村を出ようと思います 前編

 入院している間、家族は午前と午後、毎日二回見舞いに来てくれた。

 午前は母さんと、兄姉達。

 午後は父さんがお祖父ちゃんとお祖母ちゃんを連れてきてくれた。


 でも母さん達のアレは、見舞いと言えるんだろうか……。


 あたしが目が覚めてから次の日のこと。

 母さん達が面会に来て一言目がこうだった。


「ずっと休みっぱなしなんでしょ? そろそろ退院じゃな


 と言われた。

 休みっぱなしも何も、目が覚めて一日しか経ってないんですけど?

 そして兄、姉達からは


「二日も横になりっぱなしなんだから、もう回復してもいいよね?」

「村の中の騒動も、すっかり落ち着いてるわよ? マッキーもそろそろいいんじゃない?」

「ずっと寝たきりになられてもねぇ。あたし達も仕事とかあるし」


 無理だから。

 せいぜい、手と足の握力を維持するので精いっぱいだから。

 反論したいけど、疲労のせいでその気力も削がれている。

 大体見舞いに来てもらっても、してもらいたい事ってないのよね。

 看護師さんに、体の汚れを拭き取ったり着替えの手伝いとかしてもらってるし。


 何となく、怠けてるんじゃないか? と疑われてる。

 気がするじゃなく、疑われてる。


「もう、寝るから……。ごめん」


 と一言だけ言って目を閉じる。

 みんなのため息のあと、病室を出る足音が聞こえ、そして室内は静かになった。


 今までは、しょうもないバカな話で笑い転げてたりしたことの方が多かった。

 それがこの変わりよう。

 おまけに、まだ疲労で動けないあたしは、ゆっくり休ませる労りの言葉を一言も言ってもらえてない。

「お帰りなさい」を一度も言われないままの前世と似ていた。


 お昼ご飯の時までそのまま眠る。

 そしてお昼ご飯を持ってきてくれた看護師さん達に無理やり起こされて、無理やり食事を取らされた。

 食べる以外体力つけられないから、と。


「魔術で何とかしてくださいよ……」


 と縋ると


「食事することも体を動かすきっかけになるの。それに今まで、その疲れを魔術で取り除こうと何度もしたのよ? まったく効き目がなかったんだから。むしろ普通に食事を摂ることの方が、回復は早いみたいなのよね」


 と、げんなりするような返事しかこなかった。

 何とか食事を終えて、また横になる。

 三人が見舞いに来てくれたのは、そんなときだった。

 けど開口一番に


「元気になるには、食事しかないからな」


 だった。

 またもげんなり。

 けど、あたしの体を案じてくれてるのは分かった。

 そういう意味では、見舞いなんだろうな。

 ちょっとうれしかった。

 それに、言われたのはそんなことばかりじゃない。


「そう言えば、また弓を無くしたんだよな。前よりもさらに質が高い物を作ってきた。体調がいい具合になったら弓の調子を見てみるといい。流石に矢は持ってくるわけにはいかなかった。けど、弦も何種類か持って来てある。気に入った者かがあるなら張り直すのもいいぞ」


 と、また新しいのを作ってきてくれた。

 そして帰る間際には


「疲れてるなら、体、休めないとな。じゃ、空いてる時間があったら明日も来るよ」


 とまで言ってくれて、村を出る決心ができていたあたしには、ちょっとだけ心苦しく感じた。

 母さん達には、そんな気持ちは全く湧くことはなかったけども。


 それとナンナも、お昼過ぎに来てくれた。

 泣きながら何度もお礼を言われた。

 友達だから、そんなに大げさにしなくても、とは思った。

 けど彼女の家族からは「もう少し早く駆け付けてきてもらえてたら……」なんてことも言われた。

 感謝してほしいわけじゃないけど、助けに行くのが必ずしも当たり前じゃないんだよね。

 それに……特別な力を持ってたとしても、こんなふうに疲れが溜まることもあるし、首を切断されても生きていられる自信はない。

 死ぬのは……普通に怖いし。

 でも、ナンナも相当気落ちしていたのは分かる。

 そんなに泣きじゃくらなくても、と思うくらい泣いてた。

 とりあえず彼女には「もう謝らなくていいから。退院するの待ってて。ナンナもお家で休んでたらいいよ」と言っておいた


 それでも、あたしの周りは、長老達の言う通りになりつつある。

 となれば村を出ると決めたあたしの選択も、多分間違ってはないと思う。

 でも、いきなりここからいなくなるのも心苦しい。


「お父さんには伝えとこうかなあ……」


 何度も弓を作ってもらい、何本も矢を作ってもらった父さんには伝えるべきかも、と思うけど。

 でも、家族みんなから引き留められたり、……拘束されることもあるかも……。


 相談に乗ってもらう相手もなく、悩む気力もなくなった。


「……もう……寝るか」


 目をつぶって三十分もしないうちに起こされた。


「晩ご飯ですよー」


 なんかもう……。

 いろいろ上手くいかないもんだ。


 ※※※※※ ※※※※※


 入院して三日目。

 随分体調は良くなった。

 食欲も少しずつ戻ってきた。

 でも気力、体力が戻るには、もう少し期間が必要っぽい。

 先生からは、動ける範囲で体を動かさないと体が動かなくなる、という説明を受けた。

 けど、疲れた体でさらに動かすと、具合が悪化するからね、と心配もされた。

 肘や膝は動かせるけど、上体を起こすのはちょっとつらい。

 光の弓矢から受ける体の負担、ほんとハンパない。


 けれど、面会に来る母さんたちは相変わらず。

 顔を合わすだけで具合が悪くなるような気が……しないでもない……。

 この日はお父さんたちは面会には来なかった。

 仕事に手間取ってるんだろう。

 日常でも帰り時間が遅くなったりすることもある。


 けど、その代わりというわけじゃないんだろうけど、意外な見舞客が来てくれた。


「マッキーよ、具合はどうじゃな?」


 長老会の五人だった。

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