舞姫への悲恋編

若き案内人 その1

 手伝い達による支店の経営はどこも順調。

 大問題は、改めて計算すると十万円以上無駄遣いをした俺の懐のみ。

 なんで蚊を退治するのに、こんなに金を使う羽目になったのか……。

 でもまぁしかし……。

 魔球を使うときってのは、俺とヨウミの命が危機に晒されるときくらいだよな。

 だから、店の所有物というよりも、俺達のお守りみたいなものだから……。

 店の経営が傾くような事態にならずに済んで助かった。

 ……まぁ俺が痛い思いをすることには変わらんのだが……。

 だから、魔球を補充するために、俺がやれることつったら……。


「ちょっとぉ、また休んでるの?」

「いいじゃねぇか。俺のやれる今日の分はやったんだもん」

「もん……って……。拗ねた子供みたいな口利かないのっ」


 選別するコメの量が増えたからと言って、俺の給料上がるわけじゃなし。

 おにぎりの売れた数が爆上がりしたって、俺の給料がその分上がるわけじゃなし。

 みんなの給料と同じくらいに上がることはあるが。

 で、俺はというと、いつものように木製のベンチの上で仰向け。

 今日はイールがいない。

 ということは、人がまばらなベンチの周り。

 日向ぼっこというにはちと気温が高いか? 用意してる水筒の氷水、飲むのも気持ちいいし水筒を額に当てるのも気持ちいいもんだ。


「よお、大将。元気……そうでもないな」

「んぁ?」


 大将って、すし屋か何かじゃねぇっての。

 誰だよ、そんなこと言う奴ぁ。


「どっこらせっと。久々だな。いつ以来だ? こないだここでなんかの騒ぎに首突っ込んだ記憶はあるが」

「あー……と、シュルツ、だったな」

「お? 覚えててくれたか。感心感心」


 そりゃ行商時代は、客の顔も名前も覚える気はなかったけどよ。

 あん時は、エッジだったかエージだったか、そんな名前のやつがリーダーの新人冒険者達の師匠っつーか指南役っつーか。

 そいつらも弟子を取るようになったんだから、こいつも名匠みたいな感じになってんだろうかねぇ?


「今夜、体空いてるか?」

「野郎に、夜の予定聞かれるなんざぞっとしねぇ話だな。いや、ぞっとする話かな」

「はは。実は……おい、いつまで俺の後ろにいる気だ」


 へ?

 もう一人いたのか?

 確かにこいつは巨漢な方だが、その陰にいて姿を全部隠せる体なんて、随分貧相……でもないか。

 小柄だな。……子供か?


「メイスってんだ。もちろん冒険者名な。最近俺んとこに弟子入りした新人だ。刃物なんかの剣術の飲み込みが悪ぃから、メイスを持たせたら効率よくなってよ」


 そんな事情はどうでもいいが……。


「メ、メイスです。シュルツさんにお世話になってます……」

「……おう。んで? 俺の夜の予定とどう関係が?」

「昨日初陣だったんだ。魔物退治のな。で、初討伐に成功してよ。祝勝会に混ざってほしくてな」


 祝勝会?

 まぁ初陣で成果上げて生還で来たんだから、そりゃ目出度いことなんだろうが……。


「あ、あの……お、俺、アラタさんにも参加してほしくて……」

「はぁん?」


 変な声が出た。

 見たことのない、しかも新人からそんな持て成しをされる謂れはないんだが。


「こんな風におどおどした感じだが、現場じゃそんなことはなくってな。堂々としたもんだった。で、お祝いしなくちゃな、なんてことを言ったら、その勢いで、お前さんにも参加してほしいって熱望されてな」

「是非とも、ご一緒していただきたく……」


 訳ありなのは何となく分かる。

 お情けか気まぐれで誘ってる感じじゃなさそうだ。

 それに、会場はおそらくドーセンとこだろう。

 気になるのは飲食代なんだよなぁ。

 それと、だ。


「……ヨウミー、今夜、俺、こいつらに誘われてちと出かけるが……」

「え? 珍しいねー。お金は自分のでねー」


 しっかりしてるわ、ヨウミ。

 支払額、予想よりオーバーすることがあったらリタイアしようか。


「あ、それは全額、僕が負担しますんで」

「僕? お前が?」


 こいつ……メイスの祝勝会っつー話だから、こいつは当然持て成される側だと思うんだが。


「飲食代は全てこっちが持つ。付き合ってやってくんねぇか?」


 師匠の立場のシュルツもそんなことを言う。

 何か裏がありそうな。

 だが裏があるかないかくらいは分かる。

 ない。

 けど、何か隠してることはあるようだ。

 が……切実な感情がその新人冒険者の心中にはありそうだ。

 何かに利用されるのはご免だが……俺を持て成す理由があり、俺の懐が痛まない食事となれば……。

 飯で釣られる、とも言えるが、途中で退席する覚悟もある。

 どうせドーセンの店だ。

 値段はたかが知れてる。


「で、時間は? 何時に店にむかえばいいんだ?」

「あぁ、夕方五時ごろ迎えに来るさ。馬車の高速車で一時間くらいかな? ジョウリ市って町の飲み屋でな」


 はい?

 どこ? それ。

 て言うか……。


「ドーセンとこじゃなかったんか?」

「誰がそんなこと言ったよ。そんなとこでやるなら、わざわざ呼ばねぇだろ。普段から食いに行けそうな店になんかよ」


 食いに行ったことは最近はないな。

 ほぼ毎日出前頼んではいるが。


 ……おんなじことか。

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