第5話 8時半 ~習慣~

兄夫婦とその息子、つまり俺の甥っ子といっしょに一つ屋根の下で暮らして

から、2年ほど経った。


最初は、正直憎たらしくていけ好かなかった甥っ子の一等かずとも、いまでは

心から好きだと思えるようになった。

そして、嫌味をこめたつもりで呼んでいたあだ名”一等いっとう”も、すっかり

愛称のつもりで呼べるようになった。


そして、温厚で、昔からやさしく子育ての手助けに疲れていた俺を唯一、気遣って

くれた兄・健一郎けんいちろう

そして、怒りっぽいけど専業主婦と育児をきわめるために日々、頑張っている

義理の姉・菜緒なお

そして甥っ子と俺を含め、一戸建ての住宅で4人家族として暮らしている。


時刻は夜8時半。俺は一等いっとうとお風呂に入っていた。

本来、父親として兄貴がよく風呂に入れているのだが、帰りがおそく、8時半に

入れられない時がある。そんな時は、基本6時前の定時ていじで終われる仕事についている

俺が一等をお風呂に入れてやる。別にではなかった。だって一等は、俺にとって世界で一番大切な存在になりうるのだから。


「さあ、一等いっと~、頭流すぞ~。おめめ、ちゃんとつむってろよ?」

ヘアシャンプーで髪を泡立てた甥っ子の頭を、シャワーで水圧ゆるめに

流す。ぎゅっと目をつむる甥っ子。シャワーで頭の泡を流すと、

口元にその水が流れたときに「うびゅるびゅる~~~」と言って遊ぶ。

4歳になる甥っ子は、さすがに頭を洗うのを嫌がろうとはしなかった。

成長したなあ・・・



次は、ボディソープを肩やら背中やらお尻やらにつけて泡立てて、

洗ってやる。甥っ子はとても気持ちよさそうだった。

叔父ちゃんもだよ。


そして、体を洗いながら、俺は一等に告げる。

「なあ一等、」

「なあに?」と、口角をあげて微笑みながら甥っ子は言う。

正面を向いて洗っているので、甥っ子の反応が目の前でわかる。


「あした、叔父ちゃんな・・・会社の帰りに、病院に行かなきゃ

いけないんだ。だから、8時にお風呂に入れられそうにないから・・・

もし帰ってこなかったら、パパにお風呂入れてもらってな。

パパが駄目なら、ママにたのんでな。」

と、ことわっておいた。するとこころよく一等も、「うん」と笑って頷いた。

そう、俺はある病院に通院しており、つきに一度診断を受けに行っている。

診断の内容はまたあとで話すとして・・・・

もちろん、俺も好きで通院しているわけではない。一番の理由は、

甥っ子と遊べる時間も削られてしまうからだ。

自分の体を良くしてくれることはありがたいのだが・・・それでも

しぶしぶ、その病院へ診断しに行くのであった。


次の日の夜。時刻は9時半を回っていた。患者が多く、ずいぶんと待たされた。

しかも、もらう薬を含めて、毎月3,000円も払っている。そして、帰りの電車も

遅延ちえんでまいったものだった。こんな習慣から早く解放されたい。

そう思って、我が家の玄関のドアを手前に引いて、家の中へ入る。

「ただいまー・・・・」


誰も迎えに来ない。義姉ねえさんも。もう寝たわけでもないのに。


すると、食卓で、髪をボサボサにして椅子に座っている義姉さんがいた。


「あの・・・ただいま」

恐る恐る声をかける俺。義姉さんが振り向く。


「ああ、お帰り。ごはんは?」

不機嫌そうに口を開く。

「これから食べようかと・・・・」

せっかく用意してくれていると思って、外で食べずに帰ってきた。

食卓には俺の分の食事が作り置きされていて、ラップがかけてある。

それなのに義姉さんは、

「めんどくさいなあ・・・自分でやってくれる?」と俺に

言い渡した。随分と疲れているみたいだな。俺だって疲れているん

だけど。

俺は晩飯の支度、つまりラップのオカズをレンジにかけながら

義姉さんに問う。

「・・・何かあったんですか?」


「今日、健ちゃんの帰りが遅いから、私が仕方なく一等かずとをお風呂に

入れてやったのよ。そしたらあの子、大泣きして・・・

”おじちゃんとがいいー!”とか”パパと入りたい!”とか言って、大変

だったんだから・・・・・」


そういうことか。兄貴は、まだ帰っていなかったのだ。大泣きしながらも風呂に入れてもらった一等も、もうとこについている。

さっそく寝顔を確認しに行きたいところだが、

もう体力と空腹が限界だった。そして、義姉さんにねぎらいの言葉のひとつでも

かけてやらないと・・・・

「それは、ご苦労さんっした・・・・」

だが、義姉さんからは返事はなかった。まあ、こんなことには慣れっこだ。

よほど一等のことで参ったのだろうか。

俺のことはいいけれど、義姉さんは自分の息子が、一等が可愛くないの

だろうか。


俺が夕飯ゆうはんを食べ終え、単独のお風呂から出てから11時を回っていた。

義姉さんも、俺と入れ替わるようにお風呂に入っている。

お風呂上がりにテレビを観ていたら・・・誰かが玄関のドアを開けた音がした。


兄貴が帰ってきたのだ。


「兄貴?おかえり・・・・」

兄は疲れきった様子を体には表わさなかったが、顔には表していた。

「ああ、しんか・・・・」

そして兄は、俺が座っているソファと反対側にあるソファに深々ふかぶかと座る。


「ちょっと話があるんだよ。」

「え?」

兄貴は、先ほどの疲れ切った表情から似てなる、

神妙な顔つきになって俺に言い始めた。


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一等分の子宝 黒田真晃 @fykkgoghhlhl

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