Chapter 23. 人としてできることを
名古屋の街は混乱に陥りつつあった。
道端に停まった普通車のシートに運転手の姿はすでになく、代わりに大小さまざまな迷彩模様が列を組んで表通りを占拠している。ロケットランチャーのコンテナを牽いたトレーラー、探査機器を満載した軍用トラック、装甲車に偵察バイク。県内三つの駐屯地から集まった陸上自衛隊の戦力だ。整然と並ぶビル群の上を輸送ヘリの編隊が通り過ぎていった。
「怪獣が接近しています! 市民の皆さんは至急避難してください!」
白昼の大都市である。自衛官が声を嗄らして誘導にあたっているが、シェルターへと殺到する群衆は途切れることを知らず、パニックに歯止めをかけるすべもない。
人々の中に「市民以外の集団」が紛れていることもまた、事態をややこしくしていた。
「周辺の避難状況は!?」
「傷病者の搬送が遅れています! 名城公園付近のデモ隊が障害になって……」
「デモだと!? こんなときに何をバカな!」
「環境団体ですよ!
「――すぐに強制排除しろ! もう猶予がないぞ!」
怪獣が名古屋に現れることは確実視されていた。可児、土岐、多治見、瀬戸――地震源は蛇行しながらも着実に迫っており、近づくにつれて浅くなってきている。このままのペースで進めば市街地の真ん中で地表に達する。絶好の餌場だ。まさか見逃してはくれまい。
怒号が飛び交う現場で、自衛官の一人が腕時計に視線をやったとき、針は十四時二十一分を指していた。
そして、震動が足を伝わってきた。
微細な揺れは、程なくして立っていられないほどの烈震に化けた。どこからか子供の悲鳴があがる。落ち着くように促す自衛官の叫びが、恐ろしい地鳴りに潰されて誰に届くこともなく消える。
コンクリートで固められた地面に亀裂が走り、割れ目に沿うようにして街並みがずれ動いた。放棄されていた車が裂け目に呑まれる。自衛官の一人は後に、地割れの奥で二度、三度と光が瞬いたのを見たと証言する。が、それが地下施設の漏電によるものか、落ちていった車が炎上したのかを特定することはついにできなかった。
青空を刺すように立つテレビ塔が、根元から
めきめきと音を立てて公園の樹が倒れる。
舗装された路面が畳のように捲れ、土砂と破片が舞い上がる。
煙と粉塵を昇らせながら地の底から出でたのは、十階建てのビルとほぼ同等の体高をもつ、一角四足の巨獣。
そいつが、隻眼でぐるりと周囲を探った。
今や無人となったビルの林を、
至るところに配置された戦闘車両を、
狂乱して路地へと逃げてゆく人の群れを、
捕食者の目が順繰りに舐め――ほんの一瞬の間をおいて、口腔が大音響を
「攻撃開始ーっ!」
部隊長の指令が下り、ありとあらゆる火器が一斉に撃ちかけられる。
部隊の誰一人としてこれで片がつくとは思っていない。自衛隊の装備は対怪獣戦など想定していないのだ。市民が避難を終えるまで時間を稼ぐことができれば、あとはECHOが何とかする。
怪獣は止まらない。
その歩む先にあるのは、街のシンボル、名古屋城だ。
◇ ◇ ◇
ひとまず周防らと合流した和泉は、戦車部隊とともに輸送機で名古屋入りすることになった。市街戦ならば歩兵でも戦列に加わる余地がある。降りるが早いか仲間と別れ、バズーカを担いでひとり走る。
ビル群の背丈は高くないが、地上からの視界を遮るには充分で、ディゲラスの姿を直接確かめることはできない。
頭上を仰ぐと、山吹機が猛禽のように攻撃をかけるところだった。
山吹はディゲラスとほぼ同時に到着していたものの、陸自との連携が難しいためひとまず高空で待機していたはずだ。その彼が動いたということは、戦況が芳しくないのだろう。
レーベンはミサイルを選択した。峡谷の戦いでも有効だった武装だ。正面からアプローチ。危険な距離に入る前に切り離す。
直撃すれば、あるいは倒すこともできたかもしれない。
真っ向から飛来するミサイルを、ディゲラスは振動波で迎え撃った。不可視の波動に打たれたミサイルは空中でひしゃげ、ディゲラスに届くことなく爆裂した。
『ちっくしょう! 知恵をつけやがったな!』
山吹が悪態をつきながら高度をとる。ミサイルはあと一発しかない。レーザーと機関砲はあてにならない。次で決められなければジ・エンドだ。
ディゲラスが都心環状線を突破した。
官庁街のビルをいくつか破壊した先で、デモ隊が右往左往していた。彼らが
――まずい!
あれでは皆まとめて振動波の的だ。
和泉はとっさに建物の陰から飛び出し、バズーカを発射した。
命中。ディゲラスの鼻っ面で爆発があがる。
大したダメージでなかったことは間違いない。しかし、注意を引く程度のことはできた。敵意に燃える隻眼が、ぎろりと和泉を睨み据えた。
「こっちだ!」
和泉は大声を発して駆け出そうとした。このままディゲラスを自分に引きつけ、ヘリとデモ隊が退避するための時間を稼ぐ
そのとき、ぴしゃりと声がした。
(何をしているの!)
「わっ」
思わずバズーカを取り落としそうになった。
「ナエか? どこにいるんだ?」
(あなたの中から直接話しかけているわ。そんなことより、無謀な真似をしないで。言ったでしょう、あなたに万一のことがあっては困るのよ)
なんだそんなことかと思う。
バズーカを再装填。振り返ってもう一撃をディゲラスに浴びせる。
(眞!)
「俺はECHOの隊員だ!」
己の
「君が世界を救うために来たのなら、守りたいって気持ちもわかるはずなんじゃないのか。俺は人としてできることをやる」
――キリエスは下界の問題に干渉しない。
わかっている。ナエを責めるのは筋違いであると。世界に危機が迫っているというのなら、その他一切を差し置いてでも対処する以外に道はあるまい。その正しさを否定することは誰にもできない。
だとしても、自分にも譲れないものがある。
そこで引き下がったが最後、自分は何事に対しても二度と奮い立つことができなくなるだろうというほどの、もはや存在理由とでも言うべき信念が。
「キリエスが戦えなくても、俺は戦う!」
ナエの姿は相変わらず見えない。しかしそのとき、諦めたように瞑目する少女の顔がはっきりと脳裏に浮かんだ。
(……仕方ないわね)
懐に熱を感じた。
先刻まで石のように反応を示さなかったバイフレスターが今、まるで「自分を使え」と叫び命じるかのごとく輝いている。
「いいのか?」
(勘違いしないで。使命を全うするためよ)
いかにも不本意そうな声、
(死をも恐れないのがあなたの資質ではあるけれど、本当に死なれては元も子もないの。……三分が限度よ)
「充分だ。ありがとう!」
和泉はバズーカを投げ捨て、ECHOPADのダミーアプリを起動した。物陰に転がり込んで内ポケットに手を伸ばし、バイフレスターを引き抜く。
「キリエス――――ッ!」
ビルの谷間から飛び出した光が、ディゲラスの前に立ちはだかった。
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