Chapter 20. 見えない攻撃
コクピット全体が衝撃に襲われ、被弾を知らせる警告音が鳴り響いた。震動が始まったのはその直後だ。やられたことだけは確かだが、何をされたのか考える暇はなかった。正常な飛行ができていない。
機体がばらばらになるのではないかと思うほどの揺れに、和泉は歯を食いしばって耐えた。懸命に液晶ディスプレイへと手を伸ばす。操縦席の正面に備えつけられたディスプレイはタッチパネル式になっていて、戦況や計器類の数値のほか、各種のセンサーが割り出した情報を指先ひとつで呼び出せるのだ。
震動のせいで触れる位置は定まらず、表示される文字列はひとかたまりの画像のようにすら見える。
焦りに駆られた。
どうにか画面を切り替え、損傷箇所のチェックに成功した。
「左エンジン、推力低下……!」
舌を噛まないよう、歯の隙間から絞り出すように発声する。声はほとんどアラートにかき消されたが、後席には届いたようだった。
「舵はきくのか!?」
きかなければ脱出ハンドルを引くしかない。
二秒で確認を終える、
「動きます!」
「森の外れに平原が見える。あそこまで飛べ!」
「了解!」
和泉はスロットルレバーを倒し、煙を吐いていた左エンジンを完全に止めた。放っておくと爆発しかねないからだ。同時にラダーペダルをキックし、右方向へと舵を切った。
速度計の数字がみるみるうちに落ち、機体は横滑りしながら高度を下げてゆく。
再び振動波を撃たれたら今度こそ直撃は免れないだろう。追撃はやって来ない。山吹がディゲラスの注意を引いてくれているのかもしれなかったが、そちらを顧みる余裕など持てるはずもない。
地面がしだいに迫ってくる。
操縦桿を握る右手、スロットルレバーにかけた左手、ラダーペダルを踏む両足。神経という神経を尖らせてレーベンの姿勢を制御してゆく。操作のひとつひとつに心臓が潰れんばかりの重圧が付きまとう。後ろには唯がいるのだ。ヘルメットの内側で額に脂汗が浮き、眉間から鼻を伝って流れ落ちた。
燃料を棄てたとき、高度は三〇メートルを切っていた。
そして、冗談のような衝撃が来た。
レーベンは腹から平原にタッチダウンした。轟音。草地を削り取りながら滑走、大地に溝を刻んでゆく。芸術的ですらある激震。容赦なく食い込んできたベルトに胸郭を絞られ、肺が破裂するのではないかと心胆が冷える。コクピットのあちこちで散る火花と、飛び交う機材の破片に晒されながら、和泉と唯は嵐が過ぎ去るのをひたすらに待った。
震動が収まった。
しばらく身動きできなかった。回路の電源はとうに落ち、機内は死んだような静けさに包まれていたが、耳の奥ではアラートが延々と反響していた。
背後で唯の息遣いが聞こえ、和泉はようやく全身から力を抜いた。かぶりを振って騒音の
「桐島隊員、大丈夫ですか?」
「おかげさまでな。さすがはアカデミー主席だ。わたしが操縦していたら機体が残ってなかったかもしれんよ」
思いがけぬ台詞に、和泉は小さく噴き出した。俺がふがいないせいで危険な目に遭わせてしまった――自責の念が膨らみかかっていたのに、唯の捉え方はまったく逆であったらしい。彼女のこういうところは本当にありがたい。
「――しかし、さっきの攻撃は何だったんだ?」
緊張がほぐれ、落ち着きが帰ってくる。
「振動波でしょう。それも、とんでもなく強力な」
「超音波、ということか?」
頷く、
「発振器官である角から、強烈な指向性をかけて放射したんですよ。本来は地中を移動するときに使うんだと思います。高周波振動を浴びせて、地盤を砂みたいに変えながら掘り進むわけです」
なるほど、と唯。
「奴は地底から来た……その時点で警戒しなければいけなかったんだな。体力と頑丈さに気をとられすぎたか」
峡谷の方角からは、いつしかミサイルの爆音もディゲラスの咆哮も聞こえてこなくなっている。操縦に集中するあまり耳に入らなかったのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
撤退が完了したのだろうか。
それとも、皆やられてしまったのだろうか。
不安を覚えたとき、真っ黒に沈黙した液晶ディスプレイの隣で、専用ホルダーに固定されたままの
『……くん、聞こえるかね? 聞こえていたら応答したまえ。和泉くん……』
周防の声。
和泉はECHOPADをホルダーから
「こちら和泉!」
『おお、生きていたか。桐島隊員は?』
「後ろにいます。――すみません、大事な機体を……」
『九死に一生を得たってときにそんなこと気にするもんじゃないよ。たしかに航空戦力が半減したのは痛いけど、作戦に支障をきたすほどじゃない。戦車部隊だって健在だしね』
意図して言ったわけではあるまい。それでも、その言葉は和泉が胸を撫で下ろすのに充分なものだった。
「じゃあ、山吹隊員も無事なんですね」
途端に映像が切り替わり、
『あんなもんで俺が墜ちるか。つーか、なんでおまえが心配するほうなんだよ』
山吹の不機嫌そうな顔が大写しになった。
ヘルメットを被っていない。
ということは、山吹のレーベンも今は地上に降りているのだろう。それはつまり、彼が囮役をこなす必要がなくなったことを意味する。
「ディゲラスは?」
『また潜っちまいやがった。同じ手でホイホイおびき出されてくれるほどちょろいヤツじゃねえだろうし、ちょっと面倒くせえ展開かもな』
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