世にも奇妙系『魂売りの少女』

橘汰

一部完結読み切り短編

「魂はいりませんかー! お一ついかがですかー!」


 蕭々と降る雪の中、少女は叫び続けました。

 物の数秒で消えていく少女が歩いた後に続く足跡が、一層の切なさを演出します。

 もう何時間も歩き回っているのに誰にも気づいてもらえない。

それも仕方ないことに今日は大晦日、こんな夜更け、しかも大雪の中、外を出歩く人がいるはずも無く商品は全く売れません。

とは言っても、商品が売れなかったからと言って少女が誰かに怒られるわけではありませんし、実際の所は商品が売れなくても何ら問題ないのです。

でも売れないよりかは、売れた方が良いじゃないですか。

その思いで少女は後三〇分だけ頑張ろうと、再び声を張りました。


するとどうでしょう、永遠と降る雪と街灯が少ないことも相まって、ハッキリとそれを視認することは難しいですが、明らかにこちらに向かってくる人影があるではありませんか。

今日初めてのお客様かもしれない。少女は心から喜びました。

徐々に近づいてくる人影は、影から明確な形を織りなし、一人の若い男性へと様相を変化させました。彼の服装は真冬にも関わらず、薄手ニットと少し不自然です。


「魂を売っていただけるって言うのは本当ですか!?」


 すごい剣幕です。少女は正直、驚きました。


「そ、そうです! 魂をお求めですか?」


 少女からの返答が願っていた通りだったようで、男性は胸をなで下ろし落ち着いた様子を見せました。しかし、その目には未だ信念の炎が燃えたぎっているように見えます。


「その……魂を一つ、売っていただけませんか?」


 先ほどとは打って変わって腰の低い態度の男性に、少女は好印象を抱きました。それに彼はお客様です。彼の申し出を断る理由なんかありません。

 少女は二つ返事で了承しました。


「それで、どういった魂をお望みですか? ご家族ですか? 恋人さんですか? 過去にはペットや植物という方もいらっしゃいましたよ」


「……一年前に癌で亡くなった彼女です」


 男性の表情は、とてもつらそうです。彼女さんの事を成るだけ考えないように、毎日を過ごして居ましたが、いざ脳裏から思い出を引っ張り出してくると、まるで何かの栓を抜いたかのように余計な物まで溢れてきてしまいそうになります。


「そうですか。この一年、嘸かしお辛かったでしょう。私がその望みを叶えて差し上げます」


「ありがとうございます……」


 その絞り出したような声、溢れる想いを必死に堪えてる事が少女にも伝わりました。


「それでは手続きに移りたいのですが、料金と器の御用意は出来ていますか?」


「勿論です。料金はこの通り、器は家に置いてあります」


 開いて見せた男性の掌には、一円玉が二十一枚。言わずもがな、合計で二十一円です。

 それは言う人に言わせてしまえば端金でしょうが、少女は何の文句も言いませんでした。


「はい、確かに」


 そう一言、少女は手提げのバスケットを覆う赤色の布を取り、中から手頃なサイズの天秤を取り出しました。支柱から伸びた棒の両端には、それぞれ皿が下がっており、今は支点を軸にしてユラユラと揺れています。


「それではこちらに料金をお願いします」


 少女が促すと男性は軽く頷いて見せて、静かにそこに硬貨を置きました。当然のごとく、天秤は硬貨が置かれた方に傾きます。しかし、それ以上は何も置きません。

 少し怪訝そうな表情を浮かべる男性を尻目に、少女は次の指示を出しました。


「それではもう片方に彼女さんに対する想いを、精一杯乗せてください。感覚で構いません。そうですね、念ずると言えば分かりやすいですかね」


 男性はなるほどと直ぐさま空いた皿に向かって念を送りました。そこには彼女への想いは勿論、二人で過ごした思い出、喧嘩した日も初めて一つになれた日も、そして彼女が居なくなって辛かった此の一年の事も。精一杯、送りました。

 男性の念が強くなるにつれて傾いていた天秤が徐々に均衡を取り戻していき、遂に水平な状態で完全に静止しました。そして何も無かった皿には八面体の結晶が一つ。


「お疲れ様でした。楽にしていただいて結構ですよ」


 相当に疲れたのか、息切れしている男性。しかし、その顔には達成感というか安堵感というか、辛そうな表情の奥で霧の晴れた鼓動が輝いていました。


「こちらをどうぞ。ご帰宅なされたら出来るだけ早く器にこれを取り込ませてください。中に入れられれば手段は問いません。因みに、お客様は予め詳細を確認していただけていたようですので、これは念のための確認になりますが、器の状態は良好ですか? 器の質が悪かった場合、結晶の取り込みが上手くいったとしても正常な動作をしない恐れがあります。仮に誤作動を起こしたとしても、こちらは責任を負いかねますのご了承ください」


「ええ、器の状態は心配ないと思います。本当にありがとうございました」


「いえいえ、お客様が二度と本サービスをご利用にならないで済むように、心から願っております。後悔が残らないように微力ながら応援させていただきますので」


「はい。ありがとうございました」


 急いで家に帰る男性の背中を見送りながら、少女は静かに微笑みました。人の幸せを見られることが彼女にとって、至福の喜びなのです。

 すっかり気分も良くなった少女は、足跡を残すこと無く暗闇に消えて行きました。


 さて、所変わって此処は件の男性の家。決して立派とは言えない一般的なアパートの一室ですが、彼くらいの若年であれば相応でしょう。

震えの止まらない右手をなんとか抑え、鍵をあけ、予め暖房を入れといた暖かい空間に足を踏み入れると、自然と手の震えは止まりました。

いよいよです。彼女が亡くなってから、もう一度だけでも話せる機会が欲しいと手段を模索し続け、漸く手にしたその切符。代償は大きな物でした。

リビング中央に鎮座するソファに置いておいた器に、少女からもらった結晶を取り込みます。正直な所、器は彼女に全く似ていません。しかしそこからは、あっという間でした。

器は青白い炎に包まれながら見る見るうちに姿を変え、一度は爛れた表面が次々と美しい肌色を取り戻していきます。青白い炎が消え、残された器は生前の彼女に他ならず、瞳を閉じたその姿は、さながら白雪姫のようでした。

男性は優しく彼女の頭をなで、ソッと口づけしました。

まさかとは思いましたが、本当にそんな事で彼女が目を覚ますとは。不意に彼らの視線が交わります。実に一年ぶりの再会です。

感激の余り遂に涙を流す彼と、訳も分からず涙を零す彼女。

彼女は上手く状況を理解出来ていないようです。


「私、なんで… 此処は確か….」

「…お帰り。ずっと待ってたんだよ」


 漸く彼が見せた初めての笑顔でした。くしゃっとしたその笑顔を目の当たりにし、彼女も涙を流しながら微笑みました。今更彼らの関係に意味を求めるなんて無粋の極みです。


「ほんとに君は泣き虫だなぁ。やっぱり私が隣に居ないとダメだね」


 その晩彼らは、一年ぶりに互いの温もりを感じ合いました。


 それから三日ほどが経過したでしょうか。彼らは少しだけ遠出したり、家でゆっくりしたり、幸せな時間を過ごしました。

 その間、彼が彼女に事の顛末を説明することは無く、彼女もそれを要求しませんでした。ただ毎日が楽しく、これが夢ならば永遠に覚めないで欲しい。全く我が儘なカップルです。

 さて今日は家でゆっくり過ごすことにしました。彼は日課のランニングを欠かさず、今も帰ってきていません。彼女はアイロンがけをしながら留守番をしています。


 すると、インターフォンが鳴りました。この数日は全ての対人を彼が対応してくれていたので、再び目が覚めてから彼以外の人間と会話する機会はありませんでした。

しかし今、肝心の彼が家に居ません。少し不安ではありますが、一度ならず二、三度インターフォンを鳴らされるものですから、流石に痺れを切らして出る事にしました。


「何なんですか、何度も! 今忙しいのでお引き取り願えますか!?」


 扉の前に居たのは、堅苦しい制服に身を包んだ警官二人でした。

中年男性と若い女性です。玄人と若手でペアを組まされているのでしょうか。中年男性のが警察手帳を提示し、若い女性は固唾をのんで見守っています。


「突然押しかけて申し訳ありません、警察の者です。三日ほど前に近くの御家庭で娘さんが失踪したらしく現在も行方不明なのですが、近隣で写真の女性を見かけませんでしたか?」


 彼女は写真の女性に全く見覚えがありませんでした。そもそも此の数日で近隣を出歩いたことがなかったので、その旨を何を取り繕うこと無く伝えました。

 すると警官は意外にもアッサリと帰って行きました。


「ご協力ありがとうございました。もし何か思い出したり、写真の女性を見かけたりしたのなら、直ぐに連絡をいただけるとありがたいです。それでは失礼します」


「は、はあ……」


 彼女はやけに緊張した様子の若い女性警官に違和感を感じ、余りにも潔く帰って行く警官達に不信感を抱きましたが、考えすぎかなと部屋に戻りました。

 彼が帰ってきたのは、その後直ぐでした。今日は珍しく疲れているか、顔色が悪いような気がします。彼女は彼が心配になりました。


「お帰りなさい。顔色が悪いようだけど大丈夫? 日課とは言え程々にしなよ。これで体調崩しちゃうと元も子もないからね!」


 彼女は彼を励ましました。新品同然のフカフカのタオルで彼の頬に触れ、優しく汗を拭き取ってあげます。それでも彼は考え事をしているのか、反応が薄いです。


「ありがとう。ごめん、やっぱり少し疲れたから休んでくるね」


 そう言って彼は寝室へと向かいましたが、彼女も彼を気遣って引き留めたりはしませんでした。勿論、警官が来たことなど伝えません。彼を不安にさせないためです。

 寝室の扉がパタリと閉じられました。


 さて、彼が目を覚ましたのは日が落ちつつある夕方の事です。貴重な一日を無駄にしたことを悔やみつつ、彼はリビングへと向かいました。


「ごめん、心配かけたね。もう大丈夫だよ」


 彼はいったい、誰に話しかけているのでしょうか。彼以外に誰も居ないその部屋で反応が返ってくるはずも無く、彼は立ち竦むしかありませんでした。

 彼の視界には背中に無数の傷跡を付けた肉塊が俯せで横たわっているだけ。

 彼はその場に崩れ落ち、考えることをやめました。


「魂はいりませんかー! お一ついかがですかー!」


 さて今日が何の日か、もうお分かりでしょう。今年も喜ばしい事に大雪です。

 少女の職業柄、こういった日にしか商売が出来ないので今日も頑張って声を張ります。

 昨年は一つしか売れませんでしたから、今年こそは二つ、出来れば三つは売りたいところですが、少女は心の中で一つは絶対に売れると確信してました。

 案の定です。見覚えのある人影が近づいてくるではありませんか。


「リピーターの方ですね。お久しぶりです。二度目と言うことで諸々の確認は省きたい所ですが一つだけ。状態の良い器の御用意は出来ていますか?」




「……ええ、勿論」

 


*後書き

  後書き欄に後書きを書いて、先に読まれてはネタバレも甚だしいのでこちらに。

  さて、いかがでしたか。いかがでしたかって言うのもおかしな話かも知れませんが。

  私なりの世界観で、私なりの表現で、メッセージ性のある作品を書いたつもりですが、上手く伝わっていますでしょうか。あ、私って言ってますけど十代男性です。

  此の作品で焦点を当てられた彼は、中々の狂いっぷりでしたね。

しかしですね。不謹慎な話かもしれませんが、貴方が大切な人を失ったとして、それが悔いの残る別れだったとして、もう一度その方に会える手段があるとしたら。

貴方には彼のようにならない自信がありますか。私は正直わかりません。

でもこんな物を書くんですから、潜在的な何処かに彼のようになる素質が眠っているのかもしれませんね。なんて言ってみたり。言ってみなかったり。(言ってる)

話が脱線してる事に気がつきました。戻します。

結局私が何を言いたかったかと言うと、って書こうかと思ったのですが、何だか薄っぺらくなりそうで嫌なので止めておきます。結局何が言いたいんだって話。

何はともあれ、この作品。作品って言って良いのかは分かりませんが、此処に私なりのメッセージを込めたのは確かですので、各々でくみ取っていただけたらと思います。

国語の授業かな。なんて。

唐突ではありますが、私は作文が苦手でして。ここらで御暇させていただきます。

次の機会がありましたら、そこで。ではまた。

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