Chapter 21. 怪獣という災害
『
『――続いて交通情報をお伝えします。現在、長野県王滝村を中心とする怪獣警報および注意報の影響により、中央道では園原
『困るんだよねえ、怪獣なんかさっさとやっつけるなり捕まえるなりしてくれないと。そのためにECHOには敷地も資金も提供してるわけじゃないですか。ああいう費用って元を辿れば僕らが納めた税金でしょ? なのに、いざってときに頼りにならないんじゃねえ……』
『そもそも社会秩序や地域経済というのは、例外なく人間の勝手な都合でありエゴに過ぎないのです。自己の安寧と利益のためだけに希少動物である怪獣を傷つけようとするなど、野蛮かつ残虐な行為であると言わざるを得ません。それを許容することが正義でしょうか? わたくしリリー・ハモンドは……いえ、我々
◇ ◇ ◇
状況は刻一刻と悪くなりつつある。
――秩序も経済も人の都合、か。
リリー・ハモンドの論に賛同はできない。それでも、彼女は一つだけ正しいことを口にした。
社会の事情を
誰もが寝静まる夜であろうと仕事に精を出す昼であろうと、田畑が広がる農村だろうとビルが建ち並ぶ都心だろうと、怪獣はお構いなしに現れ、その猛威はあらゆる者の頭上に等しく降り注ぎうる。
そのことを、果たしてどれだけの人間が理解しているのか。
今日も明日も明後日も地球は回る。それこそ現実だと皆が言う。
現実なるものは所詮、「これまでそうだった」ことを「これからもそうである」と信じ込むことでしか成り立たないのかもしれない。
「――周防副長。第二次攻撃の準備はどうなっている?」
気持ちを切り替えて、藤代はマイクに向かって声を張った。
現在時刻は「十一時〇三分」。
ディゲラスに動きはない。体力の回復に努めているのだろう。もっとも、地中がむこうの独壇場である以上、動かずにいてくれるほうがこちらとしても助かる。
『順調ですよ。燃料と弾薬の補給は完了。正午までには全隊配置につきます』
「どうするつもりだ? 地中探査レーダーは間違いなく警戒されている。奴が自ら顔を出すのを待つか?」
『根比べも一つの手ではありますけど、事はもっとスマートに運ぶべきでしょう。そのために降雨弾を持ってきてもらったんですから』
にやりと笑い、
『地中の酸素が不足するからか、単に水浴びのためなのか、実際のところはわかりません。しかし古生物学者の間では、アルマテリウムには雨が降ると地上に這い出してくる習性があった、という説が主流です。ディゲラスがアルマテリウムの変異体であるなら――』
「その性質も受け継いでいるはず。それを利用するわけだな」
『そういうことです。戦車での包囲が完成した後、山吹くんのレーベンから降雨弾を投下。ディゲラスを地上におびき出し、徹甲弾の集中砲撃をかけて撃破します』
「すぐに始めるのか?」
『間を空けないと勘づかれるかもしれません。せめて
「――桐島隊員と和泉隊員は?」
レーベンが不時着に成功したことは聞いている。二人は部隊と合流しだい、医療班による検査を受け、これ以上の随伴の可否を判断されるはずだった。
『ついさっき検査結果が上がってきたところです。桐島くん、和泉くん、共に任務続行に支障なし』
「今までで一番いい知らせだな」
『地上からのサポートを任せます。やることはいくらでもありますから』
藤代は頷いて、
「わかった。不測の事態への備えを怠るなよ」
そう命じて通信を終えた。
モニターを見つめたまま考える。
第一次攻撃を通してディゲラスの特徴は把握できた。ミサイルで傷を負わせることができたなら、さらに火力を集中すれば殺すことも可能だろう。
奴はれっきとした地球の生き物であって、決して理解の範疇を超えた魔物ではない。その点から言えば、周防の計画はまったくもって妥当だとは思う。
しかし、気がかりもある。
巨人のことだ。
芦ノ湖での怪植物との戦いの後、藤代はあの銀色の来訪者に「キリエス」というコードネームを振った。和泉と唯の報告書に記されていた名前をそのまま採用したのは何かの思惑があってのことではなく、却下するに足る理由を持ち合わせていなかったというだけに過ぎない。
わかっていないことが多すぎた。
能力は未知数。出自も行動原理も依然として不明。他に目ぼしい情報といえば白い服の少女が関係しているらしいことくらいだが、こればかりは藤代もどう判断したものか迷って、ひとまず自分のところで情報を止め置いている。
だから現時点では、和泉がキリエスと接触できるかもしれない特異な存在であることは、榊司令ですら知らない三人だけの秘密だ。
和泉は「キリエスは敵ではない」と主張する。唯もそれを支持したがっているように見える。だが、藤代はもう少し慎重だった。
「
サクラ・ノードリーが顔を上げた。
「隊長……?」
「独り言だ。気にするな」
答えながらも、藤代は腕組みしたまま微動だにしない。ほんのわずかな画面のブレから、あるいはスピーカーが吐き出すノイズの切れ端から変化の兆候を読み取ろうとするかのように、モニターの向こうの戦場から片時も視線を外さない。
キリエスはまた現れるだろうか。
現れるとすれば、やはり和泉に何事かを告げるのだろうか。
周防は、第二次攻撃の時刻をそう宣言した。
もしかするとその時刻は、ECHOにとっても怪獣にとっても世間にとっても、未来を分かつ決定的な瞬間になるのかもしれなかった。
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