フレイミーの一面 その4
「共存、ねぇ……」
お嬢様は、頭に描いている理想郷が現実と思ってるのかね。
あるいは、自分が好き好んでいる者は、大衆全員も好き好んでいる、とか思ってんじゃないだろうな?
もしくは、自分が好いている者はみな、自分を好きでいてくれるとか?
「言わなかったっけか? 共存したくても居場所をもらえなかった連中がほとんどだぞ?」
「え? 何を言ってるの?」
やっぱり分かってなかったか。
話をしていたとしても、都合の悪い話や自分の都合から外れた話は頭に残っちゃいないタイプだ。
市井の人の話を積極的に仕入れるべきだと思うな。
それだけで良君になると思うんだが。
「まず、灰色の天馬とかダークエルフは、演技が悪いとして一般人から遠ざけられてるらしい。巨人族の血をひいてるモーナーは、個性かもしれんが動きが緩慢に見えるから馬鹿にされてたらしい。サミーはギョリュウ族の習性で、わざと捕食されやすい卵を産むんだそうだ。その卵からかえったギョリュウ。クリマーは、そこの宿で働いてるゴーアと一緒のドッペルゲンガー。詳しくは分からんが、ここに来るまでは敬遠されてたらしい。コーティは妖精で人の目に触れづらくして生活してるらしいが、桁違いの魔力のせいでいつも姿を現している。そこに金の匂いを嗅ぎつけた奴がいて、そいつから解放してやったら懐かれた。ンーゴとミアーノは元から地中に住みついてたから人の目には触れることはなかったし、ライムにいたっては人から恐れられてた。こっちから仲良くしようったって、向こうが石を投げつけてくるようじゃ、共存なんて難しい話だ。ま、そんなに固執するなら人の手を借りず、自分で国内を漫遊でもして探してみるこった」
俺は、勇者の立場である旗手だったかもしれないが、現象の魔物と直接戦って退治できる力はない。
だからシアンからもらった防具で何とか立ち回れるかもしれんが、なければ何の力もない民間人も同然。
そんな俺も含めて守ってくれるってんなら、それはそれでありがたいし頼りにさせてもらおう。
けど、人の命さえ守れりゃいいってもんでもない。
この国の食を支える農業畜産業などが盛んなこの村で、その環境が破壊されちゃたまったものではないだろうに。
余計なことをして、魔物を呼び込むことになったりしたら、目も当てられまい。
国民の活力が云々、とはなかなかご立派なことを言う。
けど、娯楽がすべての楽しみを請け負ってるわけじゃない。
誰が見ても辛そうな仕事でも、それを生きがいにしてる人もいる。
それはどうやって守るつもりか。
……などと偉そうなことを思っちゃいるが、かく言う俺にもそんな名案なんかないんだけどな。
ただ、温泉に誘導して、魔物全員が入った直後に、防具の魔力を使って氷漬け。
少しずつ溶かして一体ずつぶっ倒すって手はありかな。
ま、それはともかく。
「どんな社会でありたいかってご高説は、今は邪魔なだけだ。農地に辿り着く前に、どうやって魔物どもを全滅させるか考える方が」
「だから、それは私達が」
ったくよぉ。
「ここに来るようになってから何日経ってんだよ。俺だってこの村のことはよく分からねぇのに、俺よりも知らねぇお前を、どうやって村の安全を図れるんだっての」
公的意識がかけた俺が随分偉そうに言えるもんだ、と我ながら思ったりもするが。
でも、ドーセンの宿屋に飯の注文を市に行くたびに思う。
そこで飯を食う連中の五割は冒険者。
だがここで働く村人達も利用する。
俺には分からない地元の話題で盛り上がる彼らを毎回見る。
作業着が泥と汗で汚れている。
なのに、不満な顔、不愉快そうな顔はどこにもない。
むしろ冒険者の方がそんな顔をしていることが多い。
そんな村人達が喜んで仕事をしている。
しかも、この国の食を支えてる仕事だ。
村人達とは親しい交流なんかしたことはない。
だが、だからと言って俺の仕事を邪魔しに来るような奴は……まぁ一部そんな奴はいたけども、ここに住み始めてから毎日休まずに嫌がらせをしてきたわけじゃない。
それどころか、歓迎の意を見せてくれた人までいた。
……嫌がらせしかしてこない奴らしかいない村なら、破滅したって心は痛みはしない。
昔在籍していた職場にいた連中のようにな。
だから、いくら接点がなかろうが、そんな村人が生き生きと生活しているこの村が荒らされるのを見過ごせない。
守るべきは彼らの命、とだけ主張するこいつには、ここは預けられない。
「幸い、現象の魔物退治のプロがいる。そのプロに任せりゃ問題なかろうが。大体お前、この村のことどころか、全国各地のこと、そこの住民ほど知らねぇだろうが。何も……」
「知るわけないじゃない」
……。
知らない、ということがすべて無関心というわけじゃない。
が、より強い関心を持つ方が、そのことをより大切にしようとする気持ちが強いのは間違いない。
大切にしようという気持ちをこの村に持っているのかどうか。
「こないだまで学生だったのよ?」
「……何?」
「初等、中等、高等、そして貴族院学校を去年卒業したの」
……だから何だ?
「世の中のことは授業でしか知らないから、こうして見て回ってんじゃない。陛下が私を選んでくださったから、陛下に縁のある場所、土地から足を運んで、その地はどのようなものか見て回ってるんじゃない」
シアンの奴、大丈夫か?
……いや、あいつの親父さんに比べりゃ、相当殊勝じゃないか?
知ろうとする努力をしているのは感心だし、国民のため、なんて言葉はあいつが好きそうなフレーズだ。
……けどあいつだって、目は節穴じゃねぇ。
物事を見る目、人を見る目は確かなもん……。
ってことは、こいつもそれなりにまとも……ってこと?
あぁ、一般人、民間人と同格として見たら、かなりいろいろと外れちゃいるが。
それと、知る前に思い込んで決め付けるのは感心しない。
「実際に目で確認しないことには正確な情報を得ることができない。それでこうして自分で足を運んで見て回るってのは、大いに有意義だと思う。だが、現象の魔物についてはどうだ? 俺の予告だけを聞いただけ。なのに地域をこうして見て回る、の工程を飛ばして、魔物を討伐しようとしてる。焦ってるのかどうか知らんが、この件は直接シアンに連絡しとく。お前さんが出る幕はないが、社会勉強ってんなら村の中から見守るくらいに抑えとけ。ただし現象が起きるのは三日後。その現象を見ることは難しいし、それまでの間現象にちょっかい出すなんてことも無駄だろうから来るだけ無駄だぞ?」
……ずっと睨まれてるんだが。
親切に教えてやったというのに。
「……なぜあなたからそんな言われ方をしなきゃならないのか理解に苦しむわ。けど、情報、ありがとう。見たところそっちの方向は雪深いこと間違いなさそうだし、遭難の恐れもあるわね」
「お嬢様! しかし我らは」
「分かってる。けど、私達の進軍を阻む積雪量なら、魔物達だって侵攻の足は遅いはず。確かに陛下率いる魔物討伐の専門集団と比べたら、どの部隊でも後れは取る。なら、陛下の行動をじっくり観察して勉強する、というのもありね」
「……御意に」
やれやれ。
どうにか矛を収めてもらえたようで何より。
「でもあなたの言うことに屈したわけではありませんので!」
……飛ぶ鳥、あとを濁す。
やれやれ。
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