村を出てから その1
一夜を馬車の中で過ごした。
御者は普通の人間だった。
人間からは毛嫌いされるかもしれない、という話を長老達から聞いていたが、あたしとの話を嫌がるような感じはしなかった。
「え? そりゃ乗せたくない客はいますけどね。客車の内装を壊したりする客とか。でも、客の見た目で判断はしませんよ」
長老が話してくれた、色違いのエルフは災厄の前兆と見なしている人間の種族。
必ずしも、誰もが嫌っているというわけでもなさそうだ。
「まぁ……人生投げてるつもりは全然ないですが、馬の扱いができれば誰でもこの仕事はできますからね。そして、私はこの仕事しかできなかったし……私の身に何が起きても代役は利きますからぇ」
そういう考えは……寂しくない?
「お客さんのような色黒? のエルフは、確かに災いをもたらす前触れなんて話は聞いたことがありますがね。私は気にしません。けど、代役が利かない職人さんは毛嫌いするかもしれませんね。他のお客さんからの依頼を途中で断念するわけにはいきませんから」
続きの話で、少しだけ人間社会を学べた気がする。
縁起が悪いから嫌、ではなく、自ら死に近づくことをして仕事が中途半端になるのが嫌、ということか。
……それじゃ、まるであたしが死神みたいじゃない。
何か失礼な話よね。
「ところでお客さん。行き先は近くの大きな町の……手前でいいんですか? 中に入らなくてもよろしいので? よかったら町の中……宿までとかまで行きますよ?」
ちょっと迷った。
このまま街中まで入ると、下車した瞬間から、周りから見た目で疎ましがられ、嫌われ、避けられるのは目に見えている。
門の外で下りた方が、そんな目に遭わずに済みそうな気はするけど……。
門番と揉め事を起こすより、人当たりのいいこの御者についてきてもらった方が、揉め事は少なくて済みそう。
「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「はい、お任せください。いくつか村や町を通り過ぎますので、塩梅のいい町の宿には……そうですね……。明日の昼前には到着するでしょう」
かなり時間を持て余しそうな気がする。
じゃあ……。
「……そろそろ森の中に入りそうね?」
「そうですね。夜の森の中は少々危険ですので速度を上げますが……何か用事でも?」
「うん。入り口辺りでちょっと止めてくれる? 適当な木材を一本見つけて、小型の弓を作ってみようかなって」
「分かりました。それくらいならお安い御用です」
十分睡眠をとって、弓を一つ作り上げても時間はまだ余りそうよね。
※※※※※ ※※※※※
「お客さん。お客さん?」
と御者に呼びかけられた。
そこで、いつの間にか眠ってしまっていたことに初めて気づいた。
弓を作るために木を削って、そのまま眠ってしまってた。
床には木くずが散らばっている。
あとで掃除しないとな、と思いながら作業してたのは覚えてる。
車内灯でやや明るく照らされている車内。
備え付けられている時計は一時を過ぎていた。
「あ……はい……なんでしょう?」
まだやや寝ぼけている。
のぞき窓からもその床が見える。
その窓から御者がこっちを見てて、何とかしなきゃなー、などと思ったりしていたが……。
「飛竜が飛んでいるようです。朝までここで待機するか引き返すしかありません。当然到着時間は……」
飛竜が飛んでいる。
ということは、ここはまだ森。
そしてその森は山に続いている、ということだ。
たしか、住処は山の森に作られるって聞いた。
山だけ、もしくは森だけの場所には住処を作ることはない、って父さんは言ってたな。
他には……いくつか種類があって、今の時間帯に活動しているってことは、夜行性の種類ってことね。
ドラゴンの中にも羽根を持つ種族はいるけど、飛竜と呼ばれる魔物、魔獣は翼の生えた大蛇、という感じだ。
ドラゴンのほとんどが火を吐いたり冷気を吐いたり毒を吐いたりする。
けど、飛竜は物理攻撃のみ、というのも特徴。
と、父さんたちは言ってた。
それにしても、ここに朝まで……って……。
あてどない旅だけど、とりあえず大きな町までの移動はこの馬車を使いたい。
でなきゃ、いつ到着するか分からないし、近くの小さな町だと、長老達が言ってたように、その町の誰もがあたしを相手にしないかもしれない。
となれば、人口が多い町の方が、少しは居やすいと思う。
ということであれば、そこまでの移動に馬車は不可欠。
とはいえ、御者はあたしの相棒でも付き人でもない。
いつまでも面倒を見てもらうつもりもないし、こんな危険地帯に滞在させるわけにもいかない。
「ほかに道は?」
「あるにはありますが、どのみち、多分あの飛竜の縄張りと思います。それに……」
「それに?」
「遠目ですから断定しづらいんですが……討伐手配中の魔物……と思われます。そうでないにしても、人間だけじゃなくほかの種族も食うんですよね、あれ……」
危険人物……いや、人物じゃないか。
……ここって、森の中なんだけど、馬車がすれ違ってもまだ幅がある。
ということは、往来する人達が多い、都市間の主要道路、よね。
その通行人を食べちゃう……って……。
「手配中の魔物がいるのは知ってました。けど、行動範囲は広いんです。まさかよりにもよって、私達が通る道の近くに現われるなんて……」
獲物が通る嗅覚が鋭いのかもしれない。
なら、御者のどこにも落ち度はない。
夜に出発すると決断したあたしに非があるかもしれないけど、一番悪いのは魔物でしょ。
あたし達を狙わなきゃならない理由なんてないんだから。
「ほっとけない、わよね?」
「え? えぇっと、それはどういう……」
どういうも何も、手配されてようがいまいが、仕留めておいた方がいいってことなんじゃない?
「二体も三体もいる、って言うなら引き返すのが賢いやり方だけど、一体だけなら射落とした方が早いわよね?」
「い、射落とす?」
とりあえず、現状そして現場の確認は必須だ。
客車から御者席に出る。
夜なのに、飛竜が飛んでいるのを見た、というのも納得だ。
月明りが届く範囲で、空高くゆっくりと旋回しながら飛んでいる。
他に仲間がいるわけでもなさそうだ。
大型の魔物は、口に入るものなら何でも食べる。
中型、小型の魔物だって、大型に食べられたくはない。
だから、それらの魔物の襲撃には遭遇しなかったってことかもしれない。
けど今は、そんな考察をしてる場合じゃない。
下手に動くとこっちに襲い掛かる、空を飛ぶ巨大な蛇。
そしてこちらの武器は、変幻自在の光の弓矢。
どう対処すべきか。
頭を射抜けばそれで済む。
けど、使った後は疲労に襲われたくはない。
こっちは数時間前に退院したばかり。
しかも体調は万全じゃない。
「……口に突き刺して、頭を貫通させれば問題ないわよね」
例え生きていても、噛み砕く口、顎を打ち砕けば食われる恐れはなくなる。
固い頭蓋骨を貫通させる矢を作るより、そっちの方が疲労度は軽そうに思える。
「いや、しかし……届きませんよ。あんなに高いところを飛んでたら……」
「多分大丈夫。失敗することもないけど、その後であたし、気を失うかもしれないから、その時は客室の中に連れてってもらえます?」
何と表現したらいいか分からない御者の表情。
慌てるような、驚くような顔。
だけど、あたしを止めるような冷静さも見える。
御者は……ほとんどの人間は知らないんだろうな。
けどあたしはこれで、四度もとんでもないことをやり遂げてしまった経験者。
その差を思うと、ちょっとだけ可笑しかった。
「じゃ、いくわよ?」
流石に馬車の中で発動させるのはまずい。
とりあえず馬車から降りる。
そして光を手に宿す。
手から発する光は周囲を明るくする。
それが大きいと、こっちが矢を放つ前に飛竜が襲いかかってくるかもしれない。
体の負担を考えればその光はなるべく小さい方がいいが、影響はあたしの体ばかりじゃないってことも考えないと。
「なるべく光を抑えて、口の中に突っ込んでそこをすべて破壊。できれば頭部を貫通させること」
気を失うことがなければ、何本も矢を撃つことはできるけど、今はそれをぐちぐち言ってる場合じゃない。
失敗が許されないことなら、前もってその工程を頭の中で認識しておかなければ……。
……そして集中。
「そ……それは……」
御者が何かを言ってるけども、それに気を取られている場合じゃない。
この攻撃を成功させたら、誰からも文句は言われないはず。
願わくは、この一撃で事を済ませられますように……。
「ハッ!」
光の矢に操術の魔力を込めて気合一閃。
手配中の魔物、ということは、何人もの狩人を退けてきた魔物、とも言える。
そんな魔物を……。
「な……! い……一撃……ですか?」
命中確認。
矢の光で、口の中に刺さったのは確認できた。
視力、聴力などの五感は、人間より鋭敏なのかな。
御者は、飛竜の様子はよく見えなさそうだった。
問題は、頭を貫通してるかどうか。
遠目だから何とも言えないけど、矢じりが頭から飛び出ているのは分かる。
そして羽ばたく翼が動かなくなり、落下を始めた。
巨躯も重力に任せた動きしか見ない。
木々を押し倒しながら地面に激突。
その音と地響きの衝動がこっちにまで響いた。
「こんな……いともあっさりと……。お、お客さん……すごい腕してますね……って、お客さん?!」
意識を失いはしなかったが、全身から力が抜けて立っていられなくなった。
「あー……ごめん……。やっぱり誰かそばにいてくれないと、ダメだなー……。ちょっと立てないから、馬車に乗せてくれない?」
「あ、そう言えばそんなことおっしゃってましたね。ちょっとお待ちください」
何ともしまらない話だ。
御者も馬車から降りて、あたしの体をささえてくれた。
「……しかし……飛竜が動いてるようには思えないんですが……なんか、衝動が近づいてきてません?」
御者が言うように、振動と何かの衝撃音がこっちに向かって近づいてきている。
何かがやってくるんだろうか?
いや、違う。
……忘れてた。
飛竜のことしか考えてなかったから、他のことまで頭が回らなかった。
「あたしの体、抑えてて! あ、馬車に上体を寄りかからせて!」
「な、何かあるんですか?!」
「いいから早く!」
飛竜が落下した地点の木々が倒れ、それが周囲の樹木をへし折って……。
その連鎖が起きることをどうして予測できなかったのか。
それだけなら別に気にすることはない。
道端の樹木が、こっちに倒れることは誰だって予測できたのに!
「えっと、倒木を粉砕した要領で……」
馬車に倒れ掛かると思われる樹木を全て粉砕しなければ。
……いや、それだけじゃ足りない!
「馬車の前に木が倒れたら、道を塞いじゃうことになる!」
次の一回で、間違いなくあたしは気を失う。
その後馬車の進路が閉ざされたら、まさに立ち往生だ。
助けが来るまであたしの意識が戻るとも思えない。
けどそんなことを気にしてる場合じゃない!
倒れる木の勢いは、山側からこっちに倒れる方向のが強い。
抵抗するには、山側に倒れる木の本数を圧倒しなきゃならない。
失敗したとしても、馬車と御者の命は守らなきゃ!
「倒れる前の木々ごと、こっちに倒れてくる木の粉砕で……」
無数の細かい光の矢を用意する。
あとは、方向さえ気を付ければ。
拡散するように、扇状に、そして下から上に。
ただし、全ての木に当たるくらいに角度は抑える。
それでいいはずだ。
確認して再度、あたしの左手から光の弓を出現させた。
そして弓の真ん中に光の塊を生み出し、いくつもの小さい弓の集まりに象らせる。
狙いを定め、ひたすら念ずる。
少なくとも、馬車の馬、車両、そして御者を守ること。
「いけえっ!」
無数の光の軌道が、あたしの手元から放たれる。
手前の木々の何本かが山側に倒れるのを見届けて、あたしは完全に気を失った。
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