村のために みんなのために その6
光の矢の多用と矢の形状の変化は、休めば回復するものの、魔力を削り体力を削る力と術。
そして、この力を発揮できるのは、物体の破壊のみ。
何かを生み出す、何かを作り出すには適さない。
「井戸とかがこの辺りにできるといいよな」
「狩里で一休みする場所としてはいい地点だしね」
そんな話を耳にした。
無理。
地面に穴を空けることはできる。
そこから水が浸み出すことも、あり得ない話じゃないと思う。
けど、それが飲み水になるかどうかは分からないし、狩りに出る大人達がいつもそこにいるとは限らない。
むしろ、そこらを縄張りとする動物や魔物が、生活の拠点にするかもしれない恐れの方が大きい。
もしあたしがそんな穴を空けたとする。
「何であんな所に湧き水なんか出したんだ」
「井戸を掘ってもらいたかったのに」
という不満が出てくるのは目に見える。
井戸を掘るには、井戸掘りの職人さんじゃなきゃ無理だし。
まぁあたしにお願いしに来たわけじゃないから、あたしが聞き逃せばいいだけのことなんだけど。
※※※※※ ※※※※※
歳をとるごとに、光の弓矢使用による疲労感が強く感じられるようになってきた。
これはあれだね。
子供の頃は、全力で遊んですぐくたびれても、お昼寝したらまたすぐに元気になるってやつ。
子供の頃はそれだけ、疲れ知らずってことなんだろうな。
そうこうしているうちに、何年経ったんだろう。
光の弓矢を使うたびに貯まる疲労の度合いも、あまり変化がなくなった。
むしろ、疲労に体が慣れてきた感じまである。
そんな日々の中で、久しぶりにここら辺で雪崩現象が起きたようだった。
近くはないが遠いと言えないところらしい。
その現場から一番近い村らしいが、以前村に近づいた竜がくるくらいに、危機が差し迫った感じではない。
だからといって、ほっといていい話でもないんだけども。
「で、お父さん。避難するの? それとも待ち構えるの? どっちなの?」
村長や長老、そして村の有力者たちが集まって相談した。
そこに父さんも加わってたそうだ。
「避難するにしても、避難先がない。それに、現象の位置からこっちに真っ直ぐ来るにしても、二、三日はかかる。その間旗手達が来てくれるんじゃないか、という話だ。それと、現象の位置から魔物共は移動を始めてそうだ」
「だ、大丈夫なの?」
「移動と言っても、村と反対方向に移動し始めてる。こっちに来ることはないだろうが、用心だけは怠らないように、ということで話は落ち着いた」
それでも心配そうな母さんの顔。
もう戦力になれそうもないお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、ただ黙って、悲し気に話を聞くだけだった。
「あの、お父さん」
「どうした? マッキー」
「えっと……キシュって……何だっけ?」
全員がこけた。
「勇者の代わりになってくれてる人間達だよっ」
「待て待て。マッキーが知らないのも無理はない。マッキーにとって雪崩現象が身近に起きたのはこれで二回目だからな」
前世の記憶があるせいか、そこに存在しないことを今目耳にしても、なかなか覚えられないのがちょっと……。
「ただ、しばらくは狩りは禁止になる。着物が殲滅されるまでな。もちろん遊びに行くのも禁止だ」
「えっと……お父さん?」
「どうした? マッキー」
「あたし、兄弟姉妹の中で一番年下なんだけど……」
「うん。それは父さんも知ってる」
「そのあたしですら、もう遊びに出かけること、なくなったからね?」
もう、そんな年になったのだ。
子供と呼ばれる年齢は、とっくに過ぎてるんだけど……?
「……あれ? そうだったか?」
……そうだったか? じゃないんですけどね……。
※※※※※ ※※※※※
誰もが楽観していた。
現象から湧いて出た魔物の数がどんどん減っている、という噂話が村に流れてきた。
もちろんそのまま信じるような能天気なあたし達じゃない。
その噂の真偽を確かめ、それが事実と確認できた。
だから楽観してた。
魔物の姿はいろいろだ。
ドラゴンと同じ姿だったり、あたし達のようなエルフの姿だったり、魔獣、怪鳥の姿だったり。
ただ誰もが、その魔物は現象から出てきた魔物だと一目でわかる。
本当に真っ黒なのだ。
全身が真っ黒に覆われているのだ。
だから、月のない夜はとても危ない。
暗闇に紛れると、どこにいるのか本当に分からない。
だから、明るさは絶対に欠かせない。
けれど日中でも、どこにいるのか分からないことがある。
それは、姿形が簡単に変わるスライム型だ。
草むらの中で地面にへばりつくような形に変われば、まず分からない。
草の茎に逆らわずに移動されたら、間近になるまで気が付かない場合がある。
おまけに、その魔物に近い特性も持っている。
いきなり地中に引きずり込まれたと思ったら、現象から出てきたスライムに襲われて、もう助けようがなかった、なんて話は数えきれないくらい聞いてきた。
もちろん、危ないのは夜の時間帯だけじゃない。
薄暗い場所や物陰、それこそ上げるときりがない。
そして、たった一体のスライム型によって、あたし達の村が危険に晒されようとしていた。
※※※※※ ※※※※※
「みんな! 避難しろ!」
隣の家のエルフがいきなりうちに飛び込んできたのは、うちの晩ご飯の支度の最中のとき。
矢を作っている父さんが、その手を止めてその理由を聞いていた。
「うちの隣のエイルが、庭仕事してる最中に食われたと! 外を窓から見てた家族が言ってた!」
「なっ……! スライム型か?」
「あぁ! そうらしい! 他に魔物はいなかったから、多分その一体だけだが、俺たちがばらばらで攻撃しても追っ払うことすら危険だ!」
平穏な日常がいきなり壊れた。
なぜ村にやってきたのか。
決して近くもないのに。
「隣って、うちとは反対の隣、よね?!」
「あぁそうだ! 向かいの方にはうちのライラが声をかけてる! 悪いが隣の家に声かけてくれ。俺はその隣に声をかける!」
道理で真っ青な顔をしてると思った。
けど、そんな暢気なことを言ってる場合じゃない。
それに、そんな危険が迫ってる状況は、あたしには初めての経験だった。
「ということは、村の出入り口に近い集会所が避難場所になるな。父さんと母さん、それと女達は避難所へ。男全員逃げながら声かけだ!」
男の方が、いくらか抵抗力がある。
だから魔物に捕まった瞬間なら、まだ助かる確率は男性の方が高い、ということらしい。
「みんな、お父さんの言う通りにしましょっ!」
母さんはそう言うとお祖父ちゃんを支え、お祖母ちゃんは一番上の姉に支えられ、みんなが父さんの言う通りにすぐに家を出た。
鍋にかけている火をそのままに、何の持つ物もなく着のみ着のまま、外に出るためにしたことは靴を履いたことくらい。
当然みんな、避難所に逃げることを考えてただろう。
けど、あたしは、多分あたしだけ、別のことを考えてた。
「……ねぇ、お母さん」
「何? 余計なお話ししてる場合じゃないわよ?」
「スライム型の魔物って、どうやって倒すんだろ?」
「火で燃やすのが、よく知られてる退治の方法ね。だからカマドの火はそのままにしてきたのよ」
地震とかが起きたら、すぐに火を消さなきゃならない。
火事が起きてそれが広がっちゃうから。
日常でも、火をつけてそのままにしておくと、鍋の中の物に火が移り、周りを燃やして火事になることもある。
でも今回はそうはしなかった。
ちょこっと「危なくない?」と思ったけど、その火で退治できるなら問題ない、ということらしい。
けど、その魔物に目がけて火を放つわけじゃない。
だから攻撃手段とはとても言えない。
魔物がその火を回避して移動することだってある。
でも……あれ?
「反対の家の家族が殺された、ってことよね? お母さん」
「マッキー、今はまず、家族の安全を考えなさい」
「反対方向の家のみんなはどうなるの?」
「反対方向にも避難所はあるわよ」
村のあちこちに避難所があるのは知ってる。
スライム型の魔物を退治する方法を知ってる人も、そっちの方にもいるだろう。
けれど……。
「お母さん、ごめん。ちょっと忘れ物」
「え? マッキー?」
「ちょっと、マッキー、何を忘れたっていうの?」
「命よりも大事なもんなんぞ、なかろうに」
けれど、スライムがいるかもしれないそっちの方には……。
あたしのような、光の弓矢くらいの力を持つエルフはいないのだ。
あたしは、家族が引き留める声を背中で聞いて、意を決して家の方に向かって走った。
避難するみんなの流れに逆らって、ひたすら走る。
被害者がすでに出ている、あたし達の家よりも向こう側を目指して。
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