不安を誰かに伝えることで 伝えられた立場のことも考えてくれよ……

「所長は小さい頃から貧しい暮らしをしてて、母に気はありながら、生まれてくる子供に自分のような苦労はさせたくないから、父が母と一緒になることを喜んだんだそうです。母も、戸惑いながらも父からの申し出を受け入れて……」


 で、お父さんは……殉職、でいいのか?

 お母さんは、ほっといたら死んでしまう病気にかかって……。


「父と母は結婚して、あたしが生まれた後も所長とは良好な関係が続いて、それどころか父は、所長からの材料収集の依頼を受けて、達成率は九分九厘達成してたんだそうです」

「残りの九割一厘は……」

「アラタさんっ!」


 つっ!


 クリマーにつま先踏まれた。

 悪気のない冗談だろうが。

 ところがクリマーは、それに続けてささやいてきた。


「今回の件を知る、ではなく、情勢を知ることができる数少ない機会じゃないですか。ずっと店に引きこもってるんですから」


 引きこもるってお前なぁ。

 まぁ……この国の社会の情報はなかなか入ってこないのは確かだけどさ。


「予備知識として知るのも悪くないと思いますよ?」

「お、おう……」


 にしても、ヨウミの姿でそんなことを言われると、妙に違和感があるな。


「リーフレット財閥は、魔術に重きを置く方針なんですよ。けど、回復系の魔術学会では、よく分からないんですが、限界に近いような話も聞こえてきて……」

「限界?」


 なんじゃそりゃ。

 つか、それを詳しく聞こうとすると、おそらく専門知識の解説とかが始まりそうだな。

 ここはスルーしとくか。


「ところが、薬療法での学問の方はさらに進んでて、その理論の一部を取り込んで実践したらしいんですよ。そしたらさらに術に発展の兆しが見えて」


 融合による成長か。

 それこそその業界が伸びていくいい傾向じゃないか。


「その取り込んだ理論を説いたのが所長なんですね」

「ほう?」


 ということは、そっち方面の最先端を進んでる人物ってことじゃないか。

 所長をやるだけのことはあるんだな。


「ところが、その理論は、魔術側が発見した物と主張したんですよ」

「……つまりその功績は……」

「はい。横取りされた、と言いますか、盗まれた、と言いますか……」


 ひでぇ。


「その騒動が起きた頃、私もその学院に所属してて」


 陰謀、策略の渦に巻き込まれてんじゃねーか。


「所長は、これ以上学者をしても無駄だと。自分の理論を基にした薬療所を設立したんです。それがここで……」

「だが……後ろ盾がなくなったとも言えそうだな。どこぞの権力者が取り潰しにくるんじゃねぇか?」


 ……いや。

 あるいは、ここそのものを乗っ取るってこともあり得るか?


「専門知識を持つ人にとっては、所長の主張や理論はどれも突拍子もないことばかりで、歯牙にもかけないというか、見向きもされず……。それでも利用者、特に患者やその家族からは信頼を得るようになりまして」

「業界人からは見向きもされず。だが気付いた時にはもう、いろんな人から絶大な信頼を得ていた。丸め込もうにも、自分が所長についていけず、か」


 結果に繋がらない努力ばかりをしてる者が、成功してる者を相手にしたら……。

 喧嘩にもなりゃしないってことか。

 なんだっけ?

 争いは同レベル同士でなければ成立しないとか何とか。

 となれば、方々で評判を落とすような噂を流すしかない、か?


「私も、学院でのことでちょっと先行きが不安になって、両親に相談したら、所長の下で修業したらどうか、って……」

「それで君の仕事は今に至る、と」

「はい……。けど、母の薬は……。材料がすぐ手に入る物なら何度か失敗しても問題ないが、失敗は許されないくらい珍しいものだから、と所長は言って……」


 あの花が咲いてる場所は、亡くなった父しか知らない。

 その花を材料にして薬を作る方法は、消息不明の所長しか知らない。

 このままだと母親が亡くなってしまう。

 ケーナにとっては手詰まりな状況。

 そこに俺がやってきた。


 ……そりゃ所長がどこにいるか知りたくて仕方がないわな。

 いや、ちょっと待てよ?」


「君の家、財閥なんだよな? その財力も使って、お母さんの治療に援助してくれないのか?」


 立ってるものは親でも使え。

 まして他人はなお使え。


 財閥って、父親の実家だろ?

 病気の母親は、いわば嫁ってやつだ。

 嫁いびりでもあるまいし。

 何もしないままなのか?


「父が亡くなってからは……疎遠になりました。さっきも言ったように、後継者候補の一人でしたが……」


 死んじまったら候補から外れるのは当然だよな。

 けど家族っつー繋がりは変わらんだろ。


「財閥は、回復術は魔術派に肩入れしてまして、自ら資金を投入するくらいの……。父の、所長に対する行動には目をつぶってましたが……。一族の外部から来た母は融合派でしたから……。それに私も、対立、と言ったら大袈裟ですけど、対立する派の先頭を行く人の弟子になったので……」


 実家からの援助は当然ないか。

 功績を横取りして、困ってる人を見放して……。

 見捨てるって程ではないにせよ……。


「とりあえず父に会って、せめて薬の調合、製造方法だけでも……」

「……俺らには断る理由はない、よな? ク……ヨウミ」

「人助けって、その結果喜んでくれるなら何より、ですよね」


 ……そう言えば、クリマーとゴーアもそうだったな。


「ありがとうございますっ!」

「でも、ケーナさんを早速連れて帰る、って訳にはいきませんよね? 所長が不在だけど、客はそれに構わずやってきますから……」


 だよな。

 それは俺もよく分かる。


「だが、来る日は分かってるんだ。そして会って用件済ませたらすぐに戻れば、一日はかかるまいよ。半日休む程度で済むだろ」

「え? サキワ村ですよね。最東端の村じゃないですか。半日どころか、何日もかかりますよ? 往復でしょ?」

「あー……。その心配は無用だ。あん時三日後っつってたから明後日だな。多分昼頃くるとは思うが、俺が不在の時に来られてもまずいから……早朝……七時ごろに王都に着くように迎えに来させる。ここでいいよな?」

「え、えっと……住まいは別のとこですけど、大丈夫ですっ」

「ク……ヨウミ、いいよな?」


 あいつも忙しいだろうから、クリマーに来てもらって、うちに戻ったらと入れ替われば、特に問題ないよな?


「はい。それでこっちは構いません」

「そっちは一刻も早く会いたいだろうが、今どこにいるかってのは分からん。待ちきれないだろうが我慢の一手だ」


 そんな話をして、今気づいた。

 俺はあの男の身元を知ることができた。

 まぁ三の上まで知らさせるとは思いもしなかったが。

 だが、こいつは俺を信頼できるんだろうか?

 信頼させられる材料は、花以外にないんだが。


「あ、自己紹介してたっけ? ミナミアラタだ。サキワ村でおにぎりの店をしてる。村の入り口に、冒険者の宿と酒場をやってる建物がある。その後ろをずっと進むと崖がある。その洞穴を使って店をしてる」

「えっと……あ、ミナミアラタさんってば……え? 国王の戴冠式の……。あ、ああ! あの人だぁ!」


 ……目と口を思いっきり開いてびっくりしてる。

 何というか、十七歳らしい元気な女の子って感じだ。

 沈んだ顔よりも、そういう表情の方が似合うと思うんだが……そういう事情を抱えてたら無理もないか。


「そういうことだから、迎えに来る時まではいつも通りに過ごしとけ。じゃ明後日な」

「は、はいっ! 待ってますっ!」


 こうしてこの薬療所を出た。

 すぐに幼児を済ませられると思ってたんだが……本当に時間を食われた。

 まぁ無事に出られたから何よりだな。


「あの、アラタさん」

「ん?」


 突然クリマーが心配そうに話しかけてきた。

 何か問題があったか?


「アラタさん……って、手配書、あちこちに貼られたんですよね」


 ……ずいぶん昔のことのような気がする。

 二度と来ることはない、と思ってたんだがな。


「手配書って、そんなに頻繁に張られませんよね。もしそうだったら、誰かの手配書も張られてるはずですから」

「そりゃシアンが国王になったから、その対象も変わるんじゃねぇの?」

「……珍しいなら、覚えられててもおかしくないですよね」


 何が言いたいんだ?

 俺の立場がまずくなるようなことか?


「あの人……ケーナさん、アラタさんのことを真っ先に戴冠式のって言いましたよね」

「あの男も、俺を戴冠式で見たっつってたな」

「ダックルさんとかっての人のことですよね? ……手配書のことは全く出てこなかったので、当時の国王からの指示とかは気にも留めなかったのかなって……あ、ただそれだけが気になったものですから」


 言われてみればそうだな。

 国中から追われる身分だったはずだ。

 中には、トップからの指示を鵜呑みにしない人もいたのかも分からんな。


「とるに足らないことでしたね。さ、早くテンちゃんさんとライムさんのとこに戻りましょう」


 ……なんか、ちょっとだけ、何となく気持ちが穏やかになれたような気がした。

 けど、気を緩められない日常が待ってる。

 なんせ……。


 米の選別作業は、いつも気を張ってなきゃできないことだからな。

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