Chapter 39. ターゲットは和泉眞

 キャリルに説明されたとおり、亜空間ゲートの出口は島の岩場に通じていた。


 興一は真っ先に、岸に置きっぱなしにしていた衣服と通学鞄を回収することに決めた。半裸の人間なんてこの季節の海辺では珍しくもないが、いくらなんでも人に会いに行くのはためらわれる。


 特に、ECHOエコーの隊員相手に宇宙人の肩を持つような場合には。


 シャツに袖を通そうとして、ふと、ずぶ濡れの下半身が気になった。


「こっちも替えちまうか」


 鞄から野球チームのユニフォームを引っ張り出して上下とも着替える。さすがにパンツの替えはないので多少の気持ち悪さは残るものの、端から見て一番違和感のない格好だと思う。


 ズボンをぎゅうぎゅうに丸めてシャツで包み、鞄の隅へと突っ込もうとしたとき、妙に篭もったシグナの声がした。


『興一、出してください』


「――っと、そうか。悪い悪い」


 興一はズボンをしまう手を止めて、そのポケットから小さな球体を解放する。球体は折り畳まれていたプロペラを展開すると、興一の掌を離れて宙に浮かんだ。


 ECHOの隊員たちのもとに放ったのと同型のドローンである。心強いことに、シグナが一機をこちらのサポートに回してくれたのだ。


「……今更だけどよ、スピーカー機能なんかついてるんだったら、向こうのドローン気づかれたほうがよかったんじゃねえの? おまえが和泉いずみとかいう兄さんと話せばいいだろ」


『使者がヒトの姿をしているか否かで相手に与える第一印象に差異が生じる、とキャリルは考えています。その点、私の体は不向きですから』


「本人じゃないって時点で第一印象もくそもねえと思うけどな」


『まず興一が接触することで、キャリルが地球人と友好関係にあることをアピールする効果も期待できます。私からもお願いします』


「私っておまえAIじゃねえか。……まあいいや、もう引き受けちまったんだしな」


 興一は今度こそ荷物を鞄に詰め込むと、道路まで戻り、島の西側へと向かう路線バスに乗った。


 興一も含んでのことなのだが、島民が「島がせまい」と言う場合、それは「本土や本島の都市部と比べて市街の規模が慎ましい」という意味であることが多い。単純に面積の話をするならば離島としてはかなり大きいほうであり、徒歩で島を横断しようとしたら少々どころではなく骨が折れるのだった。


 四〇分ほどバスに揺られた頃、天体観測所が見えた。


 興一はバスを降りると、周囲に誰もいないのを確認して停留所の裏に回った。ポケットからシグナの分身を引っ張り出す。


SSS-Uトライエス・ユニットの人たちは今どのへんだ?」


『三十三分前に建物内へ入っていったことを確認しています。追跡用のドローンは正門を撮影できる位置で待機していますが、四人ともまだ現れていません』


 つまり、観測所の中にいるということだ。


「あそこ観覧料いくらだっけなぁ」


『入館するのですか?』


「ここで待ったって、あの兄さんが出てこなきゃ何もできねえじゃねぇか。こちとられっきとした住民なんだ。堂々と行って探すほうがいいだろ」


 結果から言えば、観覧料は中学生ひとり五百円だった。


 あとでキャリルに請求してやろうと思う。




 天体観測所の一般公開スペースは大きく二つの区画に分かれる。宇宙探査局――この施設の運営母体であるECHOの外郭団体だ――の研究成果の一部を展示する資料室と、ダンベルのような形をした光学投影機が鎮座するプラネタリウム室。料金はどちらも三百円ずつで、両方のチケットを買うと五百円になるのでちょっとお得だ。


 以上のことを、興一は今日入ってみて初めて知った。


 天文マニアでも軍事マニアでもない興一にとって展示資料は退屈なだけの代物だったし、プラネタリウムに至っては存在意義すらわからない。この島では本物の星空を飽きるほど見られるのだ。それなのに、何が悲しくて作り物を眺めるために金を払わねばならないのか。


「……っと、いたいた」


 資料室での捜索が空振りに終わり、ロビーに戻ったときだった。スタッフ専用の扉が開いて、SSS-Uの隊員が二人、歩いてくるのが見えた。


 片方はターゲットである和泉しん。もう片方は凛とした雰囲気の女性だ。


 興一は柱の陰に隠れ、彼らの会話に耳をそばだてた。


「――聞き込み役が俺たち二人だけなら、手分けしたほうが……」


「――だ、め、だ! 前から言おう言おうと思っていたが、君は放っておくとひとりで無茶を……」


 どうやら捜査のやり方を巡って揉めているらしい。


 こちらとしては別々に行動してくれるほうがありがたいのだが、聞いている限りどうも和泉の旗色がよくない。


 興一はぐっと声を潜めて、


「……おい、なんか頼りなさそうだぜ。本っ当にあの兄さんでいいのか?」


『彼が最適だとキャリルが判断しています』


「おまえの判断も一緒か?」


『私は分析と提案を行うだけです。判断することはありません』


「そうかい」


 ならば、やるべきことは一つだ。


 興一は鞄からボールを取り出すと、マジックペンを握って白球にメッセージを書き入れた。


「――よし……」


 女性隊員が視線を外したタイミングを見計らってボールを転がす。


 狙いどおりにブーツに当たった白球を和泉ターゲットが拾い上げたところで、興一はあたかも球を追ってきたかのように駆け寄った。


「すみません! こっちにボールが来ませんでしたか?」


「ああ、ちょうど今――」


 ボールを覗き込んだ和泉の眉がぴくりと動く。


「……これのことだね?」


 後ろの女性隊員を気にしてだろう、和泉が慎重に言葉を選んでいるのがわかった。


「そうです、これですこれ。いやあ、ちゃんと鞄に入れてたんですけどね」


「ファスナーが閉じてなかったんじゃないかい? ほら、なくさないように気をつけるんだよ」


「はーい」


 興一は手渡されたボールを鞄にしまうと、二人に深く頭を下げ、足早にロビーを立ち去った。

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