは流石にないだろう、などと楽観できるのはあくまでも普段ならばの話であって、東京のエイリアン騒ぎが記憶に新しい今はとびきり時期が悪い。
「だよね。――実はボク、島に来たばかりの頃、情報集めようと思ってあの人たちの基地のコンピュータに忍び込んでさ」
「は?」
「絶対捕まらない自信はあったんだけど、むこうの腕が予想より良くって……最後はシグナの演算速度に任せてどうにか逃げ切ったんだけど、居場所はともかく『誰かがハッキング仕掛けてきた』とは気づかれちゃってて」
絶句、
「あの人たちからしたら『ようやく尻尾を出しやがったな』って感じだと思うんだよね」
「いや、何やってんのおまえ」
せっかくちょっと見直しかけていたのに。機械の扱いや社会のありようについては一家言あるらしいキャリルだが、やっぱりこいつの頭は肝心な部分のネジがごっそり外れているらしい。
シグナが飛ばしたドローンからSSS-Uの映像が送られてきた。総勢四人。輪を作るように立ち、何事かを話し合っている。
「声は拾えねえのか?」
「もっと近くまで行けば聞けるけど、気づかれちゃいそうだから……あ、でもほら、ズームで顔は見られるよ」
ドローンの撮影モードが切り替わり、隊員たちを一人ひとり順番にクローズアップした。
まず、メガネをかけた痩身の男。どちらかといえば研究室でフラスコでも振っているほうが似合いそうな風貌だが、よく見ると彼だけ制服にラインが入っており、四人の中では最も上席なのだとわかる。
次に、髪を短く刈り込んだ
三人目は女だった。機内ではヘルメットに詰めていたのであろう濡れ羽色の髪をおろし、首の後ろで一本結いに纏めようとしている。かなりの美人ではあるものの、切れ長の目と薄いくちびるからは抜き身の刀のような印象を受ける。
カメラが最後の男を映したとき、キャリルが「あっ」と声をあげた。
「シン・イズミ!」
「なんだよ、おまえECHOに知り合いがいるのか? だったらわざわざ危ない橋渡らなくても直接聞いたらよかったじゃねえか」
「ああ、だからその、ハッキングしたときに個人情報を抜かせてもらっただけなんだけど」
「……おまえが勝手に知ってるだけね。で、この兄さんがどうかしたのか?」
「最初に会うのは彼にしようって決めてたんだ」
興一はもう一度スクリーンに視線を戻す。
なるほど、他の三人と比べればまだしも無難というか、温厚そうな顔つきをしてはいるが……。
「いいのか? 見た感じあの中じゃ一番若いぞ。メガネの人のほうが話通しやすくねえか」
「いや、イズミでいい……っていうか、イズミがいいんだ。経歴からいって、彼ならボクの言うことを信じてくれると思うから」
そこで唐突に、キャリルが興一の右手を握った。
「コーイチ、お願い。ボクを助けて」
その瞳は真剣で、これまで彼女が見せたどの表情よりも重い気迫を放っている。
「シグナだけじゃティマリウスとは戦えない。ECHOの協力が必要なんだよ」
「ティマ――なんだって?」
「あとで説明する! とにかく、ボクをイズミに会わせてほしい。彼をここに呼んでもらいたいんだ」
耳を疑った。こいつは一介の中学生男子に何を期待しているのか。
「できるわけねーだろ! 誰か他の大人に――」
「コーイチしかいないんだよう! ねえお願いだよ、ボクにできることならコーイチの頼みだって何でも聞くからさ」
圧力に負けた。
「――だああーっもう!」
興一は空いたほうの手で激しく頭を掻きむしり、
「行ってやるよ、行ってやるとも! だから何でもとかそういう事を軽々しく口にするんじゃねえ!」
右手を振り払って立ち上がる。コントロールブロックの出口に向かおうとしたところで、どん、と体に強い衝撃が走った。
覆う布のない背中に、柔らかいものが当たる感触。
首筋に息がかかった直後、感極まった声が、
「ありがとーっ! コーイチ、大好きっ!」
「そういうところだって何遍言ったらわかるんだよおまえはぁぁっ!」
この先ずっと、キャリルのお願いは断れないのかもしれなかった。
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