放浪中にて その2

 ということで、あたしのお遊びは始まった。

 もちろん行商人を襲撃して積み荷を略奪しようなんてハラはさらさらない。

 行商人をちょいと脅かして、魔物がいると思われる場所から遠ざけてみようかなってね。

 でもあたしの本命は、たくさんの冒険者達が退治しようとしてる魔物。

 だから、気配を隠すアイテムの使用は、その本命に取り掛かる時だけ。

 だって、行商人たちはあたしの命を付け狙うようなことまではしないから。

 でも魔物は、退治しに来る冒険者達ばかりじゃなく、無関係な人間にもエルフにも襲いかかってくるからね。


 その結果、さらに面倒なことになってしまった……。


「最近、行商人を襲う何者かが神出鬼没してるって話聞いたんだが、あんた、何か知らねぇか?」


 行商人を襲った覚えはない。

 魔物がいる周辺から追い払った覚えならある。

 つまり、その襲撃犯はあたしじゃないし、他の誰かの仕業だろうなー。

 そして、襲撃犯は神出鬼没という。

 そんなことを言われても、襲撃犯の話は聞いたことがないあたしにはさっぱり心当たりはない。


「さあ? 他当たって。あたしはのんびり晩ご飯を食べたいの」


 この時も、あたしは名前を覚える気はない村の酒場で晩ご飯を食べようと、ナイフとフォークを手にしていた時だった。


 その瞬間、あたしの前のテーブルが、その冒険者の両の拳によって大きな音とともにわずかにゆがむ。

 そして、あたしが食べようとしている料理の皿全てが一瞬浮いた。

 当然皿の上の料理の一部が、テーブルの上にこぼれた。


「なぁ……。その襲撃を受けた商人たちのほとんどが、黒い肌したエルフがいたって話をしてるんだよ」

「顔近づけないでよ。これからご飯ってときに、臭い息吹きかけられたら食欲も何もあったもんじゃないわ。それに、こぼれた料理どうしてくれんのよ」

「テメェ! ふざけぐあっ!」


 食事の前に暴れるのも暴れられるのも嫌なんだけど、この場合は仕方ないよね。

 座ったまま片足を振り上げて、その冒険者の股間に一撃。

 多分急所専用の防具とかつけてるはずだろうから、その形が変わらんばかりの力を込めて。

 よく言うじゃない。

 その気持ちを形に表せ、とか何とか。

 この場合、形じゃなくて力になっちゃったけど。

 でも、だからといって、テーブルの上にこぼれた料理が、皿の上に戻るわけでもなし。

 いくら何も言えないくらい大人しくなられてもねぇ……。


「その行商人たちとやらは、そんな風に苦しみながら話してたの? もしそうならあたしじゃないわね。荷車も荷物もすべて無事のまま元気にその場から急いで立ち去る所しか見たことないから。もし普通に会話できてたのならお気の毒様。平然とした相手の話を聞いて、心当たりを問い詰めたら、こんなひどい目に遭ったってだけの話だから」


 気分が悪い。

 もう食事を楽しもうという気にはなれなくなった。


「ま、このままならあんたもここに何しに来たんだか分かんないままってことになるだろうから、この料理、全部あなたが食べていいわよ? あ、料金の支払いはまだだから、そっちの方もよろしくね」


 心のうちは、とげとげしい気分、なんてかわいいもんじゃない。

 けどそれは、あくまでも胸の内に秘めて。

 態度は優雅に、この店に何の悪意もないように。


「あー……ちょっと、あんた……」

「マスター、騒がせて済まなかったわね。この人がお詫びに支払ってくれるって言うから。じゃ」


 そして、何も気にしていないふうに装い、さっそうと店を出る。

 それにしても……。

 この半年、十日に一度くらいの間隔で外食を楽しんでるんだけど、そのうち、二回に一度、こんな風に邪魔される。

 しかも、この時に絡んできたのは一人だけだったけど、五、六人から絡まれたり、冒険者チーム三つくらいから絡まれたりもされた。

 安全なところに誘導してあげたんだから、そんなに目くじら立てる必要ないじゃないのよ。


 ※※※※※ ※※※※※


 そんな食生活の中、またあの四人と出会ってしまった。


「やあ、久しぶりだね」

「探してたのよ。……珍しく冒険者はいないみたいね」

「一般職の人達だけしかいない酒場ってのも珍しいわよね」


 えーと、サルトとレナードとショーンとチャール、だっけ?

 ……って、こいつらも食事の邪魔しに来たのかしら?


「マスター、すまん、俺らもこのエルフと同じメニュー頼む。四人分なー。……実は、重要な話があるんだが」


 久しぶりに出会って早々、深刻そうな顔をしてこられてもね。

 しかも、当たり前のように同席されてもさぁ……。


「マッキーさん。君、賞金首になってるよ」

「え?」


 話が突然すぎる。

 賞金首?


「商人ギルドから賞金がかかった。なるべく怪我をさせずに連行すること。謝礼は二十万円」


 ……どう判断したらいいのかしら?

 て言うか、何であたしの首に賞金がかかってるのよ。


「行商人を襲ったとか何とかって話、あちこちで広まってるのよね」

「ダークエルフがこっちに向けて弓を構えて、みたいな話な」


 そこは間違っちゃいないけど。


「けどな、死傷者がいないんだ。なのに賞金首ってどういうことだ? って不思議がる奴もいるし、依頼よりも安全で実入りもいいっつーことで、意気盛んになってる奴もいる」

「あたし達は、そんなの、まともに取り組むつもりもないし、会ったとしてもそのことを伝えるくらいしかしないけどね」


 たしかに敵対する気はなさそうだけども。

 でも、まさかそんなことになるとはねぇ。


「ついでに飯時だから、一緒に飯食えたらいいなーって。ほら、マッキーも綺麗な顔立ちだから、夕げが華やかでいい感じに……」

「レナード……あんたねぇ……」


 茶番かなぁ。

 そんなに気を張らずに、気楽に睡眠薬か何かを料理の中に放り込むことだってできなくもないんだろうけど。

 今のところ、そんな怪しい素振りはない。

 警戒はしとこうかな。


「あっそ。でもあたしは一人でご飯食べたいの。もし一緒に食べるつもりでいるなら、下心あり、と疑われても仕方がない状況よ? 賞金首になってるって情報は初耳だから、有り難く受け取っとくけど」

「いや、疑われても仕方がないとは思うけど、何かしようって気は全くないから」

「一人で食べたいの。なのに押しかけられた方の立場になってみなさいよ。何か怪しいって思われても仕方がないわよ? それに、あなた達と一緒じゃなくても、こうして元気でいられるもの。あなた達が来なかったら、こないだであった時のことを思い出すこともなかったわ」


 一人がいいの。

 というか、一人じゃなきゃいけないの。

 光の弓矢を使った後の隙をつけ狙う目的なら、賞金目当てよりもヤバくなる。


「飯を一緒に食うだけだよ。何かしようなんて……」

「賞金首の情報を提供して恩を着せようと?」

「そんな了見の狭いような事言わないよ」

「じゃあ、付きまとわれて迷惑、と言った方が分かってもらえやすいかしら?」


 その情報の話云々がなかったなら……いや、あっても、本当にしつこい。

 そもそも冒険者なら誰しも、我が身可愛さってもんがあるんでしょうに。

 我が身よりもあたしのことを大切にしてくれる人を探してるのに、外れくじを押し付けられても……迷惑としか言いようがないわよ。


「……分かった。みんな、テーブル移動しようぜ。とにかくマッキーさん。君を捕まえようとする連中が次第に増えてるってことは念頭に置いといて。じゃ、縁があったらまたいずれ」

「お気遣いありがと。あぁそうそう。ほとんどの料理に手を付けてないから、みんなでどうぞ?」


 万が一のことを考えて、これは口にしない方がいいわよね。

 いつの間にか薬を盛られたかも分からないから。


「え? これから晩ご飯ってところじゃないの?」

「……あたしが知らなかった、あたしに賞金がかかってるって情報を持ってきてくれたお礼よ。もっともそれじゃあまりに足りないから、そちらの食事代も引き受けるつもりでいるんだけど?」

「いや、いやいやいや、そこまでされる義理はないよ。でもそれに手を付けずに出るって……」


 おかしいと思われたかな?

 でも問題ない。


「賞金がかかってるって言うなら、一か所にのんびりと滞在するわけにはいかないでしょ。食べてる最中に誰かから襲われないとも限らないし」

「……それも……そうね」

「あ、ならみんな、テーブルの移動もしなくてもいいってことよね。じゃ、みなさん、ごゆっくり」


 そそくさと立ち去るに限る

 残された四人は、あたしをどう思ってるかは知らないけど、不自然なところはないわよね。

 あたしの中では、信頼できる人ってば、御者のワッキャムさんくらい。

 でも、もう二度と会うことはない人だけど。


 にしても、まさか追われる身になるとはねぇ。








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