第3話 孤独から救ってくれたのは

ひと昔前。甥っ子もだいぶ大きくなり、と言っても1、2歳程度。


「叔父ちゃん」ともなかなか呼べない状態だった。


兄貴の奥さん、つまり俺の義姉さんである菜緒なおさんは、

専業主婦であるのをいいことに、甥っ子の一等かずとを連れて、

しょっちゅう家に遊びに来た。


お袋が、茶々ちゃちゃを入れてくる。


「ほら、叔父ちゃん、遊んであげて。」


俺はその頃、好きで叔父ちゃんになったわけではなかった。

まだ20代ちょっとだというのに、いきなりけたような言われようだったのが

理由のひとつ。


「さぁ一等いっとーくん、叔父ちゃんと遊びましょうねえ~・・・」


そのころはうらっつらを見せて甥っ子と向き合っていた。


さっそく甥っ子が俺に抱っこをねだってくる。俺は甥っ子の尻に右腕を

通し、甥っ子の左腕が俺の首うしろにまわるように抱っこをして、そのまま

立った。

甥っ子はそのまま人差し指で、「こっちに進んで」と言わんばかりに

誘導する。俺も、「あ、はいはい」とこびるように進む。


両親も鬼畜きちくで、あんまり好きではなかった・・・・

仕事と子守におわれている我が子を、あまり心配しなかったのだ。


そんな中、俺は会社の組合ボウリング大会に参加することになった。

スポーツはそこそこ好きだし、ボウリングのあとは無料でバーベキューに参加できるからだ。俺は、会社の接待の一環いっかんを出しに、その日の子守を親や義姉さんに免除してもらった。


その日は久しぶりの解放感を味わったーーーー・・・が、




組合ボウリングから俺が帰ってきたら、うちの両親は亡くなっていた。


親父が車にお袋と一等を乗せて、近くのショッピングモールに

遊びに行った帰り道だった。

ブレーキとアクセルを踏み間違えて、トラックに突っ込んだ。

交通事故だ。


両親は即死だった。


甥っ子は、後部座席でしっかり固定されたチャイルドシートに

乗っかって無事だった。


次の日、俺は2日ほど会社を休み、両親の通夜、告別式に参加。


涙は出なかった・・・涙が出ないのは、いい思い出が両親になかった

から。逆に、いなくなって清々せいせいしていた。


でも・・・俺が子守を放棄ほうきしたことがジンクスだったと思うと・・・・

少々、罪悪感にさいなまれた。


告別式が終わったあと、兄貴が「俺たちと一緒に暮らさないか」と言ってきた。


当時俺が住んでいた家は、俺と両親だけでいた一戸いっこての住宅。

両親がいなくなった当時、俺は一人取り残される。

そもそも、家の残りのローンも俺が支払わなければならない。

でも・・・俺が兄貴たちと一緒に暮らすとなると、そのときの生活がすでに

よめていた。どうせ、甥っ子の世話を頼まれるのだろう・・・・


「いいよ、俺ひとりのほうが好きだし、それに、働いてるんだから、

土地代やローンもこの先払っていけるよ」と言って、俺は断った。


はじめて断ったその日・・・母親と手をつないでいた一等いっとうが、

俺のことを涙目でみていたように見えた。


―――次の日,親のいない初めての朝。朝飯は、前日の夜あらかじめ

買っておいたおにぎりとインスタントの味噌汁で済ませた。

それから俺は、会社へ出勤した。


その日は、はげしい雨が一日中っていた。


―――仕事を終えて、親のいない初めての夜を迎える家に帰ってきた。

晩飯は、ぼう牛丼チェーン店で済ませてきた。あとは、自分が今日一日

着ていたワイシャツや下着を洗濯器に入れて、風呂に入って、洗濯物を

部屋干へやぼししてからベッドにもぐりこむだけ。


風呂上がりに、兄貴から電話がかかってきた。


しん、たのむ、ちょっと都内の病院まで今すぐ来てくれないか?」

「えっ、なんだよいきなり・・・・」

一等かずとが、高熱を出して、お前の名前をずっと呼んでんだ!」

「えっ?」


俺は、風呂上がりにすぐに私服に着替えて、車を出して都内の市民病院へ向かった。そして、電話越しに兄貴に教えてもらった一等いっとうの病室へと向かう。

高熱といっても、・・・さいわい、40度は切っており、病室も個室ではなかった。


どうやら・・・一等が高熱を出したのは、俺のせいのようだ。

兄貴は、そうは言っていなかったのだが、兄貴の説明の中から、そう捉えられた。


「いっとう!」


甥っ子の入院している病室へ駆け込む。付きいの義姉さんに”シーッ”と、人差し指に手を当てて注意された上に、ここは病院なのだが、おかまいなしに

大声を張った。

甥っ子は、白く大きいベッドの上で、真っ赤な顔をして、目をつむりながら苦しげに呼吸をしていた。

「大丈夫か・・・・?」と俺が手を握ったら・・・・


・・・・おぃちゃん・・・・・・ぉずちゃん・・・・



確かに一等の声だった。  一等が、甥っ子が、初めて俺のことを

叔父おじちゃん」

と呼んでくれた瞬間だった。


甥っ子は・・・午後2時ごろ、保育園から帰ってきたら、

「おぃちゃんのこと待ってる!」と言って、家の玄関の外で、しかも雨の中、

義姉さんの言うこともきかずに、俺を待ち続けてくれたのだという。

頑張って待っていれば、きっとやってくる、と言った、なにかの絵本に影響されて

はじめたことだったらしい。そして・・・雨の中、俺が定時ていじで仕事を終えるまで、

3時間ほど外に居たことで、一等は高熱を出してしまった。

それから俺が家に帰るまでの2時間のうちに、一等は熱にうなされ、病院に運ばれ、それを知った兄貴も残業を早引けして帰ってきたのだという。

俺はそのことを何にも知らなかった。甥っ子の気持ちに、あのとき気づいていれば

どうなっていたか・・・・馬鹿ばかだ。


「・・・・ごめんな」

と言って、俺は甥っ子の手を、両手で包み込むように握った。

自分の顔を、自分で見ていなくても、涙を流している自分をすぐに認識できた。


その時、背中をでられたような感じになった。それは、兄貴が

「あんまり自分を責めるなよ」

と言いながらとった行動だった。


そして・・・俺は甥っ子の気持ちに応えるために、兄夫婦一家との同居を

前向きに検討してみた。


そして、検討の結果。


俺は兄夫婦の家に住まわせてもらうことになった。


もう少しで孤立してしまうところだった俺を、甥っ子が救ってくれたのだと

今でも思う。

そして・・・・甥っ子の世話や相手とは言わない。

甥っ子にとって・・・俺は何なのか。それを徐々にすため、

甥っ子と喜んで向き合うことにした。

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