フレイミーの一面 その1

 翌朝。

 相変わらず雪が降る。

 雪が積もる。

 そして気温は低い。


 朝起きて、外の様子を見に行くと……そして、見た覚えがある数人の男達。

 客のようだが、開店時間にゃまだ早い。


「あの……開店まで一時間以上あるんですが……」


 その一団に向かって恐る恐る声をかける。


「構わん!」


 言わずと知れた、フレイミーの護衛兵達だ。

 今日はお嬢様はお出でになってないらしい。


 彼らは腕組みをしながら微動だにせず、ぎろりと俺を睨み、威圧感たっぷり乗った、たった一言を返された。

 いや、威圧感というより……敵意か?

 んー……敵意……とも違うのか?

 ま、構わんっつーんだから、開店前まではノータッチ、アンタッチャブルで。


 ※※※※※ ※※※※※


 朝食の注文のためにドーセンの宿屋へ出向く。

 寒いのに、微動だにしない例の男達。

 武装に防寒具のような性能がついてるんだろうか?

 その逞しさには憧れもするが……若いときから鍛えてそんな体になったのだとしたら、俺はもう手遅れかも分からん。


 それはともかく、注文して戻ってきても、店の前に並ぶ彼らは、雪の冷たさも気温の低さも何のその。

 つくづくタフだ。

 しかも、俺達が朝飯を食った後も、開店する直前までも変わらない。

 寒さのためか、他に新たに並ぶ客の姿はない。

 そして、こちらは店側の立場。

 どんな相手でも客であるなら、その対応に差別があってはならない。

 だが、時々店の手伝いをしてくれるようになった仲間達は、店員じゃない別の立場だ。

 今度は何しに来たの? というような目で彼らを見る。

 種族は違っても、自分達を見る目にどんな意思が込められているか、くらいは分かるようだ。

 さすがにその時だけは、ややばつが悪そうな思いが現われてた。


 店を開け、ヨウミがカウンターで自分に軽く活を入れる。


「さてっと……今日もお店を始めますか……って……」


 あ、一つ変わったことがある。


「あれ? フレイミーさん、今日も来たの?」


 ヨウミも朝一番から驚いている。

 フレイミーがその列に加わったことだ。

 昨日の今日でこれだよ。


「おはよう。今日は買い物に来たの。お願いできる?」

「無理です」


 こんな輩には即答に限る。


「ちょっとアラタ。いきなりそんな喧嘩腰……」

「貴様ぁ!」


 男達から凄みの聞かせた太い声が飛んできた。

 ヨウミから注意を受けたが、俺が断るのは当然だ。

 なぜなら……。


「あんたより、その男達が先に並んでた。順番なら、まずそいつらから注文を聞くのが筋だ」


 当然だろ?

 俺に非はない。

 非はないから、そんな男たちの凄みに驚きはするが、ひるむ理由はどこにもない。


 現に、その男達の方がひるんでる。


「お、俺達のことなら……お嬢……この方の買い物を先に済ませてあげてくれ」


 フレイミーへの呼び方が、お嬢様からこの方に変わってる。

 無関係の立場に見られたいんだろう。

 でも、他の客は見当たらない。

 ここにいるのはこいつらと俺たちだけだ。

 そんな設定をここで表立ててどうする。

 そもそも昨日の騒動を目にしてる客もい……なかったっけか。


 まぁいいや。

 一気に全員の注文を捌けばそれで済むし。


「……はいはい。で、ご注文は?」

「えっと、じゃあ……」


 何なんだろうな、この茶番。


 ※※※※※ ※※※※※


 こんなことが、四日、五日、六日と連日続く。

 もちろん、彼らが店を後にしたその後にも客は来る。

 もっともこの雪だ。フィールド探索はまず無理。

 地下ダンジョンでアイテム探しと魔物討伐が、客である冒険者達の活動の中心になるが、雪かきをトレーニングとしてやってくる冒険者達もいることはいる。

 その後の温泉が格別なんだそうだ。

 確かに露天風呂だから雪景色も見られるし、いい感じなんだろうな。

 こっちの雪かきはトレーニングじゃなくて、しなきゃいけない作業だから、そんな気にはなれない。


 フレイミー達も、どうやら温泉にハマってしまったようだ。

 ハマるのはいいが、溺れるのは勘弁な。

 いつでも助けに行けるとは限らんし。

 つか、溺れる場所に行こうとする奴の気がしれん。

 突然深みにはまるような底はないし。


 しかし、俺を見る目に何やら下心があるようで。

 下心っつっても、別にいやらしいことを考えてるってわけじゃなく。


 シアンとの距離感が俺らの方が近い、ということでの嫉妬みたいなもんか。


 だが俺に分かるのはそこまで。

 感情は分かるが、思想や意図までは、材料がなきゃ推測できない。

 事実フレイミーが、仲間全員まとめて面倒を見るとか言い出すなんて、夢にも思わなかったからな。

 仲間どころか店まで取り込むなんて、まさに青天の霹靂。


 まぁあいつらの思惑は置いといて、毎日欲しいおにぎりセットを買った後、地下のダンジョンの方に足を運んでいる。

 その後の行動は分からないが、時々店の前を横切るのを見た。

 おそらく温泉に浸かりに行ってると思う。


 つまり、常連客とほぼ似たような行動をとってるってこった。

 会話らしい会話もあれ以来なかったしな。


 平穏な日々が続いてるんだが……。

 異常事態が発生した。


 というより、異常事態が発生しそう、と言い換えた方が正しいか。

 フレイミー達といざこざが起きてから、半月くらい経った頃の、みんなと晩飯を食ってた時に発覚した。


「んっ!」


 それは、モグモグと食べていた最中だった。

 我ながら、食べている者がのどに詰まった時に出る声に似てる、と思った。


「ン? アラタ、ドウシタノ?」

「慌てて食べるからよ。ほら、飲み物」


 コーティが俺のコップを両手で抱えるように持って、背中の羽根をパタパタと動かして、目の前に持ってきてくれた。

 こういう姿は可愛いんだよなぁ。


「いや、えーと、ありがとうな」

「……普段から、そう素直に言えばいいのに」


 いや、それはお前もだろ。

 ……いや、そうじゃなくて。


「んと、のどに詰まったんじゃなくて……」

「あら? じゃああたしの親切は無駄だった?」

「いや、その親切は素直にうれしい」


 素直にそのコップを受け取って水を飲む。

 ふう、と一息ついてから、その異変をみんなに伝えた。


「……あと三日くらいしたら、泉……いや、雪崩現象か。起きるかもしれん」

「え?」


 突然言われりゃ、そりゃポカンともしちまうか。

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