来世はエルフと言われたが、ダークエルフなんて聞いてねぇ! その4

 その日も行動範囲に制限付きとはいえ、あたしたち子供にとってはいつもの毎日と変わらなかった。

 みんなと森の中に行き、虫を捕まえたり追いかけっこをしたり、そして弓矢を使った遊びで盛り上がっていた。


 けど、そこからは、あたしにとってはその後の生きる道が大きく変わるその第一歩を踏み出すこととなった。、


 ※※※※※ ※※※※※


「なあみんな。そろそろお腹減ってこない?」

「もうそろそろお昼かも」

「んじゃまずは一旦帰ろっか」


 昼ご飯を食べると、またみんなで森で遊ぶ。

 これもいつもと同じ行動。

 けれどこの日はいつもと違った。


「あれ? リーモちゃんがいないな」

「どこに行ったのかしら?」


 リーモはあたしと同い年の、普通のエルフの女の子。

 あたしの家の隣に住んでいて家族同士で仲良かったせいか、あたしとリーモも特に仲が良かった。

 なのに、いつの間にかどこかに行ったようだった。


「一人で先に帰るってことはないと思うから……」

「みんなで一緒に探そっか」


 手分けして探すと、見つかるまでそんなに時間はかからない。

 けど、見つけたことを仲間達に報せるまでに時間がかかる。

 それはそれで面倒なので、一緒に遊んでいた、あたし含めて八人はまとまって、リーモを探すことにした。

 今日遊んだところをくまなく探した。

 一か所に留まることはなかったから、みんなが集まって森に入ってから……と、記憶をたどりながら移動して、みんなが散らばって遊んだところは特に念入りに探し回った。


 森での活動はみんな得意。

 けど、幹が太い樹木がたくさんある所は、当然死角も多い。

 そんな場所を探すのは手間取った。

 が、どこにもいない。


「なぁ……まさか、立ち入っちゃダメって言われた所に行ったんじゃ……」

「行ったとしても、普段だったら普通に遊んでた場所だよ? 迷子にはならないと思うけど」

「まさか……ドラゴンに食べられちゃったんじゃ……」


 誰かのその言葉に、みんなが震えあがった。

 でもそれは有り得ない。


「だったら、そのドラゴンがそばにいるって、だれにでもわかるよね?」


 とあたしは思ったことを口にすると、みんなは「それもそうか」と納得してくれた。

 けれど、くまなく探して見つからないのだとしたら、制限されている場所にも探しに行くしかない。


 山に登る道はそこにはない。

 が、崖がそびえ立っている場所ならある。

 そこから登山は絶対無理。

 けれど、倒れた樹木だったり巨大な岩だったり、そんな物が上からその場所に落ちてくることはある。

 ちょっとした広場にもなっているから、そこもかけっこして遊べる絶好の場所。

 けれど、制限されてからは来ることができなかった。


 そんな場所は、森を抜けた先にある、という感じ。

 そこを目指して森の中を進んだあたし達。

 その途中であたしは、リーモがそこにいることを何となく感じ取った。

 そのことをみんなに告げると、みんなは安心して、急いでその場所に向かった。


「あ、ホントだ。リーモがいるみたい。おーい、リーモ―。探したぞ……」


 森を抜けた最初の子がそこまで言うと、突然立ち止まり、その場で固まってしまった。


「何やってんだよ。おま……え……」


 二番目に森を抜けた子も、言葉が途中で止まって体も固まった。

 そうして次々とその広場に出た子達は、言葉を失うと同時に何もできなくなってしまったように見えた。


 最後にあたしがそこに出ると……そうなるのも仕方がなかった。

 あたし達よりも崖に近い位置で、リーモが地面にへたり込み、高くそびえる崖の上を見ていた。


「ど……ドラ……ゴン……だ……」


 崖の上ではドラゴンが仰向けになっている。

 見たところ全身に傷を負っている。

 山の更に高い所から落ちてきて、全身を強かに打ったようだった。

 それでもドラゴンは首だけ起こして、リーモの方を睨んでいた。


「ひ……ひいっ!」

「に……逃げろっ!」

「た、助け……し、報せなきゃ!」


 みんなはすぐに森の中に駆け込んだ。

 けどあたしもリーモと同じく、怖くてそこから動けなかった。


「ま……マッキー……助けて……動けない……」


 リーモはあたしの方を見た。

 腰が抜けて立てないでいるようだった。


 ドラゴンを倒すのは、大人でも無理。

 たとえドラゴンが怪我で動けずにいても。

 けれど子供のあたしには、ドラゴンの見た目で怖く感じても、友達を助けなきゃ、という気持ちも強いままだった。

 前世の記憶があっても、怖いもの知らずの年齢。


(ドラゴンをたおしちゃえばいいんだ)


 我ながらつくづく無茶な発想をしたものだ。

 ところが、そこで一大事。

 父さんに作ってもらった弓矢をなくしてしまっていた。

 リーモを探すことに夢中で、いつの間にか腰に下げていた弓と矢をどこかに落としてしまったらしい。

 リーモを見ると、彼女は弓を携えていた。

 けど、弓矢は持ち主の体に合わせたもの。

 あたしに使えるわけがない。

 ただでさえ、弓矢の腕は誰よりも劣っていた。


 なのに、なぜか、あたしは弓矢を構えることしか頭になかった。


 ところがドラゴンが、傷だらけの体を起こした。

 おそらく空腹と疲労が重なって、動くのも精一杯のはず。

 それでも動いたのは、リーモとあたしを食べて、少しでも力を蓄えるつもりだったのだろう。


「ヒッ……」


 リーモは怯えて、心も体も限界に近かった。

 もちろんあたしもそうだった。

 けど、あたしの握り拳が突然光る。

 いつも必ず魔力が暴発すル、その前触れだ。


 リーモはドラゴンを見て怯え、あたしは自分の拳を見て怯えていた。

 暴発は、あたしへの被害はない。

 けれど、意識もせずに突然魔力が手に集中して光り出すのは初めてのこと。

 あたしの体に、こんな時に限って何かの変化が起きる。

 誰かに縋りたくても、その相手がいない。

 あたしの気持ちも極限に近かった。


 けれど、そこから先はいつもと違った。

 拳を包み込むような光は、李義理拳の左右に伸びた。

 その光の形は、見覚えがある。


「ひ……、あ……これ……」


 弓の形だ。

 そう理解した瞬間、今度は、その光が握り拳の真ん中から前後に伸びる。

 頭の中で、どこからか声が聞こえてきた。


「これでドラゴンを倒すには?」


 と。

 即座にあたしは頭の中で答える。


「く、くびをおとすっ! あたしたちをたべようとする、そのあたまをぜんぶおとすっ!」


 発想が貧困な子供なだけある。

 真っ先に思いついた答えも、物騒なことこの上ない。

 けど、実際問題、その口がなければ食べられることはないし、頭と体を切り離せば、暴れようとしても体を動かせるはずもない。


 あたしの手元の光は、弓の形は見慣れたものだが、矢じりは横に広がり、薄く平らになっている。

 その幅は、ドラゴンの首の太さを越えていた。


 まさかこんな矢を、と疑う気持ちもあったが、これがドラゴンの首を貫通したら、あたしもリーモも無事で済む。

 それで助かると思ったら、そこからはもうためらいはなかった。


「ねらいをさだめて……」


 ドラゴンの首の方向に対し、垂直になるように矢じりを合わせる。

 光の矢を引っ張るのに、そんなに力を込める必要はなかった。

 むしろ、引っ張る手ごたえはあまり感じられなかった。

 それが逆に、矢が飛んでくれるかどうか不安にさせた。


 それでも、普通に矢を射る要領で、光の矢を飛ばす。

 ドラゴンの最期はあっけなかった。


 狙い通りにドラゴンの首に当たり、貫通して、はるか先で光は消えた。

 それと同時に、手元で光っていた光の弓も消えた。

 矢がドラゴンの首を貫通した跡は断面となり、首は崖から落ちてきた。

 幸い、リーモとあたしの衣類力離れたところに落ちて転がり、ドラゴンの血が地面に流れる。


 その時あたしが感じたことは


 初めて、矢が、目標に当たった。


 という一点のみ。


 そしてその瞬間、あたしは気を失った。

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