村を出ようと思います 後編

「あと……二日くらい横になりっぱなしでいたら、その次の日辺りに退院できるかな、って思ってます」

「で、退院したら村を出る、という決心は変わらぬか?」


 言うまでもない

 けど、声に出して、言葉にして、それを誰かに聞いてもらうことで、おそらく……。


「はい。変わりません」


 長老達の一人が「そうか」とつぶやいた。

 そうか、も何も、村を出るための支度金と財布を用意してもらい、空間収納魔法も教わった。

「やっぱやめます」なんて軽口を言えるはずもなし。

 もちろん本気で言うどころか、そのつもりもないし。

 気を取り直すような明るい感じに長老は話を続けた。


「うむ。そこで一つ伝えねばならことがある。村の外での話だがの」

「村の外のこと?」


 聞いていると、明るい話じゃなかった。


「肌の色が違うエルフは、異様な力を持っている。じゃが同族のほとんどはそこまでは知らぬ」


 前に聞いた説明と同じ話だ。

 確か……。


「けど、肌の色が違うから、ということでどうの……ですよね?」

「うむ。覚えておったようだの」


 そりゃもちろん。

 自分にも当てはまることだし。


「短慮な考えに走りがち、っていう話もしてましたね」

「うむ。じゃが、身内ですらそう考える傾向がある。異種族の者達となればなおさらだの」

「え? 他種族?」


 何で他の種族が話に出てくるの?


「何を驚いておる。村を出るなら、エルフ族以外の種族と会うことの方が多くなるぞ?」

「あ……」


 そう言われれば、そうなるのか。

 ずっと村の中にいたから、そんなことは全く考えてもいなかった。


「で、同種族でさえそのほとんどは、その違いの原因究明をしようとせんのだ。異種族ともなればなおさらだの」

「どの種族でもそうだが、他種族に対して自分の種族のことについては、そんな細かいことまで教えることはないし、その必要もない」

「それでも情報は流れる。が、その入手先は短慮なエルフ達、ちゅーこっちゃな」

「当然、肌の色が違うエルフへの評価は悪いものばかり。それを聞いた他種族は、なら近寄らない方が正解、という結論を出す」

「同族からも嫌われる者は、何か災いをもたらすのではないか、と邪推する。そして、縁起が悪いもの、と見なす者が増えていく」


 無理難題、そして自分の都合のいいことばかり押し付けてくる者達から離れることができたその次は、災厄の前触れとして嫌われる、ってことか……。


「村から出た後も、行く先々で何か起きるかもしれん。だが、お前さんを味方をしてくれる者は……村にいる時と同じくらい少ないかもしれん」

「じゃが、村を出たならお前さんは自由の身だ。前に行ったことだが、お前を大事にしてくれる者と出会うために、そんな者と出会うまで、お前自身を大事にせんといかんぞ?」


 疫病神扱いされるのか。

 でも、そんなことをされてもそこに留まらなきゃならない理由もなし。

 気ままな旅をする、と思えば……楽しいと思わないでもない。

 でもその前に。


「そんな道行なら、荷物があると逆に足手まといになります。退院したその足で村を出るなら、身軽なのでそうしたいと思うんですが……」

「ふむ。それもいいかもしれんが、何か思い残しでもあるのか?」

「いえ。……手のひらを返すように態度を変えても……それでも家族は家族なので……。……突然ここからいなくなったら、あたしのことを探し回るだろうけど、その前に、流石に激しく戸惑うんじゃないかなと……」


 何も言わずに出ていけるなら、何も案ずることはない。

 けど、少しでも心配してくれる気持ちがあるなら、心配無用というあたしの思いを伝えたい。

 それに、いつまでも執拗に探されるというのも、こっちの気分は良くない。


「なるほどの。分かった。ワシらに任せるがいい。……その心根は、いつまでも持ち続けるようにな」


 これで、まぁ一安心。


「で……二日くらい寝てれば回復する、ちゅーとったの? 実際はどうなるか分からんじゃろうから、これから毎日この時間辺りに様子を見に来るとするかの」

「見送りなしで村を去るのも寂しかろうしな」


 ……えっと……そういうことであれば、心残りとかもないから見送りとかなくても構わないんだけど……。

 まぁ……ありがとうございます、かなぁ。


 ※※※※※ ※※※※※


 入院して五日目の夜。


 もう一日くらい休んでいたかったけど、母さん達の面会攻撃を考えると気が重くなる。

 それと体調を差し引くと、まぁ普通に動いてももう問題なさそうな感じがする。


 診療所の先生からは、そう言うことであるならいつでも退院してもいいと言われた。

 夜の九時。


 入院中に作ってもらって持たされた弓を腰に携え、空間収納魔法の機能に、譲ってもらった財布、そしてその中身のお金を確認する。

 忘れ物はない。


 躊躇いなく病室を出た。

 そして診療所の裏口に向かう。

 おそらくそこには長老達がいる。


 けど、そこにいたのは長老達だけじゃなかった。


「……お、父、さん……」


 父さんがそこにいるなんて思いもしなかった。

 引き留められるのか。

 いや、それはない。

 長老達と一緒にいるなら、あたしのすることに同意してくれてなきゃおかしい。


「……やはり、村を出るか」

「……うん……」

「心配するな。母さん達には内緒で来たから」

「え……」


 と言うことは……。


「マッキーよ、心配するな。純粋に見送りに来ただけじゃ」

「そう……なの?」


 まさか、家族から見送られるとは思わなかった。

 そして、こんなに優しい声は……何年ぶりに聞いただろう。


「……マッキー」

「う、うん」

「……一つ、覚悟をするように」


 声は優しいけど、厳しい言葉だった。

 一体何を言われるのかと思ったら……。


「村を出るなら、武器屋以外にお前の弓を作ってくれる者はいない。そして、お前のために無償で弓を作る者もいない」

「あ……」


 そのこともすっかり忘れていた。


 今まで何度も無くし、壊した、父さんに作ってもらった弓。

 おそらく、今腰に付けている弓は、父さんから作ってもらう最後の弓。

 そうだよね。

 無くしちゃ、だめだよね。


「今度それを無くすときは、お前の命と引き換えであることを祈ってるよ」


 父さんの口から出てきたのは、予想外の言葉だった。

 大切にしなさい、でもなく、失くさないように、でもない。

 あたしの命を守るためなら、あたしのために作ってくれた弓なんかどうなっても構わない、と言っている。


 不意に涙が流れた。

 前世では流したことのない、悲しくも、そして寂しくもある、うれし涙だった。


「出発前にそんな顔してたら、この先が思いやられるぞ? 大体、自分でも作れるようにならなきゃダメだろ」

「う……うん……」


 弓も矢も、今まで何度か作ったことはある。

 けどその出来栄えは、父さんと比べたらどれも玩具みたいなものだった。


「じゃあこの小刀をやる。父さんが使い慣れた物の一つだから……中古品だな」


 父さんは軽く笑う。

 つられて笑いそうになったけど、上手く笑えなかった。


「……そんなこと、ないよ……。でもこれで弓と矢を作るんだから、父さんが作ってくれた弓よりも大事にしないとね」


 あたしがようやく言える軽口は、そんなことくらいだった。

 けど、父さんは笑わなかった。


「……そうだな。あとは……その材料を見る目も鍛えないといかんぞ?」

「うん……」


 しばらく沈黙。

 もっと何か……お話ししたかったけど……。


「すまん」

「どうしたの? お父さん」


 ひょっとして母さん達に嗅ぎつけられたんだろうか? と心配になったけど……。


「一つだけ、と言っておきながら、一つだけじゃなくなってしまったな」

「父さん……」


 涙は止まらなかったけど、流石にこれには笑ってしまった。


「……マッキーよ、そろそろ出んといかんぞ? 夜の狩りに出てくる、と言っとったからの、お前の父さんは」

「え? じゃあ……早く帰してあげないと、ね」

「村の出入り口まで見送ろう」

「うん……」


 あたしは父さんと並んで、村の出入り口に向かった。

 長老たちは後ろを少し離れて、あたし達に付き添ってくれた。

 その間も、父さんといろんな話をした。

 これまでのこと、そしてこれからのこと……。


 でも、父さんにも、長老達にも、前世のことは何も言わなかった。

 言ったとしても、おそらく驚かせるだけで終わり、多分その後、何の話にも繋がらないだろうから。


「さて……見送りはここまでだ。この先は歩くのか? 馬車が何台か待機してるが……」

「馬車で行くよ。体力はまだ万全じゃないし」

「そうか。……風邪ひくなよ」

「うん……」


 何か言いたくても、言葉はもう何も出てこない。

 ここまでの間で、もう語りつくしたような気がする。


「んじゃ……行ってきます」

「うん」

「長老達も……ありがとうございました。行ってきます」


 五人は口々に「行っといで」「元気でな」という言葉をかけてくれた。


 こうしてあたしは、二度目の放浪の旅に出た。

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