Chapter 24. 共同戦線
「現れたか……!」
フギン‐δから送られてくる名古屋市内の映像を見て、藤代は思わず呟きを漏らした。
銀色の戦乙女、コードネーム「キリエス」。
あの巨人が姿を現したのであれば、ひとまず和泉を現場に送り込んだ甲斐はあったということか。
ディゲラスはいきなりの
激突する――寸前、キリエスはひらりと跳躍した。
必倒を期した体当たりが空を切り、ディゲラスはたたらを踏んだ。そこに銀の巨影が降ってくる。
『HaAaaaa!』
キリエスは怪獣の背に跨ると、両の拳で殴打を見舞いはじめた。溶岩を固めたような皮膚に拳が落ちるたび、重々しい音が轟きわたる。
効いたのか、それとも単純に鬱陶しかったのか。いずれにせよディゲラスは大きく身をよじった。キリエスを振り落とし、倒れたところを踏み潰そうとしてまたも避けられ、すかさず起き上がったキリエスと真っ向睨み合おうとして、
その視線が、不意にあらぬ方向へ逸れた。
――どうした?
眉をひそめた藤代の表情が、モニターのある一点に気づいて凍る。
病院の患者を乗せた輸送ヘリ。
ローターの音が耳に障ったのだろうか。宙に浮きあがった機体へ、ディゲラスの角が照準を合わせた。
山吹隊員は間に合わない。周防も唯も戦車部隊も似たようなものだ。そこかしこから悲痛な声があがり、ノードリー隊員が目を逸らし、藤代が息を呑んだ。
獣の咆哮が大気を
狙い澄ましたかのように放たれた不可視の矢が、微塵の慈悲もなく飛んで――
『――GuU...!』
振動波は、割って入ったキリエスの肩口を直撃していた。
巨人の背後でヘリが飛び去ってゆく。ディゲラスの視線がその動きを追いかけようとしたが、立ち塞がるキリエスに阻まれて直接狙うことができない。
旋回音が遠ざかってしまうと、それきり怪獣はヘリに対する興味をなくしたようだった。
モニターによく目を凝らしてみた藤代は、固く路面を踏みしめたキリエスの銀色の足元に、デモ隊が一目散に逃げていく様子を認めることができた。やがて彼らの姿もビルの陰に消える。もう民間人らしき姿はどこにも見当たらない。
――いや、そんなことよりも。
デモ隊のことなど後で考えればいい、という言葉を藤代はすんでのところで呑み込む。
しかし藤代は今、より優先して判断せねばならないことを見出してしまった。
「人を……守ったのか……」
スクリーンの中では戦局が決定的に傾こうとしている。左肩を押さえて苦悶するキリエスに、ディゲラスが次々と振動波を浴びせはじめたのだ。
嵐のような攻勢であった。
建物に穴があく。街路樹が弾け飛ぶ。道路が砕ける。狙いを外れた一射が名古屋城まで届き、銅瓦を吹き飛ばすのが見えた。
『...Mu、Uuuh...』
キリエスの両膝が落ちる。ぐったりと脱力した様子から察するに、意識が朦朧としているのかもしれない。
清澄な光を湛えていた胸の中央の結晶体が、エネルギーの減衰を訴えるかのごとく明滅をはじめた。
機に乗じて、ディゲラスが勢いをつけて
絶望的なまでの体重差を前に、キリエスは為す術もなく組み敷かれた。なんとか手を伸ばして顎を押さえ込むことには成功したが、怪獣のパワーの方が遥かに強い。鋭い牙が銀の首筋に食い込むのは時間の問題と思われた。
藤代は、腹の底に覚悟が据わる感触を得た。
「山吹ッ!」
マイクを掴んで怒鳴る、
「あの巨人を――キリエスを援護しろ!」
モニターのサブウィンドウの中で、山吹の表情に戸惑いが浮かんだ。だがそれも一瞬のことだ。口角が吊り上がり、彼らしい粗野な笑みに取って代わる。
『待ってましたァ!』
藤代はコマンドルームじゅうの視線が刺さるのを感じた。無理からぬことだ。正体も目的もわからぬ存在を援護するなど、およそ正気の沙汰ではないと自分でも思う。
だが、過ちを犯したとは思わない。
キリエスは人間を庇って傷ついたのだ。
振り返り、こちらを見下ろす榊司令と真っ向から目を合わせた。
「――構いませんな、司令?」
「無論だ」
榊は、重々しく頷いた。
「我々は慎重でこそあれ、臆病者ではない」
レーベンは死角となる背面を衝いた。
最後のミサイルが発射される。赤外線ホーミングで狙うはがら空きの背中。ミサイルは切り離されるや否や彗星のような尾を引いて命中し、爆圧でディゲラスの巨体を揺さぶった。ディゲラスが大きくもがき、前脚が地面を離れて空を掻く。
キリエスが横に転がり、獣の真下から逃れた。
跳ね起きた勢いのままに拳を突き入れる。ディゲラスは後ろ足のみで立ち上がったような姿勢。そのどてっ腹にブローが沈んだ。
効かなかったように見えた。
一角の巨獣が誇る圧倒的なウェイトに、キリエス渾身の右はすっかり威力を吸収されてしまったようだった。
コマンドルームの全員が
『――ZeYaah!』
キリエスの胸の結晶体が輝きを放ち、その光が体の紋様を滑って右拳へと流れ込んだ。青白い稲妻が閃いて、凄絶なまでの衝撃となってゼロ距離で炸裂する。
ディゲラスの口から夥しい血が溢れた。
キリエスが静かに体を引く。ディゲラスの赤褐色の巨躯がゆっくりと大地にくずおれ、それきり動かなくなった。
「……終わったか」
スクリーンの向こうで、キリエスがまるで立ち尽くすかのように、倒れ伏した怪獣を見つめていた。その真意は知り得べくもない。勝利の余韻に浸っているようにも見えたし、殺めた生命のために祈りを捧げているようにも見えた。
結晶体は明滅をやめず、鼓動を鳴らし続けていた。
限界が近いことを初めて思い出したのかもしれない。キリエスは
「状況終了、だな」
ひとりごちた瞬間どっと疲労が押し寄せてきて、藤代は長い息をつく。まだ安堵するには早すぎる。これから地獄のような残務処理が待っているのだ。
しかし、心は晴れやかだった。
キリエスは敵ではない。そう確信できたからだ。
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