村の未来 あたしの未来 後編
「今回、現象の魔物を一人で倒して村の危機を救ってくれた。これは本当に有り難いことだ」
「そればかりではないな。倒木の粉砕しかり、狩り場の洞窟掘りしかり」
「そしてその前の、ドラゴン騒動の時も、だの。村総出でマッキーに感謝せんとな」
なのに村から出ろ……って……。
「じゃが、村の者達の思うところはそれに留まることはないじゃろう」
え?
「エルフの体力や魔力ではできないことを、短時間でやってのけた。これからも、頼めば村のために働いてくれだろう……とな」
「要は、自分らが楽できるから、苦労は全部マッキーに任せよう、ちゅー話になってしまう」
「歪な気位を優先し、正当な成長を蔑ろにする。その姿勢は間違いなく、村の消滅、ひいては種族の滅亡に繋がる」
……その原因は、あたしが使った、あたしの特別な力。
そしてあたしから消えることのない力。
その力がある限り、村と種族に未来はない。
つまり、あたしが村にいる限り……。
「それとマッキー。お前のためでもある」
「え?」
「マッキーよ。お前さんが村から出て行かんと、村に縛られることになるぞ?」
「それは……どういう……?」
縛られる?
どゆこと?
「えっと……縛り首?」
……っていう罰は……なかったわよね、うん。
「何で村が危ないところを救ってくれたお前さんを、縛り首にせにゃならんのだ?」
「……ワシらよりも何百年も若いのに、もうボケが始まったのか?」
えーと……。
それ、笑うとこかな?
「村に……村人達の思いに縛られることになる、ちゅーことだ」
「己のすべての意志は、村人全員に踏みにじられる。その中には、当然マッキーの家族も含まれる」
「え……」
前世の記憶が頭の中で、無理やり引っ張り出されたような気がした。
思い出そうとするまでもなく、勇者を辞めた後の家族の、村人達の態度が即座に脳内で再生された。
「今言ったように、あれをしてくれだのこういうことを頼みたいだのという声が、次から次へとやってくるのは間違いないの」
「それに一つ一つ応えるだろうな、マッキーは」
「そのうち、その数が多くなってこなしきれなくなる。そりゃそうじゃ。力を出すたびに、このように気絶して、意識が回復しても疲労が抜けないのであればな」
……確かにそれはありうる事態かもしれない。
でも、誰もそんな風に頼ってこなければ……。
……いや、来るかもしれない。
誰だって、避けられる苦労なら避けたいだろう。
あたしだってそうだし。
避けられない苦労だから、自分から飛び込んでいったんだ。
「じゃが、そのうち文句が出てくる。あの家の言うことは聞いて、何でうちのお願いは聞いてくれんのか、とな」
「何の代償もなく、無理難題を解決してくれる、と思うようになるだろうな。その報酬なんか一つも考えずにの」
「そして、頼めば何でもやってくれること自体、それが当たり前と思うようになる。マッキーのことを思いやれずにの」
「……村のエルフ達の、そんな醜い姿を見ずに済む。まぁ、誰もそんなこと思っちゃいないというかもしれんがのぉ……」
「何度か、そんな騒ぎが起きたんじゃよ。あんな、村が醜くなっていく姿は見とうないからのお」
「……そして、マッキーにも見せたくはない」
見せたくはない、と言われても。
……それは、醜い本性を今は隠している、と言ってるようなもんじゃないか。
前世の記憶がまた呼び起こされる。
……周りから見られる目つきが違うのは、人間もエルフも変わらない、と言うことか……。
「それとだ。……これは、何だかわかるかね?」
長老は腰元から何かを取り出した。
それは……数えきれないほどの種類と数を見てきた品だった。
「弓、ですよね」
引っかけ問題かな?
……こんな時にそんななぞなぞを出すくらいには、まだぼけてはないだろうに。
「そう。弓じゃ。だが、弓と教わらなければ、これは何のために使うのか分からん」
「弦を弾いて音を出して、楽器と答える者もいるかもしれんな」
「だが、教わらなければ、弓一つで何かができる物と思ってしまうの」
そりゃそうだ。
武器の一つだが、矢がなければ武器にはならない。
「……マッキーの力も同じじゃよ」
「あたし、の?」
「うむ。マッキーだけじゃない。今までの肌の色が違うエルフが持つ力。その力の使い方など、誰も教えることはできん、ちゅーこっちゃな」
……たしかにあたしは、光の弓矢が使えるようになったきっかけは、文字通り、思わず自分の体から出てきた力。
誰から教わることもなく、使えるようになった力。
「誰かが教えてくれるでもない力の存在に使い方。それを教えてあげるふりをして、その力を他所の者が利用しようと、親し気に近づくこともある。見知らぬ他人なら警戒もしようが、知り合いすらもそんな思いを以って近寄ることもある」
「もっといい使い方があるぞ、などと言われりゃ、そのまま鵜呑みする気はなくとも、聞くだけは聞いてみようという気になるのではないか? 知らず知らずのうちに、その者の都合にだけ合わせ、その者にしか得にならないことばかりしかしない、なんてこともあり得る」
「つまり、ここにいれば村に縛られるし、村から出れば村に、誰かに縛られる必要もない、ということだの」
と言うことは、これはまるで……。
どっちが親でどっちが子供か分からないが、子離れもしくは親離れを促してくれてるみたいだ。
「弓も矢も、使う時には必ず手にする。じゃが、いつも使わねばならない時であるわけではない。使わない時は腰や背中に携え、矢を入れる入れ物に仕舞っておくであろう? なぜそうする?」
「それは、もちろん……」
「そう、いつも持っておったら、普段の生活の邪魔になる。誰かに傷を負わせてしまう。だから……そんなことは自分で気付く前に、誰かから教わったはずじゃ。だがお前の力はどうかの? 使い方は誰かから教わったものかの?」
「それは……」
教わるわけがない。
誰かが教えてくれるわけもない。
何度も気を失いかけながらも、その使い方を自分で見つけた。
周りから見られることなく。
「自分で……身につけました」
「他のエルフを……必要とせんかったじゃろ?」
もちろん、そうだ。
誰がそれを教えてくれるというのか。
あたししか持ち得ない力だし。
「なのに他のエルフは、きっとお前のその力を当てにする。そして、お前さんが気を失った後、今回はこうしてみんなに診療所まで運んでもろうた。それは、お前さんが村の危機を救ったから、という思いがみんなにあったからかの」
「じゃが、誰かの欲求を満たすために使うたら、己のことしか考えられないその者は、気を失ったお前に構うことはなくなるぞ? 自分の願いが叶ったら、それで満足じゃからな」
「他人の願いを叶えて気を失った者を、その願いと無関係な者達が助けるとも思えんしな」
老エルフ達は、なんか、自分の予測をこれから起きる事実と決めつけてるっぽい。
そんな思い込みこそ、考え方としてはちょっと危険なんじゃない?
「助けてくれるなら、それはそれでよかろう。じゃが、必ず誰かが助けてくれるわけではない。実際今回魔物を退治しきれなかったら、マッキー、お前は死んでたぞ?」
「動いとる魔物のそばには、誰も行きたがらんじゃろうからな」
……言われてみれば、確かにそうだ。
誰も助けてくれない、というのは、誰も助ける気はない、とは限らない。
助けられる状況じゃない、ということとか、蕎麦に動ける人は誰もいない、ということだってあり得る。
「つまり、お前のことをいつも助けてくれる者のそばにおらんと、今回のようなことはいつでもできんっちゅーこっちゃな」
「それは……この村にはおらん。事実、現象から出てきた魔物の一匹だけがここにきただけでみんなが逃げた。それは正しい行動だ。だがお前はそれに逆らって、村のエルフを助けようとした。それはありがたい行為だ。だがその行為に報いる働きは、逃げ切ったエルフにはできん。そしてみんなは、できれば逃げ切りたいと思うておった」
「村のみんなのために起こした行動。その思いも行為も尊いものだ。だが……最悪の事態を考えれば、その一回きりで終わっておった」
「しかも、その救助も失敗に終わっておったら、だあれもその行為を理解できん。家族だったら尚更、な」
「……それに、お前さんが村を出なければ、村はお前さんばかりを頼る。努力すれば自分達でできることすらも。つまり、誰も努力をしなくなってしまう。努力をしなければ、知恵も力も身に付かず、発展も進歩もない。そのうち村の力は衰え、やがて消えゆく運命をたどる」
……老エルフ達の言うことに、間違ったところはどこにもない。
なら、やっぱりあたしはこの生涯も、家族とも……。
……前世で起きたことをそのまま繰り返してるような気がする。
でも前世と違って、あたしにはこの力が……。
でも……使うたびに意識を失うようでは……。
……お願いの仕方、間違えたかなぁ……。
これじゃ、何のために神様とやらにお願いしたのか分からない。
「選ぶのは、マッキーじゃ。ワシらは、今後予測できる先のことを伝えただけじゃ」
「だが、ワシらは、マッキーの幸せも願っておる。もし村を出ることを選ぶなら……」
長老の一人が、何でもない空間に指をさして、そのまま下に下げた。
すると、割れ目のようなものが現れ、その長老はその中に手を突っ込んだ。
「この空間収納の術と……よっと。この、無限にお金が入る財布を贈ろう」
「村を出るよう告げただけでは、あまりにも無責任。その財布の中には……人間がよく使う金とやらが入っている」
「人間の社会で使われる金は、取引してる他種族にも通用するからの。財布の中には二百万入っておる。一日でどれだけ使うか分からんが、使わずに済むならそれに越したことはないの」
……前世では、故郷から追い出された。
でも現世は……。
「村を出た後は、どんな毎日を過ごすも自由。じゃが、一刻も早く、その力を使うて気を失った後もそばに寄り添って守ってくれる者と巡り会ってほしい、と思うとる」
「うんうん。」
そのためのお金や道具を用意してもらって、そして便利な術も伝授してもらえて、そして何より……。
家族は決して、長老達が案ずるような思いは持つことはない、と信じたい。
けれど、その長老達からは、こんなにもあたしの身を案じてくれている。
前世と大きく違って、こんなにも恵まれている。
前世の記憶がなかったら、とてつもない不幸としか感じられない一生だったに違いない。
前世の記憶を持ってたおかげで、本当に、あたしは、故郷で、本当に幸せな……日々だったことを知ることができた。
家族のみんなには申し訳ないけど、あたしは村を出ることに決めた。
お互いに明るい未来が待っていると信じて。
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