フレイミーの一面 その3

「えーと、フレイミーさん達よ。俺の話、聞いてたか?」


 現象から現れる魔物の強さは並じゃない。

 私兵の集団だけで何とかできる群れじゃない。

 なのに……。


「なぁ、貴様……いい加減、フレイミー様への口の利き方を覚えた方がいいと思わんのか? んん?」


 いつも怒鳴り散らす護衛兵が、静かにどすの利いた声で迫ってきた。

 確かこいつ、アーズとか呼ばれてたっけ?

 にしても、頭の上から首を突き出して凄んで来られてもなぁ。

 俺にどういう反応を期待してるんだろうな、こいつは?

 悪いが、あんたよりもこわーい人達魔物達に絡まれたことはたくさんあったんだけど?

 怖がるふりをしたら離れてくれるかな?


「やめなさい、アーズ。私達貴族の役割を知らない、という意味では、あなたもアラタさんも同じよ?」

「なっ……は……すみません……」


 お嬢様相手なら、礼儀正しい言葉遣いと作法ができるんだなぁ。

 それ以外を相手にするときは、ほとんど無関心……というか、邪魔ってことか。


「で、そういうわけで、ここしばらくは、冒険者のために売るつもりはない。というか、来るな」

「現象の魔物討伐を最優先、というわけね?」


 言い方に含みがあるな。

 余計なことしやがらなきゃいいんだが?


「余計な事言わなくていいからさ。ここに来るな。被害に遭うぞ?」

「あなたは被害に遭わないというつもり?」


 遭わない、というか……。

 無手勝流というか……。

 いや、その逆かなぁ……。


「この雪だからね。何もしない方がいい結果になるかもしれない」


 凍えてくれる連中かどうかは知らん。

 だが少なくとも視界は遮られる。

 五感を有してる相手かどうかも分からんけどな。

 人がいないところに現象が起きて、人がいる方に進行する。

 それは分かってるが、こっちに来るかどうかは分からない。

 隣の村に行くかもしれんし。


「方向感覚が狂って、ギョリュウの巣に突っ込んで全滅する可能性もある」

「その予見は正しいの?」


 正しくなきゃどうするってんだ。

 あんたの住む領域でもなければ、魔物討伐担当でもあるまいに。


「余計な茶々を入れられても困る。現象の魔物は討伐の専門家に任せたらどうだっつー話だよ」

「貴様……もはや我慢ならんっ!」


 短気だな、このおっさんは。

 すっこんでろよ。

 あんたの主からも、控えろって言われてたろうがよ。


「アーズ……。この者達は、それなりの教養を身に付けられなかった者達なのよ? 広い心で接する必要もあるということを知りなさい」

「は……はい……」


 おいおい。

 会話の相手をどう捉えようが勝手だけどさ。

 こっちにも聞こえるような声で言うこっちゃないだろ。

 それに、俺が考える教養とそっちが考える教養は、必ずしも一致するとは限らなそうだし。


「とにかく危険だから、しばらくはここに来んな。……ここって、店のことじゃねぇぞ? ダンジョンと……ま、見てわかるだろうが、フィールドにもだ」


「でも現象が起きるのを分かってるなら、村人達には報せないの? 報せるつもりはないの?」


 現象が起きて魔物が出現して、村にやってくるのが間違いなければ、そりゃ報せなきゃならないだろう。

 けど、来るかどうか分からないのに、襲いに来るぞって警戒を促すのもどうなんだ?


「来ないかもしれないのに、魔物が来るぞって触れ回るのか? 村の有力者が言うことなら耳を傾けてくれるだろうし、何事もなくても文句は言われまいよ。けど、村の端に勝手に住みついて、勝手にやってくる冒険者達相手に何やら商売をしてるらしい、程度にしか思われてない俺だぜ? そんな俺の言うことを、しかも本当かどうか分からないことを聞いて、しかも何事もなければ人騒がせどころじゃない文句がこっちに集まってきちまう。……そしたら仕事をしてる暇もなくなるだろうよ」


 俺らだけで何とかできる相手じゃないことは知ってる。

 けど今回は、厳しい自然環境がこっちの味方になってくれる。

 相手が一体ずつなら、みんなと一緒に戦えば、何とか凌げるはずだ。


「ふん。所詮無力な一般人、てとこね」


 あん?


「何もする力がない者が考えることって、初戦その程度のこと。くだらない」


 はあ?

 いきなり何言ってんだ?


「元旗手……。旗手を辞めた以上、能力者であろうとも、一般人であることには違いないのよね。ならあたし達のすることを邪魔しないでくれる?」


 邪魔?

 邪魔をしてるのはそっちだろうに。

 俺が何も考えてないとでもいうつもりか?

 ……俺が何しようとしているのかは、こいつに教える必要はないんだけども。

 ということは、俺が何も考えてない、と思っててもおかしくはないから、そう思われても文句を言う筋合いでもないな。


「……旗手に誇りも何も持ってないし一般人というのは間違いじゃないんだが……誰にとっても危険な存在だから、ここには来るな、と……親切に忠告するのはお前らの邪魔にはならんだろうが。……何が言いたい?」

「……あなたには、この村を守ろう、この国を守ろうとする気はないのよね?」


 そんな大それたこと考えたこともない。

 こいつらを守ろうという気はあるがな。


「一般人がそこまで考える必要はないだろう」

「……そう。その通り。一般人はそこまで考える必要はないわね」


 一体何の話をさせられてるんだ?

 全然分からん。


「けど、貴族は違うのよ。力ある者は違うのよ。他の貴族はどう考えてるか分からないけど」


 はい?


「力ある者は、力ない者を守る義務がある。権力がある者は、権力のない者達の権利を守るためにその力を振るわなきゃならない。彼らだって仕事をしている。その仕事によって、いろんな物を生産し、税を納める。その収まられる額が高くなれば国も潤う」


 いきなり何経済学とか政治学みたいな話に飛んじまってんだ。


「力のない一般人でも、そうやって国を支えている。その国を支えている非力な者達を守るべきなのは私達なのよ。あなたに、村人や国民を守る気がないというなら下がりなさい!」


 こいつ……


「あなたとて、あなた方とて、私達によって守られるべき存在なの! ……そんな国民は、常に活力を持ってもらいたい。常に元気でいてもらいたい。現象の魔物に慄いてばかりで生きる気力を失われたら、そのうち国が消える」


「……それでこいつらの生活をお前らで保証して、その代わり、そんな国民に元気付けるためにこいつらに国民の交流を強いる、と」

「言葉を選びなさい。……人間がこんなに多くの異種族の者達と共に生活できる。それこそ、この世界で社会を築く者達同士の共存を」


 おおっと、それは勇み足だ。


「それはない。残念ながら」

「え?」


 そういうことだったのか。

 一方的なプランをぶちまけられてこっちは腹が立ったが、その性根は理解できた。

 こいつらを好き勝手に扱う、とばかり思っていたが、何とまぁ。


 貴族ってのは、金欲とか権力欲とかに溺れてる連中ばかりと思ってた。

 ……何でも自分の思い通りになる、と考えてるところは気に食わねぇ。

 だが気に食わねぇのは、そこんとこだけ、ってことかよ。

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