村のために みんなのために その7

 避難するエルフたちが移動する流れに逆らうあたし。

 避難する、誰もが白っぽい肌のエルフ達の流れに逆らう、黒っぽい肌のあたし。

 そして、避難する普通のエルフ達の流れに逆らう、普通でない……。


 今は、スライム型の魔物がいる場所に向かって走っているだけ。

 それ以外にすることがないから頭の中では、ついそんな感傷に浸ってしまう。


 いつまでも、その普通でない力を隠し通せる、と思ってた。

 いつかはみんなにバレるだろう。

 でも、みんな、知らないふりをしてくれる、とも思ってた。


 その力は、村の望みを叶えるためにだけに使うつもりでいた。

 村が願うことだけに使うつもりでいた。

 村を危機から救うことだけに使うつもりでいた。


 けど、あたしの望みは、こうして数えるとどれもが抽象的だった。


 今、実際に村の平穏が壊れようとしている。

 誰かの、あたしの知ってる誰かが死んでしまう。

 その誰かを救うため。

 けど、ほおっておくと、あたしの知らないエルフ達にも被害が及ぶ。

 そんな、抽象的ではなく生々しい現場に向かって急いでる。

 人目につかないどころか、誰もが目撃するようなことを、これからしようとしている。


 その後をことも考えてしまう。

 前世のように、みんなの対応が、これを境に変わってしまう。

 その後のあたしへの態度は、おそらく急変するだろう。

 でもすでに、前世との違いはある。

 あたしから去ることのないこの力。

 それが分かっただけでも、あたしは多分この先も生きていける。

 あの先は絶望しかなかった前世のあたしとは違うんだ。


 助けたいエルフ達がいる。

 助けたい知り合いがいる。

 助けたい村の人達がいる。


 それだけで十分、迷わずに急ぐことができる。

 だって、今までとは違って、そんな取り返しがつかない事態が差し迫っているから。


 次第に住民達の気配は薄くなる。

 みんな避難したから、そこには気配がないのは当然だ。

 そして誰もいない道を走る。


 やがてあたしの家の前が近くなる。

 またこの家に戻る日が来るだろうか。


 迷いなく、立ち止まることなく今まで住み慣れた家の前を通り過ぎた。

 その隣の家は、あたしの家に危険を伝えてくれたあのおじさんの住んでいた家。

 そしてそのおじさんの家の隣も通り過ぎた。

 、おそらくその息子さんが魔物に食べられた、家族の家……。


 他にも被害者はいるだろうか。

 しばらく気配を感じない家が並ぶ。


 そして見えてくる、避難する住民達の後ろ姿。

 けどその列のはるか先では、途中で道路から外れ、道路沿いの何かを避けるように曲がっていた。

 あたしは、自分の家を通り過ぎるまでは、避難するみんなとは逆の方向に移動していた。

 今度は同じ方向に移動する集団の中に混ざる。

 魔力を使い走力を上げた。

 早く、みんなが避難する必要がない日常に戻すために。


 避難するみんなよりも速く走る。

 おそらく魔物がいる場所は、その大きく曲がって道路から一番離れている所だろう。

 道路から離れているのは、魔物に襲われないようになるべく遠ざかり、そして避難場所からの距離がなるべく長くならないように。


 あたしは避難するみんなの流れから外れ、道路をそのまま走り続けた。

 すると、避難するみんなの流れから一番遠ざかった道路沿いから、小さい叫び声が聞こえてくる。

 近づくほどに、その声が大きく聞こえてきた。


「……けて……。……れか……。助けて―っ!」


 聞き覚えのある叫び声。

 あちこちに森で一緒に遊んだことがある女性の声。

 もちろんあたしに近い年のエルフだけど。


 計画は既に練ってある。

 火に弱い、と知られているのに誰も退治できない。

 それはおそらくスライムの体質があるから。


 遠ざけることができる普通の火では、退治には不向き。

 火をつけても水分でできているスライムだから、苦手な火でも体内に取り込めば火は消える。

 着火できたとしても、分離と合体が自在な粘体だから、被害か所を切り離せば無事に済む。


 あたしにできる攻撃は、まずは弓矢。

 でも刺さっても、相手は粘体だから地面に釘付けにはできない。

 だから、初手は数多くの矢すべてに、氷結の効果がある魔力を伴わせて発射。

 凍った体なら釘付けにできる。

 そして何でも燃やせる業火が伴った、それ以上の数の矢を刺す。

 ただしその火はその氷に干渉させない。

 氷も火に干渉させない。

 魔物の体は、燃えているか氷かのどちらかにする。


 そうして最後まで完全燃焼。

 これで十分なはずだ。


 けど、村に来た魔物が一体だけで助かった。

 集団で来られたら、あたしは途中で気絶するほどいきなり疲労に襲われてたかもしれない。

 一体だけなら、その終わり見届けるまで意識を保っていられそうだ。


 その叫び声が聞こえてくる家に近づく。

 誰か助けて、と叫ぶ声。

 声の主は家の外にいるのは分かった。


「やっぱりナンナ! ちょっと待ってて!」

「え?! マッキー?!」


 何度も一緒に遊んだエルフの女の子達の一人。

 大木に縋って登ろうとしていた。

 彼女の片方の足首が、地面にへばりついてるような黒いスライムに取り込まれている。


「ちょっと辛抱してて! えいっ!」


 魔力を使って、家の屋根よりも高く飛ぶ。

 光の弓、そして短い光の矢を出し、その先には氷結の魔力を纏わせた。


「まずは一手目! いけっ!」

「キャアッ!」

「ナンナ! 大丈夫! 助けるから!」


 あたしは、魔力を使っても長時間の滞空はできないが、この計画を実行できる間くらいなら何とかなる。

 高く飛んだあたしを遠くから見たエルフ達が、避難しながらも様子を見に来る。

 誰もが助かりたいと思っている。

 そして、助けてほしいエルフがいたら、助けたいと思ってもいる。

 けれど、自分の身が危なければ、まずは安全を確保したいのは仕方がないことだろう。


 でも今は状況が違う。

 助けてほしい者を、率先して助けに来た者がいるのだ。

 自分に余裕があるのなら助けてあげたい、と思うのも本能に近い感情の一つに違いない。

 だから、近寄ってきた誰もが、あたしが光の弓を手にしているのを見ていた。


 どんなふうに見られているのだろう?

 けど、そんなこと知ったこっちゃない!


 見る見るうちに、黒い粘体は凍り付き、地面にくし刺しになって動かなくなった。


「二手目、いくよっ!」


 業火が伴った、さっきと同じく小さな数多い光の矢を番える。

 そして発射。

 もちろんナンナの体には燃え移らないようにして。


 氷と業火以外の体の箇所を出さないように監視しながら滞空を続けた。

 そして火の勢いが弱まったと思ったら、さらに追加。


 間もなくして、ナンナの足首は黒い粘体から解放された。

 ナンナは泣きながら、大木を上っていく。

 地上よりは安全な場所であるはずだから、それには特に問題はない。

 地上で燃え続ける黒い体。

 その中には、他に誰かが取り込まれた跡はない。

 最初の被害者からナンナまでの間に、他の被害者が出なかったか。

 それとも他の被害者は既に、跡形もなく魔物の体の中で溶かされたか。

 前者であってほしい、と願いながら粘体が燃え尽きるのを見届ける。


 その火も、燃えた黒い魔物も、そしてあたしの光の矢も消え、手にある光の弓を消えたのを見て、あたしは意識を失った。

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