そいつのケアと彼女らのこれから その2
「ケーナさんや。こいつらが迎えに来た時に、すぐにこっちに向かってたら所長と会えてたかもしれなかったんだぜ? どうして遅れた? まさか、テンちゃんやライムのことを怖がってたわけじゃあるまいな?」
昨日のオドオドした様子を思い返せば、それもあり得ない話じゃない。
が、昨日のそんな弱気な目、態度は見られなかった。
「実は……昨日、夜中に夢を見まして」
「夢?」
「所長が出てきたんです。所長は夢の中で、母の難病の完治薬の調合法を教えてくれたんです」
はい?
夢で、自分の知らない調合の仕方を教わった?
しかも、何だよ、完治薬って。
「治療薬、だろ?」
「いえ。治療ではなく、完全に、母の難病を完全に治す薬です。すぐに起きて、書き留めて、ずっと調合してました」
それで迎えが来てもすぐにはこっちに戻れなかった、か?
「で、調合が終わって、完成して……。ちゃんと保管した後で力尽きて……」
「二度寝……いや、二度寝とは言わないか」
「午前四時ごろでしたかね。そしたら、また所長が夢に出てきて……」
頻繁に出すぎだろ。
なんだそりゃ。
「『お疲れさん。完璧だ。よく頑張ったな』って……褒めてもらえました」
喜ぶのはいいけどよ。
「それと……『無理は言わないが、薬療所を頼む』、とも……」
ケーナの声のトーンがやや沈んだ。
会ったことのない人物のことならば、それはまるで……。
「父のときは……実感が湧かなくて……。私と母が大変な時期に、助けに来てくれないって思っちゃって……。来れるはずがないのに」
そうか。
やはりそういうことか。
「けど、所長は、あんな風に、夢に出てきてまでいろいろと教えてくれたり私、ちょっと思うところがあって……。無理しなくていい、とも言ってくれたし。ただ、完治したばかりの母の体も気になってて、父の実家には援助を求めづらいし、そもそも母も私も求めるつもりもないんですけど」
いや、俺は世話する気はねぇぞ?
「アラタさん。ケーナさんのお母さんが治った後の話を聞いて思ったんです。ただ、アラタさんが断るかもしれないって前提でお話ししたんです」
クリマーが?
俺の反応置いといて話を進めた?
なんじゃそりゃ。
「おにぎりの店の支店ですよ。基本的にはここからおにぎりを支店に運んで、それをそれぞれの店の責任で販売する。だから店の儲けはその店の収入にするって話でしたよね」
「店のっつーか、支店の従業員のな? それで?」
「視点が置かれてない地域に新規で出店したらどうでしょう? もちろんケーナさんのお母さんにお任せして。そんなに力仕事はないと思うし、アラタさんは各支店に、売り上げの割り当てとか販売目標とか課したりしないでしょう? なら病み上がりでも問題ないでしょうし、体力回復、増強にも役立つのではないでしょうか?」
は?
おいおい。
娘が自分の意志を引き継いだとは言え、その意志とかけ離れた仕事に就いて大丈夫なのか?
「ライムモ、イイアイデアダトオモウ。アラタノオニギリ、オクスリガワリ」
……あ。
「魔力回復に、意外と即効性あるもんね」
お……おう……。
「あ、そう言えば聞いたことあります」
「へ?」
何をだ?
「国の端の村で、薬代わりになる食べ物を扱う店があるって。そこで活動してた冒険者さん達から、何度もそんな噂聞きました。アラタさんのお店のことだったんですね。きっと母も興味を持ってくれると思いますよ?」
何か、また厄介なことに巻き込まれやしないか?
「研究材料にしたいなら、勝手にやってもらっても別に構わんよ? 店はおまえの母親の物になるわけだしな。ただし毎日米を運び込む。その運賃は当然貰うし、米炊きもおにぎり作りも、具の購入もそっちに任せるからな?」
ちょっと前まではおにぎりを各店舗に運んでたが、おにぎり作りなら誰が作っても同じ品質の物になる。
ならば、ということで、各店舗に任せることにした。
「店は、他の支店に近くなけりゃどこでも構わん。けど、冒険者が活動直前に利用できそうな地域で営業してもらった方が、客は喜ぶと思うぞ? 少なくとも、ミルダよりは喜んでくれると思う。場所が極まったら必ず俺に伝えろ。でないと、材料を運んでやることができないからな」
何か、口約束っぽくなってきたな。
本人に来てもらって契約書とか書いてもらわないとややこしくなりそうなんだが。
「とりあえず、母に薬飲ませて、回復の程度を見てからにします。でも、ほぼ間違いなく、おにぎりの店をすると思いますけどね」
いいのかよ。
本人に確認しなくて。
「それと……所長に代わって、お詫び、そして御礼申し上げます。この度は、本当にご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございました」
きちんとお辞儀をされてしまった。
俺は別に、腹を立ててるわけでも悲しいわけでもないが……。
「あ、それと、これからもお世話になります」
おにぎりの支店の営業、確定かよ。
「それはともかく、お前さんの話によれば、まだ薬飲ませてねぇんじゃねぇか? さっさと飲ませて、病気をとっとと治してやんな。テンちゃん、動けるか?」
「もっちろん」
※※※※※ ※※※※※
斯くして、ミルダ東端薬療所は、最後の営業となった。
無理して営業しなくてもいい、と夢でメッセージを送った本人からは、何の文句も出ないはずだ。
気配を有してない存在なんてあるはずがない。
ダックルとやらは、いなくなったんじゃない。
なくなったのだ。
考えてみれば、消息不明の話を聞いた時に気付くべきだった。
見せてもらった写真の姿と同じ格好で現れたのだ。
二か月も消息不明。
例え宿での生活をしていたとしても、洗濯なんかは必要だろう。
何着も着替えを持って出ていったわけでもなさそうだった。
同じ服を着ていて、二か月間も同じ状態のままでいるはずがない。
大体上着の色は白が中心。
汚れなら目立ちやすいはずだ。
その汚れが、写真同様どこにもなかったってのは有り得ない話だ。
その日時、そして場所は知る術もない。
だが、夢で弟子にいろいろと指南して、その後のことまで託す、ってのはどう考えても……。
ただ、必死の思いで、肉体を失っても、好ましく思ってた相手の一粒種に、その後のことをなりふり構わず託したのだ。
それに巻き込まれたとは言え、俺が必死に何かに取り組んだわけじゃない。
その報酬が、変な気配を持つでかい石が八個。
ま、いいさ。
別にどこぞの誰かのように、権力や財力を手に入れたいって訳じゃないからな。
今後は草葉の陰からでも、あの女の子とその母親である思い人の事を見守ってやれや。
ただしだ!
俺に近寄らなくていいからな?
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