そいつのケアと彼女らのこれから その1

 ダックルが来る予定の日になった。


 予定の時間通り、ライムと、ヨウミに変化したクリマーはテンちゃんに乗り、ミルダ東端薬療所に出発した。

 米採集なら一日くらい休んでも問題ない。

 だから俺の手伝いをする予定のバイトの子供らは、その分別の分野に配置。

 そして俺は、冒険者の新人どもを監視するくらいしかやることがない。

 という事で、ベンチでごろ寝。

 悪いことは重なるもの、とはよく聞く言葉。

 だが重なるのは悪い事限定じゃなさそうだ。

 煩わしいその新人どもが、俺の前からいなくなった。

 それぞれみんな、気の合う者同士でグループを組み、それぞれの目的地に向かって出たようで。

 朝飯を食った後、ベンチの上で一人ゴロゴロできるという幸せをかみしめていた。


 だが、様子がおかしい。

 おにぎりの店には、確かに客は来る。買い求めた客も、買い物をしない冒険者達も、俺のいる前を通り過ぎる。

 これはいつものことなんだが……。


「何でケーナが来ない? つか……クリマー……ばかりじゃない。テンちゃんからもライムからも連絡が来ない」


 テンちゃんなら、二時間あれば往復できる距離だったはずだ。

 それが、気付けば二時間過ぎている。

 戻ってくる気配すら感じない。


 テンちゃんとライム、二人が揃っていたら、何者かに襲われてもほぼ無敵だろう。

 遠距離攻撃なら二人で飛んで逃げればいい。

 ライムが取り残されても擬態で何とかやり過ごせるはずだ。

 接近戦なら、テンちゃんは睡魔と化すし、ライムなら体内に取り込んで溶かせるはず。

 だがクリマーは、擬態はできるだろうが溶かすことは……できたっけか?

 魔法は使えるが、コーティと比べたら可哀想なくらいだ。

 まぁ近くにいる奴と同じ姿になったら、その仲間はどっちが本物か混乱するだろうから、そこで時間稼ぎなりなんなりして逃げることはできるだろうが……。


「ヨウミ……今……」

「はい、二百五十円ね。えっとそっちは五百五十円になりまーす。え? 何? アラタ。今こっち忙しいんだけど?」


 にべもない。

 他の仲間らはガイド役でみんな出払って不在だ。

 バイトの連中には聞かせるまでもない話。

 することがないなら店の奥でゴロゴロしながら受映機でも見て転寝してるところだ。

 まだ午前中だけど。

 何が悲しゅうて、防寒具着て、ひさしの下のベンチでゴロゴロしてにゃならんのだ。

 やれやれ……。


 ※※※※※ ※※※※※


 突然感じた気配に飛び起きた。


「うおっ!」


 という事は……。

 うたた寝をしてたらしい。

 そして俺の前に、いつの間にか立っているその男は……。


「この度は、ご迷惑をおかけしました。その上、薬療所までは今度頂き、至れり尽くせりの配慮、ありがとうございました」


 呆然としていた。

 そうだ。

 ヨウミにも伝え……。


「今日も店に客が集まってんのかよ」


 ヨウミに声をかけづらい。

 仲間の気配は……ないのは分かる。

 だが、なんでクリマー達の気配もないんだ?

 いや、近づいてはいるか?

 ……待て。

 どうやら、ケーナも一緒みたいだ。

 まぁ何にせよ、無事で何よりだ。

 が、時間がかかり過ぎだ。

 何やってやがんだ。


「で、報酬というより謝礼の件ですが」

「え? あ、あー、お前、さぁ」

「こちらの石……岩というほど大きくはないですが……をお納めください」


 またも置かれた物体は、確かに大きな石だが……。

 しかも八個も。

 つか、だから人の話聞けよ。


「お仲間に、加工してもらうといいでしょう。きっと力になると思います」

「いや、だからちょっと待て。おーい! ヨウミ―!」


 店に向かってヨウミに声をかけた。

 だが客の行列は短くはならない。


「え?」


 急に気配が消えた。

 あり得ない現象。

 慌てて首を戻すと、そこには誰もいない。

 石が八個、ベンチの上に乗っかっている。

 確かに、とんでもない気配を感じられる石だ。

 しかし……。


「……どこに……」


 ……どこに行った?

 ……どこに消えた?


 ……と、つい思ってしまう。

 普通の人間の頃の習性だろうな。

 なんせ、気配を隠してるんじゃない。

 ないんだ。

 今の俺にかかれば、気配のない物体なんてものはない。

 気配がなければ、実物だって存在しない。

 考えてみれば、あの男との会話だって、俺が会話をしたつもりになってるだけだ。

 殆ど、向こうから意思を押し付けられてた。

 俺の声が聞こえない時がほとんどだったら、一方的に話を押し付けてきたことにも納得はいくが……。


「アラター。ただいまー!」


 ばっさぱっさと翼の音を立てながら、テンちゃんが俺の頭上から垂直に降りてきた。


「……もうちょっと早かったらな。て言うか……ケーナさんも来たのか」

「すいません。ちょっと事態に変化が起きまして。そう言えば戴冠式の中継見た通り、天馬にスライム……いろんな魔物と一緒に生活してるんですねっ」


 ですねっ、じゃねぇよ。


「そんなことより、ついさっきまでダックルがここにいた」

「え? 所長、いたんですか?」

「消えた」

「へ?」

「消えた?」

「ドコニイッタノ?」


 知らねぇよ。


「お前らがもうちょっと早く戻って来れたら会えたのにな。まぁ絶対に会わせるから来いっつー話はしてなかったから、文句を言われる筋合いはないはずだが……」

「あの……すいません。その件なんですが……」


 ケーナ嬢が、なんかしおらしくなっている。

 どうしたんだ?


「あの……所長に会わなくてもよくなりました……」


 おいこらちょっと待て。

 まぁ別に、今回の件で、俺は何の苦労もしてないからいいが……。

 いや、まぁ気苦労はしたが。

 ……いや、気苦労は毎回してるな、考えてみりゃ……。

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