放浪中にて その1

 ……そういう日々の中であたしは今何してるかというと、放浪の途中で村を見つけて、ちょっと炊事が面倒になったのでその村の食堂を適当に見つけて、現在只今晩ご飯の最中。


 なんだけど。


 行きずりの冒険者パーティに声をかけられた。


「ようやく会えた。久しぶりだね。覚えてる? サルトだ。こっちはレナードに、ショーンとチャール。忘れたかな? 同一人物って確証はないけど、ダークエルフってあまり見ないからね」


 こっちは晩ご飯を食べてる最中なんだけど?

 声をかけられるのも面倒だから、隅の席で黙々とご飯食べてるんだけど?

 なのに近寄ってくるってことは、こいつらも下心満載ってこと?


「……何よ。あたしを奴隷商にでも売り飛ばそうとか考えてるの? お呼びじゃないんだけど」


 誰でも楽してお金を稼ぎたいものだろうから、こいつらもそんなこと企んでたりするんだろうな。


「えっと……あの時とは全然印象が違うな……」

「何というか……こう……性格が変わったような……」

「ちょっとしか会話交わさなかったけど、それでもこんな感じじゃないことくらいは分かる……よね……」


 何なの? こいつら。

 どっかに行ってくんないかな。


「えっと……俺らのこと、覚えてない? 飛竜退治の時に、馬車の前で気絶してた……」


 飛竜退治?

 ……あ。

 シーナ市に着く前の夜の、か。


「……あぁ、うん。言われないと思い出せなかった。……何? 介抱してあげたお礼の請求? 悪いけどあたし、今は浮浪者してるの。何か出せと言われても出せないし、そのためのお金を作る気にもなれないし手段もないんだけど?」


 四人は呆れたような顔で互いに見合わせている。

 そういうのは、あたしの目に入らないところでやってくれない?


「で、今のあたしはご覧の通り食事中。何とか少ないお金をかき集めて、久々の外食を堪能してるとこなんだけど、それを台無しにするつもりなら……食べ物の恨みって恐ろしいんだって。知ってる?」


「あ、いや、ちょっと待って。邪魔したんなら悪かった。謝るよ」

「あー……久しぶりの再会だし、もし良ければその晩ご飯代、奢らせてくれよ。一緒に飯、食わないか?」


 あーやだやだ。

 ただより怖い物はないってね。

 そっけない態度で追っ払う方が無難よね。

 向こうはこっちの事情なんか知りやしない。

 だからこっちが得する話なんか出せるわけがない。

 うまい話だって、向こうからそうそうやってくるわけがない。


「あたしには、そうしなきゃならない理由はないし、あんた達が得することってなさそうだけど?」


 また顔を見合せる四人。

 だけどあたしの予想に反して、壁を向いて座っていたあたしの正面に男二人と女一人。

 あたしの隣の窓際に女一人が座る。

 ……誰が座っても、あたしにはそれを制する権利もないけどさ。

 でもせめて、あたしから同意を求める努力くらいはするもんじゃない?


「あの夜のことは、あらためて感謝するよ。俺達に怪我人が出ることなく、住民達にも被害が及ぶこともなくなったからな」


 適当に聞き流す。

 感謝の言葉だけもらっても、心のうちはどうだかね。


「それに、他にもいろんな話聞いてるぜ。でかい大蛇の首落としたりとかよ」

「ちょっとレナード。でかい大蛇って……」

「気持ちは分かるけど……。それに、あの飛竜くらいのグリフォン倒したりとかしたのよね? 近くでダークエルフの姿を見かけたって噂時々聞くけど、大概関わってるんでしょ?」


 ……確かにでかい魔物は何度も相手にしたけど、どんな奴だったかは一々覚えてないな。

 ましてや、いつ、どこでってのは……まぁ屋外か、ダンジョンとかの中かとかならうっすらと覚えて……いなくもないけど……。

 ……冒険者達の、命を懸ける覚悟の空回りする妄想を楽しんでるだけだし。

 そいつらだって、何か損するわけでもないし。

 手柄横取りされたって、あたしは誰かに頼まれたわけでもないからね。


「さあ? あんまりよく知らない。噂が流れるような場所に行くこともあまりないから」


 自分の評判なんて興味ない。

 不吉な象徴って話が必ずついて回るし、それが結論になることが多いから。


「……魔物退治の噂には確証もあって、疑いようのないことだと思ってる。けど根も葉もない噂も流れてるんだよな」


 あーはいはい。

 勝手に流してなさいよ。

 あたしの毎日がガラッと変わるわけでもないだろうし。


「行商人が襲撃されて、荷を奪われる、なんて話があちこちから聞こえてきてね」


 はい?


「……行商の人は何度か見たことあるけど、荷車の中身は外から見えないじゃない。欲しい物を奪おうったって、その欲しい物を扱ってるかどうか分かるわけもなし。無駄な労力使って無駄足になるようなことして、何の得になるのよ」


 馬鹿馬鹿しい。

 ……きっと退屈なのね。

 刺激を求めた結果、そんなくだらない噂話を広めて面白がって……。


「けど、中には真に受ける人もいる。利益を俺達に何の条件もなしに譲る人……失礼、エルフか。

 エルフに、そんな悪評高めるくだらない噂話がついて回るのがどうしても許せなくてな」

「あたし達を仲間にしてもらえたら、正当に評価されると思うのよ。……どう……かな……?」


 この冒険者達の仲間になる、ではなく、この四人をあたしが仲間にする?

 ……細かいとこだけど、そんな言い回しができるくらいには、誠実さはあるってことよね。

 ……でもねぇ……。

 仲間だと思ってた冒険者達が、あたしを切り捨てた。

 そんな物の言い方をするこの人達なら、まさかそんなパーティがいるとは思ってないだろうね。

 であれば、そんなことをする発想なんて出てこないかもしれない。

 でも、他にそんな冒険者達はいない、と、あたしには言い切れない。

 それにさぁ……。


「……でも、その噂が本当かもしれないって事実を作るのも面白そうかなぁ」

「え?」


 行商人への襲撃。

 でも、物盗りが目当てじゃなく、視界から消えろっていう警告で襲うの。

 そんな噂が広まってるなら、それを打ち消すために仲間になるってのもどうかと思う。

 この四人には、あたしのためにそんなことをする義理もないだろうし。

 なら、商人に被害を出さず、ただ怖がらせてあたしから遠ざける、ってのも面白いかなぁ。


 ダークエルフに襲われたけど被害がない。

 そんな事例が数多くなったら、あたしは必ずしも悪者とは言えないよね。

 だってあたしは……。


「ダークエルフは災厄の前触れ、とか言われてるんでしょ? それくらいは知ってるわよ。その噂に、ちょっとだけ真実味が出るだけの話だもんね」

「……ちょっと……」

「何もわざわざ自分を窮地に追い込むような真似……」


 世間から、これはこう、と決めつけられたら、それを覆すのって難しいのよね。

 ましてや異なる種族なら尚更。

 いくら品行方正な生活を送ろうと、最初から見せかけの態度に見られてるんだから。

 なら、噂通りの悪事はするけど、同じ悪事でもそんなことはしないって評判なら立てやすいし、ある意味防衛対策になる。


 それに、そっちの方が楽しそうだし。


「……いい話聞かせてもらったわ。そのお礼に、この場での食事代はあたしが払っといて上げる」

「ま、待ってくれ」

「何か、いろいろ情報量が多すぎて。奢るつもりが奢られるってこと?」


 あぁ、そうだ。

 これだけは断っとかないと。


「あくまで今の食事代よ? ここで食事をするなら、回数、日数問わず無条件で奢る、なんて言ってないわよ? 今回限定だから、そこのところは覚えといてね?」


 どんな揚げ足を取られて、お金を支払わされることになるか分からない。

 こういうことは、きっちりしとかないとね。


「ちょ、ちょっと待っ……」

「じゃ、さよなら」


 そもそも仲間になったところで、自分の命の安全を優先することには違いない。

 天秤にかけられたら、あたしよりも我が身を大事にする。

 それが分かり切ってる以上、仲間になるのは時間と金の無駄。

 どちらも縛られるのは御免だし。


 けど、あたしに関する噂を聞かせてくれたことには感謝よね。

 その感謝を形に表した。

 あたしのどこにも、非はないわよね、うん。

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