第3話 der erste Angriff 3
「ううん……」
顔面に何かが覆いかぶさっている。私は柔らかなその塊を手で払い除けた。にゃあんと小さな抗議の声が上がる。
表層意識、再起動完了。冷たいシステムの声が響く。目を開くと、視界はまだ暗かった。否、部屋が暗いようだと気付く。暗がりに目が慣れてきて、状況を把握する。右目の視界に、黒猫が顔を覗かせた。どうやら自室のベッドに寝かされたようだ。一向に明るくならない左目は、包帯に覆われているが再生は完了している。上体を起こすと、頭に鋭い痛みが走った。
「おはよう、カクタス」
基層意識のログを見返すと、黒猫カクタスはどうやらずっと一緒に寝ていたらしい。この猫は私が不調の時だけずいぶんと優しくなる。
ベッドから降りると、左腕を引っ張られた。上腕のコネクタから給電が行われている。さらに点滴もつないであった。私はポータブルバッテリーと点滴を持って立ち上がった。やることは山積みだ。自室を出て、誰もいない執務室から出る。隣接する
「起きたか」
Katerの指揮官が振り返った。顔に疲労が出ている。
「バトルログを提出する」
私は左上腕のアダプタから受信機を抜き取り、PCに挿し込んだ。司令室の大きなスクリーンにバトルログが表示される。
「Katerからすでに報告は受けたと思うが、私はケレンスキー中尉によって拘束を解除され、研究チームを襲撃した敵部隊と交戦した。8体の敵を排除し、ICE内で負傷、表層意識を停止した。私が見たところ研究チームに生存者はいなかった」
淡々と述べる私に、少佐は眉間にシワを寄せたままうなずいた。
「停止したHRを回収したKaterはアウトバーンとICEの生存者を確保した。護衛部隊の兵士と民間人の生存は確認されたものの、研究チームの全員の死亡が確認された」
脳がズキリと痛んだ。
「敵の死体を連邦軍が回収した。ベルリンで解析されるらしいが、お前はあれを何と取る?」
バトルログをさかのぼり、当時の感覚を呼び起こす。肌を撫でる電磁波は、個人携行品のものではない。万力のような腕力と、不自然な触感。
「機械化手術を施された人間、あるいはロボットというべきか。一様に同じ制服と似た身体的特徴で、所作も人間味が薄い。ただ、脳は生だ」
サイボーグとでも呼ぼうか、とつぶやく。
「私のバトルログから、敵個体の解析を後でまとめて送る」
「おい、どこへ行くんだ」
さっと踵を返した私の背に、少佐は声をかけた。振り返る司令室はあまりにも静かだ。夜だからではない。本来はいるべき人間がここにいないからだ。だから、必然的に私の仕事は決まってくる。
「みんな死んだ。私は一人も仲間を守れなかった。だが、ここで終わりにするわけにはいかない」
「待て。勝手な行動は慎め」
少佐が深く落ち窪んだ眼窩から鋭い視線を投げかけた。彼の声は低く、怒りを隠している。
「そもそもなぜKaterの到着を待たなかったんだ。敵の前で倒れ、民間人に偶然助けられるなどという幸運が予測できたのか?」
「彼らの目的は私ではなく、研究員の抹殺だった。私がICEに到着した時点で彼らはその目的を達成していた。私が攻撃しなければ彼らを――サイボーグを確保できなかった」
「お前の選択は常にハイリスクだ。躯体の死亡を軽視しすぎている」
私は肩をすくめた。
「諸君ら人間は、私の命を重く見すぎたために18名の命を犠牲にした。私が護送中に拘束されていなければ、一人でも多くの軍人の命を救えたはずだ。私の計算は間違っているか? 兵士に向かって用いる言葉は私には不要だ」
睨みつける少佐を尻目に立ち去りかけて、私はふと思い出して振り返った。
「それと、彼は民間人じゃなかったぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます