第2話 天使の産声というべきだった

俺は当初、おいっ子のことは溺愛どころか、好きじゃなかった。


それは甥っ子がこの世に生を受けたころからだったーーーー


「びえ~えびえ~え・・・・」


親に、兄貴の奥さんの出産に立ち会うように言われた日。

産婦人科に来た。いろんなお宅の赤ん坊の泣き声が響き渡っていた。


兄貴夫婦の赤ん坊は、元気な男の子だった。


お袋の意向で、兄貴の奥さん、つまり義姉ねえさんは1か月ほど我が実家に

滞在することに。


しばらくは家の中で、何デシベルかはある赤ん坊独特の鳴き声が響き渡っていた。


面倒を見てくれるのは兄貴夫婦だと思ってをくくっていたが・・・


「ほら、叔父さんもだっこして」とお袋に言われ、ぎこちない抱き方で

何度か甥っ子を抱っこした。


右手で土台をつくって、左腕をえる形で、赤ん坊を抱っこするのだ。

そして、り子のように赤ん坊を左右にゆらゆらしてあげる。


名前は、生まれてからつけられた。名前は、一等かずと

なんでも一等賞になってほしいからだ。


俺は、1か月満たない環境の中で、子守の手伝いに限界を感じ始めていた。

だからつい、愚痴ぐちをこぼしていた。


「あの、赤ちゃんもう少しなんとかならないかな・・・?」


それを聞いた親父が、意見してきた。


「赤ちゃんは、泣くのが仕事だ。泣かなかったら、可笑しいだろう」


と、余裕を見せている。それもそのはず、彼にとっては初孫はつまごだ。

奥さんも子供も、孫も手に入れた人間にとっては人生の絶頂期だろう。


「それはそうだけど・・・・」

と、俺も返しておいた。それからの会話はおぼえていない。


いよいよ俺は、甥っ子の名前を嫌味をこめ、一等の名前を

「かずと」ではなく、「いっとう」と呼ぶようになっていた。


幸い、赤ん坊だから何の反応も示さないと思ったからだ。


当の父親である兄貴・有島健一郎は、その様子をみて微笑ましいと思っていたようだ。その兄貴を見て、俺は少々申し訳なさを感じていた。


俺は、町会議員をつとめ周りを明るくしている兄貴を、昔から尊敬していた。


両親は何ら、俺が中学でいじめられていたことに無関心だったが、

兄貴だけはそれに気づいてくれた。


「俺に出来ることがあったら、なんでも相談してくれ。兄貴だろ?」


と。不登校になりがちだった俺を支えてくれた。


今じゃ町民たちからあつい信頼をうけ、シマケンの愛称あいしょうで親しまれ、この地域をよりよい暮らしにしようと、奮闘している。


そんな兄貴と、まだ好きになれていない甥っ子を懐古しながら、俺は

ピクニックへ向かう車の後ろ座席にゆられていた。


「おじちゃん♪」

「・・・あ、はぁい♪」


一等いっとうに呼ばれて、現在に引き戻された。俺は軽快に返事をする。


「ごめんごめん、ちょーっと今日のピクニックするまで退屈だった

からさ、ちょっと寂しい顔してた。」


と、嘘をとっさにつき、一等を安心させた。


「ピクニックしたいね!」と、一等。

「うん。叔父ちゃんも楽しみだよぉ?」


この話はまだ終わりではない。俺が何故好きじゃなかった

甥っ子を好きになれたのか話すまで、もうちょっとだけ

時間をかけるかもしれない。




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