第9話 Angriff - Schiphol Flughafen

前回のあらすじ

 ヒルデガルトに代わって殉死した兵士の国葬に参列したヘルマン。黒いフェーゲラインの制服をまとって現れたヒルデガルトは、仲間を喪った事を気にかけているようだった。



 ヒルデガルトはヘリの窓の外を覗いた。一面の平原に緑色のパッチワークが広がっている。その中にしずくを落としたような沼地が点々としている。

「おい、話を聞いてるのか」

Katerカーターの隊長、コンラート・シュミットが彼女の肩を引っ張った。マスクで顔を隠した隊員たちが彼女を睨んだ。

「聞いてるよ」

ヒルデガルトは涼しい顔をしている。コンラートは端末の画面を指で叩いた。オランダ、シープホール空港の図が表示されている。

 30分前、Katerに初めての出動命令が下った。場所はオランダのシープホール空港。空港でテロが発生し、少女の姿をしたテロリストが目撃されているという。多くのドイツ人利用者が現場に取り残されており、連邦軍に任務が回ってきたのだ。

「2個分隊に分かれて行動する。第1分隊はHRハーエルと共に屋上から制限区域に入る。第2分隊はセキュリティゲートで分かれ、一般区域から他部隊と合流。KSKとオランダの部隊も参加するが、俺達の任務はサイボーグの破壊だ。人質の救出は彼らに一任する」

ヒルデガルトは瞬きをした。隊員の持つ端末画面に侵入経路を書き込む。戦闘システムはKaterとHRの間で共有されている。

「これは実戦だ。くれぐれも私の背中を撃たないようにな」

彼女は戦闘システムに目を配った。システムオールグリーン。兵装とのコネクトを確認。異常なし。電子ゴーグルも問題ない。

「サイボーグは少なくとも5体いる。私を盾にすることを忘れるな」

「どこの情報だ?」

「非公式の情報筋だ」

彼女は簡潔に答えた。戦闘システムを見ながら、彼女は密かにインターネットに接続していた。ニュースサイトでは空港の生中継映像がひっきりなしに流れており、SNSには雑多な目撃情報が垂れ流しにされている。

 シープホール空港までもうすぐだ。隊員たちが鋭い視線を飛ばした。各自ゴーグルを装着し、武装を再度確認する。

 ヒルデガルトは顔を覆う電子ゴーグルを装着した。黒と灰色で構成された戦闘服は軽く、装備は少ない。電子化されたMP7とP8、ナイフとタクティカルトマホーク。ポーチにはマガジンと緊急補給用の電解液が入っている。戦闘用仮想空間を構築し、空港構内図を展開する。


 空港へとヘリは降下した。ドアを開くと冷たく凍てついた風が吹き込んだ。降下用のロープを垂らす。

「降下! 行け!」

ヒルデガルトはヘリの床を蹴り、ロープなしでターミナルの屋上に飛び降りた。カフェのガラス戸を蹴破ると、隠れていた生存者が震え上がった。敵味方識別プログラムが彼女の拡張視覚から生存者を非アクティブ化する。Katerの後続を肌に感じながら、空港内部に侵入する。

 空港構内はあまりにも広い。テロリストが立てこもるには向かない。

『HR、先行しすぎるな』

『了解』

売店の影に滑り込む。土産物屋が並ぶ広いラウンジは遮蔽物が多い。テロリストはすでにここで蛮行を終えたところだった。品物が床に散らばり、逃げ惑った客の靴が転がっていた。ガラス天井から降り注ぐ光が床の血を照らしている。多くの利用客が倒れて動かない。うめき声を上げて立ち上がろうとする客にとっさに銃を向ける。脅威度:低。サイボーグなら異様な電磁波反応がある。しかし人間のテロリストを判別するのは難しい。

『HR、民間人を殺すと面倒になる』

『わかってる』

ヒルデガルトは影が動くのを見て、隊員にハンドサインを送った。敵の射程内に身体を晒す。拡張視覚が武器を認識し、FCSが自動で引き金を絞らせる。テロリストが視界に彼女を収める前に、ヒルデガルトは脳髄に銃弾を撃ち込んだ。FCSは満足げだ。彼らの死体を超えてセキュリティに入る。

 前方にサイボーグの電磁波を感知。セキュリティゲートの反応に身を隠し、銃口をこちらに向けている。アラートが響くより早く、電磁装甲が銃弾を弾き落とした。

『HR、CQCに移行。フレンドリーファイアに注意せよ』

そう通信に囁いて、一歩踏み込む。瞬時に数メートル距離を詰め、敵の姿が物理視野に収まる。右手がナイフを握り、強化筋肉が唸る。緑色の目をした少女は床を転がった。ゲートの機材がナイフでえぐられる。仮想空間に敵の挙動が演算で弾き出された。床を蹴り、距離を取ろうとする敵に追いすがる。ライフルのバレル長より内側に踏み込み、頸動脈にナイフを突き込む。赤黒い電解液が噴出し、サイボーグの動きが止まった。手首を返し、眼球を突き刺す。

『1体撃破』

間髪入れず、4時の方向から銃撃。電磁装甲で弾きながら振り返ると、Katerが射殺したところだった。

『2体目だ』

余計なことを、とヒルデガルトはつぶやいた。

 ゲートでは武装した警備員が首を明後日の方向に捻じ曲げられて死んでいた。サイボーグの身体では無事にセキュリティゲートをクリアできない。彼らは強引に制限区域に入ったのだ。彼らは警備員を殺害し、武器を取り出し、周囲の旅行客を殺傷した。ネット上で喚き散らされる言葉の数々が次第に事件の実像を形どっていく。

 HRとKaterは第2分隊が制限区域から出るのを見送った。息絶えた利用客が折り重なって倒れている。体温はまだ残っている。

 通路の脅威をクリアしながら搭乗口を目指す。テロリストの気配がない。わずかに生命反応を残した負傷者のそばをヒルデガルトは通り過ぎた。

「…………」

足を止めた隊員をコンラートが引っ張った。Katerの任務はHRと共にサイボーグを破壊することだ。

 長い搭乗口への通路はいくつも伸びている。ここにもいない。あるのは死体だけだ。他部隊からの目撃情報もない。一つ一つゲートをクリアするごとに、ヒルデガルトは焦りを感じ始めた。サイボーグは一体どこに。初陣においてKSKに遅れを取るわけにはいかなかった。

『Kater司令室、我々は制限区域を出てエントランスフロアに向かう。制限区域にサイボーグがいない』

『エントランスフロアにはKSKが展開している。ほとんどの区域はすでに制圧された。サイボーグの報告はない』

システム上に構築された広大な空港の立体地図は、ほとんど塗りつぶされている。空港に展開された大規模な部隊が虱潰しに制圧しているのだ。

『人間の目は見落としがちだ』

「100以上の目玉より、お前の2つの目玉の方が優秀ってことか?」

隊員が不信感を示した。ヒルデガルトは彼の顔を振り返った。

「お前の目は、肌は、サイボーグの電磁波を感知できるのか?」

彼女は腰に下げたタクティカルトマホークを手に取り、窓ガラスに向かって振るった。

「おい!!」

手を伸ばす隊員の手をすり抜け、彼女は窓から身を躍らせた。壁に取り付き、通路区画の屋根に上る。激しい風が彼女の身体に叩きつけた。旅客機の巨大な鼻面が目の前に並んでいる。




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