第27話

ぼやぼやしてたら私は誰かのいいこになっちゃうよ

これほど可愛い女は二度とはお目にはかかれない

(狂わせたいの 山本リンダ)


「かしこまりました」と眠り鼠は答えたが、一向に走馬灯は回らない。何か映写室でバタバタ走り回っている。もしかして俺が1を選ばないとは思ってなかった?

「えー、まだお時間がございます。今宵は特別アトラクションとして、もし熊懐様が一番を選ばれたらどうなったかを、途中までご覧いただきましょう」と猫田CVの声。

ほう、サービスいいなあ。

走馬灯が動き始める。


俺は先輩に、今までありがとうございました。もう家事手伝って頂かなくても大丈夫になりそうですと告げた。意味を察した先輩は黙って頷いた。

ある休みの朝、オコに電話して一度話がしたいと言ったら、今から行くと言う。俺は住所を教えた。

1時間後チャイムがなった。

ドアを開けたら、ハアハア息を弾ませたオコが立っていた。休みなのに制服?

セーラー服の上着が激しく動いている。

なんか今日はえらくスカート短いなあ。

「お待たせ。お水一杯飲ませて」

冷蔵庫から冷えた麦茶を出すと、オコは台所を見渡して、

「片付いてるがね。ははん、あの女が通い妻を」

「先輩とは別れた。てか最初から付き合ってない」


リビングに入って、

「おっきいテレビ。これ口実に女を誘い込んで」

購入意図は否定しない。ただこのテレビ一緒に見たのは先輩以外は、同僚数人と横浜球場のドラゴンズ優勝決定戦観て盛り上がっただけ。


寝室に入ってオコはいきなり俺のベッドに仰向けになり、

「来て!あの女みたいにアタシを抱いて!」

相当シミュレーションしてきたらしいが、超美女が勝負服状態のセーラー服で真っ赤な顔してハアハアしている。片膝立っているので、パンツ見えそう。

これは堪りません。しかし事実が先では困る。

「誓って言うが、先輩とはキスもしていない」

オコ小さくガッツポーズ。


「痩せても枯れても(太ってるが)熊懐家は武家の家柄、武士は食わねど高楊枝じゃ!」

するとオコはベッドの上に正座して、

「立派なお覚悟でございますが、朝鮮戦争で亡くなりました私の亡き祖父は、スエーデン移民のアメリカ人でした」

そうだったんや。でもそれが何か?

「すなわち、スエーデン食わぬは武士の恥」

余りのギャグセンスにその場にへたりこんだ俺に

「おっかしいなあ、このセリフでお父さん堕としたってママが」

健次さんは

「いっただきまーす!」と言って麗子さんに飛びついたそうだ。


ベッドだといつ俺の自制心が崩れ去るかわからないので、リビングのソファに座ってオコに告白。

ポロポロ泣きながら抱きついてきたオコは、俺の首をがっちりホールドして(間違いなく俺より力強い)キスの嵐。いきなり舌入れてくるとか、高校生の耳学問は侮れない。

ようやくジタバタする俺から離れて、オコがポケットから何かを取り出した。

「今朝切れたの」

それは前に大須で買ったミサンガだったが、

お前それ、ハサミで切ってあるじゃん。

凄い覚悟でここへ来たんだな。

俺はもう一度オコをハグした。


それから、オコは店に来てくれと言う。見せたいものがあるそうだ。

親にはまだ内緒にしとこうね。と言ったのに、カフェに入るなり、オコは麗子さんに、

「ママ、あたしおにいちゃんとスティディになった!」と、アメリカンホームドラマそのものの宣言。店の客からまばらな拍手(がっくりしてたオコ狙いの客もいたらしい)。麗子さんは

「まあまあまあ!熊ちゃんはチキンだから告白なんて出来ないと思ってたのに。良かったわね陽子。そうだ!あなたー」とバイク店にとんで行く。外で

「俺は認めんぞ!」と言う怒鳴り声。健次さんはサニートラックで出かけてしまった。


「鬼のいぬ間に(交際を認めてもらうまで、健次さんは本当に鬼だった)ガレージに来て」

ガレージには一台のバイクがあったが、記憶ファイルからデータ照合するのに時間がかかった。

「シルクロードか。珍しいなあ。これあんまり売れなかったやつじゃん」

「うん、これも中古で来たんだけど、前のオーナー、ほとんど乗ってなかったっぽい」

ホンダシルクロード250。4サイクル空冷4バルブ単気筒。いわゆるデュアルパーパスモデルで、オフロードでもそこそこ走れるが、長距離のツーリングが主な目的のマシンだ。かつてはスクランブラーと呼ばれ、スズキのハスラー250とか400。ホンダにはCL175なんてモデルもあった。久々にホンダが本気出したトレッキングバイクだが、いかんせんシルクロードを走るには適しているだろうが、長距離移動は高速道路の方が楽な日本では400オーバーのロードタイプの方がツーリングには適している。余り売れないまま4年ほどで生産終了した。


実はなかなか特定出来なかった理由はもう一つあった。

「これ、金かかったろう」

フロントとリアフェンダー、サイドカバーをシルバー塗装。そしてガソリンタンクはアルミっぽいメッキが施され、懐かしい書体でSilkroadと。

「本当はエルシノアのタンク使いたかったんだけど、ガソリン容量が半分しかないから…。メッキの色指定が大変で、室井モータースにツケがいっぱい」

オコがモトクロスを引退した後も、タンクは部屋に飾ってあったらしい。

しかし、エルシノアの王子様をまだ引きずってたのか…。

「あたし、高校卒業したらしばらく旅に出ようと思うの。一緒に来てくれるでしょ?」

「一緒にって、そんなに長い事休んだら、仕事クビになっちゃうよ」

「あたしと仕事、どっちが大事なの?」

とお決まりのセリフ。


王女様の仰せには逆らえず、せっかく釣り上げた黒鯛をタモで掬う直前に逃げられるのはまずい。と言う思いで、俺は上司に自分探しの旅に出るから会社を辞めたいと申しでた。上司は苦笑して、

「そんなに続かないもんだよ、あてのない旅なんて。まあお前有休ほとんど使ってないし、こないだの病気は傷病休暇扱いになったから、3ヶ月は席残しといてやる」

時々こう言う馬鹿は居るが、気が済むと戻って来るらしい。時はバブル景気。万事が鷹揚だった。


俺は急いで車校に通い、中型免許に限定解除した。最後のボーナスで買ったのはヤマハのSR400。スポークホイールがこの車体には似合っているので初代を探していたが、このたびめでたく前代未聞の逆マイナーチェンジで、スポークホイールに戻っていた新車を購入。


「そう言えば、去年のヴァレンタインのお返し、してなかったなあ…」

最初は女性から一方的にチョコレートをあげる日だったはずのヴァレンタインデーが、この頃から男がお返しするホワイトデーなるものが、お菓子産業の陰謀で始まっていたが、俺は聖ホワイトなんて聖人はいないと無視していた。

俺は花屋に行って、店にあるだけのカスミ草だけで、でっかい花束を作ってもらい、スーツを着てカフェでバイトしていたオコに差し出した。

「でっか!」

「オコ?俺一緒に行くから」

「そう言うと思った」とニンマリ笑った。

もう完全に尻に敷かれている。

「でも俺も男だから、旅の途中で襲うかもしれんよ」

「望むところだ」


卒業式を終えたオコと俺は東京まで高速道路の旅。

「パワーが足りない。バイク取り替えて!」と騒ぐオコをなだめながら中型初心者の俺はゆっくり走った。まあシルクロードは本来下道をゆっくり走るバイク。130kgで20馬力のエンジンじゃ、90kgで16馬力2ストのDT125(俺のですけど)乗り回してたオコには物足りないだろう。

しかし、高速以外はオコはこのバイクを凄く気に入っていて、メッキタンクが英国の旧車ブラフ・シューペリアみたいと自画自賛していた。


困った事にこの年、東京ー苫小牧のフェリーは運行を中止しており、やむなく一旦東京のホテルに一泊したが、その夜俺は獰猛な雌ライオンに襲われた。

結論を言うと、帽子屋、あんたは正しかった!


大洗と言うところから苫小牧行フェリーが出ていると知って、それに乗って北海道に渡った。

1ヶ月程の北海道周遊と東北を通っての帰路ツーリングで、二人とも決定的に結婚に向いていないと悟った俺たちは、ずっと籍は入れずに恋人同士でいようと誓った。


名古屋に帰った俺は上司に頭を下げて復職。オコはおばあの故郷見てくると麗子さんと沖縄へ。

途中の飛行機で客室乗務員(当時はスチュワーデス)の応対ぶりに感動したとかで、スチュワーデス養成の専門学校に入った。この辺の行動力は凄いが、オコは俺と結婚しないなら自分で稼がなければ。と思う子だった。

そういう学校に夢を抱いて入学しても、大半はスチュワーデスにはなれないそうだが、オコは美貌、長身、外国語会話を含む学科も抜群で、卒業後すぐに外国航空会社に採用された。

オコは随分エグゼクティブに食事に誘われたそうだが一切断り、長期休みには名古屋で、他は俺が東京に行って。

SR400で?新幹線だよ。一刻でも早く会いたいもん。

独身貴族と美貌スッチーの逢瀬は続いた。

高級ホテルのラウンジで乾杯!(宿泊費航空会社持ち)。本編と全くイメージが異なるアニメ

「美味しんぼ」のオープニングみたいなセレブな世界(ホイチョイプロダクションの“気まぐれコンセプト”と言う漫画で、ネタで本来の本編に合わせるならこうだろう。と言う、まるでドカベンみたいな歌詞を発表してた)。


「これはいい人生!やっぱり1コースが良かったかな?」と思ってたら、走馬灯が止まった。

「ここまで。とさせて頂きます」と眠り鼠。

「えーなんで?」

「翌年陽子様は飛行機事…」

「わかった。止めてくれてありがとう」


俺の世界では、俺が結婚して傷心の北海道ツーリングに行ったオコは、故障で困っていた時助けてくれた熊みたいなSR400乗りの医学生と恋に落ち、看護学校で資格を取って、旦那とネパールの山村で働いている。オコは現地で夫と共に献身的に働き、

「生きドルマ様」と拝む老婆も居ると言う。ガサツで飽きっぽいオコにしては信じ難いが、調べて見ると、ドルマと言うのはチベット仏教の女神で、日本では多羅観音菩薩と言う、男じゃないと悟りは開けないと言う仏教界で、男に変化(へんげ)すれば如来になれるのに、それを拒否して菩薩に留まった王女様らしい。

オコらしいや。

健次さんと麗子さんは一度ネパールを訪ねたそうだが、帰って来るなり健次さんは病院に2台のトライアルバイクを贈った。どんな山道なんだ。

「孫が5人も出来て」と麗子おばあちゃんが嬉しそうに写真を見せてくれた。

オコが生きていて貰える方がいい。


蛍の光が流れる。

「本日は走馬灯ご鑑賞頂きまして、誠にありがとうございました。これにて走馬灯上映を終了させて頂きます」懐かしいな。よしこのアナウンスだ。

俺は大長編スペクタクル映画を見終わった様に、椅子にへたりこんだ。さてと、帰らねば。

「ではそろそろ参りましょうか」と眠り鼠。

帽子屋と三月兎が後ろでウインクしている。


「行くって、どこへ?」

「だってこれ、走馬灯ですよ」

そうか、そうだったな。

俺はあの日、心臓発作で。


「逝く前に2つだけ教えてくれないか?」

「いいですよ」

「俺がどちらにも告白しないと言う選択肢は?」

「ありましたよ。走馬灯は短編でしたが。熊懐様は翌年高速道路で事故死」

「俺運転下手だもんなあ…。じゃああと一つ」

「お答え出来る事なら」


「この上映会って、俺が後悔しないための茶番じゃないの?」

「さてどうでしょう?」と眠り鼠がとぼけ顔。

「まあ茶番と言えばお茶だけに」と三月兎。

帽子屋がウインクして、

「ここはMad Tea Party。鬼印揃いのお茶会ですからな」


(終わり)

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俺のイージューライダー 鈴波 潤 @belushi1954

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