第4話 ディス イズ イット

甥っ子が退院してから、俺は実家を売り払った。

俺は正式に兄夫婦の住む有島ありしま家の仲間入りになった。

(と、いっても俺はもともと有島なんだけど)


最初は、甥っ子の一等いっとうのすることにも怒りをなるべく押し殺すようにしながら、

相手をしていたのだが、一等もかなり早いスピードで、俺になつくようになっていた。

やはり、魚心うおごころあれば水心みずごころってやつなんだろうな。


最初は不慣れだった俺の呼称も、「おぃちゃん」から、「おじちゃん」と言える

ように滑舌かつぜつもよくなってきた。


2年が過ぎ、甥っ子も4歳になった。


休みの日は、なるべく甥っ子と遊ぶ日が増えた。


うまく言えないけど・・・俺には彼女もいないし、人付き合いもうまくない。

だから・・・いっしょに遊んでいるうちに、一等のことを好きになっていた。

もちろん、甥っ子を相手としての、叔父の愛情だ。

休みの日は、一等と遊んでいるほうが楽しい。

今日は、家でのんびり一等に絵本でも読んでやる。


「さ、いっとー、ごほんよもうな」「うん!・・・これよんで!」

と、一等が自分用の小さい本棚から絵本を出してきた。


さんたろうのおにたいじ(三太郎の鬼退治)という絵本。

力持ちの3人兄弟が、人々を困らせている鬼退治へ行くという、

いわゆるむかしばなしだ。いま幼児たちのあいだで人気なのだという。



「ねえねえ、はやくよんで!」と一等がせかす。

「よしよし、今読んでやるから」

俺は、登場人物の声を、それ相応の声色で演じ分けながら読んでいった。

『おれがたいじしにいく!』と、長男。

『いいや、ぼくです』と、次男。

『いや、ぼくだね』と、なまいきにいう三男。

そこに、わってはいってきたのは、たいそうきれいなお姫さま。

『じゃあ、三人でいっしょにおにたいじへいってはどうです?』

(ここは裏声で演じる。)

『『『それはいいですね』』』と、3にんもなっとくしたようす。

ふねにのった3にんは、うみにでて、ながいこうかいを経て、

ようやくおにがしまにつきました。

もんのまえでまちかまえていたのは、かなぼうをもった

おおきなおに。まだ、おやぶんではありません。それでもまだ、

じゅうぶんにこわいのがわかります・・・

だって、ほんとうのおにのおやぶんは・・・


          「一等かずと!!!」


現実にひきもどされた。

俺の義姉ねえさん、つまり一等の母親の怒鳴り声だ。

その声に、俺も一等もくうじゅつのように、座っている状態で

その場からフワッと飛び上がった。


義姉さんは、何やら紙切れを差し出しながら一等に怒った。

それは、一等の通っている塾・カモンこと、もんしきで出された

宿題のプリントだ。


「これ、倉庫にかくしてあったんだけど!あんただよね!

なんでこんなことするの?」


一等は、「ごめんなさい!!」と言いつつも、

「おじさん、そこにいて!」と言いながら俺の後ろに隠れた。


「ごめんなさいじゃない、なんでこんなことするのって聞いてんの!

隠したってバレるのわかってるでしょ!」


義姉さんの怒りはおさまることなく、一等にくってかかる。

まるで、先ほどの絵本の続きを見ているようだった。

本当の鬼の親分は、義姉さんなんじゃないかって言うくらい。


「さ、慎ちゃん!そこどいてちょうだい、かずとに話があるから」


見かねた俺は、一等の援護にかかる。


「でも義姉さん・・・イット、じゃない、カズトなりに反省してるんだし、

もうそれ以上怒らなくてもいいんじゃないですかね」


「反省なんかしてません!そうやって慎ちゃんも甘やかすから、」


「いいからいいから、本人に聞きましょうか?」


俺は義姉さんの言葉を遮って甥っ子にく。


「な、いっとー、もうしないもんな?」

「うん!」と、甥っ子は満面の笑みで返事をする。


「勝手にしなさい、ろくな大人になりませんよ」

と言って、義姉さんはその場を立ち去った。


一等は、義姉さんが部屋から出たあと、

「ようかいお短気たんきババァ」と言いながら突き出した尻をペンペンと叩いた。

なんのアニメの影響だろうか?


「あ、それから」


と、一等が挑発している途中にすぐ義姉さんがドアを開けた。

一等は、すぐに止めながらも「きゃははは」と笑う。


「そのプリントの問題、ちゃんとやりなさいね」とだけ、

伝えてきた。

英才えいさい教育でも目指そうと思ったのだろうか。

俺は、一等の生きたいように生きてもらえればそれでいいのに。


「さ、一等。絵本の続き読もうな」「うん!」



そして、回想かいそうが終わり、現在。ピクニックに出かけている

俺たち有島家。

広い緑の芝生しばふが生い茂る運動公園の中。お弁当を広げている。

唐揚げや玉子焼きと言った、定番のオカズおあるが、中でも目を

ひくのは、おにぎりだった。

一等が自慢げに、「これ、いっちゃんがつくった!」と

格好かっこうな形のおにぎりを指さす。

「そうかそうか、一等がつくったか~」と俺。

「これとこれと、これはおじちゃんのね!」と、続けて言う一等。


それは、梅干し入りのしそえと、枝豆入りの桜エビ和えのおにぎり。

どちらも海苔がで、一等が握ったため前述のとおり形は良くない。



「おいおい、叔父おじちゃんばっかりでパパたちのは?」と、兄貴。

「パパとママは、すきだから、こっちのおいしいのたべて」と、

別のおにぎりを。それは義姉さんが握った、しっかりとした三角形の

おにぎりだった。でも、俺が食べているおにぎりは、見た目はあれでも

味は最高だった。それは確かに、一等の作ってくれたもの。

俺のためにつくってくれた、愛の形の物的証拠なのだから。


「でもねー、いちばんすきなのは、おじちゃん!」


「そーか!おじちゃんは嬉しいぞー!」俺は甥っ子の頭を

くしゃくしゃっ、とでる。一等はまた、きゃははと笑った。

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