猫カフェにて
山南こはる
第1話
猫っていいよな。
何の苦労もなく、毎日昼寝ばっかりしてさ。学校行かなくたっていいし、バイトだってしなくていいし。いつもおいしいご飯が出てきて、お客さんからおやつをもらえるし。体型だって、痩せているより、少しくらいぽっちゃりしている方が可愛がってもらえるし。
猫っていいよな。
住んでいる猫カフェは温かいし。ふわふわ毛が生えているから、寒くないし。高い所から飛び降りても、怪我しないし。一日中寝てたって、誰にも怒られないし。ブスッとしているのも、それはそれで可愛いし。ブサイクでも、やっぱりそれはそれで可愛いし。
猫っていいよな。
何も考えなくていい。進路の事とか未来の事とか、友人の事とか恋人の事とか、何一つ考えなくてもいい。ただひたすら眠っている事を許される。猫カフェに来る人達は優しい人ばかりで、猫の世界には優しさだけが満ち溢れている。僕もそんな世界にいたい。僕もそんな世界の住民になって、どこまでも優しさに溺れていたい。あの窓ガラスの向こう、冷たい風が吹き荒ぶ、優しくない世界にはもう、出て行きたくない。
猫っていいよな。
僕も人間じゃなくて、猫に生まれて、猫カフェにいたかった。
僕はそんな事を考えながら、猫カフェの広い窓ガラスの向こうを見つめた。膝の上には一匹の猫。薄茶色の毛がもふもふしたマンチカンとかいう種類の奴で、アルバムを見る限りオスで、名前はみるくというらしい。
みるくは僕と同じ様に、窓ガラスの向こうの世界を見つめている。季節は冬で、天気はよくない。気のせいか、吹き抜ける風も、ビル街の建物と同じ様な灰色をしている。行き交う人々のコートやマフラーも、猫の様な温かい毛があれば、何一つ必要ないのだろう。だからこんな今日みたいなこんな寒い日、僕はみるくの様な猫が羨ましくて仕方ない。
人間っていいよニャ。
何の苦労もなく、猫カフェになんか来てニャ。お客様にサービスしたり、可愛く見える角度なんて計算しなくていいニャんて。羨ましいニャ。ご飯だって、いつもおんなじキャットフードじゃなくて、お外でハンバーガーとか牛丼とか食べられて羨ましいニャ。みるくはステーキが食べたいのニャ。“
体型だって気にしているのニャ。この気品ある美しい丸みを維持する為に、キャットタワーで運動をしているのニャ。ただ寝ている訳ではないのだニャ。たまにはキャットタワー以外で運動してみたいのニャ。みるくは皇居の周りを走ってみたいのニャ。
人間っていいよニャ。
人間には手があるニャ。猫は前足しかないから、ものを持てないニャ。人間は背が高いから、高い所が見えるニャ。猫は小さいから、高い所に登らニャいと、高い所が見えないニャ。
すべすべの肌も綺麗だニャ。猫はもふもふしているから、
人間っていいよニャ。
外の世界は自由だニャ。みるくは窓ガラスの外の世界を知らニャいまま、赤ちゃんの時にここに来て、それでここで死んでいくニャ。猫仲間達と、優しい店員さん達。満足だニャ。でも、それで終わりニャ。猫カフェに来る人達は、みんな優しいニャ。優しいだけで、つまらないニャ。優しさに溺れて、たまに苦しくなるニャ。
人間っていいよニャ。
色んニャ世界を持っていて。学校とか職場とか家族とか恋人とか、色んニャ世界を持っていて、羨ましいニャ。みるくの世界はここだけなのニャ。みるくの世界は、この猫カフェの、猫仲間と店員さん達で終わりなのニャ。友達も、恋人もここだけ。みるくも合コンとか街コンとか行ってみたいニャ。クラシック以外のBGMも聞いてみたいニャ。
自由が欲しいニャ。みるくは北海道に行ってみたいニャ。北海道で海鮮丼とアイスを食べたいのニャ。
みるくは羨ましいのだニャ。
みるくは人間が羨ましいのだニャ。
みるく氏は僕の顔を、不思議そうな目で見つめている。そして、今度は僕の股の辺りに顔を寄せ、しばし黙考した後、膝の上を降りて行った。
「猫っていいよな。自由で」
人間はみるくの尻尾を、穏やかな目で見つめているニャ。みるくがもし人間の言葉を離せるニャら、一言だけ、言いたい事があるニャ。
「お兄さん、ズボンのチャック、開いているニャ」
猫カフェにて 山南こはる @kuonkazami
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